偉業 (光文社古典新訳文庫)

制作 : 貝澤 哉 
  • 光文社
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本棚登録 : 51
レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (435ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334753429

感想・レビュー・書評

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  • ナボコフ比較的初期の長編。ナボコフ自身を思わせる主人公マルティンは、夢見がちではあるけれど、スポーツもできるし、殴り合いの喧嘩もできるし、けして非モテでもなく、ただ経済的に切迫していないのでちょっとノーテンキだな程度の好人物。両親の離婚、母親の再婚、下宿先の娘ソーニャとの恋、ケンブリッジで出会ったダーウィンとの友情など、若者らしい悩みや葛藤は爽やかだし、ナボコフの他の小説に出てきがちな偏執的な人物もいないので、表面的には普通に青春小説として読めてしまう。ナボコフにあるまじき読み易さ(笑)しかし場面の切り替わりなどちょっとしたところに独特の技巧があり、細部はやっぱりナボコフらしい。

    時系列も基本的には順列で直線的、少年時代から青年になるまでマルティンの成長を追う展開はまっすぐで一見素直だけれど、実はロシアを脱出してロンドン、スイス、ベルリンなどさまざまな都市を転々としていく彼は常に移動していて、列車や旅という移動の線が、都市とその細部という点を繋いでゆき、最終的に彼は出発点であるロシアに戻ろうとする。つまり点は繋がれて円になり完結する。

    マルティンは内省的で夢見がちな冒険家であり、しかしその行動に意味がないのが特徴。とくに大きな不満もなさそうな人生、結局彼は何がしたかったんだろう?長年にわたってマルティンを振り回すソーニャという女性の魅力が同性からみて全くピンと来なかったのだけど、もし彼女の愛を得られていれば、マルティンは無謀な計画は立てなかっただろうか?

    マルティンのなしとげた偉業とは、つまり何もなしとげないこと、でしかなかった気がする。すごろくでいったら「ふりだしにもどる」で終わってしまったわけで、つまりスタートした意味がなかったような。マルティンがどうなったかわからないけど、2周目があったらいいな。

  • 特に筋らしい筋があるというわけでもない。
    父祖にスイス人エーデルワイス家をもつマルティンは革命に故郷ロシアを追われ、ケンブリッジに入学し、長期休暇にはスイスの母の家に戻り...それから....と色々なエピソードや人物が出てくるものの一見すれば前後に必然的な繋がりやらがあるとは思えない、そんな小説である。
    ところがどういうわけだろう。これがすごく面白いのだ。滔々と流れゆく文章、台詞による改行も滅多になく、頁には文字がびっしりと敷き詰められているにも関わずにである。確かにある種の読者を捉えて離さない何かがこの書にはある。
    細々とした取るに足らない事柄に対する風変わりな主人公の嗜好の息遣いがこちらにまで移ってきそうだし(その細部への愛着が行間の隅々にまで行き渡っている)、処女長編『マーシェンカ』やその他の著者の作品にもしばしば見られるようなクリミアから船で黒海を渡り、ボスポラス海峡を通り抜け朝靄のなかのモスクのミナレットなどのイスタンブールの光景を横目に見ながら地中海に出る亡命ルートだったり、ベルリンの朝の空気などのナボコフの自伝的なモティーフといった魅力が読み進める内にいつしか互いに融け合っていって、得も言われぬ快感を引き起こすのだ。

  • 2016-10-20

  • 流れる水みたいななめらかに伸び続ける文章が恐ろしく心地よい。外国文学がこうもぬらぬらと日本語になってるとつい意訳を疑いそうになる。苦笑
    この心地よさに乗せられて、細やかな違和感を放ったままにしたから、解説を読んであっとなった点がいくつもある。

    電車の中で降りる駅を気にしながら散漫に読んでも表層をなぞって楽しめるが、それでは著者に笑われそう。精読しながら、感度を保つことが大切。平易に見えるけど、読書姿勢を問われるような底の深さにちょっと恐ろしくなる。

  • 『自伝的要素が強い』と言われている長編。
    確かに要所要所に『記憶よ、語れ』と共通するエピソードやモチーフが見え隠れしている。内容も一見すると『ふつうの青春小説』だが、つい、『何処かに隠れている何か』を探しながら読んでしまうw

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著者プロフィール

ウラジーミル・ナボコフ(Владимир Набоков, Vladimir Nabokov)
1899年4月22日 - 1977年7月2日
帝政ロシアで生まれ、ヨーロッパとアメリカで活動した作家・詩人。文学史上、亡命文学の代表者とされることもある。昆虫学者としての活動・業績も存する。
ロシア貴族として生まれたが、ロシア革命後の1919年に西欧へ亡命。ケンブリッジ大学に入学し、動物学やフランス語を専攻。大学卒業後にベルリンで家族と合流して文筆や教師などの仕事を始める。パリを経て1940年に渡米、1945年にアメリカに帰化。1959年にスイスに移住し、そこで生涯を閉じた。
ロシア時代から詩作を開始。ベルリン、パリにおいて「シーリン」の筆名でロシア語の小説を発表して評価を受ける。パリ時代の終わりから英語による小説執筆を始めた。渡米後も英語で創作活動を続け、詩・戯曲・評伝を記すだけでなく翻訳にも関わった。
代表作に、少女に対する性愛を描いた小説『ロリータ』。映画化され、名声に寄与した。ほかに『賜物』、『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』、『青白い炎』、自伝『記憶よ、語れ』。

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