饗宴 (光文社古典新訳文庫 Bフ 2-4)

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  • Amazon.co.jp ・本 (295ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334752767

感想・レビュー・書評

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  • 古代ギリシャの哲学者・プラトンによる、師匠であるソクラテスの物語のひとつで、エロス論です。

    舞台となるのは詩人・アガトン邸での饗宴(飲み会の一種)の席。アガトンが大勢の大衆を前に見事な詩を披露して優勝したお祝いの饗宴です。そこに出席した者たちが順々にエロスについて語っていきます。途中、演説の順番が来たアリストファネスのしゃっくりがとまらず、次の順番をひとつ飛ばしてもらうアクシデントがありますが、これはこの哲学議論物語にユーモアで彩ったアクセントなのかもしれません。

    まずはじめのパイドロスの話からもうおもしろかった。
    「自分がなにか恥ずべき状態に置かれている状態を愛する者に見られるとき、最も恥ずかしいと感じるのです」
    つまり、臆病な振る舞い、醜いふるまい、そういったことをしなくなるために、エロスが働いていると説いているのです。これは僕個人にも思い当たるものです。思春期になったときに、それまではふつうに感じられていた周囲の友人たちの汚い言葉や言動そして行動と、それらに溶け込んでいた自分というものに疑問と嫌悪を感じるようになりました。そのことについて、僕は自分がただ好い格好をしたいだけであって、そういった醜いふるまいを避けるようになったのだろうと、やや自嘲気味に考えていたのですが、パイドロスの説に照らしてみると、きちんと言えることが出てきます。すなわち、次のようなことになる。愛する人と釣り合うため、相手からの尊敬を勝ち取るためには、醜いふるまいを捨てねばならない。そうしない振る舞いは、愛に背くことになる、と。古代ギリシャの時点で答えが出ていたんですね。そのあたりがはっきりしないまま僕は成人しましたし、ある程度見切りをつけるまでにもそれからかなりの時間を要しました。

    解説によると、口火を切ったパイドロスの議論はレベルの高いものだとは言えないとされていました。確かに、他の者たちの議論に比べると、話が短く、奥行きだってそれほどではないかもしれない。でも、本書をこのあと堪能するための基点として、見事な視点をまず与えてくれていると言えるでしょう。きれいなスタートのきり方に感じられました。

    そうしてパウサニアス、エリュクシマコス、アリストファネスの議論を経て、詩人・アガトンは彼の議論のなかで言います、エロスは「最も美しく、最もよき指導者」。醜さから逃れさせるのがエロスであり、美しいふるまいをさせるのがエロスだからだというパイドロスの議論から繋がる言葉でした。

    そしてクライマックスとなるソクラテスの議論がはじまります。ソクラテスがディオティマという名前の女性から「エロスとはなにか」について教えを受けている場面を、ソクラテスが回想するかたちで議論を進めていきます。これまでの5人のよる議論よりも高次で力強い議論が展開されていくのでした。

    そのなかでソクラテスが、あたかも0と1の間のものの話ととれる内容を話していて恐れ入りました。エロスは自分に欠けているものを求めているのだし、美しさを求めているのだから、ではエロスは醜いのか、という論理展開に対して、いや、美しさと醜さの中間に位置する精霊(ダイモン)なのだ、という答えがそれです。それでもって、精霊が、両極を繋ぐ役割を持つという議論にも結び付いていく。このあたりを類推して考えると、昨今の二分法的な考え方に大きく一石を投じる内容だと思えるのです。0と1だけじゃなく、白と黒だけでもない、量子論的なそれらの間の部分に着目する考えです。

    さて、ソクラテスの議論は、エロスの究極の形にまで行きつきます。個別の肉体的な美への愛から、すべての肉体的美の共通性への愛へと目覚め、それから精神性の美に目覚めて心を愛するようになり、そこから発展して人間と社会のならわしのあいだにある美に気づくようになる。次には知識の美しさへの愛に進み、知恵を求めるはてしない愛の旅の中で、思想や言葉を生んでいく、その境地が愛の最終地点なのでした。これらは「美の梯子」と呼ばれ、有名な理論なのだそうです。

    また、「美の梯子」の前には、子を産むことが愛の目的であることも明かされていました。永遠を求めるのがエロスであり、子孫を残すことは人間という種の永続のための行為です。また、生命というかたちではなく、ソクラテスが言うには「知恵をはじめとするさまざまな徳」を生むこともエロスによることだとされている。つまりは創作すること、クリエイトすることも、エロスが関係することなのだ、というのです。予期していないところで創作論にも結び付いて、わくわくしました。愛、知的好奇心、創作はみなエロスでつながっているものなのかもしれません。

    というところですが、読みやすい翻訳でしたし内容もつよく興味を惹くものでした。

    今読んでも新しい古代ギリシャ。紀元前の知が、2000年以上を超えて、現在を新たに照らしくれます。

  • 素直におもしろく読めた。情景が浮かんでくるようで、哲学者らの人間味や関係性も伝わってくる。それでいてエロスをそれぞれが真剣に語り合う。自分もその中に放り込まれた感覚になる。一気に読めるが中身は深い本でした。

  • 読みやすい。そして結構面白い。(文庫のくせにやたら高額なのが気になるけど)
    エロース賛歌、そしてかの有名な美のイデア論について。
    角川ソフィアだとたしか「恋について」って副題がつけられてたけど、なんかそれだと語弊があるような気はする。
    アリストファネスの神話がすごく好きで、それ目当てだったけど他の人の話も興味深かった。
    それにしてもソクラテスのおっさん、いけ好かねえなー。




    • kototoialcoveさん
      ぎにょるさん
      そうなのですね.これは迂闊に表層的な感じ方で,「デカルト的二元論」のような慣用表現を濫りに使うのは,却って考えのない思考停止...
      ぎにょるさん
      そうなのですね.これは迂闊に表層的な感じ方で,「デカルト的二元論」のような慣用表現を濫りに使うのは,却って考えのない思考停止といったことになってしまうのでしょうか.学べてよかったです.アンドロギュヌスの神話は興味深いですね.

      動物機械論は確かに……苦笑
      メスメル学とかはオカルトとして捉えておもしろいと感じてしまうのですが……

      まどか☆マギカのサントラお好きでしたか!
      イヌカレー,じつはちょっと苦手(とくにイデオロギーとかではなく,心理的に)でしたが,『ゴシックハート』の文庫版表紙はいいなっておもいました!

      『ゼーガペイン』以外には,『屍者の帝国』のアニメ映画版も魂や心の在り処についての作品で,原作は情報量と修飾過多で余裕がないと読み進められなくて止まってましたが,個人的にはアニメ映画版は悪くはなかったですし,ラストの改変(アレンジ)も示唆的で好きでした.
      2019/06/26
    • ぎにょるさん
      分析哲学においては「悪しきデカルト主義者」と言われてしまいます笑。哲学の分野も割と主義の対立がありますね。

      “しぜんてつがくしゃ”なkot...
      分析哲学においては「悪しきデカルト主義者」と言われてしまいます笑。哲学の分野も割と主義の対立がありますね。

      “しぜんてつがくしゃ”なkototoialcoveさん的にも動物機械論はちょっとアレですよね苦笑。
      メスメル学はいいですね。催眠術……。筋肉少女帯の『機械』という曲の間奏でマッドサイエンティストの名前がつぶやかれるのですが、その中にメスメルの名前も出てきます。

      梶浦由記さん、歴史秘話ヒストリアのサントラの方ですよね。『Sis puella magica!』名曲だと思いました。
      『ゴシックハート』の表紙素敵ですよねぇ。イヌカレーの単行本『ポメロメコ』よかったです。

      『屍者の帝国』わたしも読みかけで止まってます。アニメ映画がよいのですね。観てみたいです。『屍者の帝国』は読んでいて『黒執事 Book of the Atlantic』思い出しました。雰囲気がちょっと似ている気がします。
      2019/06/26
    • kototoialcoveさん
      ぎにょるさん
      ご教示ありがとうございます.

      SF(speculative-fiction)の題材としては動物機械論はエキサイティング...
      ぎにょるさん
      ご教示ありがとうございます.

      SF(speculative-fiction)の題材としては動物機械論はエキサイティングな思考実験だとは思いますが,どう考えても非生物の人工物と,生物の自然物とでは,(この思考がそも二元論(?))異質だと感じますね.

      自然(環境)を人の営為“下”に置いて御す近代西欧的農林水産業や,キリスト教世界の大戦後初期の自然保護と,対立項とされる東アジア的な多神教・アニミズム世界観の“共生”や“調和”という農林水産業・生物保全の思想が,排他的価値観とは固着させたくない想いはありますが,こういった思想・思考・論理・倫理的な智慧については,自然科学や技術工学の世界に,確実に人文社会や数値定量化に依らない宗教・信仰・哲学・心や感情の力が不可欠とは感じています.

      メスメル学と阿頼耶(アラヤ)識は桜井光のスチームパンクシリーズで(ボルヘスもボルヘス卿という登場人物が描かれています)知りました.
      桜井光はどうやらFate/Grand Order関連で毀誉褒貶の喧しいクリエイターと化してしまいちょっと引き下がった視点から追っていますが,モティーフのチョイスと雰囲気づくりにかけてはさすがPBMやTRPG出身と感じます.

      筋肉少女帯のしかも『機械』という曲に……!

      ヒストリアのテーマ曲は盛り上がる演出にぴったりですよね!

      漫画版は完結してるようですが,悉くレビュー評価がよろしくないので,アニメ映画版をさきに掴んじゃいました.
      『マルドゥック・スクランブル』なんかも,原作を個人的にはいい按配でアニメ化していたと楽しめましたので,全3巻の映画も余裕があるときにでもご覧いただけたら嬉しいです.(マルスクとAKIRAとサイレントメビウスで,和製サイバーパンクはカバー率上がります.古橋秀之のライトノベル作品とかは通好みでとても味わい深くて好きですが,マイナーなほうですね)

      『黒執事』は英国好き・スチパンモティーフ作品のファンには人気ありますよね.
      キース・ロバーツの『パヴァーヌ』,品切れで見つけるのが難しくなってしまっていますがピーター・ディキンスン『キングとジョーカー』がぎにょるさんにも関心ありそうかとおもいました.
      ハリイ・ハリスンの『大西洋横断トンネル、万歳!』復刊してくれるといいですよねぇ.
      2019/06/26
  • 多分、岩波で読んでたら読了できず死んでた。友人との課題図書。私はソクラテスの語るディオマティアの「言葉による精神的な交わり」が、いささか神秘的すぎるとしても愛とは何か答えるのにふさわしいと感じた。知を伝えたい(それは悪知恵ではなく、清廉とした知恵かと思う)という心は、子をなす親にも通じることで肉体的な愛には限られない。それを包括してプラトンはイデアとしての愛を語りたかったのでは、という風に感じたり。アルキビアデスの闖入に関しては、解説者の意見に概ね賛成できる。個人的に俗な言葉で敢えていうなら、アルキビアデスがソクラテスに抱いたのは憧れや恋といった類のもので、愛に昇華することができなかったのだろう。

  • 2015.10.31
    エロスに対する賞賛と議論を通して、プラトンのイデア論の原型を見ることができる、哲学者であると共に文学的色合いの強い作品。前半部分は小説のようにおもしろく、そしてエロスに関して様々な視点から描かれている。後半はエロスに対するディオティマの解説により、その哲学的色合いが強くなってる。エロスとは性欲のことではなく、そのような激しさをもって自分に欠けている何かよいものを自分のものにしようと求める、常に求める、そしてそれが永遠に自分のものであろうと求めることだという。哲学が元々、知を愛するという言葉から来てるというのは、こういうことかと思った。誰かに一目惚れしたときのあの激情を伴って、知を愛することか。そしてそれは、然るべき時になると子を産みたいと欲する。それは身体的な話で言えばセックスを望むことであり、精神的な話で言えばまさにソクラテスの哲学的対話に見られること、そうして生み出した徳や知識を、さらに育むことだと。さらに、このようにエロスによって様々なものを求める結果、最終的にその求めるところのもの、例えば美しいものを求めることを通して最終的に、美そのものに到達する、この美そのものがイデアだと。全体的に神話的というかフィクション性が強いが、なるほど説得力がある気がする。しかし人はなぜ、よいものを求めようとするのだろうか。真善美が、よいものであると思うのは、何故なのか。徳とはそんなに、よいものなのだろうか。そこがまだ私にはわからない。よいものとは、それを得ることで幸福になるようなもののことであるという。真善美を求めると、本当に幸福になるのだろうか。また真善美を得ると幸福に感じるのは何故なのか。私は個人的に、人間がみな自分の幸福に対して真剣に生きることができれば、それがそのまま個人の幸福になるばかりでなく他者の幸福を願うことにも繋がるという直観があり、よってあまり、社会的によいことをしようとか気張らず、ただ自分が幸せになるためにはどうすればいいかだけを考えるようにしている。しかしこの自分の幸福のゴールになぜ真善美があるのかがわからない。これは今後より探求していくべきことだろう。ただひたすら自分の幸福を考え、何を得れば幸福になれるのかを考え、そして得ていくことを通して、イデアに導かれ、私が求めていたのはまさにこれだ!といえる境地に、至れるものなのか。今はただそれを信じて、よいものとは、単なる快楽にとどまらず、真の幸福になるものとは何かを探求するのみである。文学的要素も強くとても読みやすい上に哲学にも誘ってくれる、プラトンの代表作である。

  • ソクラテスやプラトンについて語られる時によく出てくる逸話が、もともとどんな文脈で語られたものかがわかって面白かった。訳者による時代背景等の解説も有用。

  • 「いま、息をしている言葉で」翻訳。確かに読みやすいのだが、著者の解釈とまでは言わないまでも、良くも悪くも現代的な価値観が入り込んでしまって、もはやオリジナル性はなくなってしまっているように思える。特に性の問題は時代で大きく変わるので。初めはこの本でもいいが、他訳も読んで比較してみるのもいいかもしれない。

  • 岩波文庫のプラトン本の取っ付きにくさといったらない。たしかに一流の学者が訳しているけれど。その点、本書は、平易な訳で、いくらか解釈が歪曲されているのだとしても、こっちのほうが断然楽しめる。谷川徹三が息子俊太郎に言ったのだったか、ギリシャの街角には哲学用語が溢れている。翻訳もまた、街角で目にされる言葉で書かれていてほしい。

  • 古代ギリシャの饗宴(飲み会)でのオッサン達による戀バナ。
    テーマはエロス(愛)古代ギリシャなので当然少年愛(パイデラスティア)エロさえも哲学なのだ。
    成人した男性が少年と恋愛する事こそが最高の教育とか流石古代ギリシャレベル高すぎ。

    今作ではソクラテス自身ではなくマンティネイアのディオディマ(多分腐女子)の言葉として語られている。
    曰く戀とは、善きものと幸福への慾望である

    エロスとは美しさと醜さ、良さと悪さの中間にあり、神と人間の間にある精霊である

    エロスは既知の神ポロスと貧乏神ペニアの間に生まれた存在(マジで?)

    肉體の美から精神の美、知識の美、美のイデアへと至るなどプラトン先生らしくここでもイデアは健在。

    アンドロギュノス(両性具有)の元ネタはアリストファネスの演説だったのか。本書では解説が充実していて分かりやすくて助かる。

  • 今までの対話編と違って、宴会で一人ずつが愛の神エロスについて話を披露するという形式。ソクラテスの話の内容も、今までのように論理的な対話形式でなく伝聞の話を延々語るというもので面食らった。しかし構成やストーリーとしてはいままでになく凝っていて面白いので、二重に面食らうことになってしまうのだ。ソクラテスの語るのは「エロスの奥義」という一見何ともうさんくさい話なのだが、中身はプラトンのイデア論につながる哲学的談義になっている(ただ、神話的・直感的な話が多い)。
    美を求めるエロスとは人と神との中間である聖霊であり、美や良いものに欠けるがゆえにそれを激しく求めるという性質を持つ、というところから始まり、美の中でも肉体的なものではなく知恵が最も美しく、求められるということが示される。人間は永遠に生きて美を自分のものにすることはできないけれど、肉体的には子供を作ること、精神的には哲学的対話により徳を生むことで永遠が実現する。そのように肉体、精神、そして知恵へと上昇しながら美を追い求め、究極存在のイデアへ至る(ことができるかも)という話らしいのだが、なんだかいままでの著作の現実的な徳の話はいったい何だったのかと思うような壮大な、幻想的な話でとまどいがまず先に来てしまう。解説を読んでよくよく考えると、よくできているな、と思うのだけど。
    最後に乱入者によって突如ソクラテス擁護の賛美演説が始まるのもご愛敬だが、当時の少年愛の習慣やソクラテス批判の状況などこれも解説を読んで勉強になったし面白かった。光文社訳、すごく読みやすくて親切丁寧で大好き。

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著者プロフィール

山口大学教授
1961年 大阪府生まれ
1991年 京都大学大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学
2010年 山口大学講師、助教授を経て現職

主な著訳書
『イリソスのほとり──藤澤令夫先生献呈論文集』(共著、世界思想社)
マーク・L・マックフェラン『ソクラテスの宗教』(共訳、法政大学出版局)
アルビノス他『プラトン哲学入門』(共訳、京都大学学術出版会)

「2018年 『パイドロス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

プラトンの作品

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