松本清張短編全集 10 (光文社文庫 ま 1-22)

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  • 光文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (311ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334746049

感想・レビュー・書評

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  • 気軽に読めた。

  • 表題作のラストの一文が与えるやるせなさが凄い。全体としては人間の負の感情というよりも社会をはじめとする様々なものに翻弄される人間の哀しさを描いた作品が多かった。

  • ・空白の意匠

    主人公:弱小地方紙の広告部長。50代。

    動機:新聞の欄を空白にすることを何よりも恐れている。

    弱小地方紙の広告部長は生殺与奪権を握る中堅広告代理店の年下の課長補佐に卑屈なまでに期限を伺っている。しかしこの広告代理店もまたこきゃくである大企業には平身低頭である。
    弱者と強者。その強者もまたさらなる強者にいびられている社会の形。
    最後のケジメは社会のシビアさの表れ。


    ・潜在光景

    主人公:30代のサラリーマン

    出世の野望もなく冷たい妻と会社をただ行き来するだけの毎日。その中で男は同級生だった女とであう。女は夫をなくし息子と二人暮らしだった。男は女の家に通うようになる。
    不倫という後ろめたさもあり、男から見れば女の連れ子というのは不気味な存在である。
    そして連れ子からしてみれば、ある日突然家で父親のように振る舞い母親と関係をする男は歓迎せざる存在だった。
    この両者の微妙な「ズレ」が悲劇を有む。


    ・剥製

    主人公:特になし

    記者の目を通して鳥寄せの名人とかつての売れっ子評論家の『剥製』ぶりを描く。
    時代に取り残され情熱も失った『リビングデッド』とでもいいかえられるだろ
    う。
    この小説における躓きの石(煩悩)は生きる気力を失ったリビングデッドが見せる欲の醜さ。人間の剥製が見せる金欲。


    ・『駅路』

    主人公:失踪した元銀行の営業部長 50代 退職

    失踪した元銀行の営業部長の足取りを追う刑事の目を通して人生の終わりに近づく初老の憧憬(憧れ・夢)を描く。
    この小説の躓きの石【煩悩】は永年、自己の自由を犠牲にして営々と一家を築いた虚無とそれからの開放
    人間は絶えず子供の犠牲になる。
    家庭というものは男にとって忍耐のしどおしの場所。
    そしてほとんどの男はそこからは逃れられず、耐え続けてその人生を終えるのだ。
    虚無。
    それは人生の終わりが見えた初老になれなければ見えない景色。

    ・厭戦

    主人公:針尾佐平 

    朝鮮出兵から逃れ郷に戻り処刑された男の思いを第二次大戦中に朝鮮で任務についていた作者の思い出を重ねあわせながら描く。
    この男が抱いている石(煩悩)は望郷の念。
    異郷の地で死を身近にすると激しい望郷の念に駆られる。


    ・支払い過ぎた縁談

    主人公:ケチでプライドの高い地方の旧家の当主

    ケチでプライドの高い地方の旧家の当主と同じく気位の高い娘。それらが邪魔して行き遅れていたが、いつか周囲を見返せると思っていた。そこを詐欺師に突かれ金を盗られる。
    男と娘が抱える石(煩悩)はケチという金欲と旧家という自尊心。

    。愛と空白の共謀

    主人公:夫を失った女 20後半~30前半

    情事が人生の危機になる経路を描いたもの。
    登場人物は皆肉欲という石(煩悩)を抱えている。
    しかし女の不倫相手である男が保身しか考えていない一方で
    夫の不倫相手だった女は妻である女を傷つけないようにして
    夫の亡骸を返してくれた。
    相手への思いやりがあったのだ。


    ・老春

    主人公:家族から疎まれている性欲を持て余した老人 80歳前後

    家に来る女中に次々と好意を抱き嫉妬し、ストカー化する老人。
    老人の性欲。
    男が抱える最大の石は性欲だ。
    それは老いても変わらない。
    腰が曲がり歯は抜け汗と鼻水とションベンを垂れ流しにしている
    老人にもそれは確かに存在する。



    解説 山前譲

    ―こうして松本清張は日本の権力に肉薄していったが、権力が事件を招くのは何も国家レベルの政治や行政の世界だけではない。人間に全く同じ存在はないから、ふたりいればそこに必ず力の上下関係が生じる。どちらかがある種の権力を有するのだ。人間社会には様々な力関係が張り巡らされている。肉体的な力関係はもちろんのこと、経済的、あるいは精神的な力関係から決して逃れられない。そこには利害関係も生じてくるだろう。

    ―松本清張は権力を手にしている人々ニキビイ視線を向けてきた・・・小学校高等科卒というじしんの学歴を、松本清張が全く意識しなかったとは言えないだろう。けれど、根底にあるのはやはり一人の人間としての憤りだった。【抱えた石

    それが読者の共感を呼んだのだろう。


    ・清張作品における躓きの石 高任和夫(作家)

    松本清張の小説を読んで気付くのは、あまたの躓きの石が織り込まれていることだ。権力欲、立身出世欲、金銭欲、愛欲などもろもろの欲望、それから嫉妬、猜疑、怒りなどの感情。言ってみれば煩悩だが、なかなか他人が離れられない躓きの石が巧みに配置されていて、それが物語の伏線になり、カタストロフへと導き、そして読者の共感を呼ぶ。行ってみればそういう構図だ。

    例えば『砂の器』。この小説や映画が評判いなったのは、躓きの石が宿命とでも言うべきものであって、そのあまりの大きさが、我々を圧倒したからだろう。
    松本清張は社会は推理作家と評されたが、それは清張が描く躓きの石がいかにも現実性があるように見えたからだ。清張はトリックを描きたかったのではなく、人それぞれの『石』を描きたかったのだ。


    ・個人的感想

    人間は煩悩に塗れている。
    そしてその煩悩と言う石にに躓き苦境に陥っていく。
    如何にその石に躓き、ドラマをカタラストロフに持っていくか。
    それが大事なのだろう。


    ―キャラの核となるのは
    『欲望』と『感情』という逃れられない煩悩

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著者プロフィール

1909年、福岡県生まれ。92年没。印刷工を経て朝日新聞九州支社広告部に入社。52年、「或る『小倉日記』伝」で芥川賞を受賞。以降、社会派推理、昭和史、古代史など様々な分野で旺盛な作家活動を続ける。代表作に「砂の器」「昭和史発掘」など多数。

「2023年 『内海の輪 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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