論理哲学論考 (光文社古典新訳文庫)

制作 : Ludwig Wittgenstein  丘沢 静也 
  • 光文社 (2014年1月9日発売)
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  • 11レビュー
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334752842

論理哲学論考 (光文社古典新訳文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 読みやすい部分とわからない部分があった。

  • 学生時代以来、久々にウィトゲンシュタインをと思って手に取ってみた。平易な新訳がいい感じではあるが、やっぱり論理記号が出てくるとお手上げ。そこから勉強しなおさないと。
    結論:語ることのできないことについては、沈黙するしかない。

  • 当然ながら、平明な文体で書かれていることと、分かり易さは別だ。

  • あとがきにおいて、岩波文庫版をdisっているところがなんともcute。

  • 本編の構成は少し変わっていて、多くは数行から成る文に番号を付けて、箇条書きの様なスタイルとしている。
    この辺りは実際に本を開いてみるか、Webで本書を調べると分かることなのでこのくらいで割愛する。
    この構成そのものが論理的に話を展開していくことを示唆していると感じる。
    こういった構成のため短文を解釈していかないと進むことができず、薄い本なのに読了まで3週間ほど掛かってしまった。
    また、5の配下は私の力不足でかなり理解が足りていないところがあると思う。これについては何かの機会にまた戻ってこれたらと考えている。

    最後にこれを付け加えておかないといけないこととして、本書(『論理哲学論考』ではなく、光文社古典新訳文庫版)の素晴らしい点は、30ページ超に渡る解説である。
    本文に先立ってこれがあったから読み終えることが出来たと思う。


    この本を自分なりに解釈して極短く纏めてみたところ、以下の様になった。
    最後の一文は本質的ではないが、個人的に気に入った考え方なので追加している。

    世界を外側から観測することはできない。
    世界を内側から観測する以上、可能なのは「ここまでは世界だ」というのを定義することであり、考えられる全ては世界の範疇となる。
    そしてそれは自明で決定的である。

    例えば旧来の哲学的な問いがあるが、それは「言葉のマジック」の様なもので、そもそもそれを語るための言語をきちんと定義せずに使用しているから発生する疑問である。

  • 難しい。三段論法でやっとの所なので、じっくり向き合いたい。論理に論理を重ねていくようで、少し考えを整理しながら読み進めないと最初から困惑してしまう。

  • 中身はさっぱりわからないけど、ゲーデルとヴィトゲンシュタインはどちらが先だったんだろうか?
    読んでてゲーデルの不完全性定理を思うのは数学よりの人間だから?

  • ブックセンター富士見台、¥950.

  • むずい。
    岩波文庫のを持ってて(未読)、古典新訳文庫でも出たのでこっちも買っておこうと二冊所持しています。
    岩波読んでないのでなんとも言えないんですがこっちを読んで良かったかな、と。
    巻頭についている講義録みたいなのが、全体を俯瞰して最初に説明してくれるので、読む上でとても参考になりました。
    欲を言えばもうちょっと註が欲しかったかなあ。
    数式っぽいのはほとんど飛ばして読んだ。

    まあただ最初の講義を読んでしまうと、最後の文章のカタルシスは無くなってしまうので、そこのところはちょっとマイナスかな。

  • 最後のことばは「語ることができないことについては、沈黙するしかない」と訳されている。従前これは「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」などと訳されてきた。
    「せねばならない」は禁欲的でありそれゆえ戒律的で「自己」が見えるが、「するしかない」は事実を端的に述べている。ウィトゲンシュタインの本来はこっちではないのだろうか。淡々と事実を述べ、そうであるしかない結論に至る。もう否定しようがない事実が「示されている」のに、「せねばならない」などとご託宣を述べて屋上屋を架す理由はないわけだ。
    「世界は、私の意思に依存していない」「倫理の命題も存在することができない」「倫理を言葉にすることはできない」「意思を倫理的なものの担い手として語ることはできない」などという人が「せねばならない」とは語らないと思う。
    確かに英訳で読むウィトゲンシュタインにはご託宣めいたところがある。が、彼のネイティブはドイツ語だし、ドイツ語でところどころ読んでみる限りはこの丘沢訳のニュアンスに近い。
    単なる印象だが、日本では芥川のイメージが重ねられているんじゃなかろうか。ウィトゲンシュタインの叙述スタイルはアフォリズムとはまったく異なるものなのではないだろうか。少なくとも「論考」ではまったく異なるものだとしか考えられない。
    いろいろ考えさせられる貴重な翻訳だと思う。冒頭の野家啓一による解説も簡にして要を得たもので、ラッセルの序文なんか載せるよりよっぽどこの本の用途に適っている。

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