ご遺体 (光文社古典新訳文庫 Aウ 6-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (227ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334752668

作品紹介・あらすじ

英国出身でペット葬儀社勤務のデニスは、友人の葬儀の手配のためハリウッドでも評判の葬儀社"囁きの園"を訪れ、そこのコスメ係と恋に落ちる。だが彼女の上司である腕利き遺体処理師もまた、奇怪な方法で彼女の気を引いていたのだった…容赦ないブラック・ユーモアが光る中編佳作。

感想・レビュー・書評

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  • はじめにお断りしておくと、この『ご遺体』はミステリーではない。
    物語である。
    不謹慎な――不謹慎きわまりない物語だ。

    時は1948年、アメリカはハリウッド近郊が舞台である。
    イギリス出身の若い無名の詩人、デニス・バーロウが主人公だ。
    ハリウッドが舞台で、イギリス人?
    奇妙に見えるかもしれないが、作者イーヴリン・ウォーはイギリス人なのだ。
    前年、アメリカを旅行した時のあれこれをもとにこれを書いたという。

    なにがよいといって、全方位すべてを皮肉るのが素晴しい。
    イギリスも、アメリカも、人も、社会も、生も、死も、なにもかもを皮肉って笑う。
    いや、あからさまに笑いはしない。
    昨今のテレビ番組ならば、ご親切に笑いどころをテロップで教えてくれるのだが、奥ゆかしいイギリス式では、そんなことはなされない。

    たくさんご用意しております。
    お好みに叶うところで、どなたもどうぞお笑いください、という様式だ。

    恥ずかしながら、私などは訳注と照らし合わせて、真面目に読み進めていった。
    笑えるところは、はじめから頻出しているというのに、ピンともツンとも来なかった。
    しかし、69ページになり、訳注を見るころになれば――

    『そもそもハムレットが「書いている」わけがない。もちろん、書いているのはシェイクスピアである。』(69頁 訳注)

    さすがに、これはちがうぞと、思い至った。
    この読み方はちがうぞと。
    そして、ひらめいたのだ。
    これが、あれだと。
    ぽかんと、開眼したといっていい。

    実はこれを読んだ動機は、『ビーフ巡査部長のための事件』である。
    さらにいえばその解説だ。
    『ビーフ巡査部長~』の作者レオ・ブルースと、共通点の多い英国の文人として、イーヴリン・ウォーの名があげられていた。
    彼らの特徴として『伝統や決まり事を笑いの種として用い』ること、とある。(325頁)

    これはA.A.ミルンを読んだ時にも感じたものだ。
    筆者と、私との間に、隔たりがある。
    なにかしら、ふまえておかなければならないもの、知っておかなければならないことが、私には抜けている。
    だから、読んでいてもどこかピントがあわないようで、腑に墜ちない、腑から笑えることがない。

    イギリスの文物にはそういったものが多い。
    コメディ番組の『ミスター・ビーン』にしても、『モンティ・パイソン』にしても、なにかしら踏まえているべきことが抜けていると、なんのことやらさっぱりわからない。

    それがこの『伝統や決まり事』だ。

    イギリス人ならば誰もが知っている、歴史、政治、文物、風俗、社会の有り様といったあれこれだろう。
    さらにはヨーロッパの歴史、政治、社会、文物、その時書かれた文、はやった歌、上映された映画、お約束といったものでもあるだろう。

    彼らの本を楽しむためには、私はもっと「べきこと」を知っていなければならない。
    そのためには、数だ。
    数を読んで、読んで、読んでいけば、そのうち、ぽかんとなにかが開ける時がある。
    ぼんやり何かの描かれたものを、幾枚も重ねていけば、そこに描かれた絵や地図がはっきりしてくるのと同じだ。   

    そして、私についにそのぽかんがきた。
    これは、あれだ。つまり――

    すべてを皮肉り笑うのだ。

    こうして、私ははじめて最初のページから、笑うことができるようになった。
    くすりとしたり、思わず吹き出したり、いるいる、こんなヤツとうなずいたり、ゲラゲラ声をあげ、ついには涙さえこぼれたりと、あらゆる種類の笑いだ。

    死を笑いにするなんて、と目くじらをたてる人もいるかもしれない。
    しかし、著者はイギリスの人だ。
    歴史の長い国だから、その数も多く、つい笑いにもしたくなるのだろう。

    空気を読んだり、社会的「正しさ」を要求されたり、息の詰まるような思いをしている人は、ぜひ読むといい。
    きっと、健全な呼吸ができるようになる。

    読むにおいて、注意点がいくつかある。
    まず、Amazonなどのぼったくり出品には要注意。
    正価は「876円+税」である。

    この本は「The Loved One」の訳である。
    これまでに「愛された者」「囁きの霊園」などの訳題で出版されている。
    あなたの持っている本の別の訳かもしれない。

    さいごに、もっとも大切なことをひとつ。

    イーヴリン・ウォーは、男性である。

  • 昔『黒いいたずら』や『ポール・ペニフェザーの冒険』を読んだ。(『ブライヅヘッドふたたび』も読んだが、これはちょっと毛色が違う。)イギリス人らしいブラックユーモア(それもかなり冷血)が好きだったのだが、ずっと翻訳されない状態で、ほとんど忘れていた。しかし、気がついたら最近たくさん翻訳が出ていたので、読んでみた。

    しかし、『ブライヅヘッドふたたび』が『回想のブライズヘッド』になったのはまあいいとして(吉田健一訳だったから、格調高いのはいいけど、「ヅ」はさすがにもう古い、と思ってたので)『ポール・ペニフェザー‥‥』は『大転落』、これは『愛された人』と、同じ本とは思えないタイトルで出版されていて、知らないと間違って買ってしまう。
    『愛された人』の方が原題The loved oneに近いが、こちらの『ご遺体』も、本文を読んでみると悪くない。主人公がペット葬儀屋に勤めていて死んだ動物も出てくるので、それも含めたら「人」が入っていない方が良いし、亡くなった人(や動物)に対する思いが物語に感じられないところも、このタイトルなら表現できる。

    イギリス人は知的で上品で格が上だという自意識を嗤いながら、アメリカ人の無教養、見た目さえ立派ならそれでいいというところも馬鹿にしていて、温かさは微塵もない。主人公のデニス・バーロウは元婚約者の(葬儀屋兼霊園に勤める死化粧係の)エイメが自殺しても、全く悲しまない。遺体を処理して切り抜けることしか考えていない。リアルに考えれば恋人が自殺して、自分との関係が原因だと思われれば、罪悪感を感じて当然なのだが、そんなお涙頂戴的なことを書こうとはウォーは全く思っていない。
    登場人物それぞれの愚かさと、ドタバタ劇が笑えるかどうか。好き嫌いが分かれる作家だと思う。

    私は、やはり割と好きだ。主人公が詩人を目指しながらペット葬儀屋の仕事に満足したり、ハリボテ感満載の霊園を大したものだと感心したりするところも可笑しいし、自殺したサー・フランシスの葬儀を手配する場面なんかすごく面白い。
    恋人のエイメが有名な詩人の名詩をデニスが書いたと思って感動したり、結婚相手を選ぶ基準がめちゃくちゃだったりするところも良い。
    恋敵のジョイボーイをもう少しはっきりしたキャラクターにすれば、もっと面白かったんじゃないかと思う。

  • いわゆる「ユーモア小説」で途中まで、ウヒヒって感じで心の中で笑いながら読んでいたけれど、あるところから「まぢか」と気持ちが一転。

    ユーモアもここまで突き詰めるのかと、本気のユーモアを見た気持ち。
    そこには妥協も優しさもなくて、書いている人が登場人物たちを突き放している!!!と感じた。

    でもその「まぢか」から先にそれまでいろいろ散りばめられていた伏線がすっと回収されていって、実は一番おもしろい。そして切ない。

    短くて読みやすい。
    ちょっとスパイシーな息抜きしたいときにおすすめの本。

  • こちらもイーヴリン・ウォー“The Loved One”の邦訳。先に読んだ岩波版とこれだけ出版日が近いと、ついつい気になってしまい、手に取った。

    作品内容に関しての感想は岩波版とほぼ変わらないので、そちらに譲るとして、やはり訳の処理に目がいく。地の文は読みやすく、感触としては岩波版とさほど変わらない。でも、固有名詞を今ふうにチェンジしすぎて違和感があるような気もするし、丁寧な訳注は古典新訳文庫のお約束だし…と、一長一短の感触。

    両訳の間で細かな差異は多々あるだろうけど、おおむね気にならなかった。ただ、序盤を過ぎたところで1か所、岩波版とほぼ正反対にとれる訳があって、そこには「あれえっ?」と引っかかった。文学作品の解釈は、実務文のそれとは違って、時代や関わった人物によって触れ幅が大きく出るので、これもアリなのかなあとは思うけれど…登場人物の性格に影響する部分なので、やっぱり気になる。個人的には、岩波版のニュアンスのほうが(正誤の問題にならないとしても)適切なのではないかと思う。どなたかご教授いただければ嬉しいです。

    訳文として、どちらを楽しむかは好きずきだと思うけれど、どこまで本題を隠して読み手を引っぱるか、どこで大きく舵を切っていくかを読ませないかがこの作品の肝だと思うので、こちらの版は邦題と表紙に出オチ感があるように思ってしまった。それで、☆ひとつ引きました。岩波版が先入観になってしまったのかもしれないけど…ちょっとごめんなさい。

  • 1948年発表。原題は「The Loved One」で、岩波文庫からも『愛されたもの』というタイトルで出版されている。ハリウッドにあるペットの葬儀屋で働くイギリス人のデニス、大手の葬儀社「囁きの園」を訪れたデニスは、そこで働くエイメに恋をする。しかし、エイメの上司で遺体処理師のジョイボーイも彼女に気がある様子。

    遺体処理の工程や、霊園の区画分けや価格設定など、「囁きの園」は非常にシステマティックに運営されている。現在の日本ではあまり抵抗を感じないけれど、カトリックを信仰していたウォーにとっては不謹慎に思えたに違いない。(カトリックでは死後の復活を信じているので、埋葬方法も伝統的に土葬が中心だった)

    「囁きの園」に送られてくる遺体は、ジョイボーイが整形、防腐処理をおこない、化粧師のエイメのところにまわってくる。彼女に送られてくる遺体はいつも満面の笑みを浮かべているけれど、エイメの心がデニスに傾いたとたん、悲しい表情を浮かべるようになる。ほかにも、「囁きの園」のオーナーである「ドリーマー」、新聞のコラムで悩み相談を連載する「導師バラモン」といった妙な人物が登場し、最後には後味の悪い結末が待っている。「死」をネタにした、究極ともいえるブラックユーモアには、ただただ苦笑いするしかない。

  • 原題ザ・ラブド・ワンというのが「仏様」という意味があるそうだが、物語中では本来の意味も持つのである。男二人の間で何度も婚約解消を繰り返す女。思わせぶりな行動ではなくマジでやってるが、果たして(どっちが?)振り回される程の魅力があるんだか、よくわからない。新訳という企画で読みやすい。が作者の意図はなんだ?なぜだかペットの葬儀業界に勤めるのが恥みたいに書かれてるが、実際に自分の中でも偏見がなくなったのはごく最近かも。愛する人もペットもアメリカ人もイギリス人も死んだら皆墓に入るんだよ、と言う話なのかな。

  • 文学

  • 発売当初邦題で話題になっていて、よみたいと思っていた本。岩波文庫でも翻訳が出ているようなのでそちらも読んでみたいなと思う。

  •  皮肉が強烈にきいていてとても好みの作品。葬儀会社もビジネスだから商業化するのも分かるのだけど、そこをユーモアのある視点で徹底的に皮肉っていて、その不謹慎さが面白さに繋がっているブラック喜劇。

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著者プロフィール

Evelyn Waugh(1903-1966)
イギリスの著名な出版社の社主で、文芸評論家でもあったアーサー・ウォーの次男として生まれ(長兄アレックも作家)、オクスフォード大学中退後、文筆生活に入る。デビュー作『衰亡記』(1928)をはじめ、上流階級の青年たちの虚無的な生活や風俗を、皮肉なユーモアをきかせながら巧みな文体で描いた数々の小説で、第1次大戦後の英国文壇の寵児となる。1930年にカトリックに改宗した後は、諷刺の裏の伝統讃美が強まった。

著作は、代表作『黒いいたずら』(1932)、ベストセラーとなった名作『ブライヅヘッドふたたび』(1945)、T・リチャードソン監督によって映画化された『ザ・ラヴド・ワン』(1948)、戦争小説3部作『名誉の剣』(1952-61)など。

「1996年 『一握の塵』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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