悪霊〈3〉 (光文社古典新訳文庫)

  • 光文社 (2011年12月8日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (626ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334752422

作品紹介・あらすじ

街はいよいよ狂乱に向かって突っ走りはじめた。まずは県知事夫人ユーリヤの肝いりによる「慈善パーティ」で、何かが起こる気配。その背後では着々と陰謀が進行し、「五人組」の活動も風雲急を告げる。ワルワーラ夫人とヴェルホヴェンスキー氏、スタヴローギンとリーザの「愛」の行方は?愛と悪、崩壊と再生のクライマックス。

悪霊〈3〉 (光文社古典新訳文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 某アニメの劇場版ですっかり有名になってしまいましたが、『序破急』という言葉があります。くだくだここで解説はしませんが、この三部作はまさにこの単語があてはまるのでは無いかなあと思いました。
    ほぼ頭に入ってくることの無かった、物語としての起伏に欠く第一部と第二部とはうってかわって、話がぎゅんぎゅん動く動く!
    ばかすか人が死んで(いや人が死ねば話が盛り上がるという単純な考え方はよくないんですが)、今までじりじりと火の灯されていた爆弾が爆発した感があります。
    ただ全体として面白かったかと問われると、やっぱり前置きが長過ぎるのと、登場人物の思想にも(これは時代的な理由かもしれませんが)入り込むことができなかったので、ちょっと微妙だったなあという感想になります。
    でももう一度再読したら伏線も分かって印象が変わるかなあとも思います。

  • 「スタヴローギンの告白」だけは3種類の訳を読んだ。
    しかし、現代はもうスタヴローギンさえ「悪」とはいえない時代。

  •  もう一度読んでみたい。 一度読んだだけでは、作者が意図することを読み取る力が足りない。訳者あとがきを読んで初めて、あーそういうことだったかと少しわかった気になる。だからもう一度通して読んでみたい。

  • 作品冒頭に引用される「ルカによる福音書」の暗示どおりというか、第3部では次々に登場人物たちが死んでしまう…。シャートフの奥さんが突然戻ってきて出産するのには驚いたが、この新しく生まれてくる子が希望なのだろうかと期待したのもつかの間、母子ともに死亡。亭主のシャートフも子どもの父親であるスタヴローギンも死亡。本当にみんな死ぬ!
    ヴェルホヴェンスキー氏も最後までよくわからなかったのだけど、最後の放浪のとこを読んでいてふとこの人が『白痴』をおすすめしてくれた知人に似ていることに気づいて一人で納得してしまった。ワルワーラ夫人がなんだかんだ言って世話を焼いてしまう理由が分かった気がする。でも結局この人にも希望は見いだせなかったな。
    これで五大長編のうち四作品読んだことになる。他と比べて『悪霊』は今の一般的な日本人が読むにはわかりにくいかなと感じた。アジビラとか内ゲバとか普段耳にしないもんな…。
    私はドストエフスキーの描く人物たちの喜怒哀楽感情豊かなところが好きなんだけど、この作品は「喜」が圧倒的に少なかったと感じた。

  • 検閲にかかり差し替えられたほどの主人公の犯罪「告白」の章。カリスマ性をもつ青年ニコライ・スタヴローギンのあまりにも残忍かつ荒涼とした心の叫びが聞こえてくるような気がした。誰の心にも潜む「悪霊」が読み手の前に立ち昇ってくる。

  • ステパンヴェルホベンスキーと、ニコライスタヴローギンの2人の主人公を親子として解釈する、亀山先生の解釈はとても面白い。

  • ラストシーン衝撃!ダンサーインザダークが浮かんできたわ。自分はキリーロフのように、自殺をするような観念は持ち合わせていないと言ったスタヴローギン。それでもこの最期を選んだというのは、理性によって選び取ったというよりも、まさしく悪霊に取り憑かれたためと言えるのかもしれない。
    しかし人が死にまくる。その中でも一番さらっと書かれた死、シャートフの奥さんと赤ちゃんの病死が一番堪えた。やはりわたしは死ねない。

  • 一番好きな小説。自分が歳をとったからなのか、亀山さんの訳が分かりやすいのか、これまで何度も読んできた本のはずなのに、新たな気づきも多く、世界も広く感じられた。

  • 訳者解説によると、ドストエフスキーはこの小説で神に対する罪の形として「使嗾」と「黙許」を示しているという。
    自身は手を汚さず、曖昧な仄めかしによって人を操り、悪事をなす。悪事が行われていることを知りつつ、成り行きにまかせてそれを見逃す。
    ...主体的に意思を持って悪事を「行う」のではなく、自らの責任は回避しつつ悪事に「加担する」。「愛の反対は憎悪ではなく無関心である」という言葉のとおり、人間の弱さが「見て見ぬふり」という形で表れるとき、読者としてはいたたまれない気持ちになる。

    すべてが他人事のようなスタヴローギンの振舞いには共感できず、軽薄な言葉に禍の種を混ぜて撒き散らすピョートルに、嫌悪感は抱いても憎悪はできず、ロシアを愛するロシア人であるにもかかわらず、自分の本心を気取ったフランス語でしか話せないステパン・ヴェルホヴェンスキーに苛立ちを感じ...何とも消化不良な読後感なのだが、それでも深く読み返したいと思う不思議な小説だった。ドストエフスキーの偉大さなのだろうか。

    漫画版の助けを借りて登場人物を視覚化した上で再読してみたい。

  • はっきりいってつまらない。内容が難しいとか登場人物がわかりづらいとか、そういった理解を阻む要素はあるけれども、それを抜きにして考えても単純におもしろくない。『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』も、おなじように哲学的で難解な内容や、わかりにくい人物関係を含んでいるが、この2作品を読んだときは難しくもおもしろさを感じて、やっぱりドストエフスキーは凄い、と思ったものである。本作の場合はどうか。いつまで経っても恋愛だの活動だののいざこざが終わらず、そうこうしているうちに火事が起きてバタバタと人が死ぬのである。徹底的に私小説であればまだ楽しめるのだろうが、こういう「内輪」の話がいつまでもダラダラと続いているだけでは読んでもぜんぜんおもしろくない。むろん、わたし自身に読む能力が欠如しているという問題点はあるだろう。ただ、それでも先に挙げた2作は難しいなりにも楽しめたのに、本作にはそれがないので、やはり作品の問題ではないかと思う。世界的文豪の作品をこう称するのは気が引けるが、長いだけであんまり優れているとも思えない、悪い見本のような作品だと思う。

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