狼花 新装版: 新宿鮫9 (光文社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (674ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334768232

感想・レビュー・書評

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  • 頑張って、働いて働いて。
    裏切られたり、裏切ったり。見捨てたり。見捨てられたり。
    自分以外誰も信じられない。信じない。
    弱肉強食。ハードボイルドな哲学を持って。
    それでもヒト握りの、信念。こだわり。美学を持って。
    裸一貫から成り上がって来た、初老の男性。一匹狼。

    ちょっとしたココロの隙なのか。
    なんだか懐かしい匂いのする、すごく年下の、懸命に頑張っている女性。
    そんな女性に、入れ込んでしまう。
    なんだけど、「ビジネスなんだから男女になっちゃ、いけない」という過去からの学習があって。
    入れ込むんだけど、男女の仲にならない。
    花にそうっと、日々、水をやるように。そして日向に置くように。
    どこかしら、遠巻きに大事にするような。

    純愛?自己満足?

    そして、その女性は、蛹が蝶に羽化するように、美しく強く大きく成長して。

    そして、気が付けば、その女性に裏切られていた。
    何十年もかかって築いたものを全て、宿敵とも言える相手に、奪われる羽目になってしまう...。

    #

    実に、オッサンの加齢臭が漂う、ロマンチックな魅力に溢れた物語な訳です。

    「犯罪物語。最後には、女性が男性を裏切る」
    もうこれは、ルパン三世の峰富士子を待たずとも、モノガタリの常道ですね。
    (峰富士子さんが、その集積的パロディ、と考えて良いと思います)

    #

    一方で、何かで読みましたが。
    大沢さん自身が「論文を書いたみたいで疲れた」と言及するような味わいも、満ち溢れています。

    #

    日本は、戦後の成り行きのおかげで、豊かな国。島国。
    だけど、世界中に資本主義が行きわたり、金持ちと貧乏人の格差が大きくなる。
    そうなると、飢えたものたちは、自由化の波に乗って金がある都市に集まってくる。
    その波は、グローバル経済だから、国境をまたいでやってくる。
    外国人が増えるのは当たり前。

    そして、世界中のどの国でも、どの都市でも、外国人は不当に差別され、「金持ち」になれないように意地悪されます。
    当然のように、犯罪に走る外国人も多くなります。
    それは、外国人が、その民族が、善だ悪だ、という次元の話ではない、必然である。
    犯罪は取り締まるべきだが、その時に、民族や階層で、差別して良いのか?
    民族論や、自業自得論で、見下して差別して良いのか?

    カネの論理、資本主義の論理で、
    勝ち組が既得権益を離さないのであれば、
    負け組の不満、憎しみ、犯罪が増えてしまうのは、自明の理ではないのか?

    #

    これは、「新宿鮫シリーズ」がその当初から多国籍性を売りにしているので、
    実はシリーズ当初から通底音として常に奏でているテーマだと思います。

    (そして、「外国人」という言葉を、「格差社会の負け組と位置付けられてしまう人々」と置き換えても、同じことが言えます)

    #

    2006年発表の、大沢在昌さん「新宿鮫Ⅸ 狼花」。
    僕としては、「風化水脈」「絆回廊」と併せて、この三作がいちばん好きです。
    (ま、オジサン嗜好としては、それが当たり前なんだと思います)

    #

    お話は、シリーズの常で、複数の線で描かれます。

    #

    外国人の麻薬密輸トラブルから、

    「大規模な、外国人犯罪者と暴力団を包括する、故買品の売買(盗んだ品などの売り買い)マーケットが、闇で作られているらしい」

    という確信を持った、主人公の刑事が、それを追求していく、という線。

    「新宿鮫シリーズ」で何度か姿を現した、外国とのパイプを持つ「仙田さん」という謎のスマートな中年犯罪者。
    その「仙田さん」が、恐らくその親玉ではないか、と。

    過去のシリーズで、主人公は、「仙田さん」との間に、警察と犯罪者なんだけど、
    決斗する孤高の騎士同士のような、ルパンと銭形のような、微妙な信頼関係があります。
    少なくとも、主人公はそう信じています。

    #

    別の線。

    その仙田さん。
    やっぱり、巨大なブラックマーケットを作り上げた男なんです。
    仙田さんに拾われて、ブラックマーケットで重要な仕事をしている、妙齢の中国人女性。
    その中国人女性を主人公として、
    「どの暴力団にも属さない自立した仙田さんのブラックマーケット」が、
    山口組さんを彷彿とさせる、日本最大の関西基盤の暴力団に狙われていく。

    中国人女性は、暴力団幹部と男女の仲になる。
    らせんを落ちていくように、結果的に仙田を裏切っていく。

    #

    そして、三つ目の線。
    これが、「狼花」のいちばんの売りかもです。

    警察のエリート幹部が、外国人犯罪者に家族を襲われる。
    その恨みからか、「外国人犯罪の撲滅」のために、

    「暴力団と事実上、結託して、外国人犯罪を日本の暴力団のコントロール下に置く」

    という、実にスリリングで、インモラルなプランを、密かに進行させていく。
    そのためにはまず、「外国人犯罪者にも優しい、仙田のブラックマーケット」を、
    暴力団に乗っ取らせることにする。

    #

    ...という訳で。どの線も、

    「仙田という謎の男が作った、自主自立のブラックマーケットが、日本の暴力団に乗っ取られる」

    という動きを軸にして、進んでいきます。
    これが実に、無論の事、荒唐無稽な大嘘マジック、なんでしょうけど、生々しくスリリングな攻防。
    全員、悪人。
    アウトレイジ状態の、じりじりとした、水面下の攻防戦。
    (ド派手は銃撃戦なんかは、ほぼ、ありません)

    #

    「仙田」という中年男性は、実はかつて、大昔、若き警察官だった。

    公安、という、とってもCIAみたいな機関に引き抜かれ。
    (公安警察自体は実在します。柔らかながら、戦前の「特高」ですね)

    学生運動や過激派が華やかなりし頃に国内で暗躍。
    その後は、中南米に出向させられて。麻薬カルテルと現地政府の間で、CIAの使い走りをさせられる。
    国家の狗になり、死線を彷徨い、ブラックビジネスを知り抜いて。
    とうとう、国家の正義を全く信じられなくなって、アナキストとしてプロの犯罪者になる。

    (この辺も、実際こういうような人生航路の人が居るのか居ないのか知りませんが、
    「あ、なんだか居そうだなあ」という匂いがする描き方。それが上手いなあ)

    かつてのコネクションを駆使して、主に日本の外国人犯罪者を束ねて、用意周到に儲ける。
    一方で人情に厚く、部下の面倒見が良く、頭が切れる。

    と、言う経歴の男であることが、徐々に捜査で浮かんでくる。

    そして、その仙田が、どうやら、例の中国人女性にかなり入れ込んでいる。裏切られる。
    裏切られてなお、何故か彼女を切り捨てられない。殺せない。
    むしろ人質に取られたように、全てを日本人の暴力団に奪われて行く。
    そして、かつての古巣・警察も。
    実は暴力団を裏で手を結んで、自分の組織を潰そうとしている。

    ...ここまで、仙田さんの魅力炸裂で引張って行きながら。
    仙田さんの目線では一切、描かない。
    この辺のサスペンス描写、構成。職人芸ですね。パチパチ。

    #

    サブタイの「狼花」。
    無論の事、解釈は読者ひとりひとりが楽しめば良いのでしょうが。

    まず、この、魅力あるアナキスト犯罪者「仙田さん」が、
    裏切られて破滅していく中の、
    満身創痍なファイティングポーズを彷彿とさせます。

    #

    ●徒手空拳から闇社会に地位を気づいた、中国人女性。

    ●市民の為の警察、という無私な思いを持つがゆえに、暴力団との密約、というタブーに手を染めるエリート警察幹部。

    という二人の脇役が、主人公の刑事とも「仙田さん」とも、全く相いれない人生観や考え方を持ちながらも。
    それぞれに、切れば血が出るような感情的な存在感を醸し出します。
    このあたり、ほんとに、描写力、という賜物です。

    そして一方で、冒頭に述べた、「予め富を持たざる者たちの犯罪」という。
    なんだか実にドストエフスキー風でありながら、
    ぬめぬめとして、大変に21世紀現在な手ざわりのテーマが、重く奏でられます。

    #

    大沢在昌さんの小説っていうのは、実はこのシリーズ以外は、数冊しか読んだことがありません。
    ただ、その数冊は、正直、「新宿鮫シリーズ」に比べるとかなり、ロマンチック過ぎて興ざめだったんです。僕としては。

    どうやら、
    「荒唐無稽でロマンチックな冒険譚」と
    「下敷きとしての現実世界の批評」という、
    ふたつの世界がバランス良く重なる地平線が、
    大沢さんの場合は「新宿鮫シリーズ」なんだろうなあ、という気がします。

    #

    ちなみに、「新宿鮫」である以上は、舞台はやっぱり新宿、歌舞伎町が多いのですが。

    飽きてきた?訳でもないでしょうが(笑)、

    この小説では山場、クライマックスが、「横浜中華街」。

    ちょっとでも風景を知っている人が読んだら、面白さもヒトシオ、だと思います。

  • J様後追い第9弾
    ちょっと時間がかかってしまいましたが、後半はいつもの通り一気読みでした。
    今回はどう終わらせるか読めなかった。
    しかし、なんだかんだ言って、男性のほうがロマンティストですね。
    明蘭の気持ちもわからないではないけど、やはりここは深見を選ばないところが残念でならない。まあそうでないと、物語にはならないのでしょうけど。

    香田も残念。もっと一緒に手を取り合って捜査するところを見てみたかった。

    さて、現在のところ残すはあと一作。
    今度こそ晶はもう少し出てくるのか?

  • 香田が辞めた…
    仙田が死んだ…

    新宿鮫のひとつの帰結点の9巻

    巻が積み上げられる毎に疾走感は影を潜め、それとは逆に詰め将棋のような捜査が幅を効かせる。
    それでも他の警察小説とは一線を画すのは、鮫島のキャラなんだろう。
    明蘭と石崎の今後は?香田の巻き返しは?そして晶との関係は?まだまだ続く新宿鮫。


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    1.新宿鮫
    2.毒猿
    3.無間人形
    4.風化水脈
    5.狼花
    6.屍蘭
    7..氷舞
    8.灰夜
    9.炎蛹

  • 新宿鮫第9弾。悪い人が学芸大学駅に住んでる設定ですが、僕はそんな感じの人、いままで見たことないです(フォロー)。
    宿敵ロベルト村上あらため仙田あらため深見あらため、、、のキャラはよく知ってるつもりであり、それを鑑みるにヒロインの魅力が物語を引っ張るには足りず。仕掛けのでかさ(キャリア同期の扱い含め)に読み手の感情がついていかない感じでした。ここのところ毎度書いてますが、フーズハニイおよび晶はいったいどうなるんでしょうか。パンクやるにはそろそろいい歳です

  • 手段は違うが目的は同じ、それぞれにメリット・デメリットはある。違いは法の下において遵守しているか、してないか?だ。多分正しいやり方で目的を達成しないと、いつか破綻するだろう。そして、大切なものを守り抜く者とだからこそチャレンジさせて欲しい者、そこには相容れない世界があり、決して交わることはない。一方、鮫島はジリジリと足元から崩れそうな状況の中でも自分の信念を貫き通していく。香田も本当に鮫島を潰そうとするかと思いきやそうではない動きをする。その行動を理解し合えない二人だが、仲間意識はあるのだろう。今回も十分に楽しめた。

  • えーと…。仙田が…ラスボス的存在だと物凄く期待していたので、あれ?なんでこうなるの?って肩すかしをくったというか。結構いいやつだったんだ…。で、香田に対しても、もっともっと鮫島のライバル的存在としてバチバチ絡んで欲しかったのに。なんて残念な退場、ああ勿体ない。ちょっと納得いかない巻だったな、なんて(笑)

  • 最後の最後まで面白さ満載のシリーズ最高傑作。盗品を売買する泥棒市場の壊滅のため、黒幕を追う鮫島に最大の危機が訪れる。

    これまで何度かシリーズに登場している鮫島の宿敵・仙田勝の正体が少しずつ明らかになり、鮫島の前に立ち塞がるのだ。さらには鮫島の同期の香田と対立し、鮫島は四面楚歌の状態に…そんな中、鮫島の助けるのは桃井と藪だけ…宿敵・仙田との対決、同期・香田との対決…新宿鮫は生き残る事が出来るのか…

    巨大な警察組織の矛盾と巨大な犯罪組織の狭間で己れの信念を曲げずに立ち向かう鮫島の姿に600ページを超える小説に全く飽きる事がなかった。晶の登場も少なく、仙田と行動をともにする中国人美女・明蘭も登場するのだが、あくまでも男の世界、男の意地、男の論理を貫いている事がその一因であるように思う。

    第25回日本冒険小説大賞受賞作。

  • 鮫島と同期でありながら、決して同じ道を歩むことのない香田。
    しかし互いに嫌いあっているとはいえ、それぞれの正義と警察官としての矜持は認め合っていた。

    警察官と犯罪者という、立場は違うがよき好敵手としていくつかの事件に関わってきた仙田。
    人を見る目、先を読む力、躊躇しない行動力など、実に魅力的な人物であった。

    このふたりがこのような形で鮫島のまえから去っていくことになるとは…。

    シリーズも終盤になり、今作は別れの気配が濃厚だった。

    外国人の犯罪者を日本から締め出すことによって、安全な都市づくりを強行しようとする香田。
    法律の自在解釈を許せば、一時は平和になっても、いずれ矛盾が噴出するという鮫島。

    “「理想を頭にもたない警察官など、ただの権力者だ。俺たちが何のためにこれだけの権限を与えられているか、一日も忘れてはいけないんだ」”

    ある意味理想主義者である鮫島。
    しかし彼は現場の人なのである。
    理想を唱えることで自分の行動が不自由になり、相手に付けいれられることが多々起こる。
    それでも理想を手放さない鮫島が好きだ。

    解説によると、作者はこのような思いで作品を書いているそうだ。
    “厳しい状況の中で、自分のルールを持って、たった独り意志を貫き、傷つけられる恐怖、何かを失う恐怖と戦いながらまい進していく―私の描く小説の主人公たちは「妥協して一生後悔するのは嫌だ」と思う人間たちです。心の弱さも恐怖感も持っている。しかし妥協せず戦いを選ぶ。それがハードボイルド小説だと私は思っています”

    だとしたら、私はハードボイルド小説が好きだ。

  • 新宿鮫9。

  • 仙田、悲しいよ。

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著者プロフィール

1956年、名古屋市生まれ。79年『感傷の街角』で小説推理新人賞を受賞しデビュー。代表作に『新宿鮫』(吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞長編部門)、『無間人形 新宿鮫IV』(直木賞)、『パンドラ・アイランド』(柴田錬三郎賞)、『海と月の迷路』(吉川英治文学賞)、近著に『覆面作家』『俺はエージェント』『爆身』など。

「2018年 『ニッポン泥棒(下)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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