これを読んだら連絡をください (光文社文庫)

著者 : 前川麻子
  • 光文社 (2008年10月9日発売)
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  • レビュー :8
  • Amazon.co.jp ・本 (379ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334744861

これを読んだら連絡をください (光文社文庫)の感想・レビュー・書評

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    「どうしているのか連絡してください。あなたは何様ですか」--出会い系サイトで知り合った八つ年下の恋人との交際は、あっけなく終わった。担当編集者の野末君と通い始めたK大辻堂キャンパスに、「私」の探し求める男はいるのだろうか。恋多き作家「前川麻子」が、うそと真実の隔てを超えた世界で、そのひりひりするような生き方を描いた最強の恋愛小説!

  • フィクションなのか
    ノンフィクションなのか
    だらだら続く印象
    男子大学生には興味がない
    タイトルが素敵

  • 2011年3月

  • 私小説?私小説に見せかけた小説?実際のところはよくわからないけれど、前川さんがどういうふうに考えて小説を書いているのか、日々何をどう思っているのかが、ちょっとわかったような気がする。こういう、作者の考え方や生き方がストレートに表現されているのを読むのは、ちょっと恥ずかしくなったり。とにかく、前川さんの見る「今時の20代」が面白かった。普段見ないふりしていたものを、グサリと刺されたかんじ・・・。

  • フィクションだと思って買ってみた。中身は作者における自叙伝だった。
    自叙伝って想像をかきたてられないからあまり好きじゃない。リアル過ぎる。だからエッセイとかも最近は読んでない。
    でも読んでいくウチにあることに気がついた。この作者の恋愛感・・・私と同じじゃんって・・・。
    私はこの年だけど年齢の割には色々と恋をした方かと思っている。
    お互いが出会って、恋をして、愛し合って、別れる。誰もがときめき、失恋に打ちひしがれるその想いというのは経験するだろう。

    話の筋としては帆太郎という青年を小説で描くに当たって、大学生男子数人に取材をはかるウチに子持ち離婚暦のある作者が次第にその中のウチの1人に恋愛感情を抱き、その恋愛模様を過去の恋愛や事実から本人が得た感覚とか思想に言及しているといった内容である。

    私はここ数年、男女間の「恋愛」って何だろうと考える。
    「愛」って本来キリスト教の教えでは「自己犠牲を被ってでも、相手を想う、尽くす」気持ちだと学生時代、教わった。(私の母校はカトリックの学校だった。)
    私は性質が悪い。恋愛について考え出すと決まって自己嫌悪で視界を塞がれる(苦笑)

    大恋愛の果てに別れの際に「恋愛感情が無くなってしまった。」とか「気持ちが冷めちゃった・・・。」だとかいう別れの言葉を言われたと友達に泣きつかれたことがある。もちろん自分もある。
    でもわたしはその感情が分からない。あり得ないと思う。
    熱するとか冷めるとか化学反応のような現象が生身の人間を相手に起こりうるものだと思いますか?
    人が人として求め、許し、受け入れることを恋愛感情というのではないだろうか?
    「気持ちが冷めた」とかいう輩はぶっちゃけ情熱が冷めただけだろ・・・恋愛感情と情熱をごっちゃにするな・・・と言いたい。
    人の気持ちってあったものが無くなるなんてことはないと思う。無くなるものは最初からない。「ある」と思い込んでいるだけなんだと思う。
    男女間で燃え上がっている感情は「恋愛感情」ではなく、単に「情熱」なだけだろうに!!
    情熱とはいつか終焉がくるシグナルの象徴に感じられる。だから私は情熱というモノは信用できない。
    だから情熱より性欲のほうが私は向き合いやすいのかもしれない。単に恋愛に臆病になっているだけのいいわけに過ぎないかもしんないけどね(苦笑)
    失恋をすると自分が振った相手より、振られた自分への恨めしさが強くなりやすい。自尊心が強く、極力「傷つきたくない!!」という拒否心の表れなんだとおもうけど・・・。
    日ごろ抑えつけられている過多な自意識が嫌悪や後悔になって噴出しちゃう。
    相手のことなんて別れた瞬間からどうでもよくなっているんだと思う。きっと自分が自分で大好きなんだな・・・・自惚れてるな・・・って自分でも思うの(泣)
    傷ついた自分を救うためだけの悪あがきがひたすら続いて、相手も自分も傷つけてしまう。
    この私はまだまだ子供なんだと思う。

    噴出し続ける自意識は猛毒で、それに蝕まれた自分への解毒剤は新しい恋が特効である。醜い自分をとりあえず棚上げして、誰か他の人のことを考えるのが一番良い気がする。
    私はどちらかというと性欲が強いほうかも知れない・・・(苦笑)
    誰とでもセックスできるかと言われれば、余程のことがない限りできた。・・・1年前までは(苦笑)
    あの時はこんな風に思っていた。
    よくこんな事を言うヤツがいる。
    「好きな人とでなきゃできない。」

    笑える話である。
    自分を傷つけないためだけに口にする陳腐な言い訳で正しくは「自分のことを好きなフリさえしてくれれば誰とでもできる」が真実だろう!?と・・・。

    私はひねくれている。もう「愛」なんて信じられないとさえ思うときがある。「愛」なんてこの世には存在していない気がしてならなかった。
    だから「愛のあるセックス」と「愛だと錯覚させるセックス」に違いが見出せない。

    作者もこの件について述べていて、以下のように言っている。
    「そもそも『ときめき度』と『セックスという行為の相性(性欲と切り離せる恋愛なんて幻想だろ!!)』と『交際の楽しさ』という関係性を「恋愛」という大皿には乗せられない。全部それぞれが重要性のあるものだと思う。恋愛対象になる男性はその三大要素それぞれにおいて最高得点をとったものが選ばれる。だから審査の順でセックスが先になることもある。総合評価はありえない。」
    つまり寝ない恋人も、恋人じゃない相手とのセックスも、気持ちのない(楽しめない)交際も私や作者にとっては恋愛ではないのだ。
    恋愛というトレイには『ときめき』、『セックス』、『交際』の3つのお皿が並ばなくてはならないし、そのどれがが過度に大盛りで普通ではなかったら、箸はつけない。
    バイキングのように食べきれずに残すくらいなら、初めから箸をつけないのもマナーの一つだろうと思う。

    愛に形は無い。ありったけを集めて差し出したい時に人はそれを言葉の型にハメ込んでその型を差し出すしか方法がない。表現の仕様がないのだ。
    クッキー型みたいなハート型に似たものを使って・・・「好きです」「愛しています」「付き合ってください」「結婚してください」などのメッセージとともに、存在しない愛を贈る。
    贈り手も受け手も中身がないということを承知の上で、さも存在しているかのように演じる。重要なのは愛があるかどうかではなく愛を差し出したいという気持ちだからその「つもり」でOKなのだ。
    そのくせにあとから「愛がないじゃないか!?」と騒ぎ立てる。元から空っぽのモノなのに・・・承知に受け取っているハズなのに「あの時は確かにあった。」「今は無い」と大切なモノを失ったような気持ちになる。
    愛なんかそもそもそこにはないんだよ!だから失ってなんかいない。

    それでも・・・やはり私は確かなものが欲しいと感じるときがある。
    それは人間である以上、私である以上、単純過ぎるから気持ちが変わって、我慢しきれずに声を出して涙を流しながら欲するモノがある。
    作者同様、他人への純粋な興味や素朴な性欲、人としてつながっていたいと思う素直な気持ちは私の場合も人一倍強い。
    もっと単純に、バカみたいに真っ直ぐな恋ができたら・・・「恋って素晴らしい~」って叫ぶと思う(笑)
    意味ばかりを求めて、せっかくの恋の種を台無しにしてしまった。台無しにしすぎて、もう育む力が今は無い状態だ。
    意味を見ようとするあまり、目の前の人を真っ直ぐにみていない。それがほとんどの恋だったし、それは恋ではなく、歪んだ自己愛でしかないというのも分かっている。

    相手を失ってでも得たかった、確信したかったモノってなんだったんだろう・・・。相手を失ったら意味すらないのに。
    今度こそ願いたい。
    確かなものなどいらない。曖昧にぼやけたものでいい。だたそれをひたすら感じていたい。何も確かめず、量らず、それをそのまま見つめていたい。
    真っ直ぐに視線を上げたとき、見えたものだけをそのまま受け入れたい。そして守っていきたい。
    より深く知る必要なんてなかったのだ。

    最後、学生たちとの交流は自分が「自分」を見つめるきっかけになったという。私も自分自身の恋愛観を考えられる良いきっかけになった。

  • 前川麻子の名前を初めて見たのは、この本の解説を書いている脚本家・桃井章も触れているロマンポルノ『母娘監禁・牝』だった。当時、脚本家・荒井晴彦の脚本が好きでこの映画を観に行った。岡田由希子の飛び降り自殺にインスパイアされ制作された映画だった。テーマ曲はユーミンの「ひこうき雲」。前川麻子は主演の女子高生役でポルノ女優に必要不可欠と思える色気が欠如していたが、独特の声と幼さの残る顔が印象的で魅力があった。作品自体、とても評価が高く、風前の灯火だったロマンポルノ後期の傑作だった。前川麻子が印象に残ったのはそれだけではなく、当時から劇団を主宰し作演出もしていたからだ。初めて読んだ文章は、俳優・松田優作を映画芸術で特集した時の追悼文だった。前川麻子と松田優作とのエピソードを綴った文章がずば抜けて面白かった。
    さて、この小説だが、あまり読みやすいとはいえないが、考えて考えて考えてしまう前川麻子の資質がよく出ている作品だ。主人公は作家であり前川麻子自身を連想させながら、そうではないという虚実を入り混じる世界だが、そういった深みにはまればはまるほど小説が小説たりえて、「嫌いなもの」が好きというロジックが成立する小説独自の世界が構築されている。

  • 私小説?
    視点がすき。自分を含め最近の20代半ばまでって
    ほんとこんな感じがする。
    表面の人づきあいはこなすけど、
    芯がない。見えない。
    そのそもないのか、見えにくいのか。

  • 2008.10.13

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