- Amazon.co.jp ・本 (328ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334752538
作品紹介・あらすじ
いつもの列車は知らぬ間にスピードを上げ…日常が突如変貌する「トンネル」、自動車のエンストのため鄙びた宿に泊まった男の意外な運命を描く「故障」、粛清の恐怖が支配する会議で閣僚たちが決死の心理戦を繰り広げる「失脚」など、本邦初訳を含む4編を収録。
感想・レビュー・書評
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スイスの有名な作家で、スイスのみならずドイツ語圏ではデュレンマットの戯曲は定番として上演されているのだそう。
1921年生まれ、1990年没。
イメージ豊かで、登場人物が濃く、確かに演劇的。
ソ連首脳部の葛藤を思わせる政治風刺的な「失脚」などは、登場人物の名前が頭文字だけなので、俳優がやって見せてくれたほうがわかりやすいかも。
「故障」は車の故障で、たまたま立ち寄った家で、村に住む老人達の楽しみに付き合うことになった男。
その楽しみとは、模擬裁判。
彼らはとっくに引退しているが、元は裁判官など法曹関係だったのだ。
罪を白状するように迫られ、冗談半分に営業マンである自分の身に起きたことを説明していくと‥
極上の食事をしながら議論し、酒を飲んでやけに盛り上がり、互いにほめあい、感動して肩を抱き合ううちに‥?!
「巫女の死」
オイディプス王の悲劇をさまざまな角度から見る話。
テーバイの王子がいずれ父親を殺し母親と寝るだろうという予言によって父王ライオスに捨てられ、コリントスで成長する。
運命なのか?後に予言は成就されてしまうのだが‥
巫女パニュキスは、アポロンに仕えるデルポイの神殿の女司祭長。
長年、口からでまかせに思いつく限り妙なことを言ってきたという衝撃の出だし。
しかも、パニュキスによる問題の神託とは、テイレシアスの意図によるものだった‥!
テイレシアスは盲目の預言者で政治家でもあり、法外な額の金を受け取った上で、依頼者に都合のいい予言を行っていたのだ。
もうろうとした老女パニュキスの視点というのも珍しい。
さらに、二転三転‥王妃イオカステの告白や、スピンクスの視点まで?
あるいはそれも、運命の環の中だったのか‥?
山岸さんの古代ギリシアを題材にしたコミックスなど思い起こしながら、読みました。 -
スイス文学の至宝、不条理喜劇文学のデュレンマットの中編集が文庫になっていた!どれも面白いのだがお気に入りはミステリ仕立ての『故障』。デュレンマットは言う。かつて大災害は神の怒りか運命が引き起こすと何となく信じられていた。しかしアウシュビッツや原爆投下以降、それは故障、つまり人間のちょっとした手違いで起きる原爆工場の爆発のようなことが人類滅亡を招くと人々は知った、と。車の故障のため田舎町で老人の家に泊まった男。夜になると家主の友人たちが集まってきて裁判ゲームをやろうと言い出す。家主は元裁判官で友人は元検事、元弁護士…昔を懐かしむのだ。男が被告人となってゲームは始まる。極上のワインを飲んで酔った男は自分がサラリーマンとして成功してきたことをご機嫌に話し出す。検事は男の元上司が急死した話を聞き出し男の成功自慢と上司殺しの話を巧みに繋げて弁じる。男は自分が巧妙に邪魔者を消し成功を手に入れていくその話に舞い上がり、その通りだ!を連発。遂には死刑判決が下る。多くの話はこの死刑が本当に執行されるというサイコホラーなのだが、ここは少し違う。彼は高揚した気分のまま部屋で自殺してしまうのである。本当に執行しようとしていた家主たちは翌朝遺体を見つけて勝手に死んだことを憤り、話は終わる。人間の故障。現役時代への郷愁が過剰なリアリズムを生み、小市民が自分の人生を劇的ストーリーに捉え直してもらって異常な喜びを感じる。いずれも承認欲求。自分の人生が本物に見えてきた!と男は感激して皆んなに感謝し、そして英雄らしく死にたいと考える。故障した社会は現代社会を投影している。登場人物は一見皆異常者だが自分にも思い当たることだらけだ
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「トンネル」……いつも乗り慣れた列車だが、気づくともうずいぶんトンネルに入ったまま。不審に思って車掌を探すと…。ありふれた日常が知らぬ間に変貌を遂げる。皮肉と寓意に満ちながらかつ底知れぬリアリティに戦慄させられる物語。
「失脚」……粛清の恐怖に支配された某国の会議室。A~Pと匿名化された閣僚たちは互いの一挙手一投足に疑心暗鬼になり、誰と誰が結託しているのか探ろうとしている。だが命がけの心理戦は思わぬ方向に向かい…デュレンマットの恐るべき構成力と筆力に舌を巻く傑作。※本邦初訳
「故障」……自動車のエンストのために鄙びた村に一泊することになった営業マン。地元の老人たちと食事し、彼らの楽しみである「模擬裁判」に参加するが、思わぬ追及を受けて、彼の人生は一変する…。「現代は故障の時代」と指摘するデュレンマットが、彼なりに用意した結末に驚き!
「巫女の死」……実の父である王を討ち、実の母と結婚するというオイディプスの悲劇。しかし当時政治の行く先を決めていたのは、「預言」を王侯に売る預言者たちであった。死を目前にした一人の老巫女が、驚愕の告白を始める…。揺らぐことのない権威的な神話の世界に別の視点を取り入れることで、真実の一義性を果敢に突き崩す挑戦的な一作。※本邦初訳 -
「トンネル」、「失脚」、「故障」、「巫女の死」の4篇収録の短篇集。各所で評判が良いようなので手にとってみたのだがこれが大当たり。特異な舞台設定やそれに翻弄される人間心理の描写が素晴らしく、収録作のどれもが面白い。バラエティに富んだ作風ではあるけれど共通するキーワードは”諦念”かな。
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「トンネル」が1番印象的。列車がトンネルの中を走り続け、暗闇を抜けることができない。そこには、いつも乗りなれたはずの列車が、変貌する危機感がある。
デュレンマットの作品では「判事と死刑執行人」もおすすめ -
原作者を初めて知った。幅広い分野で活躍されているらしい(訳者による)。推理小説が読んでみたい。
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前半の数編は、訳者の解説を読んでやっと真意のようなものがわかった。
『巫女の死』ギリシャ神話初心者に優しく家系図や注釈がついていたが、登場キャラが多いため何度か戻りながら、またネットで元の神話を多少調べながら進めた。喜劇か…。
世界のとらえ方とその表現に納得のため息。 -
最もおもしろかったのは「故障」。「小説らしい小説」と言えるのではないか。
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『失脚』(1971)ドタバタ劇のあと、ポツンと置かれた座席表が殺伐とした笑いを誘う。『故障』(1955)は、車が故障し、田舎の屋敷に泊めて貰う代わりに主人の悪趣味な裁判ゲームに参加することになった男。うす気味悪い老紳士たち、食卓に並ぶご馳走。悪い予感しかないところへもうひと捻りくる。オイディプス王の書き直し『巫女の死』(1976)には吃驚して笑うしかない。そもそもやる気のない巫女が、若き日のオイディプスに対してテキトーな神託をでっちあげたはずだったのに、個人の意志もあらゆる人間関係も一直線に予言の成就を目指してしまう皮肉。全編に響く冷笑が何とも強烈。
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『故障』久々に「団欒」を楽しめた。食事で客人をもてなすという何気ない行為だが久しく触れることがなかったのでほっとした。ロマンポランスキーの映画「袋小路」を思い出した。 引退した爺さん達が客人をおもちゃにぎゃあぎゃあ騒ぐのが、ほほえましい。『巫女の死』選んでいるつもりがやはり選ばされているという運命の恐ろしさを改めて感じた。町田康さんちのプードルはスピンクだったが、ここに出てくるスピンクスと関係あるのだろうか。『失脚』頭がついていかなかった。観劇として見たい。『トンネル』普通に好き。
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『失脚/巫女の死――デュレンマット傑作選』
著者:デュレンマット
訳者:増本浩子
http://www.lit.kobe-u.ac.jp/faculty/hiroko-masumoto.html
【書誌情報】
2012年7月12日発売
定価(本体1,048円+税)
ISBN 978-4-334-75253-8
シリーズ:古典新訳文庫
ミステリーファンとストレンジ・フィクションファンは必読! いつもの列車は知らぬ間にスピードを上げ……日常が突如変貌する「トンネル」、自動車のエンストのため鄙びた宿に泊まった男の意外な運命を描く「故障」、粛清の恐怖が支配する会議で閣僚たちが決死の心理戦を繰り広げる「失脚」など、本邦初訳を含む4編を収録。
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334752538
【メモ】
〈http://www.kotensinyaku.jp/books/book151.html〉
【簡易目次】
目次 [003]
はじめに(訳者) [004-005]
トンネル 009
失脚 033
故障――まだ可能な物語 113
巫女の死 209
解説 [279-307]
年譜 [308-316]
訳者あとがき [317-325] -
う~ん…
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2012-7-19
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http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2018/04/post-b67f.html つながりで。「トンネル」普段と同じように列車で大学へ向かっていた男が、いつもよりトンネルに入ってる時間が長いと感じてから、どこへともなく限りなく速度をあげて、果てしなく下っていくトンネルへと列車が走るところへ乗り合わせてしまったストーリー。「僕たちがコンパートメントにすわっていたときにはもう、すべてがおしまいになっていたのに、それに気づいていなかったんだ」「まだ何も変わったところはないような気がしたのに、そのときには本当はもう、僕たちは深みへと落ちていく穴の中に入り込んでしまっていたんだ」が印象に。また当時は150kmでも相当速い部類だったんだな、と。「失脚」ある共産主義国家の政治局員十三人の対話劇。序列13位のNの目から描かれる。権力闘争の血生臭さと滑稽さ。綱渡りの対話劇で最後に失脚するのは、と。「故障」車の故障で田舎の宿に泊めてもらうことになったビジネスマン。毎晩老人が行う裁判ゲームに嬉々として参加したが...。何が正しいかより、自分にはこんなことだってできるという全能感に酔っていき、最後にとった行動と老人たちの驚き。「巫女の死」もう適当な宣託しか下したくない疲れ果てた老巫女。金を積まれればどんな神託も述べさせる神殿長。金を積んで神託を行わせる陰謀家。神託に踊らされる支配者一族たち。オイディプス王の挿話に一捻りふたひねりが加えられ、唸らせられる。描かれなかったソフォクレス「オイディプス王」の裏面、といったところなのか。原作の方も読んでみたくなる。「どうでもいい話など存在しないのだよ。全てがつながっているのだから。どこかを揺すれば、全体を揺さぶることになるのだ。パニュキスよ」
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# 失脚/巫女の死
深みのあるフィクションであり、楽しむためには知性が必要だが、自分がまだそこに追いついていない。
普遍的な内容を短い物語に落とし込んでいるところがいいと思う。
## トンネル
カフカ的不条理。若者の、太ってて体の穴を塞いでいるという特徴は何か意味があるのか?
## 失脚
ソ連らしき共産主義国の最高会議を舞台にした作品。
ただ日時を間違えて参加しなかったOについて逮捕されただの暗殺されただの、全員で疑心暗鬼になることによって結果的にAが失脚する。
N視点で語られており、Aの失脚後、Nは意図せず順位を上げることになる。だからといって安心できるのではなく余計に粛清の不安に陥ることになる。
A
B:外務大臣。「宦官」「友人B」「われらが天才」
C:国家公安大臣。秘密警察。ゲイ。「国務おばさん」
D:党書記長。Mの愛人。「いのしし」
E:通商大臣。Dの取り巻き。「エヴァーグリーン卿。、
F:重工業大臣。「靴磨き」「ケツなめ」
G:指導的イデオローグ。「紅茶の聖人」
H:国防大臣。「ジン・ギス・汗」
I:農業大臣。法学者。「われらがバレリーナ」
K:大統領。「ジン・ギス・汗」
L:運輸大臣。最長老。「記念碑」
M:教育大臣。「党のミューズ」
N:郵政大臣
O:核開発大臣
P:青少年団長。Aの娘と関係。
## 故障
第一部は随筆のようなもので文学論が語られる。現代の小説家にとって残された可能な物語は因果関係にもとづいて結果にたどり着くものではなく、何か故障やアクシデントによって発生する物語である。
第二部は物語で、文字通り車の故障で一晩の宿を借りることになった家で、模擬裁判のような遊びが行われ、主人公は死刑判決を言い渡され、自殺する。
## 巫女の死
名前が覚えにくくプロットが複雑なので理解しにくい。
オイディプスの悲劇が、予言者や巫女が託宣した通りではなく、さまざまな偶然によって引き起こされたということを推理小説仕立てで書いている。
神や貴族が人間味があってばかばかしいところが面白い。 -
スイスの作家、デュレンマットの短編小説。古典、と言うことで読みにくいのでは?と思ったけれど、現在にも通じる皮肉がちりばめられた4編。「トンネル」「故障」は「世にも奇妙な物語」みたいな感じ。「失脚」は革命から突然政治の中心に添えられてしまった政治局員たちの会話劇。次はだれが粛清されるのか?と言う疑心暗鬼の人々から発せられる言葉がクスリとさせられます。「巫女の死」はギリシャ悲劇を知っていると興味深いかも。
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この著者の作品も古典新訳文庫も初めてだったが、古典!と身構えずとも普通に読みやすかった。
短編4つ収録でどれもシュールな話。
ベストは「巫女の死」。オイディプス王の神話をミステリ的に再構成したような話で、関係者の語りで真相が二転三転してゆく。
解説によると”スイスの現代作家たちには、スイスの牧歌的イメージを破壊しようとする傾向がある(中略)牧歌的なイメージはスイスを美化・理想化し、数々の問題を抱えた現実をその美しい風景で覆い隠してしまうからである。”そうだが、まさにスイスと言われて思い浮かべるのはハイジしかない。デュレンマットの他作品や他のスイス作家の作品も読んでみたい。