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Amazon.co.jp ・本 (704ページ) / ISBN・EAN: 9784334751326
作品紹介・あらすじ
11月初め。フョードル殺害犯として逮捕されたミーチャのまわりで、さまざまな人々が動きだす。アリョーシャと少年たちは病気の友だちを見舞い、イワンはスメルジャコフと会って事件の「真相」を究明しようとする。そして裁判で下された驚愕の判決。ロシアの民衆の真意とは何か!<全5巻>
みんなの感想まとめ
人間の内面に迫る深いテーマが展開され、特にミーチャの人間臭さやイワンの苦悩、アリョーシャの達観が印象的です。物語は、ミーチャの逮捕から始まり、アリョーシャと少年コーリャの出会いや、イワンとカテリーナ、...
感想・レビュー・書評
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感想はまとめて最終巻(5巻)に書きます。
※今の時点で最終巻読了し、感想も書き終わったので、5巻の感想もすぐアップします。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
第4部はミーチャの逮捕から2ヶ月後?。第10編は、アリョーシャが早熟な少年コーリャと出会う。重体のイリューシャ。第11編は、三兄弟の中では最も謎が多い二男イワン。イワンとカテリーナ、そして、イワンとスメルジャコフの対決。精神錯乱。第12編はミーチャの裁判。ミーチャ、イワン、カテリーナ、グルーシェニカの心理が白日の下に晒される。読者には真犯人が分かっているにも関わらず、検事の論告、特に、弁護士の弁論が良かった。予想外の結末。
第3部の最後、第9編がミーチャの逮捕で終わったので、怒涛の展開が続くと思っていたので、第10編は意外でした(「読書ガイド」で納得)。第11編は心理小説、第12編は法廷劇で、共に素晴らしかったです。 -
ミーチャの人間臭さ。イワンの苦悩。アリョーシャの達観。
"彼は最後まで言い切らず、法廷のすみずみまで響きわたる声でわっと泣き出した。それは、彼の声ではないみたいな、新しい声、思いがけない声、はたして彼のどこから湧いてきたのかわからないような声だった。" -
エピローグも含め本編読了。感無量です。3ヶ月ほどかかりましたが、後半は噂通り怒涛の展開に一気読みでした。
しかしこんな長い小説なのにひとつの事件を挟んでほんの数日の話なんですよね。
狂おしいほどの一族の愛憎の物語が終わり、しばし呆然としております。
カラマーゾフ家を巡る事件の顛末には、アリョーシャとイワンが語る、神は存在するのか?という命題が通奏低音のように共鳴していてる。ミーチャを通して「罪のない1人を罰するよりも罪ある十人を許す方が素晴らしい」というメッセージが浮かび上がってくる。
新訳だからかユーモアもあって思いの他読みやすかったですね。挫折する感じはなかった。
ロシアという国を批判的に描いてもいて、神と信仰を問う宗教書のようでもあり、恋愛小説でもあり、推理小説でもある。
何より人間の根源的な欲望や魂の救済を全身全霊で描き切ったエネルギーに圧倒されました。 -
読書日記は5巻にて。
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コーリャが愛しくて愛しくて!
からの圧巻の裁判。
嵐のような一冊で、夢中で一気読み。
次巻がもうエピローグだけだなんて信じたくない…! -
長編だけど読みやすい。初読には最適。
ミステリーとしても面白いけど、要素が多過ぎて消化できた気がしない。また読み返さないと。
裁判シーンはドラマチックで圧巻だった。これは小説だからなのか? -
第4巻は、かなり文学的な、じっくり読める内容。それにしても、よくずっーと高揚した物語が続くものだ。だが、アリューシャの影が薄い。12歳?のコーリャだってほとんど大人と変わらないぐらい心を顕にしてるのに。後半のイワンも凄い。でも、賢く理性的だったはずのイワンもミーチャと凄く似てきた。カラマゾフ家ののろわれているのか。
すべてが繊細すぎ、すぐ傷つく。そして、この物語の背景に神キリストが居る。この世界を支配している。それが我々には分からない理由の大半を占めるのかもしれない。 -
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二巻同様、次男イワンに翻弄されます。
主となるのは長男ミーチャの振る舞いに対する真偽。
これまでの登場人物が一堂に会し意見をぶつけるさまは予想できるところもあり、そうなの!?と読む手が止まる時もしばしば。
裁判シーンは形式上過去が整理されるのでスポーツのようにわかりやすくなります。
とはいえ、それでも頭を悩ませるのがこの本の特徴です。
カテリーナはなぜその振る舞いを?
スメルジャコフって、脇役だと思っていたのに!
イッポリート、後からの登場にしてはよくしゃべる、、、などなど。
現場にいるミーチャの気分と重なっていると思うほど混乱します。
極めつきはイワンです。
初めての読書の中で、彼の発言が最も興味深く、わかりません。
誰よりも自分の思考を自覚しているからてしょうか?
『あれ』の存在で、さらに理解が難しくなりました。
最終五巻では彼らの真相に近づけるのか、がんばってみます。 -
4巻読了。
・ミーチャの裁判の結果がでたとこまで。
さいごタイトル、お百姓たちがいじを通しましたって、どういうことだろう?
・怒涛の展開。人々は、博学で弁が立つなぁとだれもかれも。
・人情とか、1人の人のなかには多面性があるとか綺麗事でなくいきいきと描かれてた。
・貴族の父殺しは重罪で、道に倒れてて凍えてる虱だらけの農奴とか下男のグリゴーリとかを杵で殴ったりしてもたいして罪に問われないとか、きっちりした身分制度、人々の意識があるなぁと思った。今では人権とかあるけどこの時代のロシア社会が垣間見れるよな。グルーシェニカの召使とか。
・ロシアの身分制度の説明、階級と官位の説明が、巻末の読書ガイドにあった。ロシア帝国に住む全ての住民が、いずれかの階級に属してたそうだ。
・うわー裁判の結果!?
二転三転。
・父殺しを心の底ではみながのぞんでる?
・13のコーリャの鉄道事件にははらはらした。しかし、ベレズフォンが、イリューシャが針を飲ませてしまったと悔やんでたあの犬だったとは!
・イワンは狂ってたのか。スメルジャコフもそうなのか。
読めば読むほど、だれが事実をはなしているかがてんでわからなくなってきた。
イワンと話してた。悪魔、分身、は果たしてスメルジャコフだったのか。スメルジャコフが3千ルーブルほしさに、ほんとにやったのか。みんな妄想なのか。
わけがわからんくなるが、現実ってそういうもんかも。わたしの見ている世界っていったい・・・
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19世紀にこの小説が完成しているというのがすごいと思った。同じ人物が作り上げたと思えないほど多彩なキャラクターが様々な哲学を持っており、作者自身が事件の目撃者として登場しているのも面白いし、物語がリアルに感じられる。 社会制度、基本的人権、宗教、科学、司法制度、家族愛、教育、心理描写など、テーマも多岐に渡っている。 状況証拠だけで有罪を問うこと自体、未熟な司法制度と言わざるを得ないが、現代の日本でも起きてることは由々しき事実。 物質と物質を媒介するエーテルの存在が引き合いに出されるなど、アリストテレスの古典的な化学が信じられている時代というのも面白い背景。ロシアの葛藤を伝える点においても作品の魅力の1つとなっている
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自らを社会主義者と言う少年コーリャの登場からイワンとスメルジャコフとの会話、そして裁判で下された驚愕の判決で終わる4巻→
4巻の最終章である「誤審」の読み応えはすごい。検事補イッポリートの魂の論告もすごいけど、それを見事にひっくり返す他国から呼ばれた弁護士フェチュコーヴィチの弁論がまだ鮮やか。この場面だけ映像で見たいぐらい面白かった。
そこからの判決!!!うおおおおってなった。面白いよドストエフスキー -
少年コーリャ登場、イリューシャとの顛末。明かされるイワンとスメルジャコフの秘密。そしてついに裁判が始まる。
700ページある第4部は、さらに会話文の冗長さがマシマシになっていてうんざりしてしまいそうになりつつも、二転三転する怒涛の展開に目が離せないまま一気に読了。
第10編ではコーリャという少年の魅力と、アリョーシャと少年たちの交流に、悲しくも心洗われる。第11編ではイワンとスメルジャコフに焦点があたり、ここから裁判に向けて物語が大きく動いていく。続く第12編では、ミーチャの運命はどうなる?という思いのもとに裁判を見守ることに。証人たちの答弁に一喜一憂させられるのはミステリー小説的な感覚が強い。検事による論告と弁護人の弁論という対決も見どころのひとつ。
筋書きを追うだけでも面白いが、単純に悪人・善人とは言い切れない、個性的な人物たちの魅力とその背景には惹かれる。特にカラマーゾフの兄弟たちはやはり半端ではなかった。様々な苦悩や葛藤が重層的に描かれていて、一読しただけでは消化しきれない深みがあると思った。5巻のエピローグが気になりすぎる。 -
凄まじいカタルシス。物理的にはいちばん分厚いけれど、体感時間はいちばん短いと思う。散りばめられた細かいサイドストーリーが思わぬところでつながり、異様な説得力を伴って胸に迫る。この物語に賑やかしのモブなんていないことがよくわかる。
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父親=ロシア=フョードル、と恐らくたとえが置き換えられており、かつ、フョードルは「父親ではない」として、ロシアの国としての態度を批判している構図。そもそもこの父親は生物学上の父親ではあるが、父親たる行動はとれていないため、その子供には権利と自由が生まれる、としている。
その偽父親を国民の8割を占める「農民」としてのスメルジャコフ(偽父親の私生児)が、自身の境遇を呪って殺し(状況を誘導してその状況を作り出し)、その罪をロシア貴族階級に負わせようとし、それらを農民たちが支持し(誤審し、または分かっていても罪を着せ)、目論見は成功してしまう。農奴解放がなされ平等化が進むように見えるが、内面的な階級分断は続く、という予言?
ミーチェは恐らく「新生ロシアの人民(またはあるべきロシアの人民)」の象徴として描かれており、それらは神秘主義のようなもので覆われてもおり、誤解され、追放されてしまう。内在する良心が「神」として言及されているようにも見え、スメルジャコフの自殺もこの良心の呵責(イワンの影響での無神論者の否定?)が原因と推察した。
それらを見抜いているアリョーシャは、第三者視点として「神」のような位置づけで描かれているようにも見え、一方で「新たな父=あるべきロシア」として、「子供たち」と対比されているようにも見える。
イワンは旧ロシアから新ロシアの移行過程での歪や痛み、移行そのものの象徴であり、苦しみながらも、精神を病みながらも「真実」に辿り着くことを表現している?今後の人民の姿の予言的表現?
その他大量の属性は消化できていない。裁判が終わった際にほっとした男性陣、無罪を確信する女性陣、その中での貴賤の違い。当時の性別観が分かっていないため、意図をくみ取れない。など大量の積み残しはあるので、上記の解釈も網羅的ではない。
描かれていない後半パートでは、ロシアの行く末を悲観的に見ているとした場合、シベリア送りの新生ロシア人民に救いもなく、新ロシアとしてのアリョーシャが子どもたちなどに殺されるような構図なのだろうか。
前半パートでは、実は貴族階級だったが生まれの違いにより身分が低くなってしまったスメルジャコフによる、偽父親の殺しであり、農奴解放された農民自身が自分で自分を罰してしまうような形になっているように見えるが、ドストエフスキー自身がロシア人民に何を言いたかったのか?皮肉にもこうなってしまっている、ということなのか、農民自身が変わらないといけないというメッセージなのか。
小説内部に盛り込まれている当時の世相を表す大量の情報の引用など、書く内容の壮大さとともにそれを表現する技法も壮大であり、全てがすべてに意味を持たせているところが、良い意味でのいくつもの解釈をもたらし作品の深さと幅を持たせている。
年表に載せ当時の世相をくみ取る傑作でもあるうえ(詳細な心理描写と全体構造の提示ということで、国家を網羅的に”表現”したと感じる。網羅的に文章化することはほぼ不可能だが、それを”表現”にしてしまうことで小説という単位に落とし込めた)、ドストエフスキーという機構を通じた将来的な予測、研究の対象や錨として参照されることに耐えうる大著だとこの4部を通じて思い知らされた。 -
すごく面白いミステリだった。明瞭な真実が晒されることはないから、正確にはミステリじゃないかもしれないけど、意外な結末だった。第二部が書かれなかったのが残念でならない……
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一転法廷劇に。
法廷劇で頭に浮かぶのはカミュ『異邦人』。
多分人生初、そしてその後も深く心に残った
法廷劇小説だ。
映画では『十二人の怒れる男たち』
『情婦』『評決』。
これら傑作のモチーフになったのが
この『カラマーゾフ』だったのかもと
読んでいて思った。それほど面白く深い。
諸々の絡み合いが巧みで凄い。
今日市図書館で本書の訳者亀山郁夫の本を
読んでいたら『カラマーゾフ』を50回読んだ
ドイツの哲学者がいるという。
ウィトゲンシュタインは全文を諳んじるほど
細部を読み込んだらしい。重層的。
村上春樹の6回なんて比じゃないと思った。
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