検察審査会の午後 (光文社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (327ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334744922

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  • 裁判員制度はよく知られていますが、この検察審査会は知りませんでした。

    検察審査会とは、検察庁が不起訴にした事件について、その処置が妥当かどうかを、裁判員制度同様、法律には素人の方々が集まり、審査する機関、どのこと。

    本作は、検察審査会を舞台に、8つの事件を通してその事件の裏を探っていくもの。
    それぞれの謎が、最後に驚きの展開に...一部、謎が謎のままの話もあり、そこは読者におまかせ(?)とのこと。楽しめます。

  • 佐野洋〈黄金の90年代〉を代表する輝かしい記念碑。
    教員の佐田章はある日「あなたは検察員候補者に選ばれました」という葉書を受け取る。検察審査会とは検察が不起訴処分にした事件について不起訴が妥当だったか不当だったかを無作為に選ばれた市民が審議する機関だ。
    本書は検察審査会の補充員に選ばれた佐田が目にした八つの事件を記した連作短編集である。

    佐田が選ばれたのが審査員ではなく補充員だというのがささいなようで重要な点で、佐田は謎解きの主導者ではなくむしろ傍観者に近い立場なのだ。推理は審査員の合議で行われる。佐田の教え子で雑誌記者の米山正樹の発言力が強く、独自取材を行うこともあるが、基本的に神の如き名探偵はおらず、検察審査会全体が探偵役を担う。会議の雰囲気はなごやかで、闊達な議論が交わされる。これは近代人佐野洋の理想の風景ではなかったか。 

    佐野洋の近代的合理主義は60年代には皮肉なユーモアとなって表れ、70年代には組織への帰属意識と並走した。そして80年代の転換期を経て90年代には市民社会の穏やかな社交に結実した。90年代を佐野洋の全盛期と呼ぶゆえんである。

    権力の横暴を許さない佐野洋は、お上から言い渡された検察審査員の義務に唯々諾々と従ったりはしない。第一話「落ちてきた義務」で通知を受け取った佐田はまず検察審査会法に目を通し法律に疑問を抱き、米山と討論する。そして検察審査会法が戦前の陪審法の一部を流用していることに気づく。
    また「心停止時刻」には、私は守秘義務を破って審査会の模様をマスコミに公表するつもりだと宣言する審査申立人まで登場する。この場面ははっきり言ってやりすぎで、佐野洋ならではの「極度の論理癖により生じる意図せぬユーモア」があり「ここで憲法論議をしていても始まりませんよ」という仲裁につい苦笑いしてしまう。

    さて、佐田には過去に不倫がばれて家庭が崩壊し職場も追われたという苦い経験がある。佐田は審査会で会った小渕沢妙子という女性にかつての不倫相手の面影を見て惹かれる。小渕沢妙子にも秘めた過去があり、二人は事件を通して距離を縮めてゆく。この小説は中年の再生とロマンスの物語でもあるのだ。

    見逃せないのは、検察が不起訴にした事件を審議するという特質上、微罪が多くを占めるという点だ。特に「効きめのない祈り」と「心停止時刻」は犯罪とは無縁。佐野洋はかつて微罪を扱った連作短編集『ハンドバッグの証言』を書いたことがあるが、こちらは微罪の裏にもっと大きな犯罪が隠されているというパターンだった。微罪はよくも悪くも前置きだったのだ。一方で本書は、もちろんそういう展開もあるが微罪は前菜ではなくメインディッシュであり「日常の謎」に接近している。とりわけ「効きめのない祈り」は「日常の謎」アンソロジーに採られてもおかしくない。後期佐野洋が「日常の謎」を量産していたことはもっと特筆されるべきではないだろうか。

    このように本書は合理主義・リアリズム・反骨・円熟・ユーモア・日常の謎と佐野洋の美質がちりばめられている作品だ。文句なしに後期佐野洋の代表作と言っていい。佐野洋入門として最適だ。「毒入りだんご」は本格ファンにもおすすめできる。

    「落ちてきた義務」税務署員が脱税捜査のため下着姿の女性の部屋に踏み入ったのは職権乱用か否か。思わぬ展開に。

    「消えた指紋」ホテルの客が急死した。同じ部屋にいた女性が相手を置きざりにして帰ったのは遺棄致死にあたるか。危なげのない展開。

    「効きめのない祈り」母にぼけ防止のお祈りをしてもらったのにぼけが進行した。寺を詐欺に問えるか。問題提起が面白く、申立人との宗教談義も快調。軽やかなオチも好もしい。読み心地がいい。

    「毒入りだんご」愛犬が中毒死したのは仲の悪い隣人が毒入りだんごを仕込んだせいではないのか?二転三転する議論に意外な真相、そして最後の一言の余韻。すばらしい。集中最高傑作で、推理小説の醍醐味がたっぷりつまっている。それでいてあっさり味で10分もあれば読み終えられる手軽さ。これぞ佐野洋。お見事!

    「心停止時刻」町長選の勝者が急死した。心停止時刻によって繰り上げ当選か再選挙かが変ってくる。いつなのか。古典的命題を危なげなく処理。新興宗教がスパイス。

    「紐がからむ」ひき逃げした秘書は代議士の身代りになったのか?低調。

    「盗まれた音」贈りもののぬいぐるみに盗聴器が入っていた。犯人は贈り主なのか?水準作。

    「深夜の刑事」深夜、マンションを見上げていた青年が刑事から職務質問を受け、公務執行妨害で逮捕された。これは職権乱用か?権力の横暴を許さない佐野洋らしい。審査員たちが任意で実地見分に赴きビールを飲むゆったりした描写がいい。

    「落ちてきた義務」 B
    「消えた指紋」C
    「効きめのない祈り」A
    「毒入りだんご」AA
    「心停止時刻」C
    「紐がからむ」C-
    「盗まれた音」B
    「深夜の刑事」B
    『検察審査会の午後』AA

    平均点は高くないけれど全体の雰囲気が良いので連作全体の点は高い。
    今さらだが採点基準は
    AAA オールタイムベスト級の名作
    AA 年間ベスト級の傑作
    A 人に薦められる秀作
    B 人に薦めるほどではないけど佳作
    C そこそこ
    D いまひとつ
    E 駄作
    「効きめのない祈り」と「毒入りだんご」だけでも古本か電子書籍で読んでほしい。

    あとがきによると本書は赤旗に連載された長編『卑劣な耳』の取材中の副産物として出来上がったらしい。週刊新潮の掲示板で検察審査員の経験者を募った由。

    新潮文庫の解説は井口泰子。佐野洋が冤罪を告発するノンフィクション『静かすぎる被告人』『檻の中の詩』を紹介し、この権力への厳しい姿勢が本書を生んだことを教えてくれる。ただ、1970年に自分がサンデー毎日の新人賞に応募する際「推理界」編集長という肩書を隠して小学校教師をしていた妹の名前を使ったところ選考会で佐野洋が「これはとても小学校の女性教師によるものとは思えない」と激賞してくれたらしいという話を「今だから話せるちょっといい話」風に書くのはいろんな意味でどうなのだろう。
    本書はおそらく裁判員制度が導入されたタイミングで光文社文庫から復刊されている。この時の解説は誰だったのだろう?電子書籍には解説はついてなかった。

    ところで本書については村上貴史編『名探偵ベスト101』でユニークな考察がなされている。この『名探偵ベスト101』は意欲的な本で、名探偵ガイドブックのふりをして執筆者たちが自分のマニアックな名探偵論を熱くぶつけている。初心者は考慮外。なにしろホームズが登場しないのだ。その癖のある選者たちが選ぶ名探偵101組の中に検察審査会が入っている。この項の執筆者は杉江松恋。
    杉江松恋は検察審査会を日本版の陪審員制度であると同時に安楽椅子探偵でもあると説く。(検察審査会は現場に赴くこともあるので純粋な安楽椅子探偵ではないのだがそれは隅の老人にもいえることなので固いことは言わなくてもいいだろう)

    「また探偵一人はいくらでも代替可能である(略)検察審査会では探偵の卓越した知性ではなく、推論の地味な積み重ねによって謎を解くのである。人は純粋な討論だけで真相にたどり着くことができる。かつて美濃部達吉が筆禍事件を引き起こした「天皇機関説」に倣って、検察審査会の示す探偵のあり方を「探偵機関説」と呼んでおこう」

    神の如き名探偵を拒否した佐野洋が考案したのが探偵機関説だと見なしてみると、百年を越える推理小説の歴史が一冊に凝縮されているかのように思えてきて感慨深い。

  • 「あなたは検察審査員候補者に選ばれました」高校教師・佐田のもとに届いた一枚の葉書。それは、検察官が下した不起訴処分の妥当性を市民が審査する日本独自の「陪審制」検察審査員の選任通知だった。落ちてきた突然の義務。佐田は、さまざまな事件に関わりながら、次第に興味を深めていく。

  •  近年、検察審査会が大きな注目を集めたのは、民主党・小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件で、検察審査会が「起訴相当」と議決した時のことだ。そのちょっと前にはJR西日本の福知山線脱線事故に関して検察審査会はJR西日本の歴代社長3人を「起訴相当」と議決している。
     これらのニュースで検察審査会ににわかに注目が集まったのだが、実際、それまで検察審査会制度なんて知らなかった、という人が多かったのではないか。
     僕自身は本書、佐野洋氏の推理小説『検察審査会の午後』でこの制度を知った。この小説は1992~94年にかけて雑誌に連載されたもので、95年に新潮社から刊行されたものが、2008年に光文社文庫から復刊されたものである。
     復刊のきっかけは裁判員制度の実施を目前に控え、市民の司法に対する意識が高まっていた事が背景にあるらしい。日本版の陪審制度とも言われる裁判員制度だが、実は検察審査会制度は、戦後GHQが陪審制度を押しつけようとしたのに対し当時の司法官僚が抵抗して誕生させた制度だという。そんな事も本書で知った。

     その検察審査会制度だが、これが実に興味深いのである。その役割は検察官が不起訴処分とした事件に対して異議申し立てがあった場合、その妥当性を市民が審査すること。選挙権を有する国民の中から選ばれた11人の検察審査員が、市民感覚で不起訴処分のよしあしを審査する。くじによって選ばれた市民は特別な理由がない限り拒否することはできない。なんかここらへんも裁判員制度と共通する。
     冒頭に述べた小沢幹事長の場合、検察が小沢幹事長に対して2月に下した「不起訴」という処分について、市民団体が検察審査会に審査を申し立て、その結果「起訴相当」という議決が出た訳だ。

     さて、そんな本書は連作短編集。作者自身が検察審査会について疑問に感じたことなどを小説にしていったと述べており、実際、作中では検察審査会の意義や意味についてなど熱心に論議されていて、読んでいて審査会のしくみがよくわかる上、問題点なども浮き彫りになるようになっている。

     本書の語り手である中年高校教師の佐田は、ある日突然検察審査員に選ばれる。教員という立場が法律の条項によって辞退の理由になるため、当初は審査員になることを断ろうとするのだが、元教え子の審査員のすすめで参加するうち、その役割の重要さに目覚めていくのだった。
     本書中で検察審査会とは「検察庁から渡された記録や証拠、及び証人の尋問で判明した事を根拠に判断を下す」と語られており、検察審査員たちは会議室の中で様々な記録や証言を基に事件の真相を探っていくことになる。
     義務であるのだから探偵とはちょっと違う気がする。しかし推理小説として成立している以上、審査会は探偵のような役割も担っているのだ。杉江松恋は『名探偵ベスト101』(村上貴史編、新書館)において本書を取り上げ、「検察審査会を、変形の(日本型の)陪審員集団と見ることもできるが、また安楽椅子探偵の一種とみなすこともできる」と述べている。

     ここで面白いのは、佐田が単なる検察審査員ではなく、補充員であるという設定だ。審査員と違い、審査員に何かあった時のために選ばれる補充員は審査に口を出すことはできないが、しかし出席をしなくてはならない。佐田に言わせれば「いつ試合に出るかも決まっていない準レギュラー」なのである。
     不起訴が相当なのかという点のみ議論し、しかも推論の積み重ねのみで真相を探っていく検察審査会。
     佐田は大小様々な事件と相対しながら、市井の人々の心の中に隠された大切な人生模様に触れていく。そんな佐田も実は過去にちょっとした傷を抱えていた。
     事件の物語と並行して描かれる、同じく審査員に選ばれた女性とのほのかな恋心も、熟年らしく展開がしんみりとしていて味わい深い。
     また携帯ではなく固定電話で連絡を取り合ったり、メールではなく手紙がきたりという描写も時代を感じさせる。

     本書では検察審査会の議決には法的拘束力はないのだが、現実には2009年に法律が改正され、拘束力を持つようになった。そのため小沢幹事長やJR西日本の事例が大きな関心を集めたのである。

     市民の司法参加は賛否両論様々な意見があるが、本書ではその魅力も問題点もわかりやすく教えてくれる。今後この題材を扱った小説が増えるかも知れない。その意味では既に十数年前にこの題材をものしている佐野洋氏の慧眼に驚かされる。
     1996年には「事件・市民の判決」としてテレビ東京でテレビドラマ化されている。

  • とにかく引き込まれる、とにかく上手い、とにかく面白い!勉強にもなるし、考えさせられる。そして後味がいい。

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著者プロフィール

1928年生。小説家。『華麗なる醜聞』で日本推理作家協会賞。『轢き逃げ』など。2013年没。

「2021年 『カチカチ山殺人事件』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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