- Amazon.co.jp ・本 (430ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334769741
感想・レビュー・書評
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『〝クジラ〟強調月間始めました!』7
第7回は、伊東潤さんの『巨鯨の海』です。
伊東潤さんは、時代小説を中心に書かれている方です。本書が初読でしたが、和歌山の太地で、江戸時代から独自の組織的捕鯨を行っていた人々と鯨の圧倒的な物語でした。
臨場感あふれる捕鯨場面の描写が素晴らしく、迫力と緊張感に溢れ、時・潮・風や鯨の動きを読みながらの漁は、鯨の情の豊かさや悲しい運命まで表現される秀逸さです。
専門用語や方言も多く登場しますが、丁寧な説明があり気になりません。また、太地の人々は、鯨を「夷(えびす)様」と呼び、古くから鯨に対して畏敬と感謝の念をもっています。更に、鯨と命懸けのやりとりをするため、太地の掟は厳しく、熱くヒリヒリした同胞意識も伝わってきます。
太地の古式捕鯨の栄華から終焉までを、壮大なドキュメンタリータッチの物語に仕立てた本書は、「凄い」の一言に尽きます。強烈な余韻が後を引く読後感でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
短編なのに巨編。
巨鯨ではなくて巨編だ。
短編はあまり好んで読まないが、伊藤潤氏の作品ということで読んでみた。
六編すべてが太地の人々と鯨の物語。小説の世界にずっと浸っていたいと思う作品はまれだが、これは別格。いつまでも太地の世界に浸っていたいと思わせる。
グーグルマップで太地町を拡大して眺めながら、尚且つストリートマップで街中を彷徨いながら読了。伊藤潤氏の鯨シリーズはもっとあるそうなので、また読もう。 -
和歌山の太地と呼ばれる漁村を舞台に、江戸末期から明治にかけて行われていた捕鯨を題材にした短編集。直木賞を獲っても不思議ではないレベルの作品のように感じたが、当時の選考会では北方謙三が猛烈に推したものの受賞には届かなかった。
人間vs鯨のダイナミックで命がけの戦いの描写に目を奪われがちだが、太地という治外法権がまかり通る特殊な地域における様々な人間ドラマが、すごく丁寧に描かれている点が非常に印象的だった。あと、鯨親子の絆に象徴されるように、鯨はただ人間に捕られるだけの道具として描かれているわけではないので、捕鯨に嫌悪感を持たれているであろう欧米の方々にも是非読んでいただきたいと思う。
内容的に実現は非常に困難であることを承知のうえで、いつか本作を実写映画で観てみたいものである。 -
太地の鯨漁をテーマにした短編集。網と銛での古式漁は命がけ。捕鯨シーンは壮絶で臨場感溢れる。そんな厳しい生業を暮らしの基にしている共同体のヒエラルキーや掟の厳しさ、絆の強さ、閉塞感が伝わってくる。心に残る1冊。
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紀伊半島の漁村・太地。そこで組織捕鯨を確立し、日々鯨に挑む漁師たちの姿を描いた連作。
「なんという迫力……」
この小説を読み終えた時の感想を最も簡潔に表すとこうなります。
太地の人々の鯨漁はもはや漁ではありません。それは戦いなのです。時に十数メートル以上の鯨に対し銛を打ち込み、何度も網をかけ少しずつ弱らせ最後にとどめを刺す…。言葉にすればただそれだけの話なのですが、その描写力たるや…
太地の漁師たちの息遣いやピリピリした感じももちろん伝わってくるのですが、さらにすごいのは狩られる側である鯨の生きたい、死んでたまるか、という気持ちすらも伊東さんが書き込んでいること。
作中で鯨のエピソードで、過去に鯨漁から逃げ切った経験を活かし太地の人々の漁から逃げ切ろうとする鯨や、子を思う鯨の姿が描かれるのですが、そうしたエピソードだけでなく、死に際の鯨を描く場面がまた秀逸です! 作品全体を通してみると鯨もまた主人公なのです。
最終話の「弥惣平の鐘」の漁の描写と自然の厳しさの描写は圧巻の一言! いかに人間が自然の厳しさの前に無力かということを感じさせられます。
もちろんそれぞれの短編の人物描写、心理描写も伊東さんらしい情念が込められた作品ばかりです。
厳しい掟が支配する閉鎖的な共同体の太地。そこで暮らす少年たちは何を目指すのか、男たちはどう行動するのか。掟に縛られながら生きた人、掟を全うした人、時に太地に疑いをもち外の世界を夢見るもの。それぞれのドラマが伊東さんの圧倒的な筆勢で描かれます。そこにあるのはただ生きるだけでは満足しない、本物の「生」を渇望する男たちのドラマだと思います。
伊東潤さんがどんな人か全く知らないのですが、もし会うことがあればいきなり「兄貴ィ!」と読んでみたいです(笑)。こんな例えで伝わるかどうか不安ですが、本当にそれだけ伊東さんの作品には迫力があります。男が漢に惚れるってこんな感じなのかなあ。
第4回山田風太郎賞
第1回高校生直木賞 -
古来の捕鯨の様子を、いまだかって誰も書いたことがない独特の世界観で書き込んだ小説。まさに、面白かった!の一言
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まず、太地では江戸時代から古式捕鯨が行われていた、という概要だけは知識としてあったものの、これまで知らなかったその組織の実態や、漁の具体的な役割分担などの仕組みのイメージを、本書によって掴むことができたことに意義があった。
今も太地町のコミュニティはある種の閉鎖性を備えているとは聞くが、当時のそれはとても現代の比ではないだろう。
連作を追うに従いおそらくは描かれている時代が下っていき、やがては実際にあった悲劇の”大背美流れ”をモデルとした最終話に至る、という流れも巧みにまとめられていると思った。
そして何より、鯨という巨大哺乳類の命を、一人一人は脆弱な人間が力を合わせて命懸けで奪おうとする、その命のやり取りたる営みは、理屈では表しきれない崇高な何某かを放っている、と強く感じさせられた。
ただ、それぞれの小話の筋はいささか類型的で、またヴォリュームが限られている故もあってか、読後の深い余韻のようなものは少なかったかも。 -
「太地」を舞台に古代捕鯨に携わる人々を巡る連作短編。捕鯨のための独自の厳しい掟。その掟を破れが厳しい制裁が待っている。太地で捕鯨に携わることを運命づけられた人々の運命模様が骨太に描かれていて好感。古代捕鯨そのもの、鯨そのものも魅力的。
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現在の和歌山県、太地の江戸時代から明治にかけての、古式捕鯨にまつわる6つの短編集。相変わらず、意地でもすんなりハッピーエンドにしない伊東節に、なにもそこまでと思いながら、人生なんでもいってこいなのね、とか思ってみたり。古式捕鯨の現場の臨場感が伝わってきて、読み終わると古代捕鯨に詳しい人になれる。だからどうだって言われても困るが、そのシステマチックさと、畏敬、感謝などのプリミティブな感情のマッチングは、純粋に興味深い。