故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫)

著者 :
制作 : 藤井 省三 
  • 光文社
3.47
  • (12)
  • (46)
  • (43)
  • (10)
  • (3)
本棚登録 : 427
レビュー : 48
  • Amazon.co.jp ・本 (341ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334751791

作品紹介・あらすじ

久しぶりに再会した幼なじみは、かつて僕の英雄だった輝きを失っていた…「故郷」。定職も学もない男が、革命の噂に憧れを抱いた顛末を描く「阿Q正伝」。周りの者がみな僕を食おうとしている!狂気の所在を追求する「狂人日記」。文学で革命を起こした魯迅の代表作16篇。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  •   岩波文庫の竹内好訳を読んでから、この本を読んだ。
     竹内好の日本語は見事だと思うが、原文の表現を生かし、現在の日本語で書かれた本書も大変良い。
    魯迅の文体に近い訳になっているというだけでなく、注釈、解説が素晴らしい。竹内好の注釈も非常に詳しいが、この本の方がわかりやすい。例えば「阿Q正伝」で、阿Qが県城に行ったあと、(竹内訳では「城内」)田舎に帰って、県城で誰でも「麻醤」を打っていると知識を披露する。竹内の注には「ごま味噌の意、麻雀と同音。このころは上層のごく一部でしか麻雀はやらなかった。」と書かれている。藤井注は「半可通の阿Qによる『麻将』すなわち麻雀の言い間違え。」とある。この注で、阿Qが都会に行った田舎者の常で、知ったかぶりして自慢していたということがわかった。同じく「柿油党」についても、竹内の注では意味が分からなかったものが、「『自由党(ツーヨウタン)』という言葉がわからず、似た音の『柿油党(シーヨウタン)』と解釈したもの」で、村人たちも阿Q同様、意味もわからぬまま感心していた、と読み取れた。阿Q正伝が伝えたかったことを考えれば、この辺のことが読み取れるかどうかはかなり大事なところだと思うが、竹内注では読み取れないのだ。(まあ、読み取れる人もいるんだろうけど、わかりやすい書き方ではない。)
     ただ、教科書に載っていた「故郷」をもう一度読みたいという人は、この本では同じ感動を得ることはできない。こちらの方が、より原文に近いのだろうが、高橋健二訳の「少年の日の思い出」や内藤濯訳の「星の王子さま」のように、その日本語訳があまりに広く長く読まれたため、たとえ多少間違っていても、なじみのある方に懐かしさを覚えてしまうのだ。竹内好は長い原文を短く切って、歯切れよく、印象深く訳している。「故郷」に関しては、竹内訳でよいではないか、と思ってしまう。
     『吶喊』には入っていない「藤野先生」や『吶喊』の「自序」の漢方医のことを詳し書いた「父の病」も入っていて、魯迅の代表作が網羅されている。値段は岩波よりちょっと高いが、これから買うなら絶対にこちらが良い。訳者による解説も大学の講義のようで面白い。

  • あまりに竹内好訳に慣れ過ぎていたので、特に「故郷」などは訳に多少違和感もありましたが、巻末の「訳者あとがき」を読んで納得。
    随筆集「朝花夕拾」が秀逸でした。

  • 夏目漱石スタイル

  • 古典

  • 幾つかの短編を集成。なかでも、表題作「故郷」、「藤野先生」、「孔乙己」(コンイーチー)、「狂人日記」、そして同じく表題作「阿Q正伝」が印象に残る。

    ・「故郷」:野山を駆け回り、海や川で日暮れまで遊ぶ。そんな少年時代を送ったことのある者なら、誰でも、その頃、自然や野生動物の習性、釣りや狩りの技術に長けた、兄貴分のような子が居た記憶があるだろう。私にもそんな「兄貴分」の思い出がある。子供仲間のリーダー格ででもあるその少年への、尊敬や憧れの思いがあったのを思いだす。この短編「故郷」の閏土(ルントウ)もそういう少年だったようだ。「僕」は、十二、三歳の頃、幼い少年同士の無邪気さ、屈託の無さで、屋敷の周囲の自然で、閏土と共に日がな遊んで暮らしていたのだ。そして二十数年後、帰郷した「僕」は、その農村の屋敷で、閏土と再会する。だが、閏土は、土気色の顔で、深い皺が刻まれ、その手は節くれだっていた。つまり、老いていた。貧しく過酷な暮らしの歳月は、かつての輝くような少年の面影を消し去ってしまったのだ。それでも「私」は、懐かしさと再会の喜びと共に閏土に呼び掛ける。しかし閏土の言葉は、「旦那様!……」。 二人の間は、「悲しい厚い壁」が隔てているのを「僕」は瞬時に悟るのであった。人生のほろ苦さ、切なさがにじむ佳品。

    ・「孔乙己」(コンイーチー)は、その名で仇名された酒飲みの老人の顛末。「僕」が働いていた町の立ち飲み屋に、その老人はいつも姿を見せていた。定職に就かず、ツケで一杯飲って行く、貧しい男だった。それでも、知識人のはしくれのようである。かつて科挙試験に挑んでいたが、失敗を重ねるうちに老いてしまい、筆耕のような仕事で日銭を稼ぎ、糊口をしのいでいると言われていた。立飲み屋に通ってくる町の日雇い労働者からいつもからかわれている。だが、どこかに知に関する誇りらしきものがあるようで、『論語』の一節をひきあいに出したりもする。子供たちに、「お前は読み書きを習ったか?」と問うて、漢字の書き順を教えたりもする。粗野で無知な労働者の酒飲みのなかで、孔乙己の存在は、ちょっとした知の輝きみたいなものを感じさせる。だが、孔乙己老人は立飲み屋にいつしか姿を見せなくなる。彼は何処かで野垂れ死にした、という噂が流れる。少年だった「僕」は、大人になった今も、この老人のことを忘れることが出来ない。愛惜の念が滲む。哀しさのなかにも、ほのかな暖かみを感じさせて印象に残る。

    ・「藤野先生」は、魯迅自身の留学時代の恩師への思いを綴った小品。魯迅は、仙台の医学専門学校に学んだ。そこで出会った藤野先生は、彼を、丁寧に指導、激励。魯迅にとって、生涯、心の師となったのであった。そういう心の交流、信頼と尊敬があったことは、うれしいことである。その後、魯迅は北京の下宿部屋で、夜毎の夜学の際、壁に掲げた藤野先生の写真を見上げては自分を励ますのであった。その様子に、しみじみとしたものを感じる。この藤野先生は、太宰の中篇『惜別』にも描かれている。というか、太宰は、この「藤野先生」をモチーフにして『惜別』を書いたらしい。

    ・「狂人日記」は、奇妙な作品である。中学時代の友人が大病したと聞き、帰郷の折に見舞うが、病だったのは彼の弟だという。そして、その男が病のときに記した日記を渡された。という型式となっている。いわゆる「強迫神経症」というのだろうか、心を病んだ男の心象が描かれる。「自分は人が食いたいのに、人に食われるのを恐れている」などある。
    なぜか「人肉食」の観念が頻出する。なにかの暗喩なのか、時代精神への批判なのかもしれない。

    ・「阿Q正伝」:
     意味もわからぬまま革命党のひとりとして殺される愚かな男の物語。阿Qは、知性も知識も持ち合わせない男なのだが、ただ革命党の兵士たちの白い軍装に魅かれるように、彼らの後を追う。そして、革命党一行がある屋敷を略奪する現場に居合わせる。後日、阿Qは、官憲当局に連行される。読み書きの出来ない阿Qは、紙に「丸でも書け!」と言われ、それに従う。そして、処刑される。思想も持たず、状況への理解も持ちえぬまま、当局に殺されてしまうのであった。何も知らずに、「丸印」を書いた愚かさが鮮烈な印象を刻む。
     知識や教養、政治への無知、その愚かさ、危うさを訴えたものか。

     現代中国は、国威が増進し、中国共産党の強権的支配もあり、私には、恐れや脅威を伴う存在となっている。そうしたなかで、こうした中国の文学を読むとき、彼ら中国の人々の心に触れたように感じる。ひとりひとりの人間にふれた気がする。これは、大切なことであるように思う。

  • 魯迅の代表作を新訳したもの。故郷、阿Q正伝のほか、狂人日記等を掲載している。明治期の日本文学の影響を感じさせる。魯迅の評価は、時代背景や新しい文体で書いたことも大きいのだろう。いつか原文でも読んでみたいと思った。

  • 非常にピンとこない。

  • 東京で近代文学を学んだ魯迅は
    本国において、ブルジョア生活を満喫しながら共産党を擁護していた
    大陸的なおおらかさというか、虫がよすぎるというのか
    ポストモダンのはしりと呼べるのかもしれないし
    ある意味では戦後日本を先取りする存在なのかもしれない
    そういう人物だった
    作品には、自虐的な認識も反映されているように思う
    この本の解説では、大江健三郎や村上春樹に与えた影響について
    論じられている

    「孔乙己」
    科挙の合格を志しながら、初級試験に受かることすらできぬまま
    ホームレスに落ちぶれたアル中おじさんのプライド

    「薬」
    人血饅頭を万病の薬とする野蛮な風習残りし時代に
    奇跡の花が咲き誇る

    「故郷」
    身分の高い家の息子が、平等な世界を一瞬夢みる話
    のんきなものだ

    「阿Q正伝」
    おれは絶対悪くない、ほんとのおれは世界で一番えらい
    そんな考え方で自分をなぐさめるみじめな男
    その軽薄さはしかし、君子ならざるすべての人民に共有されるものだ
    革命がそのことを一瞬だけ明るみにさらす

    「端午の節季」
    阿Qとは正反対に
    人間みんな似たり寄ったり、という理屈で自分を慰める教師の話
    みんな給料が出なくて困っている
    とはいえ、みんなで踏み倒せば借金も怖くないだろう
    しかし宝くじに当選するのはひとりだけだ…

    「あひるの喜劇」
    蛙とあひるの共存は可能か否か
    共産独裁体制の未来を予見するかのようなユーモア作品

    「藤野先生」
    民族の敗北を素直に、率直に受け止めようとするところに
    魯迅文学の原点がある
    太宰治「惜別」の元ネタ小説

    「范愛農」
    出資と言い換える欺瞞によって賄賂を受け取りつつ
    間違った人物ならば出資者といえども批判するのが公正というものだ
    そう嘯いて罵倒的論陣を張る新聞社
    それに文句をつけたらつまらない人間というレッテルを貼られてしまう

    「兎と猫」
    兎を殺害した猫に復讐を企てる男の子

    「狂人日記」
    被害妄想者の日記が食人の風習を告発する

  • 魯迅の代表作16篇所収。
    訳がわかりやすく、読みやすい。
    『阿Q正伝』はわりと衝撃的。社会や周りの人に全く受け入れられない人物が抹殺されていく様は不気味さを感じる。

  • 最近この光文社の古典新訳が気に入っていまして。
    今回は魯迅。昔いつかの教科書で読んだ気がしますが
    正確にはおぼえていませんでした。
    有名なところでは、
    「阿Q正伝」「故郷」「狂人日記」・・
    「故郷」は内容を少しだけ覚えていて、どこかで読んだと
    思います。たぶん、何かの教科書だったような・・・

全48件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

本名、周樹人。1881年、浙江省紹興生まれ。官僚の家柄であったが、21歳のとき日本へ留学したのち、革新思想に目覚め、清朝による異民族支配を一貫して批判。27歳で帰国し、教職の傍ら、鋭い現実認識と強い民衆愛に基づいた文筆活動を展開。1936年、上海で病死。被圧迫民族の生んだ思想・文学の最高峰としてあまねく評価を得ている。著書に、『狂人日記』『阿Q正伝』『故郷』など多数。

「2018年 『阿Q正伝』 で使われていた紹介文から引用しています。」

故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫)のその他の作品

魯迅の作品

故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする