虚ろな十字架

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  • 光文社
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  • Amazon.co.jp ・本 (326ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334929442

感想・レビュー・書評

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  • 2014年5月発行の作品。
    罪の償いはどうあるべきか、死刑なら償いになるのか‥?
    重い課題を含んだ良心的な小説です。

    中原は11年前に、娘を喪った。
    強盗に殺されたのだ‥しかも、犯人は出所後の再犯。
    怒り悲しむ夫婦は死刑を望み、それは叶ったが、それで愛娘が戻ってくるわけではない。
    離婚し、中原は職も変えたのです。

    別れた妻・小夜子が通りで事件に遭ったという連絡が入り、驚愕する中原。
    力を失った元妻の両親を支え、離婚後の小夜子がどう生きたのかを調べ始めます。
    彼女は犯罪についてルポするライターとなっていた。
    思いがけない真実がそこに‥

    万引きをするにしても、そこにいたる事情や理由はさまざま。病的な状態で刑罰より治療を要するケースが多いとか。知りませんでした。
    殺人も、もちろんのこと、事情は極端に違ってくる。
    犯罪被害者や遺族は、償いを求めるが、何が有効なのか‥
    死刑はなくなるのが理想だが、抑止力として、否定はしきれません。
    しかし、死刑が決まっても反省することのない犯人では‥
    収監されている期間が、心から後悔する機会となればいいのだが。

    終盤で出てくるごく若い頃の罪については、まだ未熟な年齢の事件なので、起訴されないのも妥当なのでは。
    (当然という描き方ではなく、いろいろな成り行きあってのこと)
    いや、子供は大人に相談しなくちゃいけません!

    それと、何もなかったふりで生きていくのも、本人の気持ちの整理がつかないという問題があるという重さ。
    小説の読後感としてはすっきりはしないけれど‥
    割り切れない重さを抱いたままで終わるのは、致し方ないことかもしれません。

  • ミステリーの形を用いた哲学の書であった。
    重くて、簡単には答えの出せない、永遠の問題。
    東野圭吾さんは、随時こういった問いかけを掲げた作品を発表する。そのたびに、「自分ならどうするか」「私はどう考えるか」ということを考えさせられる。
    「人を殺したら自分の命で償うものだ」という考え方にも共感する部分はあるのだが、この考えを敷衍していくと、誰も生きていけなくなってしまう。
    「とりあえず刑務所に放り込めばそれでよし」とするのは違うと思うのだが、じゃあ、反省とか償いはどういう形をとればいいのか、に対する答えは浮かばない。
    反省すればそれでいいのか、とも思うし、「償う」って具体的にはどういうことを指すのかもわからない。
    「こっちの命が失われたのだからそっちの命も失え」という感情は、たぶん、公平さとかそういう感覚とつながっているんだろう。
    「自分の子どもが殺されたら」という仮定は、とても冷静に考えられる問いではない。それでも、誰もが誰かの子どもである、という事実を思い浮かべると、追求の手が少し緩みそうになるのも事実だ。
    人が作り出したシステムは、あちこちほころびだらけで、矛盾だらけである。その、ほころびや矛盾の中で、自分はどういう価値観を持って生きていくのか、ということを時々は自問したほうがいいと思った。
    「愚かである」というのは、もっとも悲しい罪の一つだと思う。

  • 東野圭吾さんの本はこの本で75冊目。

    中原道正、小夜子夫妻は8歳の娘を殺害される。
    犯人の蛭川は強盗殺人罪で無期懲役の判決を受け仮出所中に、この事件を起こす。
    夫婦の希望通り、死刑判決が下りたが、その後、夫婦は離婚。
    娘の事件から11年後、小夜子が殺害される。
    別れた妻・小夜子が殺された真相を追うことで、小夜子が娘を殺された家族としてどのように生きようとしていたかを知ろうとする中原。

    前半の中原夫妻の娘が殺害された事件の犯人と、後半の事件の犯人とを同じように死刑とするべきなのか…… 
    作者は文中で平井弁護士にこんな風に語らせている。『それぞれの事件には、それぞれにふさわしい結末があるべきです』 さらに、『死刑は刑罰ではなく、運命。死刑は被告を変わらなくさせる。死刑は無力』と。

    この本の重いテーマ、死刑制度。
    廃止か存置か。
    議論が繰り返されてきているが、何が正解なのか…
    裁判員制度により、考えさせられる機会が増えたが…
    裁判員裁判による死刑判決が翻されることが続き…


    本文から
    ■いったいどこの誰に「この殺人犯は刑務所に○○年入れておけば真人間になる」などと断言できるだろう。殺人者をそんな虚ろな十字架に縛り付けることに、どんな意味があるというのか。

    ■『人を殺せば死刑ー そのようにさだめる最大のメリットは、その犯人にはもう誰も殺されないということだ』

    ■人を殺めた人間の自戒など、所詮は虚ろな十字架でしかない。

  • 冒頭
    ───井口沙織には、母親に関する記憶が殆どない。物心つく頃には、もうこの世にいなかったからだ。

    若い中学生二人の微笑ましい恋のエピソードから始まるこの物語。
    その始まりからは想像し得ないほどの重い話であった。

    東野圭吾氏ほどの売れっ子作家になると、新しい作品を書く上でのモチベーションは一体何なのだろう?
    読者を楽しませるため? 謎解きミステリーの新しい構築? それとも人間として数多ある生きていく上でのテーマの追求か?
    読者やファンを裏切らないような作品を世に次々と生み出すその底力には心底敬意を抱く。
    この作品も、ミステリーの範疇に収まらないレベルの高い問題作だ。

    小学生の娘を殺された或る夫婦。
    娘を殺した犯人は、夫婦や関係者の執念によって、一審では無期懲役だったものを、二審ではその判決を翻し死刑にされる。
    それでも、その出来事は夫婦に深い傷を与え、生きる目的を失ってしまい、離婚する。
    それから、数年後、今度は別れた妻が------。
    自殺か、他殺か?
    そこには、若い恋人たちの過去の過ちが関係していた。

    生に対する尊厳。死に対する絶望。
    この二つの心情が絡み合って、物語は核心へと進んでいく。

    死刑制度は必ずしも必要なのか?
    死刑になったからといって、遺族の気持ちは治まるのか。
    なかなかに考えさせられる作品だった。
    東野氏、単なるミステリーではない良作を書き切る抽斗がまだまだ健在のようである。

    *最後に一点だけ、違和感を覚えた記述が------。
    P37
    事情聴取では、なぜ八歳の子を一人にしたのか、という点をしつこく訊かれたそうだ。
    「ふつうの親ならそんなことはしませんよね、そんな無責任なことはって、そういわれちゃった」

    そうかあ?
    八歳の子を家に一人にしておくぐらい、当たり前じゃないの?
    小学校二、三年生なら、もう一人でお留守番しても全然おかしくないんじゃないの?
    俺なんて、数十年前になるけど、小学校一年生の時に両親が共働きで鍵っ子だったから、一人で家にいたんだけど??
    と思ったんだけどな。
    これに関しては、「そんな無責任なことは」と母親を責める警察の(東野圭吾の)感覚が明らかにおかしいと感じたのだ。

    以上

    • vilureefさん
      こんにちは。

      最近、東野作品からは遠ざかっていたのですが、koshoujiさんのレビューを読んだら読みたくなりました。
      が、なんとそ...
      こんにちは。

      最近、東野作品からは遠ざかっていたのですが、koshoujiさんのレビューを読んだら読みたくなりました。
      が、なんとそんな引っかかりが・・・。
      そりゃないですよね。
      人気作家さんともなると現実とかい離してしまうのですかね。
      ムムム。
      2014/06/18
    • koshoujiさん
      vilureefさん、お久しぶりです。

      この作品、結構評判良いようです。
      ただ、八歳の子が家でちょっとの間お留守番なんて、ごくごく普...
      vilureefさん、お久しぶりです。

      この作品、結構評判良いようです。
      ただ、八歳の子が家でちょっとの間お留守番なんて、ごくごく普通ですよね?
      しかも、お母さんが買い物に行っている間だけなんだから。
      「普通そんな無責任なことしませんよね」とお母さんを怒る警察の発言には、東野圭吾の普通って何なんだ?
      と思っちゃいました。

      ちなみに、このすぐ後に読んだ「一千兆円の身代金」なんて、9歳の男の子が革命を考えるような話なので、なおさら違和感がありました(笑)
      2014/06/18
  • 「死刑は無力だ」この帯とともに、本当の贖罪とは何かについて考えさせられる1冊。
    そして誰も救われない1冊。
    罪を犯す、人を殺めるということ自体がそういうことなのだろうとひしひしと感じる。
    誰も救われない。
    それでも生きていかなければならない。
    そのうえで「死刑」という制度は一体誰を救う事ができるのだろう。

    正直なところ、話の展開は序盤からうすうす予感できる内容。だが再犯率の高さやそれは金銭的な困窮によるものであるといった内容、犯罪者の社会的受け皿の低さ、等々の課題についてもきちんとふれられている。
    そのうえで、「死刑」制度についての問題提起がなされている。やはり帯の「死刑は無力だ」のこれに尽きるのかもしれない。それは制度廃止論者だというわけではなく、本当の意味での「贖罪」を死刑に全てを託してしまうような法のあり方、制度のあり方自体に疑問を抱かざるをえない。
    だからといって、最後の花恵の「ただ刑務所で過ごすのと主人のような生き方と、どちらのほうが真の償いだと思いますか」の言葉には違和感を感じざるを得ない。
    法における罰を受けてからの更正ではないかと感じた。ただ、罪の内容がまたなんともグレーゾーンというか、、、。「中絶」についての贖罪意識にも関わってくるのではないかと、、、。わざとなのか?そういった経験のある方は読んでいてかなり揺さぶられてしまうのではないかと。

    そうでなくとも、内容自体とてもヘビー。
    でも、どこかで客観的に捉えられるような描き方は意図してのものなのか。それとも自分自身が感情移入できなかったのか。東野作品は容疑者Xの〜等読んでいるが号泣してしまったので、おそらく意図してのものなのだろうか。それだけ作者の問題提起としての意味合いが強いのかもしれないなと感じた。ただ、ラストの佐山刑事の「人間なんぞに完璧な審判は不可能、ということかもしれませんね」に作者の想いが集約されているのかもしれない。

    2014年5月 光文社

  • 何を書いても賛否両論、皆が納得できる共通解のない問題、ということを十分解った上でのこの話なんだろうけど。
    時々こういうの書くよね、「殺人の門」とか。

    一気読みでしたが、読んでいて楽しいおもしろい要素は全くないです。
    それこそ、小夜子の書いた原稿のような生々しい悲痛な叫びが聞こえてきそうでした。

    死刑は是か非か。どちらでもないのか。
    全ての殺人は死刑に値するのか。
    罪を償うとは、更生するとは、どういう生き方なのか。

    個人的には、死刑という選択肢はあるべきと思うけど。
    「死刑は無力」というのは真理かもしれない。どうだろう。
    小説の結末としては、誰も幸せにならなかった気がして救いがない。
    人を殺めるということは、加害者の家族も遺族も重い十字架を背負わされることになる。
    何かでもほんとにやりきれないよね。

  • 罪と罰、そして償いとは、と問いかける。
    東野圭吾は、読みやすいが、問いかけは重い、「さまよう刃」に連なる作品。
    殺人を犯した犯人は、死刑にすべきか。死刑制度を問いかけ、さらに犯した犯罪も証拠がなければ、罪に問われないのか。
    最終頁の、刑事の言葉に肯かなければならないのかも。「確かに矛盾だらけだ。人間なんぞに完璧な審判は不可能、ということかもしれませんね」

  • この人物が ここで繋がってるのか!
    と、東野圭吾ならではの 人物の絡み。
    いろいろなことを 考えさせられる作品。

  • 犯罪者が裁かれるべきなのは間違いないけど、どのように裁かれるのがいいのかはその人との関わり方によって考えが変わってくるものだと思った。
    贖罪の難しさを感じた。

  • 人が人を殺してはいけないのは、誰もその罪の償い方を知らないからだ。。。

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