ジーキル博士とハイド氏 (光文社古典新訳文庫)

制作 : Robert Louis Stevenson  村上 博基 
  • 光文社
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レビュー : 52
  • Amazon.co.jp ・本 (159ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334751951

感想・レビュー・書評

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  • 表面では立派な性格を持ったジーキル博士が、一方ではエドワード・ハイドという残虐な殺人鬼としての顔を持つ話は有名だが、改めてこの短編を読んでいてまるで小さな推理小説のようにも思えた。
    しかし、私が最もそそられた点は「ジーキル博士の事件の全容」の告白である。
    彼の苦悩はまさに宗教的なものであり、自分は二重人格であることを認めてさえいた。まるで「聖闘士星矢」のサガのようである。
    薬を飲んで、著名な学者であるジーキル博士の肉体を脱ぎ捨てエドワード・ハイドの肉体を身につける。そしてそれが彼にとっては愉快であった反面、自分を苛んでいたのはもはや絞首台の恐怖ではなく、ハイドであることの恐怖であった。

    これはこの小説のジーキル博士だけでなく私たちにもある種言えることだろう。私たちは顔を使い分け、一部では善人を演じ、一方ではとてつもない悪人になり、かつそのことを知り、良心に苛まれている。特に匿名であればあるほどそうだ。

  • 誰もが知っている、ジキルとハイド。
    でもだからこそ読まれることは少ないという稀有にして不憫な本作に、時間があるうちに挑んでみました。

    映画などで形作られているハイド氏とはかなり異なる容貌に驚き、ひしひしと伝わるジーキル博士の苦悩に考えさせられます。
    自分の中にいるもう一人の自分、それを解放したときに待っているものとは?
    本来の自分とは一体どちらなのか。

    引き込まれる作品です。

  • 善悪の価値観に関する物語。
    人間の本性は善悪どちらなのか?

    完全なる善人がほとんどいないように、完全なる悪人もほとんどいない。
    そもそも善悪という観念はいつ生まれたのだろうか?
    人間の原始状態では善悪という観念はなかったというのが、ルソーの主張だ。

    言語、想像力、テクノロジーが生まれてくる前、
    人間が家を作り家族構成を構築する前には善悪などはなかったのではないか。

    はるか昔に想いを馳せる物語。

  • 名作ブンガク
    かかった時間120分くらいか
    文学のほうが新書より時間がかかる。

    名作だが童話バージョンしか読んだことがなかった本作品については、以前「フランケンシュタイン」をよんだ時から、関連作品として興味をもっていた。

    あらすじは言うまでもないが、名士で知られるジーキル博士が、自身の二面性と肉体の可変性を医学的に研究し、ついに自身のもうひとつの人格を肉体として発言させることに成功したものの、最後にはそのもうひとつの人格に肉体?人生?を乗っ取られてしまい、破滅に至る物語である。

    読んでいて、たしかに「フランケンシュタイン」と同じように、科学(医学)の可能性への憧憬と恐れがおこりはじめたこの時代に(1800年代)、おそらくそれよりずっと昔から人間が持っていた二面性問題が結びついたのだと思えた。そして、「フランケンシュタイン」と同じく、事件は基本的に、全体の視点人物に?語り手?によっては目撃されない。常に伝聞が先行し、その伝聞によってますます恐怖めいたものと好奇心が、視点人物にも読者にも育っていく。そして、最後には事件の全貌を記した手紙が示される。

    なんというか、高校生の時に「山月記」を読んだが、非常に似通った作品であると思う。「山月記」の方は異形の身になった理由は「薬品」などというわかりやすいものではないが、いずれも変身の理由を自身の内面に帰している。(かつての)親友が異形になった主人公にアクセスして語りを聴く。そして、主人公の「人間」としての最後を見届けるのだ。

    こういうふうに考えると、この作品はいろいろなつながりをもった作品だとわかる。同じく高校生で読んだ「舞姫」における、自己の二面性への悔恨を含めた言及もそうだし、カフカ「変身」では変身がより不条理な形で描かれる。そもそも「自身の中の悪い心によって、姿が変えられてしまう」というのは、ミダス王をはじめとして古今東西でみられるモチーフだ。手紙の一方通行性(しかも死者からの)は「こころ」も同じだし、恐怖や怪奇のみが示されて謎が深まるのは探偵小説さながらだ。

    なんていうか、こういうことをここに書くのも恥ずかしいのだが、イギリス文学ってすごい。シェイクスピアもそうだけど、ちょっとしばらく気にしてみたい。

  • 二重人格を意味する慣用句「ジキルとハイド」はよく使われるが、話そのものを読んだことはなかったので。平易な訳だからつかみとして優秀。

  • タイトルをワードとしてはよく耳にするものの、原作を読んだことがなかったので読んでみようと手に取った。物語は長くはないが、濃度の高いものだった。誰しもが自身の中に二面性(ないしは多面性)を感じることがあると思うが、それを分離しようと思うに至り、かつそれを実現する薬を見つけたジーキル博士は確かに狂気じみていたのかもしれない、一方でとても現実的にも感じられた。薬は決して魔法の薬ではなかった。二面性の分離は長くは続かない。切り離すのではなく、きちんとしたコントロールの下、どう折り合いをつけて生きていくのかということを考えさせられた。

  • もはや有名すぎて読む人が少ないと前書きに書かれている通り、私も名前とあらすじしか知らなかったので読んでみました。
    一章読んだら眠れなくなるほど、続きが気になります。
    短編なのですぐ読めるため、時間がない人も是非読んでみてください。

  • 『ジキルとハイド』…善と悪、二重人格などなんとなく知ってたけど、改めて物語をちゃんと読んでみた。
    印象としては、2つの人格という単純な二面性じゃなくて、ハイド(悪)はジーキル博士(善)が普段は抑えている願望のようで、ある意味ハイドの方が素の人格のようにも思えた。
    だからジーキル博士が単純に善に見えなかったし、人ってみんなそういうものかもしれないなぁと。

  • 怪事件の結末に向けて頭がグチャグチャした。
    ラニヨン医師の死ぬシーンなどは特に薄気味悪かった。

    ただ、ジーキル博士の告白するところには、
    様々な欲望に葛藤して悶えている姿が、自分も含め、どんな人にもあると思う。

  • ずいぶん昔に原書を読んで以来ご無沙汰だったので、和約で読んでみることに。
    ハイド氏の狂気やアタスン氏の恐怖や苦悩など、あたかも読み手がハイド氏を目の当たりにしたかのような嫌悪感を抱かせるため、訳者さんが努力されたであろうと感じました。
    広く知られる「ジキルとハイド」だからこそ、きちんと読んでおいてよかったと思う作品です。

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