与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記 (光文社文庫 さ 35-1 光文社時代小説文庫)

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  • 光文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334776787

感想・レビュー・書評

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  •  東大寺の炊屋の親父と仕丁の男を主人公にして、行基から奴婢から次々と現れる様々な階級の人々を巻きこんで、大仏が見つめるもと様々な因縁が交差する話だ。
     評判の炊屋とその理由が、一冊を通してじっくりと明らかになっていく。そこにあるのは、身分社会と差別だ。大仏建造という矛盾したテーマを扱っていて、意外に哲学的な小説に仕上がっている。
     大仏は多くの身分の下のものが懸命に働くことで成り立っている。そして、大仏を有り難がり涙を流して喜ぶのは、天皇や高貴な身分の人間や教養人、僧侶たちだ。もちろん信仰に生きる庶民も、大仏を見て感動はするものの、結局は、偉い身分の人らだけが満足する、差別的プロジェクトではないか。
     しかし、大仏は多くの人間の血と涙を犠牲にして建立されることによって、これを建てたのが、ただ身分が高いだけの人間によって魔法のようになされたのではなく、多くの身分に苦しむ人々が努力して建てられたことが永遠に残る。自分たちの生きた証のために大仏はあり、大仏自体に意味はない。大仏のように生きることに意味があるのだ。大仏プロジェクトの成功は、自分たちの世界をまるごと残すことになる。小さな仏像だと、高貴な僧侶が何か奇跡が起きて作ったような話にされなくもない。しかし、大仏は、神の力でも、天皇の力でも、高貴な力でも作り出すのは無理である。大仏は苦しんで生きた人も、差別する人もされる人もまるごと残すメモリーである。それをこの一冊を通して語っているように思う。

     炊屋で、佐保川の鰻を料理として出す場面では、こんな描写がある。
    【仏法では、殺生は最大の禁忌。それだけに作業場では表向き肉食は禁じられているが、激しい労務に当たる仕丁が、蔬菜や豆類だけで過ごせるわけがない。炊屋で何が料理されているかについては、造寺司も知らぬ顔を決め込むことにしている様子であった。】(P36-37)とある。
     大仏は多くの生き物を食い殺して人間がエネルギーを得なければ建てられぬものであった。

  • 奈良時代、大仏造立を舞台とした話。
    古代と言って良いのか、とにかく言葉(漢字)が中々馴染めずに はじめは苦労して読み進めた。
    しかし宮麻呂の作る料理に食欲が刺激される。勝手な想像だけど現代に比べても、かなり質素、素朴なものであろうと思われるのだけど、思わずかき込みたくなる。田舎料理を求めてしまう。

    この時代についてあまり知らず、当時は強制労働的に粗末な扱いで酷使されていたのだと思っていたが、寝食は不都合なく、食は皆の楽しみ憩いとなっていたので、明るい気持ちで読めた。

  • うおー!「この設定、誰が喜ぶ?」=「この設定、誰しもが喜ぶ、楽しい!」にする力のある作家さんだ!出会えて良かった!!

    • えみりんさん
      確かにそうですね!この作品と「泣くな道真」しかまだ読んでいませんが。
      確かにそうですね!この作品と「泣くな道真」しかまだ読んでいませんが。
      2022/01/10
  • 登場人物の名前など、描かれている時代柄、読みにくさはあったが、とても引き込まれる内容だった。「大仏も誰かが作ったものなのだ」という、あたり前の事実と、無理やり動員されてきて大仏造立に携わるうちに、次第に心が変化していく人たちの姿と、働き、食べ、いずれ老いていく「生きる」ということと。余韻の残る作品だった。

  • 奈良時代の仏像の造営現場を通して、当時の人々の様子や食べていたものを垣間見ることが出来る。仏像の話なのに、仏教でいうところの仏ではなく、市井の人の中の「仏」を描いているのがいい。

  • 202112/奈良時代の大仏建立現場が舞台、現場に集められた個性豊かな面々やとても美味しい食事を作る炊き出し担当等が登場人物達。とても面白かった!登場人物達の名前も馴染みのないものだけど、キャラがたっててわかりやすいので気になることなく読み進められた。時代的に身分による差もあり、仲間に気の毒な出来事が起きたりもするけど、設定もうまくいかされ人の世の辛さ生きていく大変さと救いが描かれていた。

  • 食事とは生命維持だけでなく、人と人をつなぎ、仲間、仕事、社会を作り上げるもの。
    そして、仏とはあってなく、なくてある その意味が理解できた。
    物語の入りは、取っつきにくく読みきれるのか心配だったけど、15ページも進めば物語の世界にどっぷり入れる。

  • 澤田先生得意の奈良時代。しかも設定は大仏造成所。この時代は人よりは知っているつもりだが、知らないことが多く、全てが新鮮に感じた。

    解説にはホームズとワトソンとなったが、ミステリ(謎)自体はそんなに複雑なものではない。その前後に見え隠れする時代の特殊性、過酷な環境などが物語を盛り立ていると思う。蝦夷の乙虫の登場は奥州好きにとって嬉しかあったが、外つ者の宿命で悲しい話となってしまうのは何とも言えない感情である。

  • 澤田さんの作品は、やっぱり面白い。この作品も、以前本屋の店頭で見たことはあったけど、何か堅そうでスルーしていたんだけど、読んでみたら、全然そんなことはなくて、続編が読みたい!

  • 西條奈加さん曰く、時代背景、舞台設定をもった食ミステリー。

    「人はいつか、必ず死ぬ。行基が世を去り、宮麻呂が世を去り――やがて真楯もまたこの世から消えたとしても、自分たちが土を捏ね、棹銅を運んで築き上げた毘盧舎那仏は、千年先までこの地に残るであろう。だとすればこの作事に携わった自分たちはみな、あの巨大なる仏の小さな欠片なのだ。」

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著者プロフィール

1977年京都府生まれ。2011年デビュー作『孤鷹の天』で中山義秀文学賞、’13年『満つる月の如し 仏師・定朝』で本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞、’16年『若冲』で親鸞賞、歴史時代作家クラブ賞作品賞、’20年『駆け入りの寺』で舟橋聖一文学賞、’21年『星落ちて、なお』で直木賞を受賞。近著に『漆花ひとつ』『恋ふらむ鳥は』『吼えろ道真 大宰府の詩』がある。

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