赤い橋の殺人 (光文社古典新訳文庫 Aハ 6-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334752910

感想・レビュー・書評

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  • 犯罪を犯して幸せをつかんだとしても、罪の重さに耐えられない。そこには不毛と恐怖と絶望がある。
    クレマンの子供はなぜ死者に似ているのか?私にはわからない。

  • 本邦初訳だそうで、こういう知られざる作家の作品が読めるのは古典新訳文庫の良いところ。シャルル・バルバラはボードレールと同時代で友人だったフランスの作家。ポーの小説を翻訳したりもしていたそうで、この『赤い橋の殺人』もポーの作風に近い印象。

    推理小説もしくは探偵小説と言い切ってしまうには、探偵役のマックスくん(作者自身と思しきキャラ)は観察してるだけで推理はしないし、犯罪の全貌も犯人自身が最終的に告白はするものの、世間に露見して裁かれるわけではないので、どちらかというとカテゴリー的には犯罪心理小説というやつかも。生まれた子供が殺した相手に似てくる・・・という部分だけはちょっとホラー風味。

    無神論者で「法によって罰せられない=ばれない」罪であれば、許されたも同然、という犯人の哲学はなかなか筋が通っていてユニークなのだけれど、前半、周囲の友人たちによる彼の評判があまりにも小悪党で最低なのがちょっと勿体ない(苦笑)。殺人の被害者もなかなかに最低な人物だったので、これで犯人が一貫して悪人としてかっこよかったら、一種の悪漢小説として爽快感があったかもしれません。

    最終的に犯人は自分自身で自分を心理的に追い込み、意図せずして贖罪のような行為を重ねてゆく。自ら死地に臨んでも生き残ってしまうという強運なのか逆に呪われているのかわからない彼の後半生はとても皮肉で、独特の余韻が残りました。

    本筋とは関係ないところでは、作者の周囲の友人たちをモデルにしたという登場人物たちも一癖あって面白い。ボードレールらしき詩人も登場して、のちに「悪の華」に収録される詩をボードレール自身の発表より先にバルバラは作中で引用していたりもします。

  • 久々に古典に手を出してみた。現代は多様化というなんでもよさを受け入れているのに対して、昔は文字を読んだり書いたりするのが上流階級のしかも教養のある人だったの時代の、多分なんだけど、学者の論文みたいな世界だったと思うんだよね。なので読む側にこび売ってない。現代のように意味のない表記をたくさん入れて文字数(金)を稼ぐ必要もない。読んでて結構扱いづらい物だなと感じた。シンプルな言葉で展開が早いのでよーく考えて読み進めないと一気においてけぼりを喰らう。

  • 19世紀中ごろ、既存の価値観が崩れていく中で何を拠り所にして生きるかを人々が模索していた時代に書かれた中編小説。推理・怪奇小説として面白く読んだ。

    裏表紙でほとんどネタバレしてるじゃないか!と思いつつ最後まで熱心に読めたし、「おや?」と引っかかった疑問点に合理的な解答はなく怪奇もの的に収束していったことにもなんだか納得してしまった。クレマンもマックスもそれぞれの立場で真摯だったからだと思う。「良心とは何か」とは、ほとんど考えたことがないテーマだ。考えないで済んでいるのは幸運かもしれない。

    マックスは作者の分身なんだけど、本物よりかっこよくしちゃったせいでふわふわしたキャラになってるのが微笑ましい。

  • 19世紀フランスの作家、音楽家でもあり、
    ボードレールと親交のあったシャルル・バルバラの中編。
    セーヌ川から引き揚げられた証券仲買人の遺体、その死の背後の犯罪。
    探偵小説の要素もあるが、
    殺人者の苦悩と贖罪意識に重点が置かれたヒューマンドラマ。

  • とある殺人を犯しそれをきっかけに自身の成功を得た人物を描いた作品。
    殺人という罪に対して単純に勧善懲悪を課すのではなく、その背徳性を解いているのが特徴です。彼自身が無神論者であることもかなりのキーワードではないでしょうか。
    あとは主人公との対比が目を引く部分でしょう。まさに真反対な真っ直ぐさ、ときには月並みな野次馬心など、読者としてはともに心を揺さぶられる存在としてピッタリだったように思えます。

    多少哲学的な意見のぶつかり合いのシーンもありますが、かなり読みやすい小説でした。
    ただ、殺人事件を取り扱っているものの、推理小説的な要素はあまりありませんでした。社会派の小説と呼ぶ方がしっくりきそうですね。

  • 『罪と罰』に影響を与えたに違いない哲学心理小説!19世紀パリ、かつての貧乏暮らしから急に生活が豊かになり社交界の中心人物となった無神論者のクレマンと病気の妻ロザリ。ある夜サロンで判事が語った殺人事件の話にクレマンは露骨な動揺を見せる。描かれるのは「神が存在しなければ全てが許される」と考えた当時の反神思想と神の存在を否定しきれない不安というキリスト教社会的なジレンマであり、殺した男の面影が後に生まれた子供に現れるという雨月物語的な恐怖。そこに結論はなく、まるでありきたりの人生同様に悲劇と幸福が哲学的なモヤモヤと共に訪れる。ある人には幸福が、ある人には不幸が、それはサイコロを振って偶然出た目のようなもの。悲劇も幸福も因果関係から生まれるわけではない。そして幸不幸が人の知覚による違いでしかないなら神もまた偶然出たサイコロの目でしかない。

  • 一人の男に降りかかる不幸から19世紀半ばの人々の信仰への懐疑や即物的な考え方が見てとれる本でした。
    無神論者が殺人を犯し大金を手に入れるもののいつしか罪の意識に苛まれて息を引き取るまで、と言った内容ですが産まれた息子が殺した男に酷似していると言ったホラー要素や犯した罪がじわじわと読み取れて進むミステリ要素もあり、様々なジャンルに跨った内容でした。しかし巻末の解説に『探偵小説の側面』とありますが誰も推理していないし殺人者は罪の意識に精神的に追い詰められて自爆しているし…探偵小説らしき場面は無かったように思います。
    主題からは外れますが世間から嫌われていた男が金を手にしたら世間に掌を返される皮肉、新大陸に渡り良心的に生きても世間から一歩引いて扱われる様子は何とも遣る瀬無いものがありました。

  • バルバラを再発見した亀谷さんの調査と物語を交互に織り交ぜながら映画を作ったら面白そうなんだけど、誰か作ってくれませんかね?

  • だいたいもって自分は、「これは現代の『○○(有名な文学作品)』だ!」とか、『○○の再来だ!』そういう惹句が好きではないタイプなので、帯に『これぞフランス版『罪と罰』だ!』と書かれていて、少し興ざめもしたのだけれど、それでも買うことにした。
    『罪と罰』を読んだのがもう相当前のことなので、実際どのような共通点があるのかはいまいち思い出せないけれども、これ単体で見ても佳作だと思った。人間は一度犯した罪を本当に浄化できるのか、できるのだとしたらどのような手段によってなのか。ストーリー自体はやや凡庸だけれども、十分に考えさせられた。

    訳者あとがきの私が発見しました自慢と、作中に実在の人物をモデルにした登場人物がいるというのは、自分には割とどうでも良かったかな。

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著者プロフィール

フランスのオルレアンで、弦楽器製造業の家に生まれる。12才でパリの名門校ルイ・ル・グラン中学校に転校、ここで学業を終える。1836年にパリ高等音楽院(コンセルヴァトワール)に入学。自然科学にも強い興味をもち理工科大学校(エコール・ポリテクニック)に入る準備をしていたが、転じて文学の世界に入る。20代半ばで〈ボエーム〉の仲間入りをし、詩人ボードレール、写真家ナダール、作家シャンフルリらと交流する。その後、短篇小説を書き始め、ポーに傾倒。1848年の二月革命頃に、オルレアンで新聞の創刊や文芸欄の編集に携わり、ポーの翻訳や、友人たちの作品を紹介した。1850年にパリに戻ると精力的に創作に打ち込み、多くの短篇を発表した。1855年には初の中篇『赤い橋の殺人』をベルギーで出版。翌年『感動的な物語集』を刊行。1858年には本国フランスで『赤い橋の殺人』が出版され人気を博して版を重ねた。

「2019年 『蝶を飼う男』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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