- Amazon.co.jp ・本 (225ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334741464
作品紹介・あらすじ
数学は論理的な学問である、と私たちは感じている。然るに、著者は、大切なのは情緒であると言う。人の中心は情緒だから、それを健全に育てなければ数学もわからないのだ、と。さらに、情操を深めるために、人の成熟は遅ければ遅いほどよい、とも。幼児からの受験勉強、学級崩壊など昨今の教育問題にも本質的に応える普遍性。大数学者の人間論、待望の復刊。
感想・レビュー・書評
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久し振りの著者のエッセイ集。情緒、道義、真理、自明。自発的な学びの重要性と成熟を忍耐強く待つ姿勢。それまでまったく辿り着けるように感じていなかったものが、突然舞い降りてくる感覚。自然の流れの中に身を委ね、動物性を除去することで得られるものもあるだろうと...。借り物でない自身の考えを生み出すには必要な時間だと実感できた。
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本書は、天才数学者である岡潔さんが書かれた本です。
「数学に最も大切なのは、情緒である❕」というのは、とても深い言葉だなーと思いました。
数学博士としての「人生論」「教育論」が書かれており、参考になりました。
ぜひぜひ読んでみて下さい。-
岡潔の本があって感動です。小林秀雄との対談「人間の建設」は数えられないほど読んでいて影響を受けました。
マルクスアウレリウスの自省録と共に愛...岡潔の本があって感動です。小林秀雄との対談「人間の建設」は数えられないほど読んでいて影響を受けました。
マルクスアウレリウスの自省録と共に愛読書です。
情緒を大切にする岡潔の著書は数多くよみました。
専門の数学は全く歯が立ちませんけど。w
数学と情緒が繋がるってこと初めは謎でした。
人間の核を成す情緒を説かれた岡潔 非常に情緒的な方だと尊敬しています。2022/02/10
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日本を代表する世界的数学者のエッセー。
岡潔といえば言わずと知れた日本を代表する大数学者だけれど、その肩書からは想像もつかないほどに文学、美術、音楽、歴史に関する教養の深さをうかがい知ることができる。本書で岡は幾度となく、情緒・直観といった感覚的なものの重要性を強調しており、それは幼少期から文化芸術に親しんできた彼の素地と無関係ではないだろう。エピソードの端々から、岡が間違いなく並外れた知力・記憶力の持ち主だったことは想像に難くないけらど、彼を知の巨人たらしめたのはその天才性よりもむしろ旺盛な好奇心、学問や文化芸術を楽しむ姿勢にあったのだと思う。
「数学の本質は調和の精神」という部分はわかったようなわからないような。少し間を置いて、また考えてみたい。
蔵書とする。 -
往来堂書店「D坂文庫 2013夏」からピックアップした一冊。先達の言葉に耳を傾け、背筋をピシッと伸ばしてもらおうと思って手にした。
数学者が書いた本だが、のっけから「人の中心は情緒である」と来る。この情緒を豊かなものにしないことには数学も何もない、という思いから、幼児教育や義務教育などについてひと言もふた言も申している。「何よりいけないことは、欠点を探して否定することをもって批判と呼び、見る自分と見られる自分がまだ一つになっていない子供たちにこの批判をさせることである。」1963年に刊行された本だが、今の時代にもそのまま突き刺さる言葉が耳に痛い。
ところで、なぜ数学者には数学以外の教育のことを述べる著書が多いのか。この岡潔しかり、藤原正彦しかり。その答えをこの本の「数学の本体は調和の精神」「数学の目標は真の中における調和」というくだりに見た。数学者は美しい図形や数式に調和を見い出し、その美しい調和というものはそもそも人間が基本的なところで持つべきものだという考えに行きついた。そして、それを持つには教育が重要だ。彼らの中にはこういうロジックがあるように思う。 -
数学者、岡潔氏のエッセイ。
情緒の大切さ、教育の大切さが話の中心となっている。
その気持ちの裏側には、「近ごろのこのくにのありさまがひどく心配になって、とうてい話しかけずにはいられなくなったから」という危機感があった。とくに戦後教育により加速度的に「動物性」が入り込み、人々の情緒が失われているという。
『数学と芸術』において筆者は、「両者はふつう考えられている以上によく似ている」といい、それは、両者が求めているものは「調和」であり、数学においては「真の中における調和」であって、芸術においては「美の中における調和」であるからだ。
「調和」を感じるためには情緒を働かせなければできない。ゆえに情緒が大切なのだという。
また『一番心配なこと』での以下の言葉は興味深い。
「人の基本的なアビリティーである、他人の感情がわかるということ、これは個人の持っているアビリティーであって、決して集団に与えられたアビリティーではない」
一人でじっくりと考えることから情緒が生まれる。集団によるディスカッションでは深さに到達できないという筆者の言葉に、めまぐるしく情報が飛び交う中で、自分に立ち戻って考える時間を持つことの大切さを教えられた。
春宵一刻値千金
(春の夜は、なんともいわれぬ趣があり、一刻が千金に値するような心地がする) -
数学者、岡潔の随筆書。彼の生い立ちや、考え方が記されていた。
一貫して主張されているのは、「人間の中心は情緒である」ということ。
事物との接し方について、考え直すきっかけとなった。
何かに取り組むとき、何かの目的のもと目的達成のためのあくまで過程としか考えていなかった。
例えば勉強はあくまで試験に通過するためのもののように。
目的が主体となり、現実の事物を軽んじてきたことに、中身の無い物足りなさを感じていた自分の感覚が明確なものになった。
目的への執着、色々な欲を一旦置いて目の前の事物と純粋に向き合いたいなと思った。
向き合った上で自分が納得することが大切だと分かった。
また、以下のフレーズに共感した。
「このくにで善行といえば少しも打算を伴わない行為のこと」
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漠然とした研究者としてのイメージや実際の刊行時に比べると文体に関しては一切の古臭い部分がなく整然と読みやすい。
それでいてエピソードや周辺の人物を見るにやはり時代の隔たりを感じずにはという感覚にもなる。
主義主張の筋に関しては、現代にも尚交わされる議論であるために賛否があるものだろうが、一つの道を突き進んだ先人の言葉として受け取りたい。 -
日本を代表する数学者岡潔さんのエッセイ。
”数学者“と聞くと意味のわからない文字や式とずっと睨めっこをしているイメージしか湧かなかった。岡潔さんは情緒を大切にされているそうで、情緒の中心の調和がそこなわれると人の心は腐敗すると言う。
心に響く言葉もあればこれはちょっと、、となるような強い主張もちらほら。 -
これほど心を揺さぶられるエッセイに出会ったことはない。
そう言い切れるほど、読了後、深い感動に包まれている。
数学を極めた筆者が、自分の仕事に対する信念、人生観、人間論を述べ、さらに教育、社会への警鐘までもが綴られている。数学ほど論理的な学問はないと思い込んでいたが、人の中心は「心」であり、数学こそ「人間の心」「情緒」を極める学問なのだと。「数学は情緒である」と定義した筆者の潔さにただただ感服する。ここでいう「情緒」は豊かな感情というような、普通の意味ではない。宇宙を貫く「真・善・美」の理念に共鳴する各人の心の調べのことだ。学問の本質とは何かを考える指針となる良書である。 -
情緒を磨きなさい。今の教育は急かしすぎている。人の中心は情緒であるからゆっくりと健全に育てなければならないのだ。そうでないと数学も人も社会の心もわからないのだ。損得感情抜きに、自分がこれだと思う直観を大切に理路整然とした行いをしなさいー現在の教育問題にも通ずる大数学者の人間論。
自明のことを自明としてみて(=純粋直観)、少しも打算を伴わない理路整然とした行い(=善行)を人生の中で大切にしていたい。
10年後、子育ての際にも参考にしたい。
「数学の本体は調和の精神である」とポアンカレーはいう。数学者である岡潔がこんなに素晴らしい人間論をかくものだから、数学にも興味が湧いてしまった。
著者プロフィール
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