リリスの娘 (光文社文庫 さ 30-2)

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  • 光文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (261ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334766405

感想・レビュー・書評

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  • あなたは、『相手の男の望みどおりに、女神にも悪魔にもなり得る女』を知っていますか?

    男と女が関わる中にはさまざまな関係性が生まれます。男が強い存在の一方で女が弱い存在である、といった極めて短絡的な見方だけで男と女の関係性は語れません。それは、生活様式にも現れます。かつて一般的とされた、男は外で働き、女は家庭を守るというようなステレオタイプな見方は今や歴史の中の昔話とも言えます。

    そして、男と女の関係ということで忘れてはいけないのが、”性行為”という側面で見た関係性です。人によって『性癖』は大きく異なるのみならず、それが人前に晒すものでない分、そんな『性癖』は表の顔からは決して垣間見ることのできないものです。付き合ってみたら、相手のまさかの『性癖』に一夜にして別れたという経験のある方もいるかもしれません。その一方で、自分の『性癖』と正反対、結果、ピタリと一致したその関係性に喜びを見出された方もいるかもしれません。しかし、親友にだってそんな話はしないでしょう。人にとって大切なことであるにもかかわらず、もしくはその人の本当の姿を見ることができるものであるにもかかわらず、決して知ることのできない他人の『性癖』。

    さて、ここに、『どう振舞えば男の人が私を気に入るか、分かっちゃうんだもの』と語る女性が登場する作品があります。そんな女性に魅せられるさまざまな男性が主人公となるこの作品。そんな男たちが予想もしなかった『性癖』を見せていくこの作品。そしてそれは、そんな男と女の交わりのその先に、『あれは天性の淫婦だよ』という一人の女の存在を読者が目にする物語です。

    『後輩作家の』『権藤がハードボイルド系の文学賞を受賞した、内祝い』に『担当編集者二人』と新宿の『「animals」という名前の店』へと訪れたのは主人公の蕗谷桐吾(ふきや とうご)。『動物の耳をつけた女たちに囲まれ』、『権藤は自分についたホワイトタイガーの女の子と「ガオー、ガオー」と吠え合って』います。そんな『ホワイトタイガー』が蕗谷の横についた子を『その子は黒猫のリンちゃん。初日だからよろしくね』と紹介します。『ええっと、水割り作れるかな』と黒猫に頼む蕗谷。そんな中、権藤が『俺っち作家』と言うと『ウッソー。ホントー?』とおだてられる中に、『この人のほうがもっとすごいよ。「熟れた毒」の蕗谷桐吾よ』と、蕗谷のことを紹介します。『それって映画になったやつですよね』、『うちのお父さんが好きでしたよぉ』と女たちは盛り上がります。そんな時、『どうぞ』と黒猫から渡された水割りを飲むも、吹き出す蕗谷。『それは鼻にくるほど濃く作られてい』ました。そして、お開きとなり『酔い覚まし』に一人夜道を歩く蕗谷は、『文壇をデビューしてから』のことを思います。『現役大学生作家誕生と持てはやされ』、『「熟れた毒」は飛ぶように売れ』、映画も大ヒット。しかし、『その後どんな力作を書こう』と『収入は年々右肩下がり』という今。そして、『花園神社の境内を通り抜け』ようと『本殿の階段手前』に来た時、そこに『人影がうずくまってい』るのに気づきます。そんな人影の頭に『三角の耳』を見つけ、『なにやってんの』と声をかける蕗谷。『べつに。寝ようとしてただけ』と答えたのは先ほどの店で会った『黒猫』のリンでした。『女の子の野宿は、なにかと危険だと思うんだけど』と言う蕗谷は、『下心がまったくなかったとは言わないが、冗談のつもり』で『おじさんちに来るかい?』と声をかけます。それに、『いいの?』と顔を上げる黒猫。『シャワーを浴びて出てきた黒猫』に『ホットミルクでも飲むかい?』と訊き、『体を温めるためにブランデーも数滴落として』黒猫に差し出す蕗谷。そんな蕗谷に『一人?』と訊く黒猫に『じゃなきゃ、君を連れて来ないよ』と返す蕗谷は『妻と別れた七年前』に越してきたこの部屋を思います。そして、『髪、乾かしてやるよ』と『ドライヤーを手に取り、黒猫の背後に回』った蕗谷は『まさか家出少女じゃないよね?』と訊くも返事はありません。そして『形のいい頭をクシャクシャと撫でながら水気を飛ば』していると、『ね、当たってる』と言われ『あ。悪い』と謝る蕗谷は『我知らず硬くなっていた』のに気づきます。『いい歳のオヤジが、まさかこれしきのことで欲情するとは』と思う中にドライヤーを切ると『細い指が』『スウェットにかか』りました。『えっ、ちょっと。なにするつもり』と言う蕗谷に『お礼』と『真顔』で答える黒猫は、『してほしくないの?』と続けます。『してほしくないわけがなかった』という蕗谷は、『それ、つけてもらっていい?』とテーブルを指すと『そういうのが趣味なんだ?』と『猫耳カチューシャを装着し』たリン。『上、脱いで』と言われるがままの蕗谷は、『前屈みになったリンの、パジャマの襟元』から『小ぶりな胸と、淡く色づいた乳首が覗』いているのに気づきます。そして、リンと出会った蕗谷が、まさかの『お礼』をしてもらうことになる物語が描かれていきます…という最初の短編〈黒猫のリン〉。官能世界を描く中に、『黒猫』のまさかの恩返しとも言える物語を上手くまとめた好編でした。

    “この女は麗しき悪魔か、それとも淫らな女神か。流行作家、会社経営者、パティシエ、前途有望な学生…。巧みに心を弄びながら、様々な男たちの人生を幻影のように移ろっていく凛子。欲望と波乱に満ちた流転の果てに、彼女が胸に抱いた誰もが知りえぬ願いとは?夜の魔女・リリスのごとき女の、蠱惑と謎に彩られた一生を流麗に描いた七つの官能連作短編集”と内容紹介にうたわれるこの作品。はい、そうです。この作品は”官能小説”に分類される作品だと思います。700冊以上の女性作家さんの小説ばかりを読んできた私ですが、官能世界を扱った作品は村山由佳さん「ダブルファンタジー」、「花酔ひ」、「アダルトエデュケーション」程度しかなく、今回、坂井さんの小説三冊を選ぶ中でこの作品を見つけ、迷わず選択してしまいました(笑)。一人の作家さんについて三冊ずつ連続読みする私が、今回、坂井さんの作品で選んだのは、”末期がん”を患う妻の最期の時間を共にする主人公が描かれる「妻の終活」、”時代小説” × “食”の組み合わせをほっこり描く「ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや」とこの「リリスの娘」です。この三冊のあまりのバラバラ感に坂井希久子さんという方の書かれる小説の幅の広さに度肝を抜かれました。とっても美味しそうな”蕗ご飯”!と楽しんだら、いきなり官能の世界どっぷりな物語の登場ですから、これには驚くばかりです。

    ということで、今回のレビューを書き始めましたが、そもそもブクログのレビューは18歳未満の方を制御する機能がないことに気づきました。果たして官能世界の描写に触れて良いのかそもそも分かりませんが、この作品について書くのに官能世界に触れないことはおおよそ考えられません。なので、18歳未満の方はここから下は読まないでくださいね♡、と書いた上で堂々と官能世界を語りましょう(笑)。٩( 'ω' )و ガンバルぞい

    この作品は七つの短編が連作短編を構成していますが、その全てに官能世界が登場します。官能世界も人によってどの程度の表現が心地良いと感じるかは当然異なると思います。そもそも官能世界の描写なんて吐き気がするという方もいらっしゃるでしょうし、官能の世界こそ小説を読む最高の楽しみという方もいらっしゃるでしょう。人によってその具合はさまざまですので、この作品があなたに合うのかどうかを知るために、そんな官能世界をちょっと見てみましょう。

    『ああ、熱い。亀裂はすでに充血した肉によって押し広げられ、女のいきれが指先にかかる。触れるとそこはもう蕩けたようになっていて、水を含んだスポンジみたく、押せばいくらでもジュブジュブと蜜がにじみ出てくるのだ』。

    すみません。いきなりディープな描写を抜き出してしまいました(笑)。書いてしまったからには後戻りはできません。この勢いで(汗)、そんな描写の続きを見てみましょう。

    『そのとろみを塗り広げ、膨らみはじめた肉の芽を撫でてやる。リンの腰がピクリと跳ねた。「ここか?」 コリコリとした、瑞々しい感触である。左側面から押しつぶすようにするのがいいらしい…「左手でオナニーしてるから、こっち側がいいんだな」』。

    …と、続きを出せばどんどんディープになりますね。電車の中でこのレビューを読まれていたとしたら手で隠したくなります。そう、そんなこの作品は、

    ”電車の中で読んだらアカンやつや!”

    …です。ご注意ください。では、もう一箇所見てみましょう。登場する女は同じ、男が変わります。

    『「もっと脚開けよ」ショーツをはぎ取り、閉じられた膝頭をこじ開ける。淡い色をした中心部が、てらてらと光って美しかった。そこを美しいと思ったのは、はじめてかもしれない』。

    なんだか乱暴そうに始まりました。今度の男はかなり年上です。『近ごろめっきり衰えつつある男の機能が、今までになく漲っている』という表現からもそれはわかります。でも、このシーンをご紹介したかったのはこの次に続く表現が気に入ったからです。

    『ゆっくりと、中に沈み込んでゆく。ああ、深い。まるで意識が深海に吸い込まれてゆくかのようだ。ぬるくて、優しい海。俺たちはみんな、ここから来たのだ』。

    どうでしょう。官能表現の中とはいえ、『俺たちはみんな、ここから来たのだ』は凄いと思いませんか?そんな風に考えたことなかったですし、行為の途中でそんなことを考える余裕があることを同じ男として凄いなあと感心もします(笑)。しかし、それ以前に、この表現、男性作家さんには決して書けない世界だと思います。女性作家さんだからこそ出せる官能世界の描写。官能な描写は嫌だとおっしゃる方、でも女性作家さんの作品は読んだことがないという方には、是非この作品や、村山由佳さんの作品をおすすめしたいと思います。単に”官能小説”と切って捨てるには惜しい世界がそこには間違いなくあると思います。

    そんな作品は、表紙にも描かれた女性であり、それでいて視点が移動することのない寺島凜子が七つの短編それぞれに登場します。それぞれの短編の主人公は凜子とさまざまな形で知り合い、凜子と官能世界に溺れる様が描かれていきます。そんな中から私が気に入った三編をご紹介しましょう。

    ・〈消えない罪と、甘美な罰〉: 『嫌だ、おじいさまったら。そんなに息を荒くして…』という甘い声の主の『つま先にむしゃぶりつ』く『寝たきりの老人』の姿を覗き見る主人公の病葉(わくらば)。『知る人ぞ知る大豪邸』に『住み込みの看護師として雇われた』病葉は、徳太郎が養女として十二歳の凜子を引き取った時のことを思います。『あれは天性の淫婦だよ』と言う徳太郎。そして十年。『いつも見てたくせに』と凜子に問い詰められる病葉。『私たち、ずうっと三人でプレイしてきたのよ』『あなたも、罰されたくてたまらない人でしょう?』と病葉は凜子に迫られます。

    ・〈優しい幻影〉: 『第一志望は関西の国立大』。『来年こそはめでたく受かって、晴れ晴れとこの家を出て行くつもり』という主人公の大勝。『妻の死に目に』会えず、自分のことを『義理の姉に丸投げ』した父親を憎む大勝。そんなところに『ちゃんとお勉強しているのね』と二十六歳の凜子が現れました。『この女と結婚するから』といきなり紹介されたものの、女になれていない大勝は『平常心ではいられな』くなります。そんなある日、『ママの、おっぱい』、『しょうがないなぁ』という言葉が聞こえ、凜子の乳首に『赤ん坊のように吸いつ』く父親を目にします。

    ・〈女神の采配〉: 『すっごい綺麗な人やったね』と今日の『ヌードモデル』のことを話す『同じ油絵科の阿部由梨』。そんな由梨が『押しかけ女房よろしく飯を作りに』アパートに来た過去を思い出す主人公の蓮見は、由梨を振り切って校門を出ます。そんな蓮見は自分のことを『技術はたしか。あとは運命の出会いを待つだけ』と思いながら『石造りの、重厚な門柱』の家を目指します。『好きなときに来ればいいという約束を取り付け』た蓮見。『胸が躍る。早く顔が見たい』と思う先に『俺のミューズ』の元へと赴きます。そして、『スケッチブックを開』く蓮見…。

    う〜ん、”特に気に入った”と言っても私の性癖に繋がるわけではありません(キッパリ!)。でも改めて官能世界をレビューする難しさは感じます(汗)。いずれにしても言えることはさまざまな官能世界を魅せてくれるのは凜子ただ一人ということです。時に”S”になり、時に”M”になる、そして、そんな言葉で括れないさまざまな官能を魅せてくれる凜子は、十二歳の時に『知る人ぞ知る大豪邸』に暮らす寺島徳太郎の幼女になります。この作品では、そんな凜子がその後にさまざまな年代の女として、さまざまな男と交わりを持っていく様が描かれます。そんな起点となる十二歳の凜子をこんな言葉が表します。

    『凜子はその歳にして老人の性癖を本能的に嗅ぎ取り、求められる少女像を演じていた』。

    そんな凜子の徳太郎との出会いの詳細は六編目の〈ガラスの誓い〉で明らかになります。えっ!というその瞬間の描写。そんな人生を力強く生きていく凜子は、自らこんなことを呟きます。

    『だってしょうがないでしょう。どう振舞えば男の人が私を気に入るか、分かっちゃうんだもの』

    そう、凜子自身が自らに与えられた”力”を自覚する中に、それを”武器”に、苦難の人生を巧みに渡り歩いていく姿がそこに描かれていきます。そんな凜子を生み出した作者の坂井希久子さんは、“今回、凛子さんという一人の女性の、若い19歳ぐらいの頃から亡くなる直前くらいまでの人生を描いているので、官能作品としては珍しいコンセプトなんです”とおっしゃっいます。“だからこそ、女性もあまり抵抗なく、むしろ「感動した」と言ってくださったりして、ありがたいなと思います”と続けられる坂井さん。この作品では、凜子という七つの短編通しの主人公がそれぞれの年代の姿を各短編の物語に見せていきます。それは、凜子という一人の女の人生を描く物語、”人生譚”といっていいものだと思います。そう、各短編で視点の主として登場する男たちは、すべてそんな凜子のまさに手のひらのうえで踊らされているだけともいえます。視点こそ移動しないとはいえ、強く生き、強くのし上がって行く一人の女を描く物語。そんな物語の中に描かれる官能世界はあくまで女が持つ武器としての力が発動される場にすぎない、それこそがこの作品の本質なのだと思いました。

    『相手の男の望みどおりに、女神にも悪魔にもなり得る女。初潮を迎えたばかりのあどけない少女に、その片鱗を見出した』

    “ユダヤの伝承において男児を害すると信じられていた女性の悪霊”を指す『リリス』という言葉。そんな言葉が暗示する存在の降臨を思わせる寺島凜子。この作品では、凜子がさまざまな男たちを弄ぶかのように官能世界に誘う姿が描かれていました。容赦ない官能表現の頻出に、電車の中で読んではいけないこの作品。しかし、後半の物語を読み進めるに従って、この作品の本質が官能ではないことに気づくこの作品。

    “私、官能と切なさを合わせるの好きなんですよ”と語る坂井さん。そんな坂井さんの官能描写と切なさの絶妙な塩梅の物語の中に、極めて幅の広い作品を生み出される坂井さんの魅力を実感した納得の一冊でした。

  • 様々な男たちの野望をいとも簡単に打ち砕く、悪魔な女神・凛子の半生を描く官能連作短編集。
    人類はみな、女性から産まれる。そして男は大なり小なり全員がマザコンだ。男を糧にして、自らの願いを実現する凛子の生き方は、颯爽にして華麗である。悪女の魅力を堪能できる一冊。

  • えろえろな話が多かったですが、ラストはしっとり。

  • 久しぶりに坂井希久子さんの本を読みました。ほかほか蕗ご飯、虹猫喫茶店、ウィメンズマラソン、ハーレーじじいの背中など幅広いジャンルを手掛けておいでですね。今回読んだのは、「リリスの娘」(2017.6)です。リリスの意味がわからなかったので調べると、男性を凌辱する女性(の悪霊)、のような意味でしょうか・・・。そういえば、著者は風俗のSM嬢の現役と聞いたような気がします。この作品は寺島凛子の少女から老女に至るまでの奔放な生き方を描いたものです。官能連作短編7話が収録されています。いつも凛としている凛子です。

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著者プロフィール

1977年、和歌山県生まれ。同志社女子大学学芸学部卒業。2008年、「虫のいどころ」(「男と女の腹の蟲」を改題)でオール讀物新人賞を受賞。17年、『ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや』(ハルキ文庫)で髙田郁賞、歴史時代作家クラブ賞新人賞を受賞。著書に、『小説 品川心中』(二見書房)、『花は散っても』(中央公論新社)、『愛と追憶の泥濘』(幻冬舎)、『雨の日は、一回休み』(PHP研究所)など。

「2023年 『セクシャル・ルールズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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