フランケンシュタイン (光文社古典新訳文庫)

制作 : Mary Shelley  小林 章夫 
  • 光文社
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レビュー : 56
  • Amazon.co.jp ・本 (423ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334752163

作品紹介・あらすじ

天才科学者フランケンシュタインは生命の秘密を探り当て、ついに人造人間を生み出すことに成功する。しかし誕生した生物は、その醜悪な姿のためフランケンシュタインに見捨てられる。やがて知性と感情を獲得した「怪物」は、人間の理解と愛を求めるが、拒絶され疎外されて…。若き女性作家が書いた最も哀切な"怪奇小説"。

感想・レビュー・書評

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  • ゴシックホラーの古典。
    生命の秘密に興味を持つフランケンシュタインは、研究の結果、人造人間を造り出すことに成功する。だが造り出された「怪物」の不気味さに怖れをなし、これを放棄してしまう。どこへともなく消えた怪物だが、フランケンシュタインの身近で不幸な出来事が立て続けに起こり、彼は怪物の仕業と確信する。
    創造主であるフランケンシュタインは、被造物である怪物に付け狙われる立場となる。
    怪物がそこに至った理由は何か。フランケンシュタインは怪物の手から逃れることができるのか。

    あらすじは比較的よく知られている物語だ。
    ボリス・カーロフが怪物を演じた映画の造形から、ボルトが刺さりつぎはぎだらけの異様な姿として怪物を思い浮かべる人も多いだろう。
    だが原作はそれほどは読まれていない物語でもある。
    「フランケンシュタイン」はよく怪物自身と誤解されているが、怪物を造った「科学者」の名前であり、怪物自身には名前は与えられていない。

    本作は枠物語の構造を取る。
    最初の語り手は極地探検を志すウォルトンで、北極近くでフランケンシュタインを発見する。
    次の語り手はフランケンシュタインで、出自の説明から怪物を造り出すまで、そしてなぜ北へとやってきたのかを回想する。
    その回想の中で、フランケンシュタインと邂逅した怪物自身の語りが挿入される。

    おどろおどろしいだけの物語かといえばそうではない。
    美しい自然描写もあれば、欧州各地の旅行記のように読める部分もある。
    怪物はかなり高い知能を持つ存在であり、赤子のように知識を吸収していくさまも詳細に描かれる。怪物がかかわった人々のエピソードも興味深い。
    物語の構造ががっちり計算されつくされているとは言いにくいが、ほとばしる才能のみずみずしさを感じさせる。
    メアリ・シェリー弱冠20歳の作品である。

    前回読んだときには、怪物を生み出しておきながらその不気味さにさっさと逃げ出してしまうフランケンシュタインの無責任さに苛立った。ともかくも彼が踏みとどまって怪物の面倒を見ていれば、のちの悲劇はすべて起きずに済んだのではないかとも思えた。
    彼を「科学者」と見るならば、己の知りたい確かめたいという欲望に身を任せ、結果が思いもよらぬものとなったら逃げだすとは何事か、というところだ。

    だが、今回、読み返してみて、フランケンシュタインが感じた恐怖や不安が少しわかるような気もした。

    本作はそもそも、仲間内で、それぞれ「幽霊物語」を書いてみようという余興から生まれたものである。
    メアリ・シェリーが思いついたのは、「青白い顔をした科学者」が「呪われた作業」によってつくりあげたものの物語だった。おぞましいものを作ってしまったと彼は逃げ出す。だが、ふと気づけば、月明かりにぎょろりと光る黄色い眼が窓からこちらを覗いている。
    放っておけば死ぬと思ったのに、自分の為したことは想像を超えたものを生み出してしまった。
    その一線を越えた感覚。禁忌を犯したのか、神を冒涜したのか、ともかく入ってはならぬ領域に彼は入ってしまったのだ。

    怪物は結局のところ、殺人を犯してしまうのだが、もとから悪辣だったわけではない。彼はただともに語らい安らげる仲間がほしかったのだ。そういう意味では怪物は非常に「人間的」ですらある。その一方、怪物をただただ忌み嫌い、まったく理解しようともしないフランケンシュタイン自身が「怪物」であるようにも見えてくる。

    神と人の境界。人と怪物の境界。そんなことも思う。

    さまざまなことを考えさせ、多様な解釈の余地を許す。
    古典というものの懐の深さを改めて感じる。

  • 知っているようで、きちんと読んだことがなかった有名な作品を
    光文社古典新訳文庫で。
    アルベルト・マンゲル『図書館』での言及がきっかけで購入。
    先にメアリー・(ゴドウィン)シェリーが
    いかにして『フランケンシュタイン』を書いたか――を
    描いた映画『メアリーの総て』を観てしまったが、
    特に問題なし。

    さて、ここはあくまで小説『フランケンシュタイン』の
    感想を述べるということで、
    『メアリーの総て』の印象は切り離します。

    三層から成る枠物語で、
    一層目【A】は北極探検を目指す青年ロバートが
    姉マーガレットに宛てた手紙。
    ロバートが指揮する船の乗組員は、
    砕けた氷に載って漂う橇の主を救助した。
    その男ヴィクターが語った身の上話が二層目【B】、
    【B】の中に織り込まれた「怪物」の独白が三層目【C】。

    ヴィクターは錬金術に興味を持ち、
    生命の原理を探究しようと考え、創造主になろうと目論んで、
    人間や動物の死骸の断片を集めて新しい命を生み出そうとした。
    しかし、出来上がった生命体の醜さに衝撃を受けて、
    それを見捨て、結果、報復を受けることになる。――【B】

    翻案作品などのイメージから、人造人間製造のプロセスが
    事細かく描写されているものと思い込んでいたが、
    実はその辺りは非常にアッサリしていて、
    何だか簡単に「出来ちゃった」みたいな感じ(笑)。
    作者が詳述したのは、
    人間が神の領域に踏み込んで被造物を生み出すことの是非であり、
    生み落としてしまったなら、
    その後はどうするべきか、といった問題。

    親になったら、誕生した子供が大人になるまでは、
    きちんと養育しなければいけないし、
    物事の善悪を教える必要がある。
    AIについても然りで、
    暴走しないように制作者及びユーザーが「倫理観」を
    刷り込むべき。
    外枠の語り手ロバートは
    孤独な探究者という立場が自らと重なるせいか、
    ヴィクターに同情的だが、
    読んでいて「それはおかしくね?」と思ってしまった。
    何故ならヴィクターは、自身の頭のよさを誇示するために
    暴挙に及び、しかも、責任を放棄したから。

    作者はそんな、独善的で綺麗事を並べる割りに
    行動が伴わない男を批判するつもりで書いたのか、どうか。

    ところで、ヴィクターの自分語りを読んでいると、
    ナルシスティックで熱に浮かされた調子なので、
    ひょっとして実験云々は全部妄想じゃないのか?
    などと疑いたくなってしまった。
    いや、最終的にロバートと怪物が対峙するので――【A】
    小説内現実として怪物は確かに実在したのですがね……。

  • 「(ド・ラセー家の人々と仲良くなるための)計画を実行に移そうとした瞬間、手足が動かなくなって、おれは地面にくずおれてしまった」(P.238)虐待を日常とし、「なんで生まれてきたのよ」と言われながら育つ子は、何かをするにも、する前から恐怖が私と何かの間に横たわっているため、愛どころか何にも手を展ばせない。愛されたい一心で行動しようと手足を動かしても、身体は意志を裏切ってその場に沈み斃れこむ。「自分のものであるはずの身体からの疎外」というジレンマなんて、マルクスいやプラトン以来言い古されてきたはずなのに、その原因を親の愛のあるなしに見た作者の理路はいまだ新鮮で、悲劇的なまでに英雄的だった。

  • 「フランケンシュタイン」といえば、四角い頭に半月型の眼が不気味に輝き、縫い目のある肌は青白く、首元にはごっついボルトが突き刺さった巨躯の怪物…おおよそそんなイメージを抱くでしょう。しかし、正確にはそれは誤り。フランケンシュタインとは、そんな怪物を生み出した博士の名前であり、怪物自体に名はないのである。
    さて、本書は1818年(今からおよそ200年も前!!)に発表され、ブライアン・W・オールディス曰く「SFの起源」とも評される小説です。

    天才科学者フランケンシュタインによって生み出された人造人間。しかし、その姿が醜悪に満ちていたため、創造主のフランケンシュタインを含めた人間から忌み嫌われてしまう。やがて知性と感情を獲得した怪物は、人間の愛情を求めるが…

    とてもとっても悲しい物語です。
    誰が悪いのかと問われると、読んだ人によって答えが異なりそうなところですが、個人的にはフランケンシュタインがただの無責任糞野郎に思えてなりませんでした。物語の大半がこの創造主による開陳で占めるのですが、その思いの吐露がどうも自己弁護の固まりのように感じられて、最後には聞き手であるウォルトンに仇討ちをお願いする始末。醜悪なのはお前の心の方じゃないかと、非難を浴びせたくなるほどでした。
    一方、いわば敵である怪物の心情を垣間見れる場面も多々あり。このため、物語をフランケンシュタイン側から一方的に見ることができなくなります。この怪物の心情を察する限りは、可哀想としかいえません。もちろん、だからといって暴力が認められることはないのですが…

    さてさて、本書を読み終えて驚きがひとつ。この歴史的にも価値のある一作を生み出したのが、弱冠19歳の少女であったということ。まじか!

  • ストーリーは知らなかったのだけど、最初の方で怪物が橇に乗って何かから逃げているらしい様子が書かれているところから、すでに怪物への同情というか、かわいそうだと思う気持ちが湧いた。
    人間って本当に勝手な生き物だ。宇宙の支配者然として自らの主観で美醜や使える・使えないを決めつける。怪物に殺された人たちは不幸だが、自ら起こしたことに責任を負わないフランケンシュタインに同情の余地はないと思った。作りっぱなしは良くないし、死んで責任を取れるというものでもないと思う。核兵器なんかまさにそう。
    怪物がもともとは善良な心を持っていたのに、人間たちに拒絶されたことにより屈折してしまったというところは、ユゴーの「ノートルダムの鐘」に出てくる醜いカジモドに似ていると思った。人間は周りを映す鏡なんだと感じる。

  •  ーー怪物には、名前がありません。
     

     ーー隣の家には、ドラセー一家が、暮らしていました。
     なかでは、フィリックスの恋人、サフィーが、フィリックスから、言葉を習っていました。
     怪物は、その様子を盗み見ながら、人間の言葉や、様々な知識を身に付けていきました。
     使っていた、教科書は、『ヴォルネーの諸帝国の廃墟』。

     頭が抜群によかった怪物は、この本のおかげで、歴史の知識を身に付けていきます。
     今、世界に存在するいくつかの帝国のこと。
     さまざまな国々の風習や政治、宗教についての見識。

     こうして、様々な話を聞きながら、怪物は、奇妙な思いに誘われました。

    (……どうして、人間は仲間を殺そうとするのか……。そもそも、なぜ法律や、
    政府などというものがあるのか……)

     しばらく、理解できませんでしたが、
     悪徳と、流血の話を、詳しく聞いているうちに、驚きはなくなり、
     怪物は、嫌悪感のあまり、むかついて顔をそむけました。



     



     ーー……怪物は、人間らしくあるために、励んだのは読書でした。

     森で拾った、プルタルコスの『英雄伝』や、ミルトンの『失楽園』などを、熱心に読み込み、
     なかでも、怪物が夢中になったのは、ゲーテの名著、『若きウェルテルの悩み』でした。

     読むと、まず、その単純で、感動的な物語に心を引かれました。
     何といっても、ウェルテル自身が、これまで怪物が見たり、想像したりした人間よりも、崇高な存在に思えました。


     (……彼の、性格には、ひけらかすようなところがなく、

     それが深く、心に染み入った……)






    ーー英語だけでなく、フランス語もすぐにマスターした怪物は、
     語学が好きになり、雄弁になっていきます。

     そして、ますます、ドラセー一家と親しくなりたいという想いを、募らせていきました。


     しかし、かつて、村で、人間と遭遇したときに、醜い姿ゆえに、迫害された経験があるため、
     受け入れてもらえないかも知れないと、悩んでいました。



     そこで、怪物は、盲目の老人が一人きりの時を狙って、ドラセー一家を訪ねます。
    「通りすがりの旅人」と名乗る怪物を、老人は、優しく、招き入れてくれます。

     怪物は、孤独に悩んでいること、
     そして、心から慕っている「友達」に、嫌われそうだという悩みを、告白しました。



    老人は、言います。

    「あなたの、風貌はわからないが、あなたの言葉には、何か誠実だと思わせるものがある。
    私はこの通り、貧しく追放の身だが、何かの形で、人の役に立つことがあれば、
    こんなに嬉しいことはない。」


    『立派なお方。寛大なお申し出を、ありがたくお受けします。
    いまのあなたのお情けのおかげで、これから会おうとしている友達とも、きっとうまくいくような気がしています。』



    「……そのお友だちの名前と、お住まいをうかがえますか?」




     ……幸福が、永遠に奪われるのか、それとも与えられるのか。
     気力を奮い起こして、返事をしようともがきましたが、その努力が、残っていたなけなしの力を崩していき、

     とうとう、怪物は、椅子にくずおれ、声をあげて泣き出しました。



     ーその瞬間、庇護者たちの足音が聞こえ、
    怪物は、老人の手をつかんで、叫びました。


    『いまです! 私を助けて、守ってください!
    あなたがた一家こそ、私が求めている「友達」なのです。
    この試練のときに、私を見捨てないでください……。』



    「……、あなたは、誰なのですか?」



    『………』


    その瞬間、家の扉が開き、

    フェリックスとサフィー、アガサが入ってきました。


    ーー








    ・怪物には、名前がありません。
     なので、この老人の問いに、答えようがないわけです。

     文学作品としてのフランケンシュタインで忘れてはならないのは、
    その怪物が、存在としての苦しみを、まさに人間としての苦しみを苦しみ抜いたということです。
     容姿にたいして、人から疎外されるのではないかと恐怖をもっていた怪物が、一時、老人に、認められたということは、自分の本質を認められたような、本質は間違ってないんだという喜びになっていたはずです。はじめて、人間として、人間の共感に出会えるのは、本当に嬉しかったのだろうと思います。
     そして、老人が盲目であったということは、怪物の醜さが、人の目を偏見で曇らせる徹底的な要因になっているということを、皮肉な形で露呈しました。
     つまり、怪物が、見られる存在である限り、他者の理解や共感を得るのは不可能だということを、裏返しの形で表現しているのです。

     その後、ドラセー一家にも拒絶され、希望を失った怪物に残されたのは、ヴィクターへの強い怒りでした。
     なぜ、生き長らえたのか。無数の人間が存在するのに、怪物を哀れみ、支えてくれる者は、
    そのなかにひとりもいない。
     怪物は、その瞬間、戦うことを決意します。とりわけ、怪物を創り、こんな耐えがたい目に合わせた人間、ヴィクターの故郷へと旅立ちました。

     旅の途中、川で溺れかかっている少女を見つけ、助けますが、傍にいた父親らしき男から、鉄砲で打たれます。痛みを我慢しながらも、今度は、ウィリアムという少年に出会い、少年のウィリアムとなら、友達になれるかもしれないと、近づきますが、拒絶され罵られてしまいます。
     絶望のなか、そのウィリアムが、ヴィクターの弟だということを知り、怪物は、とうとう殺人を犯してしまうのです。

     善良で、優しく、頭の良かった怪物が、なぜ、凶悪化したのかというのは、そこへ行きつくまでのプロセスがあったということを、改めて考え直すべき非常に重たい問題じゃないかと思いました。

     小説では、怪物自身が一人称で語られていて、怪物の内面を知ることができました。 また、文学的な効果で「異化」というものを、使っていて、普段、見慣れたものから、その日常をはぎ取って、まるではじめて見るかのように話す供述方法が、見事です。

     こういった斬新さが、今まで数多くの「翻案作品」が作られ、文学研究においても、評価されていることの理由だと思いました。
     
     

  • 青年科学者のフランケンシュタインは自己顕示欲、挑戦のために、人間を創り出す。しかし、完成した人間は、人間と呼ぶにはあまりに醜悪な怪物だった。フランケンシュタインは結果に失望し、研究に興味を失う。しかし、怪物は知識を身につけ、フランケンシュタインへ自分を創ったことの責任を果たすように迫る。

    あまりにも有名すぎて読まれることが少ない名作の一つだ。

    著者が20歳の女性ということ。「フランケンシュタイン」は怪物の名前ではなく、怪物を作った青年学者の名前であること。などの意外な発見。

    さらに、人間が自分で創り出したものに支配されるという設定やクローン技術の想像。この作品があまりに時代を先取りしていることに驚いた。

  • Audiobookで。
    ヴィクターまじクソだな。

  • "Mary Shelley"を観て、やっぱり読んでおこうと。
    あの知性や感性を、どのように組み込んで彼を創造したのか。工程を知りたいな。

  • 文学

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著者プロフィール

Mary Wollstonecraft Godwin Shelley.
(1797-1851)
政治思想家で作家のウィリアム・ゴドウィンと
女権拡張論者で作家であるメアリー・ウルストンクラフト
の間にロンドンで生まれる。
急進的思想を持ってゴドウィンの思想に共鳴した
ロマン主義詩人パーシー・ビッシュ・シェリーと
駆け落ちの末、結婚。
1818年に初の小説『フランケンシュタイン』を出版して
一躍有名になる。
その後、ゴシックな作品のみならず、歴史小説や
ヴィクトリア時代風の家族的なテーマを扱った小説、
さらには人物伝、旅行記など、多彩な執筆活動を行った。
そこでは西洋古典から同時代のヨーロッパ文芸にまで
至る該博な知識と、欧州様々な土地での体験が
ふんだんに発揮されている。
また、夫亡き後はその作品を整理して
詩集の編集・出版にも尽力した。

「2018年 『マチルダ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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