中年以後 (光文社文庫)

著者 :
  • 光文社
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レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (235ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334742591

感想・レビュー・書評

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  • 私…もう中年だったんですね…(T_T)
    と、初めて気づいた時にはショックでしたが(笑)、母からこの本を勧められて読んでみたところ、なるほど!と思うことがたくさんありました。

    例えば小学生の頃に読んだ「星の王子様」なんて、今読み返した時とでは捉え方も違うし、理解度も深くなっているのと同じように、年齢を重ねてからでないとわからないことがたくさんある。
    悩みも歳と共に複雑になっていくけど、失うことを恐れずに、色んなことを覚悟しながら生きていくしかないんだな~と思いました。

    そして、印象に残った言葉は、旧約聖書の「コヘレトの言葉」

    「天の下の出来事にはすべて定められた時がある」

    うん、ホントそんな気がするー!

  • 上手いエッセイは人を魅了する。中年以降の季節とはそんなエッセイに似ている。

    『「奥さん、サハラに行くんだって?」と当時他人に言われる度に、夫は、「砂漠に行くと神が見えるんだそうですよ。しかし砂漠に行かないと神が見えないというのは、不自由なことですなあ」と笑っていたのである。』

    中年以降ともなれば、心の中に何人ものアリエッティたち(こびと)が住む。懐かしさと苦さを抱え、ものごとは一概には言えないと感じながら、その曖昧さに耐え、歯切れは当然わるくなる。そして心の中に様々なもやもやと許しと帰還とを抱えている。

    若さはかならずしも輝くばかりではなく、『青春にはどこか「ものほしげ」なところがある』とも感じている。

    著者の言葉はかならずしもまっすぐではない。『不幸という得難い私有財産を、決して社会にも運命にも、税務署にも返却しない』。そう著者は言い切る。

    『人は会った人間の数だけ賢くなる』。わたしもそうありたい。

    『徳は広範で、私たちが見ている天空のようなものである。そこにはあらゆる人間の、人間だけが持つ不思議な輝きが光を放っている。光は、人生の黄昏から夜に近い頃になって始めて輝き出して当然だろう。』

    中年以降とは、俵屋宗達の風神雷神のようなものなのかもしれない。宗達の風神と雷神は、自身は輝かず生身だ。そしてわずかばかりに彼らの周囲が光を放っている。心は自由になり、風神と雷神のごとく、すべてのことが柔らかな笑いで受け止められる。それは多くの人々の共感を呼ぶ中年以降のカタチだ。

  • このエッセイは本当にお薦めです。
    なぜもっと早く読まなかったのだろうか。
    中年じゃなくても読んで欲しい。
    このエッセイで特に注意して欲しいのは
    作家としての曽野さんの意識や振る舞いです。

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プロフィール

1931年生まれ。聖心女子大学文学部英文科卒業。大学在学中から同人誌で執筆を始め、23歳の時「遠来の客たち」が芥川賞候補となり文壇デビューを果たす。1979年、ローマ教皇庁より「ヴァチカン有功十字勲章」を授章。1972~2012年まで海外邦人宣教者活動援助後援会代表を、1995~2005年まで日本財団会長を務めた。『誰のために愛するか』『老いの才覚』『人間にとって成熟とは何か』などヒット作多数

「2018年 『納得して死ぬという人間の務めについて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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