イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (364ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334751098

作品紹介・あらすじ

19世紀ロシアの一裁判官が、「死」と向かい合う過程で味わう心理的葛藤を鋭く描いた「イワン・イリイチの死」。社会的地位のある地主貴族の主人公が、嫉妬がもとで妻を刺し殺す-。作者の性と愛をめぐる長い葛藤が反映された「クロイツェル・ソナタ」。トルストイの後期中編2作品。

感想・レビュー・書評

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  • ▼えぐいです。トルストイさん。

    ▼「イワン・イリイチの死」は、俗物の役人(貴族なんだっけな)が結婚して働いて子供もできて出世もするけど中年?初老?で病を得て死ぬ。なんだけどこの人がもう、なんのためにどう生きてきたのか、人生が絶望至極の中で病にもだえ苦しむ姿が、もう圧巻‥‥。実にひやりとじめっと冷たくて絶望的な強烈さと突き放したユーモアに包まれる衝撃。

    ▼「クロイツェル・ソナタ」要するに「嫉妬の余り妻を殺害しちゃった男の回想物語」なんです。19世紀?20世紀初頭?のロシア社会のなかで、この人は別段死刑にならずに数年して社会復帰している。そして、たまたま列車で乗り合わせた若者が、知識ゼロから彼の回想を聴く、という趣向。

    ▼嫉妬に心さいなまれ、壊れていく人格の描写がすごくって・・・。ふっと思い出したのは別の本の以下のやりとり。

    「私は人を殺すような人間ではありません!」
    「たれだってそうだ。最初の殺人を犯すまでは」
    (薔薇の名前だったか?)

    ▼比較すれば、当たり前なんですけれど「戦争と平和」にはかないません。「アンナ・カレーニナ」だって相当にレベルが違います。それにしても強烈な中編ではあって、トルストイっていう人も中年期に代表作書いちゃったから、老年期の創作っていうのは一種もどかしさもありながらも、それでもやっぱり力はあるんだなあ…と思い知りました。

  • 昨年夏にみた映画「生きる」カズオ・イシグロ版がとても良くて気に入る→お正月にそのオリジナルである、黒澤明の「生きる」を見る。なんかすごい話だな、志村喬の目の演技すごいな…。これの元になった小説があるんだ、しかもトルストイなのか→この本に辿り着く。

    こんな流れで読み始めた。
    トルストイは実ははじめて読んだ。
    戦争と平和、アンナ・カレーニナ。
    ドストエフスキーと並ぶ長大重厚露文作家である。
    私は長大も重厚も得意ではなく、読めた露文は、ツルゲーネフ(でももう忘れた)、チェーホフ(同じく)、プーシキン(面白かった)くらい。

    本書はトルストイの後期の中編が二本という構成。

    ◯イワン・イリイチの死
    倒叙スタイル。ひどい葬式だなと思うも、イワンの人生パートに入ると面白くて目が離せなくなる。
    結婚って、妻に子供が生まれることって、男にはこんなふうに見えるのか、さすがに今どきこんな考えの人はいないだろうけど身勝手150%でいろいろ不快。
    でも、死というものを描くもろもろがとても手が込んでいて、面白かった。
    死を前にした世界には、有無を言わせぬ迫力がある。
    というか、映画と全然違うのね?!
    公園もブランコも出てこないぞ。

    ◯クロイツェル・ソナタ
    これも倒叙。列車という舞台装置が楽しい。
    男女のもつれ、恋愛、結婚とは。謎のじいさんの告白。
    みんなをドン引きさせたその発言の真意は。
    というところから始まる、やはり現代とは倫理観の違いすぎる結婚すれからし物語。
    幼稚で身勝手な男の論理にムカムカと腹が立つし、情けなくてなんだか泣けてくる。
    でもやはり話はすごく上手い。こまかなボタンの掛け違い、ちょっとした関係改善と、またケンカ。
    あー、あるある、と読者を納得させる力がある。
    印象的だったのは、
    p294
    《妻ですか?そう、妻はいったい何者だったのでしょう?彼女は神秘です。昔も今もね。私には彼女が分かりません。私が知っているのは、動物としての彼女だけです。でも動物を押さえつけるなんてことはどうしたって不可能だし、またそれで当たり前なのですから。》

    女をこんなに他者だと思ってるんだな。
    その感覚が怖すぎる。

    クロイツェル・ソナタはタイトルのとおり、音楽とその作用が物語のキイ。
    いったいどんな曲だろうと思っていると、この本を読み終えた翌朝、ラジオ音楽の泉でベートーヴェンのクロイツェル・ソナタが掛かってびっくり。
    こんな曲かあ、たしかに狂おしい。


  • 「イワン・イリイチの死」
    腎臓だとか盲腸だとか書かれているが、けっきょく原因はよくわからない。わからないけど確かなのは、イワン・イリイチの肉体は死に向かって着実に歩を進めているということ。
    しかしイワン・イリイチがとり憑かれるのは病魔ばかりではない。……たとえば死への恐怖、医者や家族への不信、周囲からの孤立、おさえようのない呻き声、下の処理ができない屈辱感、気まぐれに襲ってくる激痛、絶えずつきまとう精神の苦痛、なにかのためにではなくただ苦しまなければならないという絶望感、死にたくはないが治ることはありえないという無力感……。
    作者は死にゆくひとりの人間の精神を容赦なく解剖していく。だからここで描かれるはいちいち丁寧に切り取られ陳列された精神の臓腑なのである。作者の解剖が完成したところでイワン・イリイチの役目が終わる。そしてそこで彼にはやっと安息が与えられるという仕掛けなのだ。

    「クロイツェル・ソナタ」
    夜を徹してひた走る列車の車両。三人の乗客がおのおのの結婚観をぶちまける。
    老人「円滑な結婚生活を送りたいのなら、主人がその妻を若いころからしっかりとしつけておくことが肝心じゃ。そして妻はそんな主人を畏れ、主人に黙って従うものなのじゃ。そんなこと昔からちゃんと決まっておるのじゃ。」
    おばさん「あ~ら、そんなのまるで化石のような価値観じゃございませんこと? 女も感情を持った一個の人間でございますでしょ。だから自分を押し殺してまで男の好きにされる筋合いはありませんことよ。結婚生活を成立させるのはたったひとつ、真実の愛ざ〜ますわよ。」
    おっさん「みんな正直になろうじゃないか。そもそも一年以上も愛情など続くわけがないのだ。結婚生活に存在するのは性欲と嘘と憎しみだけ。だから当然のなりゆきとして、夫婦は数えきれない修羅場を経験したあげく、その仲はいずれ完全に崩壊するものなのだ。そうなると妻は簡単に浮気に走る。それを知った夫は激昂のうえ妻を絞め殺す。――あ、わたしですか? わたしの場合、奥さんは刺し殺しましたけどね。」
    ………もちろん「結婚」というのは”制度”。そしてそれを行うのは人間という”生き物”。だからいろんな問題や支障はそこに生じるでしょう。
    いやしかしこれは結婚がどうだとかいうより、このおっさんが悪い。こんなおっさんに関わったら全てのひとが破滅して終わるだけ。でしょ?

  • 黒沢明監督の現代映画『生きる』がイシグロカズオ氏の脚本でリメイクされたと聞き、改めて生きるを視聴しよう!と思った矢先に出会った一冊です。

    黒沢監督はこのトルストイの短編から着想を得て、死を間際にした男が何を考えるか、説こうとしました。
    本作品はその原型として読んでみたのですが、似た展開をしつつ、違うものです。

    黒沢映画は、作中で主人公の死を突然挟むことで、観るものに驚きを与える効果を狙ったようにみえます。
    前半だけ観ていたら『もしかしたら彼は助かるかもしれない』と思うこともできる。

    対して、トルストイはそういった驚きよりも、不可避の死を冒頭数ページで描写します。
    助かるかどうかという可能性はゼロにして、必然的に起きる死に対して、その過程が書かれます。
    最期の数時間の描写は三度読みするほど迫真です。

    この原作と『生きる』、そして2023年公開の『living』を一気見して、三者三様の死との向き合い方を比べてみようと思います。



  • トルストイ後期の中編2作を収録。普遍的なテーマ「死」「性と愛」をめぐる葛藤を鋭く描き、共感と議論を呼んだ。

    【イワン・イリイチの死】
    冒頭でいきなり死亡が告げられるイワン・イリイチ。45歳で死んだ彼の生涯は、果たしてどのようなものだったのか、死の間際に何を思ったのか、をたどるのが概要。

    外聞をはばかり仕事と家庭生活を切り分ける、つまり建前と本音を常に使い分けるようなイワン・イリイチの生き様の描写には、現代人を風刺するようなところがある。やがて病気により徐々に死に向かっていくなかで、そうした生き方が間違っていたのではないかと人生を振り返ることになる。

    嘘に塗りかためられた周囲の反応から、精神的に孤立してしまうが、召使のゲラーシムとだけは心を開いた交流ができる。その理由が非常に鋭い人間心理の描写となっており、この作品の本質を象徴するポイントだといえよう。

    「人生がこれほど無意味で、忌まわしいものだったなんて、おかしいじゃないか。……ひょっとしたら、私は生き方を誤ったのだろうか?」
    自問自答に果てにイワンが見出した答えとは……。トルストイ後年の精神性をうかがえる作品だったと思う。

    【クロイツェル・ソナタ】
    結婚観の論争から始まる本作。肉体的な性愛を超えた精神の親和ですらも、生涯続く愛情とはならず、現代の結婚などまやかしに過ぎないと豪語する白髪の紳士。陰のある彼の打ち明け話が本作の物語である。

    「性欲は悪です。恐るべき悪です。それは戦うべき相手であって、われわれの社会のように奨励すべきものではありません」
    という、性愛に対する徹底した否定的目線から、結婚生活における愛と憎しみを描いて読者に何かを問いかける。

    すべての男女にとって関心の尽きない問題について、「告白型」という引き込まれる語り口で提示されるので、読みやすい。既婚、未婚に関わらず、一度は深く思索してほしい作品。

  • 文学の凄まじさ。どちらの作品も、強烈激烈な、恐怖にも似た感動に震える。
    ある人にとってはとても危険な本である。とにかくトルストイの恐ろしさと素晴らしさに敬服!
    ベートーヴェンとトルストイ、2人の天才が生み出した芸術に、人間としての喜びを感じた数日だった。

  • イワン・イリイチの死:再読。家庭から目を背けて仕事に逃げ込んだら、苦境に陥ったときに家族が寄り添ってくれなかったお父さんあるある。そうはいっても、上手に会社生活が送れていたらそれでいいじゃないかと思ってしまう気持ちは責められない。仕事人生だってそれなりに大変だし適度に刺激的だものね。でも、死ぬ3か月前まで、本当に求めていたのが世間をすいすい渡る成功者であることだったのかどうか気づけないのは、悲しいことだ。そう考えると、立ち直れる程度の挫折は、人生にあったほうがいいのかもと思う。

    クロイツェル・ソナタ:主人公が語り始めたときにはもう事件は終わってしまっているのだけれど、「ちょっと!落ち着いて!」という気持ちでいっぱいになった。この人、自分がうまくできなかったことを人類の仕様不備みたいに言うんだもの。思ったのは、DVとかストーキングする人の理屈ってこういう感じなのかもなあ、ということ。伝わってくるものはあったけれど、カウンセリングを受けてくださいとしか言いようがない。トルストイおじいちゃんたら年のせいで憂鬱な考えに取りつかれて、こういう極端な思考を書きつけちゃったのかしら、という読後感でした。

  • どっちのお話の主人公の発想にもところどころ共感できて、他のトルストイ作品読みたくなった。この作品はあと10年後くらいにもう一度読んだらまた感想変わってそうでした

  • イワン・イリイチの死、病床、介護や会話や苛立ちや自己嫌悪や父の言動やを思い出させた。どういう思いがあってトルストイはこれを書いたのだろう。

    クロイツェル・ソナタ、男性に意見を聞いてみたい。
    いいとか悪いとかではなく、そういうものなのかどうか知りたい。女性もか。大っぴらに話さない話題だし、女性は女性の、男性は男性の感覚で把握してるだろうからお互いそんなに違うと思っていないだろうから人によって違うくらいに思ってた(少なくとも自分は)。が、これを読んで、一般的な傾向なのか(一般的っておかしいのかもしれないが)、疑問に思った。世の中に性描写がある小説が多いのはそういう背景があるからなのか、、、?入れる意味がある?って思う本も結構あり、意味が理解できないのは何か理解できてないからなのか、、、?
    以前に男性と女性は全く違う生き物で、ただ女性は男性を別種と思ってるくらいの違いだけど、男性からみた女性は異星人クラスの違いと読んだことがあったけど、どうなんだろうこの話、と思う。「そうそう」って思うのか、「そういう人もいるよね」なのか、「おはなし」と感じるのか。

    それにしてもクロイツェル・ソナタって実在のベートーヴェンの曲だったのか。聴いてみよう。音楽に無知すぎて情けなくなる。

  • イワン・イリイチの死に際しての内的変動と思考傾向から感じるものは、強迫観念に刈られている人から感じる印象とよく似ている。
    一言でいうところの生きたがり、死を避けようとする強い意思、そのくせどこへ向かいたいのかはっきりしない。生きてどうしたいのかが見えてこない。生きてる間に何をなしたいのかの不明瞭さ。
    目的もないのに、どうして生という手段にそこまで執着できるのか?そこがよく分からん

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著者プロフィール

一八二八年生まれ。一九一〇年没。一九世紀ロシア文学を代表する作家。「戦争と平和」「アンナ=カレーニナ」等の長編小説を発表。道徳的人道主義を説き、日本文学にも武者小路実らを通して多大な影響を与える。

「2004年 『新版 人生論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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