しずく (光文社文庫 に 19-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334747220

感想・レビュー・書評

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  • “女ふたり”と聞いて、どんな”ふたり”を思い浮かべますか?

    PUFFY、ピンク・レディー、Kiroro、花*花、Wink 、あみん、BaBe、ClariS、ザ・ピーナッツ…。誰も歌手の名前だなんて言ってませんよ。でも、”女ふたり”って言われるとまずこんな”女ふたり”が思い浮かびますよね?どの名前で反応するかで歳がわかってしまう?余計なお世話ですね。失礼いたしました。まあ、これはこれで面白そうな”女ふたり”ではあります。では、歌手以外ではどうでしょう。あなたの頭の中には、どんな”女ふたり”が思い浮かびましたか?自分と親友のAちゃんです!通勤の時、いつも二人で歩いているのを見かける小学生の女の子二人かな?金さん銀さんっていう双子のおばあちゃんを昔のニュースで見ました…そうです、その調子。”女ふたり”が一つの風景を作っていく、そんな場面を我々は思った以上に知っています。男の私には恐らく一生理解できないままに終わるであろうさまざまな”女ふたり”が作るその世界。この作品は、西加奈子さんが描く、六つの”女ふたり”を描いた短編集です。そこにあなたは、こんな”女ふたり”ってあり?とハッとして、こんなドラマが生まれるんだ!とさらにハッとする、そんな世界が描かれていきます。

    六つの短編からなるこの作品。それぞれの内容に直接的な繋がりはありませんが、すべての主人公が、普段一緒にいることのない他の女性との時間を共に過ごす姿、”女ふたり”の世界が描かれていきます。そんな世界は、読者が思いもよらない繋がりも描かれます。では、六つの中から三編目の〈木蓮〉の冒頭をご紹介しましょう。

    『木蓮が咲いていた。マンションまでの坂道、白い花びらを大きく広げたそれを眺めながら、わたしは自転車を漕いでいる』という主人公の『私』。『とても暖かい日だ』、と『懐かしい友人から』の手紙を読みながら、コーヒーを淹れる『私』。『部屋には甘い匂いが立ち込めている』という『いい日だ。とてもいい、日曜日』と感じる『私』。『コーヒーを一口飲んで、私は、思わず口を開く』、そして『…糞…っ!』と呟きます。『こんないい日曜日は、滅多にない。とても気持ちのいい日曜日が訪れた。なのに』というその理由。『あいつが来る。くそ、考えただけで、胃がぐらぐらする』という『私』。『陰険で底意地が悪く、獲物を取り逃したウミネコのような、苦々しい顔をしている』というマリ。『七歳。私の恋人の、子供だ』というマリが来る。『私の恋人は、四十一歳。三十二のときに結婚し、最近離婚した』が『前妻はフライトアテンダント』で『親権は彼女に移った』ものの『長いフライトがあるとき』は恋人が預かるしかない状況。『私と付き合いだしてからも、彼は月に一度の日曜日、娘に会う』というその後、『「マリちゃん、元気だった?」と、優しい女を演じていた『私』は『三十四歳。バツイチでも子持ちでも、文句は言えない』と感じています。『彼を捕まえておかなくては後が無いという焦り』を感じる『私』。そんなある日『今度の日曜日、マリに会ってもらっても、いいかな?』と言われ『うわあ来たぁ』と思った『私』は『子供が嫌いだ』、『大人には想像もつかないような残酷性があり、排泄物関係にルーズ、粘液系にもルーズだ。つまり汚い。我儘で…』と文句が止まらない『私』。『恋人は逃したくない』という一心だけで承諾した『私』。『「足、ふとーい」それが、マリが私を見たときの第一声だった』というその時、『ずん、と子宮が下に落ちた気がした』という『私』。そんなマリとの時間は『ふつふつと湧き上がる黒い怒り』、『よし、殺ろう』という怒りに堪える時間でした。『恋人。恋人を逃したくない』その一心で我慢した『私』。その後しばらくして今度は『一日、マリを預かってくれないかな?日曜日なんだけど、どうしてもはずせない仕事が入って』と恋人に言われ『あんぐり』する『私』。そして運命の日曜日、『チャイムが鳴った』、『来た!くそ』というマリと『私』の一日が始まりました…というこの作品。まさかの、恋人の子供というフェイントとも言える”女ふたり”の繋がりを描いていく西さん。苦笑いするしかない展開が、ホロリと来る結末へと向かうこの作品。これは、面白い!そう落とすのか!という作品世界にすっかり魅せられてしまった傑作でした。

    そんな”女ふたり”が描かれるこの作品では他にも、かつての小学校時代の親友との再会とその後を描く〈ランドセル〉、空き家となる自宅を貸した相手との関係を描く〈灰皿〉、旅先で出会った女性との関係を描く〈影〉など、一癖、二癖ある”女ふたり”が描かれていきます。決して赤の他人ではないとは言え、よく知らない相手と関係をゼロから築いていくというのは実生活でも大変なことです。お互いの探り合いから始めるその関係。お互いの何かしら共通点を探し、無言になる時間を作らないように気を使うそんな時間は、誰にとってもなかなかに大変だと思います。しかも、この作品で描かれるような唐突にできた関係ならなおさらです。そんな二人が関係を築いていく様を見る読書、これはなかなかに興味深いものがありました。

    そして、そんな”女ふたり”の六つの短編の中に異端の光を放っているのが、この短編集のために唯一書き下ろされたという〈しずく〉です。『ねえ、サチ、見てよ、あのふたり。忙しいフリしちゃってさ。』『いやあね。小走りして、働いているような気持ちになってるだけよ。』という女性二人の会話のシーン。いそいそと駆け回るふたりを見て、噂をし合うというなんてことのないシーンが描かれていくこの作品。ところが『大体人間ってのは、肉球がないもんだから、足音がうるさくて、いけないわね』えっ?『二本足で歩くなんて、本当に、みっともないし。』えええっ?というこの作品。『フクさんとサチさんは、二匹の雌猫です。』というなんと、まさかの猫視点で描かれた短編です!猫視点で書かれた作品というと、有川浩さん「旅猫レポート」、島本理生さん「あなたの愛人の名は」など名作揃いですが、この作品が特徴的なのは、この短編集のテーマ”女ふたり”に沿って”雌猫ふたり?二匹?”というなんとも意欲的な設定で描かれているところです。まるで、人間の”女ふたり”の会話のように自然な会話が進む中に、『柔らかい肉球でぺたぺた』、『猫砂の中でも、二匹はじっとしていません』、そして『のおおおおおおおおおおお』、『だふうううううううううう』という鳴き声など、”雌猫ふたり?二匹?”を意識する描写が続きます。そして、上記した会話のように完全に猫視点となったと思ったら、『二匹は、思います。』と、少し引いた視点になったりと、その描き方がとても絶妙だと思いました。うるっとするその喪失感のある結末に、この先、二匹の猫たちはどうしたのだろう?と小説の中のことながら読後にとても尾をひく作品。とてもリアルな猫の日常描写とともに、猫好きな人にはたまらない作品だと思いました。

    そして、そんなまさかの猫視点の短編を五編目という絶妙な位置に置いて、六編目の母と娘という”女ふたり”を描く、内容的にも最後に置かれるに相応しい〈シャワーキャップ〉へと繋ぐその配置。読み終わって感じるのは、猫視点の〈しずく〉の絶妙な存在感でした。この作品の存在が他の五編を引き立てるような不思議な感覚。この短編集のために、わざわざ西さんが書き起こしたその意味がわかったような気がしました。

    そんな六つの短編から構成されるこの作品。『肉親であろうと、年齢が離れていようと、一生会えない関係であろうと、そこにある「友情」は、何にもかえがたい、強いものだと思います。』という西さん。『絶対に金では買えねーぞい』、『友情は永遠に続く』という”女ふたり”の強い絆を感じさせるこの作品。

    西さんの作品は、三冊目となりますが、この短編集はとてもよくできた作品だと思いました。西さんの長編の場合、少しプラスアルファの描写が多い傾向にあるように思います。もちろん、そんな部分含めて魅力なんだと思いますが、一方で少し焦点がぼやける印象も受けました。しかし、この作品は短編ということで、そういった部分は全くなく、誤解を恐れずに言うなら、いわば無駄な部分が削ぎ落とされて、極めて純度の高い物語がそこには展開されていたように思います。冒頭、もしくは中盤で不穏な空気が漂う場合もありますが、いずれも結末は後味の悪くない、さっぱりとした、もしくはうるっとくるような、”とてもいい話”を読んだ感の残る六つの短編からなるこの作品。読後、表紙を見ながら、この短編集いいなあ、思わずそう呟いてしまった作品でした。

  • とてもいいです。

    生きていくと、辛いこともあるよね。
    でもなんとかなるさ。

    それでもいろんなことあるよね。

    奥が深くて一言では言えないけれど、西さんの小説にはいつも驚かされます。
    もっといろいろ読んでみたいです(サラバ!も買いました。近いうちに。。。)。

    同時に読もうと思って買っていた、映画にもなった本が(西さんの本と比べて)あまりに浅くて挫折しそう。比べるものではないのかもしれないけれど。

  • 女二人がテーマの短編集。
    西加奈子さん初読みにもオススメ。

    「ランドセル」
    かってピンクのランドセルで一緒に小学校に通った幼馴染。
    大人になって偶然再会し、ロスへ旅行することになるが‥?

    「灰皿」
    夫を亡くし、30年暮らした一軒家を貸すことにしたら、借り手は意外にも若い女性。
    小説家だった‥

    「木蓮」
    34歳の女性が恋人の幼い娘を一日預かることになる。
    7歳の子に振り回され、だんだん‥?

    「影」
    会社の同僚の地味な男性とふと付き合ったことが問題になった女性。
    旅に出た先で若い娘に出会い‥?

    「しずく」
    猫のフクさんとサチさん。
    もともと彼と彼女に別々に飼われていたが、同居することになった。
    楽しい暮らしだったが、忙しくなった二人はしだいに‥
    猫の視点からの描き方がいいですね。
    同じようなことを言い続けて喧嘩したり、それを忘れたり、何となく一緒にいることに慣れたり‥

    「シャワーキャップ」
    恋人と結婚を考えている若い女性。
    頼りない母親に苛立つが、それでも‥?

    道を間違えていくような不安と、軽い苦味があるけれど、どこかでほっとするような空気感もあり、辛いことがあってもでも‥何とかなるよ、というまなざしを感じさせます。
    「しずく」が切なくて、印象に残りました。

  • 何年も前に、初めて読んだ西さんの作品。
    久しぶりの再読。

    表題作「しずく」から「シャワーキャップ」の2編は号泣してしまう。そう、再読でも号泣してしまいました。
    西さんの物語は、本当に映像がありありと浮かぶせいか、この短編集の主人公たちがみな長女的なキャラクター(個人的見解w)だからか、自然と感情移入しています。
    物語との距離を感じないというか…もう今ココなんですよね…素晴らしいです。

    最初読んだ時だったら、星4つくらいにしてたと思うけど、改めて読んでのこんだけ響いたのでもうこれは星5つです!

  • 勿体無くて読み終わりたくない気持ちと、続きが気になり読み進めたい気持ちが入り混じりながら、結果的にあっというまに読み切ってしまった。
    短編小説集。

    どのお話も良くて、あーーー西加奈子大好きだーーー!となりながら読んでいたけど、特にぐっときたのは、「木蓮」と表題作の「しずく」。

    バツイチの恋人の娘に嫌悪感を抱きながらも、恋人に好印象を抱かれたくて距離を詰めようとする話、木蓮。
    エッセイ漫画などでは、連れ子との関係づくりに主人公はさめざめと悩む、という描写を時々目にする。
    だけどこの主人公は、心の中で「くそ、餓鬼が」と暴言吐きまくりなのが、思わず笑ってしまう。
    読者はページを捲る際にどんな結末になるのか想像しながら読むが、いつも西さんは予想を裏切り、期待値をぽん、と超えてくる。

    表題作の「しずく」では、思わず涙がこぼれてしまった。小説家のシゲルとイラストレーターのエミコに飼われる、2匹の雌ねこの物語。
    ねこであるフクさんとサチさんの、ねこっぽい絶妙な思考回路が、ねこを飼ってる人ならクスリとしつつも、なんかわかるな〜と思ってしまう。
    そしてシンプルに、読者をねこに感情移入をさせる、泣かせる西さんが凄すぎる。
     

    せきしろさんの解説も面白くて、読後の余韻が気持ちよかったです。

  • 女2人の物語、6つの短編集。
    解説も面白い。
    「その服、お気に入りなんですか?」になんとリアクションするか?
    素直になればいいのね。

  • 女ふたりが出てくる短編集。西加奈子の描く母娘はあったかくて泣けるので、最後に「シャワーキャップ」を持ってきてあるのも納得。表題作「しずく」とともに、胸がじわっとあたたかくなるような幸せな読後感がある。「影」は周囲からの見られ方と本当の自分自身とのギャップに悩む一番西加奈子らしい話だなって思った。ちょっと下品でその笑わせ方は反則だよって思うところもちょこちょこあるのだが、色んな意味でちぐはぐな女ふたりがたしかな友情やつながりを育んでいくさまはまぶしい。日々、思いのよらないところに人との出会いがあり、そこから学ぶことが多々ある。

  • 西加奈子の短編集。


    「しずく」

    泣かせる話ではないのかもしれない。
    けど、猫のあまりの微笑ましさに涙が止まらなかった。
    猫が好きな人も嫌いな人も、ぜひ。


    「シャワーキャップ」

    はやく、お母さんに会いたい!!
    何もかもが大丈夫って気持ちになる。お母さん。
    不思議だなぁ。私もそんなお母さんにいつかなりたい。

  • 六篇いずれも佳作揃いだが、敢えて選ぶと、「灰皿」、「木蓮」、「シャワーキャップ」の三篇がよかった。

    「灰皿」に登場する作中作『わたしがうんこを食べるまで』は、設定が強烈で、身体は拒否反応を示すが、(作中作の)作者の悲しみは想像できるような。。(スカトロ趣味の彼氏から、表題の要求を受けて、好きな余り何とか実行できた喜びをその彼に向けて綴った作品の出来がよかったため、つい世に出してしまい、その彼が怒って別れた、という筋書き。。)

  • 最後に、裏表紙のあらすじを読んで、どういう括りの短編集なのか分かった。
    全部がそれぞれおもしろかったが、特に表題作がすごかった。

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著者プロフィール

1977年イラン・テヘラン生まれ。2004年『あおい』で、デビュー。07年『通天閣』で「織田作之助賞」、13年『ふくわらい』で「河合隼雄賞」を、15年『サラバ!』で「直木賞」を受賞した。その他著書に、『さくら』『漁港の肉子ちゃん』『舞台』『まく子』『i』などがある。23年に刊行した初のノンフィクション『くもをさがす』が話題となった。

西加奈子の作品

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