カラマーゾフの兄弟3 (光文社古典新訳文庫)

  • 光文社
3.87
  • (225)
  • (218)
  • (267)
  • (16)
  • (6)
本棚登録 : 2588
感想 : 169
  • Amazon.co.jp ・本 (541ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334751234

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 待って待って待って!!
    脇役の話が面白すぎるの!!
    先に進まないでーーーもっと聞かせてーーー!!

  • 3巻目。なんと!話は3日目。長男ドミートリー(ミーチャ)に関して言えば、2日から3日目の話。他のドストエフスキー長編のように主題からズレることなく、グイグイ進むので、恐れていた読み辛さは少ないかな。ミーチャの段については流石に長いなと感じる。日本の出版から編集者を遣わしたいと思う処。

    最初はゾシマ長老の死、遺体からの腐臭にショックを受ける三男アレクセイ(アリョーシャ)。キリスト教でもそんなモノなんかと思う。
    グエルーシェニカを訪ねて、信仰心が復活する件。つまり2巻目のイワンの「大審問官」とゾシマ長老の話は嚙み合っていないと感じたが、イワンの口にしたのは無神論というより教会批判なんだな。ゾシマ長老は生きることを享受せよと言っている訳だしね。
    アリョーシャの復活と俗世で生きる選択で一旦幕。

    ミーチャに関して言えば、何なのコイツと思った。文無しで暮らしの生計がない。タダの穀ツブシじゃない。あそこに行けば金が手に入るって甘い考えで彼方此方走り回る。ホントに莫迦だよね。そして絶望したにせよ、手にした金で大盤振舞って、これがロシア人なのかねえ。
    グル―シェニカとの仲は騙されて終わりかと思ったら、意外な展開だった。
    「あなたを、根底において高潔な青年とみなすことにやぶさかではありません。ですが、残念ながら、あなたはいくつかの情熱に、いささか度を越して熱中しすぎているのです…」
    ホントにそうだね。ミーチャが恥とするものは判りづらいよ。負けの込んだ博打打が泥棒にはなるないと意地を張っているようなものだな。
    しかし、段々ミーチャが好きになってくるから変なもんだ。

    稍々ネタバレかもしれないが、一言。
    3千ルーブルではなく、1,500ルーブルをお願いしに廻ればいいじゃないか、とは思った。

  • 3巻を読み出してすぐ
    これがドストエフスキーの凄さだなと思った。
    他の古典的名著とは一線を画している。
    長老の腐臭の話だ。
    人間のこのあざとさをここで書くとは…。
    凄まじいことだ。

  • 二巻で停滞していた物語が加速し、快適に読み進められた。
    最初にゾシマ長老の腐臭の話。いかに聖人のように思われていた人物でも、死ねば腐る。
    フョードルがついに殺されるが、誰が殺したのか、その場面は明らかに描かれてはいない。
    ミーチャがモークロエのグルーシェニカのもとへ押しかける場面。
    買い込んだワインや食べ物をたらふく積み込み、まっすぐに駆けていくトロイカが、破滅に向かっていく痛々しいさまをよく暗示していた。ドストエフスキーが、トロイカの出てくる誰かの作品に影響されて表現したものらしい(解説にそう書かれてて、なるほどと思った)
    飲んでカードゲームをやって騒ぐ場面は破滅の一歩手前ではらはらする。
    せっぱつまった生命感覚。
    「もっとも、死刑場に連れていかれる罪人の頭にさえ、時として、事態とまるで無縁で、その場にふさわしくない考えがひらめくことがよくあるという」
    それまでミーチャにつれなかったグルーシェニカが、急にミーチャに恋していたかのように、束の間の逢瀬をする場面はなんでだろうと思った。

  • カラマーゾフも折り返し、後2冊です。
    絶望的な量だと思ったのですが、この一冊に救われました。

    ミーチャが中心になることで、話が早い早い。スピーディーなミステリーを読んでるようです。
    ただ、イワンの告白や、ゾシマ長老の話に比べると引き込みは弱かった。私にとっては一服の清涼剤になりました。

    ミーチャの今後が気になる終わり方です!

  • 長編だけど読みやすい。初読には最適。
    ミステリーとしても面白いけど、要素が多過ぎて消化できた気がしない。また読み返さないと。

  • 3巻読了。

    ミーチャ、嘘ばっかり?!それとも、真実を語っている?!
    いったいおとしどころはどうなるのか。
    モークロエでのどんちゃん騒ぎ、お金が全然ないのも、もちすぎるのもなんだかなー。って気がした。

    グルーシェニカが語った一本の葱の話はあー誰かと話ししたいな。
    イワンなんで、チェルマーシニャーに行くことをやめたんかな?

    • keisukekuさん
      読まなきゃ、読まなきゃ…と思い続けてる本です(^^ゞ
      読まなきゃ、読まなきゃ…と思い続けてる本です(^^ゞ
      2020/05/08
    • ゆさん
      わたしもそう思ってました〜
      わたしもそう思ってました〜
      2020/05/08
  • やっと終わった。

  • 「カラマーゾフの兄弟3」ドストエフスキー、亀山郁夫訳。初出1879年。光文社古典新訳文庫。2020年1月読了。



     第2部は、「大審問官」「ゾシマの告白」の2大「物語内物語」を含む内容で、なんだかもう油田に落っこちて重油まみれになって這い上がってきた野生の熊のような重厚感と迫力でした。だけれども、「第2部って何が起こったんだっけ?」と言われると、「なんかアリョーシャが色んな人とお話ししてただけ・・・」という実に摩訶不思議な世界でもありました。

     第3部は、まったくもって手のひら返し。疾風怒濤です。アクション映画です。タブーな大事件と、エロっぽい誘惑から始まって、感動的な青年の成長。そして生爪を剥がされる拷問のような金欠の苦しみから、一気に殺人事件、そして恋愛案件のコペルニクス的転回から、逮捕、裁判へ・・・。読者はハラハラドキドキ、謎に焦らされながら振り回されます。

     第2部は思索的。第3部は肉体的です。



    ・第7編 アリョーシャ
    ・第8編 ミーチャ
    ・第9編 予審

    の3つの章からなっています。

    題名になっているカラマーゾフの兄弟とは、

    長男ミーチャ
    次男イワン
    三男アリョーシャ
    (拡大解釈すれば、恐らく私生児のスメルジャコフ)

    の3ないし4名のことなんですが、
    この第3部ではなんと次男イワンは一切出てきません。

    (以下、内容の、自分用の備忘録。全てネタバレです)






    〜〜〜第7編 アリョーシャ〜〜〜

    ▼修道院で神父見習い?の立場のアリョーシャ。
    師父と崇めるゾシマ長老が、とうとう死にます。

    ▼さて、お葬式の段取り準備になるわけですが、なんと死んだゾシマの遺体から、
    かなり早い段階で悪臭が漂うというスキャンダル。

    ▼どうしてスキャンダルかと言うと、ゾシマさんは生前、いろいろと予言みたいな、
    割と素人にも分かりやすい「うわーすごいな」という奇跡めいた実績を残していて、
    人柄も温厚かつ叡智に満ちた感じ。小説としても、第2部ではゾシマの若き日の思い出がたっぷりあって、
    とにかく物語上、「ゾシマは汚れなき、ヨーダのような存在」だったんです。

    ▼そして、このあたりはキリスト教?あるいはロシア正教的な?感覚なのでしょうが、「聖人は死んでも悪臭を放たない」みたいな迷信というか思いがあったらしい。

    ▼なので、ゾシマさんは死んでも臭わないんじゃないかな、という世間の期待があった。それを裏切って余りある、ひどい悪臭を放ってしまった。

    ▼これはアリョーシャにはかなりショック。ここで、アリョーシャは簡単に言うとグレかかります。

    ▼具体的には、俗物でひねくれた同僚ラキーチンに誘われて、兄と父とが骨抜きに惚れている女、グルシェーニカの家を訪ねます。

    ▼訪問するのがいったいなんでグレてることになるの?という疑問が出ますが、ずーっと読んでいると、グルシェーニカさんの位置づけっていうのは、「よその街からやってきた、前身はほぼ娼婦と言ってもいいような貧しい女で、この街の金持ちの愛人?めかけ?になって、女だてらに金貸しみたいなことをして小金を溜め込んだ」という感じなんですね。
     ただ、どうやらそのパトロンさんというが非常に高齢になっていて、もはや男女の関係ではない。師弟というか親子みたいな感じで、グルシェーニカが別の男と恋愛しようが、とがめない。なかなか複雑な関係。
     そして、グルシェーニカはこの街の「ホワイトカラー的な世論」からは、下品で高級娼婦みたいなみだらな女、と思われているのです。
     (ただ、若くて別嬪さんで色っぽくて、どうやら貧しい育ちと差別のせいでひねくれてはいるけれど、本質はいい人みたいだな、というのは小説内で読み取れています)

    ▼そもそも、この物語自体が、現象面で言えば「もともと仲が悪かった父フョードルと長男ミーチャが、ふたりともグルシェーニカにマジぼれしてしまった」という案件から出発しています。そんなグルシェーニカのところに、敬虔で真面目なはずのアリョーシャが悪友にそそのかされて、遊びに行きます。それも、お酒も飲んじゃおうかな、という感じ。まあつまり、どうやら解釈としては、「父と兄が奪い合っている女がいるキャバクラに行く」みたいな感じで受け取れば良いようです。
    (多少、わかりづらい感じ)

    ▼ところが訪問したところ、グルシェーニカが清い心を持っている人だ、ということが話しているうちにわかります。グルシェーニカの切ない過去が語られます。娘っ子だった時分に、ポーランド人将校と純愛に燃えたのだけど、「稼いでくるから」みたいな感じで捨てられてしまった。その恨み。でもまだ彼を恋しく思っている。そんなことから今の境遇になってしまった。

    ▼アリョーシャはすっかり立ち直り?グルシェーニカと人生論?的なことを語り、グルシェーニカを人としてたたえます。すっかり、色っぽい堕落女な感じではなくなってしまいます。
     むつかしいところですが、「父と兄が奪い合っている女のいるキャバクラに、お坊さんであるはずの弟が客として行ったんだけど、その女と仏の心について語り合って盛り上がってしまった。そして、高尚な精神的な感じでお互いに意気投合してしまった」くらいの感じでしょうか。

    ▼そしてアリョーシャは修道院に戻る。ゾシマの遺体は相変わらず臭い。だけれども、アリョーシャは、立ち直る。もうグレない。もうブレない。ここのくだり、作者はかなり力を入れて感動的に描いています。こういう、人物の内面を執拗に描写して、それで読み手の心を鷲掴みにできる。とっても小説的で素敵だと思います。映像作品や演劇では、できない手法ですね。パチパチ。

    ▼そして、アリョーシャは修道院を出ます。還俗します。これは、師父ゾシマの遺志。がんばれアリョーシャ。負けるなアリョーシャ。


    〜〜〜第8編 ミーチャ〜〜〜

    ここで、物語は大まか、1日分、巻き戻ります。
    実は、第2部(物語上の2日目)では、長男ミーチャは一切出てこなかったんですね。
    第2部はざっくり言うと、

    「父フョードルを殺しかねない状態になっている長男のミーチャが心配で、アリョーシャがミーチャと話をしようとあちこちに行くのだけど、結局すれ違ったのか、会えないまま終わる」

    という流れだったんです。こう言うと、すごく面白くなさそうですが。


    ▼話は前日に遡る。
    アリョーシャがミーチャと会おうとしている裏では、ミーチャはとにかく金策に走り回っていた。とにかく3千ルーブルが必要だ。どうしてかというと、元婚約者のカテリーナに3千ルーブル借りている。捨てた女への借金を抱えたままでは、愛しのグルシェーニカと幸せになるわけには行かない。それは男一匹プライドが許さない。

    ▼ミーチャの気持ちで言えば、その3千ルーブルは、「親父がそのくらいは自分に財産を分与すべきだ」という気持ちがあります。ただ、ケチで強欲で好色で最低な親父フョードルは、そんな気は全くありません。ミーチャとしては、いろいろあって「明日までに3千ルーブル都合できなかったら、親父を殺してでも金を手に入れる!」という思いでいます。そして、そんなことを酔っ払ってはあちこちで放言しています。

    ▼ミーチャは「いずれ親父から権利を奪い取れる土地の権利」みたいな、正直あてになりはしないものを担保にあちこちに無謀にも借金を頼みに行きます。だけれども、さっぱり上手く行かない。幸運は訪れない。

    ▼このあたりの右往左往は、かなり滑稽味もあって面白い。そして、やってることは無茶苦茶なんだけれども、心根はとっても素直で直情で気高いミーチャを、読んでいるうちに好きになってしまう。そんなミーチャがどんどん破滅へと向かっていくので、笑いながら痛くなってしまう。このあたりの書き方の手腕、エンタメとして素晴らしい。

    ▼一方で、ちょこっと分かりにくいところなんですが。ミーチャは、父とグルシェーニカを奪い合っている、のですが。肝心のグルシェーニカはどう思っているのか。これがはっきりとしないんですね。
     基本、金持ちが好き。なんだけど、豪放磊落で底抜けに素直で愚かしくも気高いミーチャとも、遊んだり盛り上がったりします。

    ▼ミーチャは、とにかくグルシェーニカなくては生きていけないくらい、惚れています。だけど、「グルシェーニカのやつ、こうしている間に、親父とあって、金に目がくらんでプロポーズを受け入れたりしていないだろうか?」という疑心暗鬼と嫉妬に苛まれるんですね。面倒くさい男が、面倒くさい女に惚れたものです。

    ▼万策尽きた状態のミーチャ。グルシェーニカの家に寄ると、いない。女中さんを問い詰める。ひょっとして親父の家に行ったんでは?もう狂気で、杵を思わず掴んで走り出す。夜中の、父の邸宅。庭に不法侵入。窓から覗くと、親父はひとりでウロウロしている。グルシェーニカが来てくれるのを待っている。

    ▼「よかった!グルシェーニカはここには来ていない!」とほっとするミーチャ。そして、ここで親父をこの杵で叩き殺して金を奪えば・・・という誘惑が発生します。

    ▼ここで、書き手のドストエフスキーはすごいことをするんですけれど、小説の表現としては、「でも、どうやら、ミーチャは父殺しはしなかった」みたいな感じに書きます。あくまで「みたいな」なんです。
     そうこうしていると、下男にみつかってしまいます。暗いので、ミーチャだと分からずに不法侵入者を追いかける下男。つかまってしまって、思わずミーチャ、下男を杵で殴打してしまう。ここンところ、殺意はゼロです。何しろ、子供の頃から世話になっている下男なので。

    ▼血を流して気を失う下男。我に返って介抱するミーチャ。これぁ、だめそうだ。もう俺は人殺しになってしまったかも知れない。青ざめて逃げ去るミーチャ。やるべきことがある。

    ▼ミーチャ、再びグルシェーニカのところへ。返り血を浴びて血まみれ。そして、なぜか大金を剥き身で握りしめています!(この謎は、読者にも謎なまま進みます。ずるい。ドストエフスキー)

    ▼グルシェーニカは実は。なんとこの夜に運命のポーランド人将校から連絡があったんです。「待たせたな。結婚しよう。早く☓☓の街へおいで」みたいな。グルシェーニカは狂喜乱舞、馬車で数時間?の街へと旅立ったんです。その真相を、ミーチャは知ります。

    ▼ミーチャは、かなり異常な精神状態で、大金をはたいて宴会用の酒やオードブルを手配して、自分も馬車でグルシェーニカのあとを追います。このときの心理状態は…
    「下男が死んでしまったら、俺は人殺しだ。もう破滅だ。そしてグルシェーニカをもう、求めはしない。だが最後にひと目会いたい。グルシェーニカの幸福を祝ってやりたい」

    ▼無事に目的地に着きます。田舎の村みたいなところ。一軒だけあるサルーンみたいな酒場に、グルシェーニカは、ポーランド人といた!再会!
     ミーチャは見苦しい騒ぎは起こさずに、気分としては今生の名残、グルシェーニカ、ポーランド人と宴会、カード博打に興じます。

    ▼ここからがすごい展開になります。博打、宴会を通して…「5年ぶりに再会したポーランド人に、グルシェーニカが興ざめしていく。愛が冷めていく」ということになります。
     これはこれで、実に説得力豊か。娘っ子の頃に首ったけだったけど、あれから5年。グルシェーニカも大人になった。世間も知った。財産もためた。
     5年間自分の中で醸造された思いはあったけど、実際に会ってみると。せこい。人間がちいさい。ひょっとしてあたしの財産目当て?博打でもイカサマをやる。どうみても、人間は雑でもミーチャのほうが上等。あたしのことを崇めてくれるし。愛してくれている。

    ▼ここのくだりは、グルシェー二カの心変わりが鮮やかに描かれ、それを知ったミーチャの大逆転勝利。感謝感激大暴れ。村人呼び起こしてどんちゃん騒ぎ。田舎町のただ一軒のキャバクラに、村人全員呼んでこい!チップはばらまき飲み放題。一晩で20万使っちゃう・・・というような感じです。

    ▼ただ、ミーチャ内心は。「死んでもいいくらい嬉しいけれど、下男が死んでたら俺は殺人犯・・・破滅だ」ということは変わりません。そのサルーン(兼、ホテル)でグルシェーニカと歓喜の朝を迎えたとき・・・部屋を出てみると、そこには警官隊がずらっと並んでいました。「殺人容疑で逮捕する。父フョードル殺害の容疑だ」。衝撃の展開。

    ~~~~~第9編 予審~~~~~

    ▼19世紀ロシアの法制度は分かりませんが、そのサルーンの一室で、ミーチャは官憲の取り調べを受けます。つまり、下男は死ななかった。怪我で済んだ。だけど、父フョードルが鈍器で殴打されて殺されていた。そして、父フョードルが、グルシェーニカに捧げるつもりで3千ルーブルを入れていた封筒が転がっていた。

    ▼ミーチャは、下男が死ななかったことに感謝感激。「下男を怪我させた犯罪については自分は有罪です。でも、父は殺していません。殺したいくらい憎んでいたけれど」

    ▼ともあれ、状況証拠は圧倒的に不利。というか、読者ですら、「ミーチャは殺していない」という確信を持てません。でも、ミーチャは無罪を訴える。ミーチャの性格上、「殺してないんだろうな」と読者としては思わざるを得ません。

    ▼ミーチャは、イライラするいやらしい取り調べを受けます。読んでる方もイライラします(笑)。感情的になって、いよいよ不利な印象をまき散らすミーチャ。「殺してないんだったら、昨夜から放蕩している大金はどこでどうして手に入れたんだ?昨夕まで、あちこちにみじめに金策に走り回っていたのは町中が知っているんだぞ?」という疑問。コレは、読者も同じ気持ち。謎。
     この問いに、ミーチャが「それだけは言えない。父殺しで有罪になったとしても、言えない。ただ、俺は殺してない」と、言うんです。もうこの、イライラする感じ。ドストエフスキー、うまい。ずるい。

    ▼結局、ミーチャは陰鬱な精神状態に陥りますが、とある夢を見る。その夢は、かなーり解釈が難しいのだけれども、どうやら「世界には故なくして不幸にあえぐ人、不幸にあえぐ子どもたちが大勢居る。それについて、原罪とも言うべき罪が皆に、自分にもある」ということのようです。

    ▼その夢を見て、精神状態が落ち着くミーチャ。

    ▼だが、濃厚な殺人容疑者として、町へ護送されることに。惨めな囚人扱い。

    ▼いまや、ミーチャへの愛に生きるグルシェーニカとの別れ。「俺は殺してない!」「信じるわ!」どうなる、衝撃の第4部、裁判編へ...。

  • 第1部、第2部に渡って神はいるか、いないか、などを挙げ、宗教面を引き合いに出したりアリョーシャを通して相関関係を我々読者が(カテリーナの件についてを除いて)説明的に理解していたったのは全てこの第3部のためにあったと感じた。 また、第3部まではアリョーシャが軸となっていたわけだがゾシマ長老の件があってからは彼の中で何かしらの変化が現れ始めていることは誰もが感じ取っていたと思う。物語を最後まで読まないと分からないが、ある面においては最初はドミートリー、イワンを見つめるアリョーシャという構図になっており、あくまで正義の、正しい心の持ち主というアリョーシャのまなざしによってカラマーゾフの血がいかに卑劣かを表現されていたが、そのアリョーシャにも卑劣とは言わないが何かに侵食されてきている感じは今後の展開にもよると思うがもしかしたらアリョーシャも変わることによって絶対的なカラマーゾフ家の血が表現されるのではないかと感じた。第3部ではドミートリーが主軸であったが、段々ドミートリーの悲劇的なまでに思い通りにいかない彼の行動には読者としては最後まで落ち着かずにはいられなかった。また、村上春樹の現在の文体には少なからずドストエフスキーが影響している要素があることを感じた。

全169件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

(Fyodor Mikhaylovich Dostoevskiy)1821年モスクワ生まれ。19世紀ロシアを代表する作家。主な長篇に『カラマーゾフの兄弟』『罪と罰』『悪霊』『未成年』があり、『白痴』とともに5大小説とされる。ほかに『地下室の手記』『死の家の記録』など。

「2010年 『白痴 3』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ドストエフスキーの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
東野 圭吾
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×