すばらしい新世界 (光文社古典新訳文庫)

制作 : Aldous Huxley  黒原 敏行 
  • 光文社
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レビュー : 92
  • Amazon.co.jp ・本 (433ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334752729

感想・レビュー・書評

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  •  ちょっとあきれたり身につまされたりしつつ、苦笑しながら読めるディストピア小説です。壜詰めで育てられる赤ん坊、ボカノフスキー法で生み出される同じ顔をした労働者たち…… “ああ、すばらしい新世界!”

     ドタバタとパロディー満載のおちゃらけ小説のようでいて、実はしっかりと哲学している作品でした。幸福とは何か、人間らしさとは何か? 人間らしくあることと幸福とは相容れないものなのか? 人間らしさを犠牲にしてまで守らなければならない社会の秩序とは何なのか?

     膨大なシェイクスピア作品を諳んじる野蛮人ジョンと、本当は科学者になりたかった世界統制官閣下との言葉の応酬(第17章)には思わず唸らされました。話題は芸術、科学から神の存在にまで至り、著者の教養と思索の深さを感じます(これはドストエフスキーの大作“カラマーゾフの兄弟”の「大審問官」のパロディーであるとの由)。

     結末はちょっと残念でした。こういう結末にしなくちゃいけなかったのかなあ……

  • ディストピアものでは1984年に並ぶような作品であるが聞いたことなかった。ちなみに1984年もまだ読んでないけど。
    これが1931年に書かれたというのもすごい。あとがきでは核について記述がなかったことについて触れているけど、それにしてもフリーセックスやソーマという麻薬のようなものだったり、当時の社会の規範ではびっくりされるような内容だったろう。アルファだけの社会を実験してみたのも面白い。結局はうまく立ち行かなくなってしまったと。階級とそれを受け入れる気持ちというのは、例えば江戸時代とかもそうなのかもだが、社会の安定に必要なのかもしれない。現実に人間の能力差があって社会的な地位といった意味でも格差がある、でも人間は平等だという神話が逆に人間を苦しめてたりして。野蛮人ジョンも正常な人間の代表というわけではなく、ここでおれが言った正常もそれぞれの社会背景という文脈の中でのもので、正常なんてものがそもそも存在しないのかもしれない。

  • ここ最近のSFでは一番の当たりかも。

  • 未来小説の古典として1984と比較
    人間が機械と同等になる
    妊娠出産しない(フリーセックスと人工授精)
    宗教のない世界での支配者vsインディアン=野蛮人
    老いと死(の概念)がない世界で⇒自死という終末

  •  言わずと知れたディストピアの名作。最近読んだ『1984年』と比べると、あちらは「監視」が徹底しているのに対し、こちらは「管理」が徹底しているという印象を受けます。

     人間をあたかも工業製品のように製造し、その製品に一定の動作を行なわせることで、社会を安定的に運営するというのがこの物語の世界観です。

     管理されている人間たちは、あらゆる不快さから守られ、管理されながらただただ快楽を享受しています。いわば人間性のない生活なのですが、彼らはそれを楽しむように作られているのだから、幸せには違いありません。

     じゃあこの物語はめでたくおわりではないか。そう思ったときに現れるのが、優秀な欠陥品バーナードと、野蛮人ジョン。超管理社会の権化ともいえる世界統制官ムスタファ・モンドと彼らの問答は圧巻です。

     芸術や文化、宗教といったものを徹底的に排除し、ただひたすらに社会の安定性を追及していった結果うまれた社会。筆者が描くそのいびつな社会から、現代につながる技術と人間の問題が見えてきます。「やはり」と思うと同時に、その普遍性に戦慄もさせられる一冊。

  • 「1984」が大好きなので、この本も読んでみました。新訳というのも買うきっかけになりました。
    1984はうわーやだなーこんな世界…とおもいますが、本書で描かれる世界は、なんだか悪くないです。作中で「ソーマ」といわれる薬は、抗鬱剤やドラッグの良い部分を併せ持つような薬で、未来人たちはガンガン使って嫌な気分を吹き飛ばしてます。
    人々は結婚・出産・育児から開放されているのでフリーセックスを謳歌し、恥じらうこともありません。
    労働は完全に階級化され、新生児の段階から「条件付け」されているので、反抗心もないし進路に悩むこともなし。
    年取ったら苦しみなく美しいまま死ぬことができるのです。ブラボー。

    この作品が1932年に書かれたということがある意味びっくりで、この未来の楽園の一部分は、21世紀に実現しているかもしれません。
    ソーマはありませんが、一部の薬品は似たような効果があります。頭痛薬でも辛い頭痛から痛みを和らげる効果があるわけで、ある意味ソーマともいえるし、老化を止めることはできませんが、これからもっとアンチエイジング技術は進むのではないでしょうか。
    人間らしさとは何か。苦痛やめんどくさいことがなくなれば人は幸せになれるのか。「すばらしい新世界」の住民は、自由で苦痛ない世界なのに、結局やっていることは低次元の娯楽にとどまっています。
    技術や医療の進化はもちろん人間を幸福にし、苦痛を取り除いてくれてそれはそれで素晴らしいものですが、それがイコール人間の「幸せ」に直結しているかというとそれは違うのかもしれない。
    そのような皮肉な物語だと思いました。

  • 好き。古いのに古くない。

  • 題名がシェイクスピアから引用しているとは思っていなかった。というかこの物語を通してジョンはほとんどのセリフをシェイクスピアから引用している。しかしジョンが言う「すばらしい新世界」はとても皮肉に満ちていて、いかにもなディストピア小説だ。
    この新世界の人々の描くユートピアには家族がなく、人は生まれつき人生のレールをひかれていて、宗教もなく、ソーマという快楽剤を服用することにより感情の起伏を抑えている。階級付けされた人々もそれに疑問を抱くことなく享受している。なんとも孤独で生きがいのない人生だなぁと思いながら、きっとハクスリーはそれを伝えたかったのだと確信した。また時代はこの新世界へ向かっていくことの危険さを警告しているように思えた。機関さえ整えば、人間は簡単にこの新世界の制度に染まってしまう。
    読んでて最も苦しかったのはリンダが亡くなる場面。病院というよりもむしろ収容所に入れられた患者は誰に看取られるわけもなく、孤独に死を迎える、そしてその死の間際に現れる同じ顔をした子供たち。残酷でグロテスクで、悪気がないところがさらにジョンを苦しめているのではないかと思う。

  • 安定か、芸術か

    冒頭の「すばらしき新世界」の仕組みについての説明書き、
    想像すると気持ち悪くなった。
    同じ人間同士でなぜあんなことができるんだろう
    こどもをうんだ後なので余計にそう感じた

    色々なことを知らない方が幸せでいられるってむずかしい

  • いわゆるディストピア小説。人間が大量生産される世界。社会に奉仕して生きることを条件付けされた世界。幸福の代償として科学と芸術と宗教を失った世界。自由を意図的に排斥した世界。
    出生から、才能から、経験から、そのような世界に疑問をもつものが現れる…。
    ディストピア小説に惹かれるのは、それが理性のハイエンドを描いているからかもしれない。

  • ディストピア小説とSFの境目はぼんやりとしているがこの作品は十分に「科学的」なのでSFの傑作といえる。1932年に書かれたこの作品の世界はすでに現在でちょっと形を変えて実現されている。あな怖ろし〜〜。

  • ❖古臭い印象はあるけれどそこそこおもしろく読んだ。同じディストピア(国家・社会の暗黒)を描いた『一九八四年』との対比より、モリスの牧歌『ユートピアだより』との近似を見る方が(逆説的に?)本作の本質は(歪も)明確になるような気もする。作品中盤から存在感がうすくなるが、バーナードの人物像はおかしかった。屈折してアウトサイダーぶっているかと思えば好機を得て俗気を露わにする・・ただの嫌なヤツである。物語の終盤(終幕)、野蛮人ジョンのたどる末路、彼を追いこむ狂気(狂躁)はそのまま現代を映していると思った。

    《西暦2540年。人間の工場生産と条件付け教育、フリーセックスの奨励、快楽薬の配給によって、人類は不満と無縁の安定社会を築いていた。だが、時代の異端児たちと未開社会から来たジョンは、世界に疑問を抱き始め…驚くべき洞察力で描かれた、ディストピア小説の決定版! 》(アマゾン紹介記事)。

    ●著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
    ハクスリー,オルダス
    1894‐1963。イギリスの作家。祖父、長兄、異母弟が著名な生物学者、父は編集者で作家、母は文人の家系という名家に生まれる。医者をめざしてイートン校に入るが、角膜炎から失明同然となり退学。視力回復後はオックスフォード大学で英文学と言語学を専攻し、D・H・ロレンスなどと親交を深める。文芸誌編集などを経て、詩集で作家デビュー。膨大な数のエッセイ、旅行記、伝記などもある

    ●黒原/敏行
    1957年生まれ。英米文学翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

  • 衝撃だ。

    書籍は新しければ良い訳ではないことを、改めて感じさせられた一冊だ。

    今から80年前に書かれた作品であることから、現在を詳細にイメージできていたかというと決してそうではない。

    詳細にイメージされているのは、人間の行動そのものだ。

    このイメージを読んでいくと、80年という時代が経過したにもかかわらず、人間の進歩はないのではないかと思ってしまう。そのことから考えると、もしかして進歩が必要だと思っている我々が可笑しいのかもしれない。

    日本では想像できない、気づいていない階層社会を、明確に記し、それにらについてどの階層が幸せで、不幸せであるかと言うことはないと記されている。

    非常におもしろい、変かがないと言うことは、多くの人にとって幸せなことであり、それを上記のように記しているのだろうかと思えた。

    何にせよ、この80年間を、そしてこれからの歴史を考える上でも読んでみると為になるSF作品だ。

  • 本屋で勧められていたので購入、光文社の古典新訳なので読みにくいかなと思っていたけどサクサク読めた。現在自分の生活する環境や体験にも通じるところがあったからだと思う。
    前半は事実を並べたように物語が進んでいくのかなと思ったが中盤から登場人物の人間性考え方や関係性が現れてとても面白かった。
    よく文中にシェイクスピアなどの引用がでてくるのでまた読んでみたいとおもったし、筆者高い知性が感じられた
    また、解説やあとがきは考え方がのっていたり丁寧に書いてあったのでおもしろかった。

  • 超有名なディストピア小説。
    社会というシステムを合理的に形成する上で、排除すべきは不安定な要素を巻き起す感情。
    本作の世界では、”快楽””感情”さえも単純化し麻痺させた形でシステムに組み込む。
    文字だけ読んで噛み砕いてみると、この社会の思想は合理的で”素晴らしい新世界”に思える。でも、それは本当に歪まないのか?愛とはなんであるか?なにがなくなるんだろう?
    うーん。でも少しずつ、ここに近づいてるかもしれません。

  • 1984年とはまた違う世界に関する本

  • ディストピア物語。

  • ・あまりにも有名なオルダス・ハクスリー「すばらしい新世界」(光文社古典新訳文庫)、 所謂ディストピア、反ユートピア小説である。オーウェル「一九八四年」やブラッドベリ「華氏451度」等と並ぶ名作である。久しぶりにこれを読んで、ハクスリーがかなり異質であるのに驚いた。その出自によるものか、あるいはその資質、思考によるものか。単純に物語に対する好き嫌ひといふ点から言へば、私は ハクスリーよりオーウェルやブラッドベリの方が好きである。こちらの方が物語としておもしろいし、それゆゑに分かり易くもある。
    ・「新世界」前半、苦悩せるバーナードとその友人ヘルムホルツの物語になりさうである。それはたぶんオーウェルやブラッドベリに近い物語となつていくはず である。ところがさうはならない。バーナードは優生学的に失敗作のアルファといふところである。それゆゑに劣等感を持ち、憂ひに沈む。その憂ひが反体制的 な想念を生む。ヘルムホルツはそれに共感する。その共謀を阻止するために、バーナードは左遷されさうになるのだが、その前に彼は恋人(とでも言つておく) と北米のインディアン居留地に行く。インディアンとは野蛮人である。基本的に私達と同じ生活様式である。生業も生活も私達の知るインディアンである。ここで出会つたのがリンダとジョンの親子である。ここから物語後半、リンダはかつて行方不明になり、この居留地の人々に助けられたベータであつた。それゆゑに 2人は居留地から「すばらしい新世界」に連れてこられる。ここに於いて先の2人に共謀の目は完全になくなる。バーナードはジョンの世話役となつて皆の注目の的、以前の劣等感はなくなつたかのやうである。この物語がどのやうに構想されたのか私には知る由もないが、ジョンの登場により、作者は反乱よりも新世界 のすばらしさを述べることに重点を移したやうである。それを語るのが世界統制官ムスタファ・モンドである。支配階層アルファの頂点に位置する人物である。 たぶんハクスリーはこの2人の論争を書きたかつたのである。それによりユートピアのユートピアたる所以のものから、その反ユートピア性を際立たせたかつた のである。同じく全体主義を描くといつてもこれが決定的な違ひである。強固な大堤防もアリの小さな巣穴から崩壊は始まるやうに、いかなる独裁体制、全体主 義体制も必ずどこかからほころびてくる。ハクスリーはそれを信じないかのやうである。モンドの論理は完璧な独裁支配の論理である。しかも、モンドは禁書を 何冊も読破した後にさういふのである。ブラッドベリと違ふのは新世界が予め定められた階級社会であるといふこと、誰も異論をはさまず、疑問を持たず、唯々諾々として生かされてゐることである。反抗は基本的に無い。バーナードとヘルムホルツはその希少な例外であるが、最後は喜んで極地に送られていく。ここまで人を飼ひ慣らしてしまふ社会である。ジョンが違和感を抱かないはずがない。そこでジョンははかない抵抗をするのだが、最後は自ら縊死するしかない。基本的な思考のベースが違ふのである。これではなかなか物語にならない。どうしてもお説教になる。実際、モンドはジョンにお説教してゐるのである。ただし、理 解できないことを百も承知で説教してゐるのである。だからジョンを泳がせ、縊死させる。それが全体主義だと言へばそれまでである。ただ、それでも世界はまだそこまで進んでゐないことに安心はするのである。いかな中国や北朝鮮でも優生学のかくの如き利用法を知らないはずであるし、反体制的な動き、反抗がなくはないからである。この完璧な新世界、いつ実現するのであらうか。

  • 1932年に発表されたディストピア小説の古典。『1984年』(1949)や『華氏451度』(1953)よりもこちらのほうが先なのですね。

    近未来、試験管ベビーならぬ壜詰めベビーが「孵化・条件づけセンター」で製造されるのが当たり前の世界。出産は完全に規制され、赤ん坊は母親からではなく壜から生まれてくる。当然「家族制度」は存在せず、「母親」だの「父親」だのは死語どころか猥褻な言葉のように扱われ、反面、妊娠とは無関係なセックスは奨励されていて、家族制度がない以上、一夫一妻制も崩壊、特定の相手を作らず「誰もがみんなのもの」であることが最善とされている世界。(男性上司が勤務中に女性部下のお尻を触っても、セクハラどころか紳士的と評されます・笑)

    序盤の主人公(?)は、孵化・条件づけセンターで働くバーナード。劣等感ゆえに孤独を愛し、管理社会に違和感をおぼえる彼は、普通のSF小説なら体制を破壊するヒーローとして活躍するところだと思いますが、そうはならないところがこの作品の皮肉なところ。ちやほやされるとすぐ調子に乗り、立場が変われば意見も行動もあっさり覆す、そんな俗物なところもまあご愛嬌ですが、結局バーナードは後半ただの滑稽な脇役ポジションに。

    本当の主人公は、そんなバーナードがお気に入りの女性レーニナと一緒にでかけた「野蛮人居留地」(管理されていない未開人の村)で出会った青年ジョンのほう。彼はいわば、ジャングルで行方不明になった子供が狼に育てられていたのを発見されて人間社会に連れ戻されるも文明に馴染めない・・・みたいな状況の未来版。管理社会では禁書とされているシェイクスピアを愛読して育ち、一夫一妻制の古い貞操観念に捉われているジョンは、心惹かれているレーニナに迫られても、喜ぶどころか「この淫売!」よばわり(苦笑)。

    これもまたこの作品の皮肉なとことで、ジョンの目を通して、この「すばらしい新世界」の異常さが浮き彫りにされてゆく反面、ジョンはジョンでちょっと極端というか、潔癖すぎて自分を浄化するためと称して自らを鞭打ったりして(これキリスト教でもかなり異端だったかと)、いくら管理社会が異常だからといって彼に共感できるかというとそうでもないという(苦笑)。

    「淫売」と罵られたレーニナは確かに誰とでも簡単に寝てしまいますが、それは社会のルールに忠実なだけであって、彼女自身に罪はない。そもそも、何が罪や悪であるかという概念さえ、社会のルールや常識によって左右されるわけで、普遍的で絶対のものではないわけで。

    管理された社会で不満なく生きることは、確かにある意味幸福なのかもと、思わされる瞬間もありますが、ただ果たしてそれで本当に「生きている意味」があるのか、というのがこのジャンルの作品の普遍的な問いかけでしょう。

  • 優生思想による産み分け、思想教育、フリーセックスと麻薬(ソーマ)による快楽。人間の行きつく未来がここにはある?
    ディストピアというテーマ自体は分かりやすいが、シェークスピアを始め様々な文学に精通していないと完全には楽しめない難解な小説。

    科学技術により労働は必要無いものの、余暇を与えすぎると人間は不幸になるため無駄に7時間働かさせる。優れた知能を持つアルファ型人間だけにすると戦争を起こし大半が殺し合い不幸な結末になった。

  • 程度の差はあれ、今の日本も同じような政策がなされてないか。
    ファッションやアイドルやテレビやスポーツや賭け事などなど。
    現実逃避と適度なストレス。
    回す側と回される側。
    本人が良ければそれでいいのか。
    とても考えさせられた。

  • いろいろと気持ち悪いってか。ディストピア小説なので当たり前か。考え込ませてしまうという意味では、人によっては変えられてしまう小説かもしれない。たしかに、作者が後年振り返って、ナイープな結末は、変えた方が興味深いのは、私も同意する。とはいえ、作者(ハクスキー)の作品であるから、別の物語を語るなら自分でやれという話になるかもしれないけど。2016/08/20

  • すばらしい新世界はユートピアかディストピアか。

  • SF

  • ブンガク
    かかった時間 こまぎれなのでわからない。2時間ぐらい?

    ホモ・デウスの冒頭を読んでいると、その筆者のとらえた現代の姿とともに、SF?のディストピア小説について言及がある。ちょっとそのあたりが気になって読んでみた。

    受精〜出産(試験管で育てられるのでこの言い方が適切かどうかはともかく)の過程ですでに、遺伝子によって選別され、肉体や能力をコントロールされて生まれた、それぞれの階級の一卵性多生児たち。彼らは、その階級に見合った教育を受け、社会を動かすための仕事と、健康で老いのない肉体と、いつでも快楽に浸ることができる薬物とを与えられている。
    また、この世界においては、1人が1人をずっと愛することや、孤独に浸ること、家族のつながり、自我を持つこと、等々は不必要なものとして、というか、むしろ忌むべきものとして位置づけられる。

    その中で、上位の階級に生れながらも、出産までの過程からか、階級にそぐわない貧弱な肉体をもつ男。彼は、自分が生きる「現代の生活」とは異なる生活を送る「野蛮人」の生息区域へ赴き、そこで、「現代の生活」からはぐれた女性と出会う…

    みたいな話。

    この1932年に書かれた小説は、なんていうか、いろんなところで言われているように、まさに人間の行く先の予言であるなぁ。というか、人間は想像できないことはできない。逆に、想像できることにはなりうるので、ブンガクはやっぱり必要だと思った。想像できたなら、推進も抑制もそれぞれの価値観でやってゆける。こういった世界が見えていない人に、あるかもしれない姿を物語として見せる、という、なんというか、小説というカタチのもつ価値を再認識した。

    というか、オルダスハクスリーすごすぎ。

  • 「すばらしき新世界」
    ジョン
     野蛮人氏。
     青年になるまで、非文明地区で暮らしていたが、レーニナとバーナードの訪れを機会にロンドンへ向かうこととなった。
     文明人である母、リンダの影響で「すばらしき新世界」としての憧れを抱いていたが、実際には科学技術は発達しているものの、宗教も、文学も、科学も完全に統制され、停滞したディストピアたる世界に愕然とし、自殺する。

    リンダ
     ジョンの母親。
     不妊個体(フリーマーチン)だったが、手違いで妊娠し、捨てられ、非文明地区に置き去りにされる。
     ジョンを産み育て、後年ロンドンに戻るが、「ソーマ」の飲み過ぎで早く死去する。
     
    バーナード
     「代替血液にアルコールが入った」と揶揄される、アナーキストな傾向を持った青年だった。その傾向を避難され、左遷(島流し)の危機に見舞われる。
     が、レーニナとともに非文明地区からリンダ・ジョン親子を連れ帰ったことにより、一変、一躍、時の人となった。
     だが、それも長く続かず、結局は島流しとなる。
     
    ヘルツホルム
     バーナード、ジョンの友人。自身が創作した詩を生徒たちの前で発表し、嘲笑された。
     彼も最終的にはバーナードとともに島流しとなった。
     
    レーニナ
     「弾みのいい」魅力的な若い不妊個体(フリーマーチン)。
     バーナードとともに訪れた、非文明地区でジョンとであい惹かれるが、結局はその好意は拒絶される。
     
    ムスタファ・モンド
     世界統制官。
     世界を統制するために、宗教も、文学も、科学も完全に統制している。
     「禁書」を多く持っている。
     
    世界観
     アルファ、ベータ、イプシロン、デルタに分かれた階級社会。
     既に発生段階から統制され、睡眠学習によって、それぞれの等級に満足し、社会が安定するように仕向けられている。
     不都合や忘れたいことがあれば、副作用のない薬剤、ソーマがあり、労働の対価はソーマである。
     発生も完全に統制され、特定の相手を持たない「フリーセックス」が奨励されている。
     そこでは関係の私有(特定の相手を持ち、家庭を作り、父親、母親になること)は野蛮で恥ずべきこととされている。
     一方、非文明地区では昔ながらの状態が保たれている。

  • 不安のない理想?の社会を極限まで進めたらの「もしも」をありありと描いている。

    随所で妙な気持ちになるのは、私が作中でいうところの古い世界の人間だからか。

    また、解説に詳しくあるが、著者が生物学者の家系なのも物語の設定に深みのあることに関係していると思う。

  • この本が1932年に書かれた本とは信じられない。今、新作としても通用するような内容だ。幸せとは何かを改めて深く考えさせられる。しかし、悩みがない世界というのはなかなか難しいようだ。この理想社会でも、ソーマという麻薬を使うことがストレスから逃れるために必要なのだから。

  • 【由来】
    ・blog not found

    【期待したもの】


    【要約】


    【ノート】

  • 2013-6-16

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