カラマーゾフの兄弟2 (光文社古典新訳文庫)

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本棚登録 : 2920
感想 : 211
  • Amazon.co.jp ・本 (501ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334751173

作品紹介・あらすじ

ゾシマの言葉にしたがって、アリョーシャは父の家に出かける。父と長男ミーチャとの確執は、激しさを増していくようだ。イリューシャとの出会い、スネギリョフ大尉の家で目にしたものなど、アリョーシャの心はさまざまに揺れ動き、イワンの「大審問官」で究極の衝撃を受ける。

感想・レビュー・書評

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  • ティーンズ向けの書棚にあった光文社出版の著書は、1巻よりも読みやすくてよかった。
    ゾシマ長老の話がとても心に残った。自分のことを言われているようでギクリとした。
    自分をできるだけ目立たせることに夢中になり、もろもろの努力の結果、自己喪失が生まれる。自分の存在をはっきり際立たせてくれる人生の充実の代わりに、完全な孤立に陥っているからだ。自分の穴に閉じこもり、他人から遠ざかり、自分自身を、自分が持っているものを隠し、ついには自分から人に背を向けて、自分から人を遠ざける結果になっている。
    人々がばらばらに孤立しているのは不自然。
    人は一人では生きていかれない。頭で考えるのではなく、素直に毎日に感謝して自然に生きるのがいいと思う。これまで随分不自然な生き方をしてきたのではないかな・・・と思った。

  • ゾシマ長老〜〜〜!!
    もっとお話聞きたかったです〜〜〜!!

  • ロシアの文学の天才が残した文学史上最高と言われる作品。当時のロシアの歴史的背景や宗教等が重なり合い、主人公たちの物語を描く。
    世の理や恋物語についても述べており、宗教観についても触れている作品。長いが人生で一度は読んでもいいと考える。
    登場人物が多く、複雑であるため、あらかじめ簡単に予習してから読むべし。

  • 1巻を読んでいる時は、分からない宗教の話が続いて挫折しそうになったが、個人的には面白いと感じる事がようやく出来た2巻目だった。
    主人公達を取り巻く主要なサブキャラ達がしっかり出てきて特徴を掴めてきたから面白さを感じられたのかもしれない。
    キリスト教ではないし、ロシアの歴史はほとんど知らないが、読み進めるうちにとても興味が湧いた。知りたくなった。
    「自分を振り返ったときに恥ずかしくない振る舞いをしなさい」というようなフレーズがあった。(うろ覚えだが)できる限りそうしたいなと改めて気付かされた。

  • この本について知りたかったら、訳者の亀山先生のNHK100de名著、または本書の後書きの「読書ガイド」を読めば十分だと思うけど。

    今まで読んだドストエフスキーと違い、構成がしっかりしている。勿論、嫌になるほど饒舌で長いけれど。この第2巻はまだ2日目のことなんだよ。驚いたことに。
    長男ドミトリーと美人カテリーナのアレヤコレヤは前日譚として語られるのみ。チョッと物足りなさを感じる処。勿論、其処から説き起こしたらトンデモナイ大長編になるのは判っているけれど。
    登場人物が後の時点から、この時のことを思い返す表現が何度かある。こんなのも他のドストエフスキー作品には無かったと思う。

    カテリーナの「自分の一生を犠牲にしても妹としてドミトリーを愛する」という宣言。唐突とは思わないけれど、舞台での戯曲の台詞のように感じる。その後の三男アリョーシャの台詞も同じく。

    二男イワンの語る子供たちへの虐待と「大審問官」の物語。教会がキリストが去ったあと、悪魔と手を結び、人々の自由を奪い、権力を奮い、パンを与えたという内容に納得した。ロシア教会のことは良く知らないが、カトリックには当て嵌まることが多いと思う。しかし、イワンは無神論というのとは違うように思うんだけど。

    終盤はゾシマ長老の遺言ともいうべき半世紀。イワンの非難とぶつかる部分はない純朴な信仰のあり方。アリョーシャは何を思っただろう。

    3巻に移りつつ、100分de名著を読み返そうかと思う。

  • 1日中没頭せざる負えない。そのくらいイメージを途切れさせたくない一冊です。

    1巻でカラマーゾフ一家のことを少し知った後、そこから展開される、人間模様。登場人物は出尽くしたか?と思っていたのですが、それは間違いでした。
    新たにカラマーゾフに関わる人々がいて、その1人1人が肉厚です。つまり、レッテル付けが難しい。
    カテリーナはきっとプライドが高い女性だろう(なぜならイワンとアリョーシャがそう言っているからだ)と盲信しても、その言葉正しいとは思えないのです。
    作者と同じ、創作物を外から眺めている立場にあっても、彼らのセリフが真実か、それとも偽りなのかがわかりません。

    これまで読んだ内容と、これから読む3〜5巻の文章から、仮説を組み立てるだけです。何しろ、アリョーシャも、イワンも、ミーチャも自分が突き動かされている行動に自覚的であっても、無自覚を覆いきれないからです。

    この本人たちも気づいていない(それでいてドストエフスキーは計算ずく、かもしれない)心の機微を読み取る。
    この本の価値はそこにあるのかな、と感じています。
    この読み取った内容は、確証もないし、文章で明示もされません。
    なので、明日覚えているためにはメモを取らないといけない。

    そんな意図は無かったのに、2冊読了した時点で、B5ノートが3ページ分、メモで埋まりました。こうでもしないと、自分の考えを後追いできないからです。
    本への書き込みでも、付箋でも構いませんが、頭の中によぎるちょっとした確証を書いておく。
    楽しむための工夫です。

    ちなみに、私が通してチェックしているポイントは次の通りです。何度も登場するモチーフなので、都度考えておくと、ドストエフスキーの考えに少し近づけるかもしれないと期待しています。

    ・信仰心への不審
    ・天使扱いされる登場人物(アリョーシャの他に3人いる)
    ・カラマーゾフの血筋の特徴
    ・妙に引用される「シラー」の役割



    最後に。
    2巻で登場する小学生、イリューシャのエピソードは少し涙ぐんでしまいました。

    くそー、子供ネタはずるい。

  • 長編だけど読みやすい。初読には最適。
    ミステリーとしても面白いけど、要素が多過ぎて消化できた気がしない。また読み返さないと。

  •  「大審問官」……居酒屋? でイワンがアリョーシャに「大審問官」を話しています。おそらく著者は、意識的にこのような舞台で作中人物たちに会話、対話をさせています。これの目的の一つは、読者にイワンの物語詩を深刻に捉え過ぎないようにさせることでしょう。イワンほどうまく言語化できなくとも、この物語詩と同じような考えを持った人たちはたくさんいます。イワンの物語詩よりもさらに上手に言語化できる人たちもいます。では、これらの人たちの考えとイワンの物語詩はどこが違うか?

     以下は「解説」や、『ドストエフスキー』(山城むつみ著)を読んだ上での考えですが、イワンは『カラマーゾフの兄弟 4』で「悪魔」と対話しています。「それ」の出現する前触れが『カラマーゾフの兄弟 2』で、居酒屋でアリョーシャと話すイワンの顔の表情や、彼の歩き方に出ています。おそらく著者はイワンの歩き方を、ゲーテの『ファウスト』のメフィストフェレス(「それ」)と重ねています。

     顔の表情は、イワンはアリョーシャに、「『兄さん、話している時の顔がへんです』心配そうにアリョーシャは言った。『なんだか人が変わったみたいな感じで』」と言われています。この時点で「それ」がイワンに取りついていて、イワンの物語詩「大審問官」は、イワンではなく、もう一人の彼(「それ」)がイワンに話させています。著者はアリョーシャに感性、無意識でイワンの「それ」の存在を見抜かせています。

  • まぁ圧巻でしたわ。
    大審問官における「自由とパンとは両立しえない」と、人間に選ぶ自由を与えた神を責める巧みさには舌を巻く。
    これはもう人間の弱さにつけ込んでくる悪魔そのものの思考だと思ったね。
    ひとはパンだけで生きるものじゃないと聖書に書いてあるのは、それがどれほど難しいことか神ご自身が良くご存知だからなんだよね。
    ああ神についてゆける数万の強者と
    悪魔について行ってしまう数百万の弱者。
    門は常に狭い。
    狭き門から入れ、入りたいねぇ。入れてください。
    ゾシマ長老の兄さんについてのところ、前回10年程前に読んで、かなり共感共鳴したのだけれども、今回はふんふんそうだね、と当然の如く通り過ぎた感がある。
    でも本当はここもとっても大事なところで、こういう兄さんみたいな人こそが狭い門を通っていけるんだと思うわけさ。

  • 人間の持つ残酷さ、トルコ人乳飲み子ピストル。
    人間は悪魔を自分の姿に似せて作った、神様だって同じ
    全人類が抱える万人共通の永遠の悩み、誰にひざまずくべきか?
    普遍的に跪ける相手を探し求めようとして、たがいを剣で滅ぼし会ってきた。それぞれの神々を作り出し違いに呼びかけてきた、お前たちの上を押すでこちらに来て我々の神に跪け、
    人間の本質が抱えるこの根本的な秘密、
    地上には3つの力がある、奇跡、神秘、権威
    人間は奇跡なしに生きる事はできない、神よりもむしろ奇跡を求めている.

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著者プロフィール

(Fyodor Mikhaylovich Dostoevskiy)1821年モスクワ生まれ。19世紀ロシアを代表する作家。主な長篇に『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』『未成年』があり、『白痴』とともに5大小説とされる。ほかに『地下室の手記』『死の家の記録』など。

「2010年 『白痴 3』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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