罪と罰〈3〉 (光文社古典新訳文庫)

  • 光文社
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レビュー : 103
  • Amazon.co.jp ・本 (536ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334751845

作品紹介・あらすじ

殺人を犯した者の詳細な運命がつづられる最終巻。ラスコーリニコフをはじめ、母、妹、友人、そして娼婦ソーニャなど、あらゆる「主人公たち」が渦巻きながら生き生きと歩き、涙し、愛を語る。ペテルブルグの暑い夏の狂気は、ここに終わりを告げる…。

感想・レビュー・書評

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  • 数十年ぶりの『罪と罰』、読了しました。
    やはり、良いですね。あらすじは言わずもがなですが、最後のシーンはジーンときます。
    この『罪と罰』は犯罪小説なのですが、人間性の喪失と再生の物語であり、そして純粋なラブストーリーでもあるのです。そして大団円とまではいかないものの希望に満ちたエンディング。心が洗われます。

    僕が1巻のレビューで書いた、高校生の時に読んだ時に一番心に残っている娼婦のソーニャに主人公のラスコーリニコフが罪の告白をするシーン。その場面を今回再読した際『罪と罰』を読んだ高校生だった自分の状況がありありと蘇りました。

    ラスコーリニコフからの罪の告白を受けたソーニャは、ラスコーリニコフからどうすればよいかを問われた際、目に涙をいっぱいに浮かべ、ラスコーリニコフの肩をつかんで、こう言うのです。この時、ソーニャの心は大きくラスコーリニコフへと傾きつつあり、もう愛し始めていた状況でもあります。その彼女が「自分が愛そうとしている男」に向かって言う言葉です。
      「さあ、立って!いますぐ、いますぐ、十字路に行って、そこに立つの。
       そこにまずひざまずいて、あなたが汚した大地にキスをするの。
       それから、世界じゅうに向かって、四方にお辞儀をして、
       みんなに聞こえるように、
       『わたしは人殺しです!』って、こう言うの。
       そうすれば、神さまがもういちどあなたに命を授けてくださる。
       行くわね?行くわね?」
    このセリフ。数十年前にも読んだこのセリフ。完全に覚えていました。というか『罪と罰』の数あるセリフのなかで、このセリフしか覚えていません。
    高校生だった僕の心に深く刻み込まれ、数十年経ても今でも鮮明に覚えていたのです。
    どうして、このシーンだけを強烈に覚えているのだろう。
    今にして思えば、当時の僕の価値観が完全に打ち壊された瞬間だったからだと思います。

    日本人的に普通に考えれば、ここでソーニャの言うべきセリフは、
       「警察に行って自首しなさい」
    だと思います。もちろん『罪と罰』のソーニャも最終的には自首を勧めるのですが、まずは何を差し置いても、このセリフにあるとおり、
       自分の犯した罪を、自分が汚してしまった大地(神)に許しを請い、全世界に向かって懺悔をせよ
    と言うのです。
    この時、僕は雷に打たれたように、世界を理解しました。この時初めて「これが宗教を持っている人間とそうでない人間の違いなのだ」と、自分以外の世界がこの世にあるのだということを現実に「知った」のです。

    「人を二人も殺しておいて、許されるはずないじゃないか」
    当時の僕はそう思っていました。
    しかし、この小説の世界(僕の知らない宗教のある世界)では、「罪を悔い改めて、神に許しを請えば、神に許される」のです。
    愕然としました。
    「人を殺せば、警察に逮捕され、裁判を受けて有罪判決となり、刑務所に行って懲役刑を受ける、あるいは死刑になるまで、自分の罪は消えることはない」と当時の僕は信じて疑っていませんでした。しかし、それでも許される世界がある、ということを知り、そして「人間の罪を許すことができる『神』という存在があるのだ」ということを本当に知ったのが、この時だったのだと思います。
    『カルチャーショック』などという生やさしい言葉では言い表せません。自分にとっては天地がひっくり返るくらい驚いた経験だったのです。

    「キリスト教の教えとは、そういうものですよ」と簡単に言われるのかもしれませんが、キリスト教の本質など全く知らない当時の高校生の僕(今もキリスト教徒ではないですが・・・)にとっては「なんと神というものは寛大なのだ」とその偉大さに恐れおののいた瞬間でもあったのです。

    人間は罪を犯す、愚かな小さき存在です。
    それでも、人は精一杯、日々を生き、過ちを繰り返しながら、生活します。そしてこのラスコーリニコフのように絶対に許されない罪を犯してしまうこともあるでしょう。
    しかし、人は、真にそれを悔い改めて反省すれば、許されることがあるのです。

    本書のラスコーリニコフは、ソーニャにこうまで言われながらも、すぐには反省しません。自分は上手くできず失敗しただけだとうそぶくことすらあります。
    さらに予審判事のポルフィーリィーとの最終ラウンドでもラスコーリニコフは完全に敗北します。
      「あなたが殺したんですよ、ラスコーリニコフさん!あなたが殺したんです・・・」
    まるで、刑事コロンボの映画のラストシーンのようにラスコーリニコフはポルフィーリィーに鮮やかに殺人の罪を指摘されます。しかし、ポルフィーリィーはそこでラスコーリニコフを逮捕せず、何事も知らなかったかのように自首を勧めます。ここは、ポルフィーリィーの心意気に打たれる場面です。

    そして最終的に自首したラスコーリニコフはシベリアへ送られ厳しい労働を課せられます。ソーニャもラスコーリニコフのいるシベリアの受刑地の近くに住み、ラスコーリニコフを含めた受刑地の人達の面倒をみます。
    そのようなソーニャの無上の愛を感じ、ラスコーリニコフは本当の自分の罪深さを知り、そこで初めて本当に悔い改めるのです。

    数十年ぶりに読んだこの『罪と罰』、まるでタイムマシーンに乗って過去に戻ったかのように、いろいろと過去の自分を思い返すことができましたし、新たな発見もたくさんありました。
    やはり、このような百年以上も前に書かれた古典名作には、人類の英知が宿っているのですね。
    この『罪と罰』、10年後、20年後に再読した時には、また今と違った感情がわき上がるのかもしれません。
    本当に濃密で、意味のある読書体験でした。ありがとうございました。

    • kazzu008さん
      たけさん、こんにちは。
      コメントありがとうございます。
      たけさんも「罪と罰」積読中なのですね。
      なかなか読もうとする気が起きないのがロ...
      たけさん、こんにちは。
      コメントありがとうございます。
      たけさんも「罪と罰」積読中なのですね。
      なかなか読もうとする気が起きないのがロシア文学ですよね。僕は再読だったので、結構今回はスラスラと読めました。
      ぜひ、たけさんの「罪と罰」のレビューを読みたいと思いますので、頑張ってください!応援してます!
      2019/08/20
    • bmakiさん
      読了お疲れ様でしたm(_ _)m

      kazzu008さんのレビューは面白いですね(*^-^*)
      どの本もそうですが、レビューを読んだ後...
      読了お疲れ様でしたm(_ _)m

      kazzu008さんのレビューは面白いですね(*^-^*)
      どの本もそうですが、レビューを読んだ後の満足感が凄いです。
      このレビュー纏めたら一冊の本が出来上がるんじゃないかと思うくらい魅力的なコメントだなぁと思います。

      罪と罰は私には難しい作品でしたが、kazzu008さんのレビューを読んでから再読してみたら面白いだろうなぁ~と思いました(*^-^*)

      これからも色々な書籍のレビュー楽しみにしています♪
      2019/08/20
    • kazzu008さん
      bmakiさん。こんにちは。
      コメントありがとうございます!
      僕のただ長いだけのレビューを褒めていただけるなんて感激です。それに「纏めれ...
      bmakiさん。こんにちは。
      コメントありがとうございます!
      僕のただ長いだけのレビューを褒めていただけるなんて感激です。それに「纏めれば1冊の本ができる」だなんて、恐れ多いです(笑)
      僕のレビューを読んで『罪と罰』を再読してみたくなったなんて言われると感動ですね。読書人冥利に尽きます。

      bmakiさんのレビューも本音がすごく良く書かれていて、実際に読もうと思う本のレビューとして本当に参考になります。それにbmakiさんの本棚、すごく興味深い本がたくさんあってぜひこの本棚の中から選ばせていただきたいと思いますね。
      今後ともよろしくお願いします!ありがとうございました!
      2019/08/20
  • 「『罪と罰』を読まない」をきっかけに今さらの初読。

    いやぁ、登場人物がしゃべるしゃべる。説明ゼリフではあるのですが、しゃべりのリズムが心地よくてグングン読めました。他の訳を読んでいないので比較はできないのですが、このリズムの良さは亀山訳のおかげでしょうか。

    読んでいるあいだ、演劇を見ているような感覚でした。いわゆる「静かな演劇」ではなく、演劇をあまり見ない人がイメージするようなザ・演劇。
    マルメラードフのお葬式の場面などはドタバタコメディの様相。
    台詞量もあるので、野田秀樹あたりに舞台化してほしいです。

    登場人物のキャラもいいので、冒頭に人物イラスト紹介つけて、ラノベレーベルから出して中学生に読ませたい。文豪だから読めじゃなくて、中二だから読めって感じで。

  • 海外小説の初心者としては、読み終わった直後は何もかも腑に落ちなかった。しかし、そこからひとつずつ、良心、罪悪感、罰といったものが意味するものを考えていくと、これまで歴史を学んでいても理解できなかった、信仰を持つ人々の感覚や行動心理が少しずつ自分に近づいてきて、どんどん目から鱗が落ちていって、なんだかものすごく面白い作品なんじゃないか、という気持ちに襲われてきた。
    きっと慣れてきたら、読むことと考えることを同時進行できるようになって、読んでいる最中から面白くて仕方なくなるんだろうな、と思う。

    小説が、ノンフィクションや学術書よりも現実世界を理解させてくれることがある、と実感させてくれた一作。しかし読みこなすまでの道のりは、果てしなく遠い気がする。

  • いやあ良かった。余韻が残る。書物は異界への入り口だと内田樹先生が言っていたけれど、本当にその通りだった。150年前のロシアへあっという間に連れて行かれる。ときにはもどって来られずに、ホームのベンチにしばらく座り込むこともあった。どうしてだろう、殺人犯の主人公に感情移入することができる。後半、かなり大きな存在となるスヴィドリガイロフ。ドゥーニャと2人になったシーンは、ちょうど並行して「痴漢外来」を読んでいたこともあり、それぞれの心理的状況を深く感じ取ることができた。そして、ピストル自殺。次第に近づいていく感じはしていたが、それでも最後まで、いや本当にアメリカに向かうのではと思ったり、最終的にはそっちが死ぬのかあ、というのが正直な感想。主人公ラスコーリニコフは結局、死を選ばなかった。エピローグ、入院する場面ではもう一波乱あるのかと思ったが、持ち直してくれた。ソーニャとの人生を受け入れ、明るく、前向きに終われたのではないか。清々しい気分である。ところで、「カラマーゾフの兄弟」を10年ほど前に読んで、次は・・・と思っていたのがいまになってしまった。また、10年後? 今度は「悪霊」か、「白痴」か・・・

  • あぁ 終ってしまった…
    42.195㎞のフルマラソンを走り終わったあとは
    きっと こんな感じを持つのでしょうね
    (残念ながら、私はその経験を持ちません)

    人が生きていくこと
    人が罪を犯してしまうこと
    人が人を裁こうとすること
    人がもう一度 生き延びてみようとすること
    人が人を支えていくこと

    何か独特の 読み終えた後の余韻が
    続きます

  • 自分は凡人の権利を踏みにじることが許される天才側の人間だと思い込むことは罪ですか。
    英雄気取って流した血に、自分は只の凡人でしかないと気付いて絶望し葛藤し苦悩するのは罰ですか。
    そんな現実に、精々傷ついて頭を冷やせばいい。
    ラスコーリニコフには、彼をするソーニャがいて、彼を心配する家族がいる。
    そんな平凡な幸せがすぐ傍にあるのに‥。
    人を殺めた罪が消えることはないけれど、然るべき罰を受けることは無駄じゃない。
    私にはまだ難しくて理解しきれていない気がするから、いつかまた必ず再読します。

  • 主人公、ラスコーリニコフには特有の思想がある。それによれば、世の中には2種類の人間があり、
    ナポレオンのような超越者は、それ以外の人々の命を奪うことも許されるという。彼は、その考えに基づいて殺人を犯す。このくだりはあまりにも有名なので、今更語ることでもないかもしれない。

    そうした思想と行動にも関わらず、彼の行動は場当たり的で、まるで一貫していない。本物の超越者であれば、殺人は大義を成すための手段に過ぎないはずだけれど、彼の殺人は自己目的化していた。こう書くとなんだかサイコパスじみているけれど、実際はそうじゃない。経済的困窮や妹の不幸な縁談で精神的に追い詰められた彼は、それを打破することを殺人に託したのだ。でも、彼は超越者たりえなかった。彼の本質は善であり、冷徹なナポレオンにはなりきれなかったのだ。本当の超越者であれば、妹の金で学業続けて成功を掴めば良かったわけで。そういうところが彼とスヴィドリガイロフの違いだったのかもしれない。

    面白いのは、『罪と罰』というタイトルだ。エピローグにおいてなお、彼は自らの思想への執着を示す。一連の事件の罪を、自首をしたことで成功を掴み損ねたことであると総括する彼に、本当の意味での罪の意識はまだ芽生えていない。刑事罰はあくまでもシステムであり、彼の本質を裁くものではない。この構図において、物語にはまだ罪も罰も存在しないという事になる。
    一方で、エピローグでは、彼とソーニャの人間的な再生の予兆とそのための償いの存在が示唆される。彼が罪と向き合うのは、彼が人間としての再生を迎える「新しい物語」においてなのかもしれない。

  • ルージンとスヴィドリガイロフのお下劣な人格に比べれば、まだ、主人公ラスコーリニコフの方が(殺人者ではあるけれど)共感出来るような。。
    娼婦ソーニャが最も高潔な感じに書かれているのが、何とも逆説的。貧しさが罪なだけで、いつの時代も、人は全力で身悶えしながら平然と生きているんだなあ、と思う。マルメラードフの駄目親父ぶり、現実逃避ぶり、を見ると、人間って150年経っても基本進歩してないなあ、とも思った。

  • 第3巻。ラスコーリニコフは神を信じたのではなく、ソーニャを信じたのだ。その一点だけを胸に生き、人生への希望は持っていなかった。だから、ただ生きた。

  • 圧巻

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