八月の光 (光文社古典新訳文庫)

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感想 : 15
  • Amazon.co.jp ・本 (768ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334753764

感想・レビュー・書評

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  • おもしろい小説や物語なら古典でも世界中のどこでもわりと好き嫌いなく読むたちですが、そんな私にもなぜかアメリカ南部の作家にはちょっぴり尻込みしてしまう何かがあります。南北戦争、人種差別や女性差別の軋轢、土地に縛られた古い因習や閉塞感、ユーモアとは縁遠いグロテスクなさま……幾重にも重なっているせいなのか?

    それまで南部作家のストウやオコナーで悄然としていたわけですが、先日学生いらい久しぶりにマーク・トウェインの作品に触れてみると、その可笑しみやひたむきさにむくむく南部気分も高まり、それじゃウィリアム・フォークナー(1897~1962 米国ミシシッピ州 1950ノーベル賞)でも読んでみようかな! だが初読のチョイスを間違えると再起不能になりそうで怖い、ぐだぐだぐだぐだ……していたところに、困ったときの(困ってないときも)ラブリー黒原さん訳を発見! あぁ感激の涙涙なみだ。

    読了してみると、やはり食わずに尻込みしているのはもったいない、美味しいものを食べそこなってしまいます。最後まで一気に読ませる圧巻の作品に感激。

    白人なのか黒人なのかわからないジョー・クリスマスを中心に、その相棒の軽薄男ルーカス・バーチ、そして彼の子を宿したリーナ・グロー。さらに彼女に一目ぼれしたうぶなバイロン・バンチと、彼のメンター役となる元牧師ハイタワーといった、どこか不安定で一筋縄ではいかない人々の群像劇です。

    ヨクナパトーファ郡というアメリカ南部の架空の町からフォークナー作品が次々と生み出されていきます。
    南北戦争の敗残、人種差別と因習という歴史にくわえ、第一次世界大戦がもたらした機械化・科学テクノロジーの飛躍、資本主義の台頭、家族や故郷の崩壊といった時代背景を陰に陽にたっぷり盛り込んでいます。
    リアリズム小説かと思いきや、ときに意識は流れ、呪術的で幻視者のみるような情景や、広く深く読みごたえのある仕上がりに息をのみます。

    とりわけ目が離せなかったのは元牧師のハイタワー。そのモデルは英雄だった曽祖父や祖父に畏敬の念を抱いていた現実逃避気味のフォークナー自身だったのかもしれません。
    ある程度の人生経験を経てみなければわからないであろうハイタワーの形容しがたい悲哀と滑稽さを温かい眼差しでながめました。
    それとともにリーナのようなしなやかな女性の存在には驚嘆します。因習に縛られ、古き良き時代への郷愁に恋々としている男たちをよそに、生まれてくる子どもと未知の時代を進んでいく、ある種の傍若無人な若さと野性美にあふれたリーナがひときわまばゆい。

    解説はとてもわかりやすいですし、訳者の視点(解説)も愉しい。ダブル解説は、お得感満載ですな♪
       
    フォークナーはバルガス=リョサや大江健三郎といった世界の作家たちに多大な影響を与えた作家らしい。
    確かに彼の作品をいくつかながめてみると、なるほどなるほどと膝を打ちます。また要所要所に描かれた細かいのに決してくどくない情景描写の美しさ、意識の流れによる剛毅な場面転換……フォークナーの作品は壮大な映画のようです。

    これからもいくつかの作品を追っかけてみたい魅力的な作家です。また以前から気になっていたほかの南部作家に対する勇気や興味もわいてきました。これだから読書はやめられません(^^♪

  • ああ…。
    解説にあるように、クリスマスの血を浴びたことを私も忘れられないだろう。
    外見は白人だが、「黒人の血が流れているらしい」という不確かな話で自分が何なのか定められず、また定めることに抵抗したクリスマス。
    読みながら、「自己」という概念に葛藤する、夏目漱石作品も思い出した。
    また、登場する女性たちは皆ろくな目に合わない。
    キリスト教において、またこれまでの社会において女性が疎外されてきたことも描かれており、「自分とは何だ」という問いと同時に、「女とは何だ」ということも考えさせられた。
    読み終えてからも考え続けている。

  • 主要人物のだれもが奇妙にバランスを欠いて危うい様子に引き込まれるようにして読んだ。読み終わっても把握できた気はしないけれど、彼らがそのようにあることが真に迫っていて、わかりたい気持ちが今も残っている。彼ら以外の町の人たちの語りも味わい深い。誰もテンプレートにのせて話さない。いつまでも聞いていたい話し方。

    最も多くページを割かれるジョーには、(もしかしたら自分でかけてしまった)呪いが人を殺すことが本当にあるかもしれないと気づかされた。村上春樹の「鼠」の弱さや、中上健次の秋幸の頑なさが長年理解できなかったのだけれど、なんだか少しわかったような気がする。根拠がどうであっても、それを抱えては生きていけなくても、リセットできない人の在り方があるのかもしれない(それでも、リセットしちゃえよ~って思っているけれど)。

    長年「フォークナーの小説は長大で誰が何を言っているのかわからない」と思い込んでいたのだけれど、黒原さんの新訳は読みやすくほどよく注が入っており、もう全部黒原さんの訳で読みたい!という気持ちになった。フォークナーに手を出しかねている人から次に読む本が特に決まっていない人まで、全方位におすすめしたい。

  • ノーベル文学賞受賞のフォークナーの代表作。アメリカ南部の田舎町ジェファスンを舞台に、外見は白人でありながら黒人の血を引くクリスマスと天真爛漫な生粋の南部娘であるリーナの物語を主軸に(しかし交わらずに)アメリカが抱える澱みを描く。

    本作品を理解するにはそもそもの時代背景を知る必要がある。北東部では新たな跳躍の希望を抱き、対する南部では依然として閉塞感と黒人差別が残り禁酒法下の鬱憤とした時代、相反する感情を伴いアメリカとして自信が揺らぎいいしれぬ怒りが漂う時代。それらを端的なメタファーを用いるでもなくカタルシスを生み出すでもなく、直接的描写をしつつも明確にはせず重奏的に物語を紡ぎ出す。

    正直一度読んだだけでは理解できたとは言い難いが本作が持つ迫力と凄みが伝わってくる。少し時間をおいて再読したいと思う。

  • 街の中に暮らす様々な人たち。彼らはみんなどこか愚かで、どうしようもない。そのどうしようもなさが、リアルで、自分の中にもあるものとして感じられる。
    閉塞感や孤独、回復できないほどの精神的傷なんて、現代社会に限るものではないんだと思った。どうやって、より良い社会を築けばいいのか、途方にくれる。
    ワインズバーグ、オハイオの後に読んだのは、正解だった。

  • アメリカのとある町ジェファンソンで、胸の内に何かを抱えた、悩める様々な人物達が錯綜しては交じり合う。いわば彼らの思想や過去の抒情が奏でる交響曲のような小説である。その音色は必ずしも美しいとは言い難いかもしれないが、どれも激烈で我々読者の情緒を攪拌し、狂乱、将又恍惚へと誘い込む。
    お腹を膨らませ、自身の体をそうしたブラウンをを探してアラバマから遥々ジェファンソンにやってきたリーナ、リーナのお腹を膨らませたブラウン、ジェファンソンでリーナを見かけ、恋するバイロン・バンチ、元牧師で隠遁生活をするハイタワー、正義と己の権威の矜持のためにクリスマスを追うグリム、そして白人と黒人両方の血が流れるクリスマス。登場人物である彼らがジェファンソンという町でそれぞれの同時間での行動が描写される。リーナがこの町に来たことと、クリスマスが殺人を犯したことの二つの出来事が彼らを結びつけていく。彼らの現在進行の行動描写には、彼らの過去が挿入される。この過去の挿入が本当に凄まじく、人物達の端倪すべからざる深遠で複雑な人間が如何にして完成したかが克明になっている。その中に当時のアメリカの問題である人種差別問題や、惨酷な人間としての本質を見てとって、とても考えさせられる。ハイタワーやバイロンには読者にも共感するところが多い人物のような気がする。私はハイタワーの人物像にとても親近感のようなものを感じた。ハイタワーは言葉を奮えば奮うほど、自身を外に放出してるのではなく、反対に中へ中へと閉じこもっていってしまう印象を受ける。そんな中でそこにはもう存在しない何かに耽溺し、縋ってしまう。
    しかしやはりリーナとクリスマスの人物像というのはとても興味深かった。クリスマスは子供の頃、黒人の血が混ざっていることにより差別を受けるが、まだ幼い稚拙な頭脳はそれをはっきりとした苦しみと捉えることができない、絶望を絶望と感じれない感情の希薄さが見受けられる。クリスマスは大人になるまで感情というものに疎く、暴力的になってしまう理由も分かる気がする。本文中にある「記憶は知性が覚える前に物事を信じ込む」という言葉は大人になってから、自身がされた記憶の意味が後天的に直感するという恐ろしい性質であると感じた。クリスマスは記憶のしがらみの中でしか生きられないのであろう。リーナはジェファンソンに向かう道中から自分を孕ませたブラウンを求めて、それに縋るように旅をしているのだと始めは見受けられた。故に読んでて最初のイメージは男に騙され、馬鹿な男の甘言に誑かされている知力に乏しく、面妖で能天気な印象があった。しかしそれは完全なる間違いであることが読み進め、そして最後のページの彼女の一言ではっきりする。また、過去の挿入が最初の数ページしかなく、それも彼女の人物像を浮き彫りにするようなものでは全くないのはこの物語の中でリーナだけである。ジェファンソンへ行く道中、沢山の男が彼女の境遇を憐れむような冷笑するような視線で見つめ、同情するが、この物語で最も現実に生き、強靭であるのはニーナなのである。他の人物は人生の道中に後ろを振り返りながら出なくては進めない脆弱さを抱えているがリーナにはそれがない。境遇は可哀想であってもそんな同情は余計なお世話でしかない。人に同情する人間の不安定さがよく露わさてる気がする。非常に浩瀚な小説であるため、より深く味わうためには再読は欠かせないであろうが、また深遠な人物の発見を求めて是非そうしたい所存である。

  • 翻訳作品を読むのは苦手だったが、そろそろ読み始めようかと思い挑戦。
    一読ではなかなか理解出来なかった。
    背が低いのは神の怒りの重み、色が黒いのは人間を縛り付け奴隷にした罪の血。あまりの理不尽なその表現を受け入れることは難しいが、それらを踏まえこの作品が大衆文学であったらしいところを理解できるよう後日再読したい。

  • はじめ、その本の分厚さにすこしひよったが、いざ読み始めてみれば淡々とした文章でとんどん読めた。2日で読了。
    暴力の連続性

  • 1920-30年代のアメリカ南部の田舎町を舞台とした物語。
    妊娠した女、女に恋する男、その男が精神的なよすがにする元牧師。また女を妊娠させた男、その男と組んで商売をしている謎めいた男、その男が関係を結んだ女。次々に視点が入れ替わり、時にその人物のこれまでの人生が振り返られるなど複雑な構成。
    暴力や殺人等の血なまぐさい事件も多く起きるが、どれもどこか淡々としている。逃亡中のクリスマス(p475-487)など、客観的に見ればずいぶん追い込まれた悲惨な状態のはずなのだが、超然としている。なにもかもが、タイトルのとおり夏の強い日差しの中で静かに起きる出来事のようだ。
    信仰と黒人差別がこの本の大きなテーマ。信仰に関しては、訳者によればキリストを暗示するモチーフが多く織り込まれているという。もっともそれに気づかなくても、神について言及する場面が多く出てくる。その場面で語られる神は救いや裁きを与える者ではなく、人を翻弄する理解を越えた何かという印象。
    黒人差別の方はもっと明瞭なテーマとして全体を貫いている。差別自体を扱うのではなく、差別はすでに存在するものとして、そこから生じる苦悩を描いている。差別語とされる表現も当たり前に使われる。表現だけ見ればポリティカルコレクトネスには程遠い。
    それでもこうした作品に触れることで、「風と共に去りぬ」等でも描かれた、アメリカ南部の精神みたいなものをうっすら体感する。良い点も悪い点も。そのいくばくかは現代アメリカにも残っていて、現代の社会問題につながっているのだろう。
    妊娠した女性であるリーナの人物像が印象的。身重での旅で周りの人に助けられ、いかにも無力で受け身の様子に見えながら、実は登場人物のうちでもっとも揺るぎない。探し求めた恋人の明らかな裏切りを目にしてさえ、ショックを受けることも挫けることもない。信仰のひとつの姿であるようにも感じる。

  • 注釈で今後の展開に関する示唆があり実質ネタバレになるので注意が必要。

    荒廃した孤独が、我が物顔でありとあらゆる部分に横たわっているのを感じる。
    孤独はこっちのことを思いやりもしないので、こっちばかりが居心地悪く部屋のすみにうずくまっているような感覚がある。

    英語の一文って、長いんだな……となった。

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