日本「半導体」敗戦 (光文社ペーパーバックス)

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  • Amazon.co.jp ・本 (249ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334934699

感想・レビュー・書評

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  • 日本の半導体メーカは微細加工性を強調するのに対して、韓国や台湾の半導体メーカはスループットと稼働率を強調するようです。パテント・エンジニアにとってのスループットとは何でしょうか?真っ先に考えられるのが、明細書の作成時間だと思います。

    これまで、新規出願数十件を担当しました。特許事務所を介した出願は含めておりません。一件当たりに費やした時間は20時間くらいではないかと思います。一度、出願までどのくらい時間をかけているのか正確な時間を計測してみようとしたのですが、細切れで仕事をしているとついつい計測するのを忘れてしまうことがあったので、断念しました。20時間という数字は感覚で記載していますが、それほど見当外れでもないと思っています。質を下げずに、この20時間を減らしていくことがスループット向上に繋がると思います。

    以前は、研究者から頂いた明細書を一字一句確認し、日本語としておかしいもの(てにをは)や、SVOCの関係が全くなっていない文章などを徹底的に修正していました。しかし、そんなことをしていてはいくら時間があっても足りません。

    担当する部署が増えたことを境に、一字一句見直すことをやめることにしました。手を抜き始めたと言うことではありません。膨大な件数の中で本当にライセンス等で活用される案件など微々たるものです。多くの案件は「権利化したら、はい、それで終わり」です。活用可能性のある案件だけについて、本当に力を入れて取り組めばよいのです。

    そこで問題となるのが「活用可能性のある案件の決め方」です。出願後ある程度期間が経過していれば、毎年行われる会社の表彰で認定された案件が重要案件と認識すればよいのですが、出願前だとそうは行きません。上司に聞くと、「そういうことは技術に精通している研究者に聞くのが良い」と言われ、研究者の方に聞くと「先のことだから何とも言えない」と言われてしまいます。

    結果として、「どれが重要になるか分からないから出願前はどの案件も力を入れなさい」という無理難題に陥ります。これでは、担当する案件が増えればルーチンを回せなくなるのが目に見えています。

    出願前にフラグを立てる妙案はないものでしょうか。明日の5年目からは、そんなテーマを一つの目標として業務に望みたいと思います。

  • 日立をクビになったエンジニアの回顧録。
    ところどころうらみつらみやどうでもいい旅行記が書かれているが、それなりに分かりやすかった。

  • "電子立国"読んで、観たから、これで日本の半導体産業の栄枯盛衰が見えるかな...
    半導体技術者だった経験が生かされた分析は新鮮。興味深く読めた。

  • 外から見ている人にとっては半導体産業って非常に分かりにくい産業だと思うのですが、業界の中枢でエンジニアとして働いていただけあってその実態を的確に書いていると思います。本書の内容はとても納得する事が多い。しかし未だなかなか変われないのは何故だろう。本質的には今も本書の内容は当てはまると思います。

  • 元日立の半導体技術者の方が、「なぜ日本の半導体産業が凋落したか」をまとめたもの。
    色々勉強になりました。
    ・高スペックを闇雲に追及し、供給サイドの理屈で商品の値付けをしてはいけない(特にコモディティの場合は)
    ・技術力には二種類ある。要素技術と生産技術。他国の競合企業は「生産技術」を徹底的に追求しコスト競争力を獲得
    ・日本半導体はゴーン前の日産のようであった。日産は技術オタクの会社で、過剰技術・過剰品質のせいで倒産しそうになった
    ・日本は、研究部→開発部→量産部という序列。サムスンは、マーケティングに精鋭を揃える
    ・官主導のコンソーシアムは機能しなかった
    ・対等の精神の合弁はうまく機能しない。特に「技術(=長い年月をかけて構築されてきた文化)」に摩擦がある場合は難しい
    ・日本の製造業では、「技術者」として偉くなることが難しい。優秀な技術者が優秀なマネージャーではない
    ・特許戦略は極めて重要。特許を利益に転換していかないと、ただ競合他社を育ててしまうだけ
    ・ASMLは、最初の露光装置を設計する際、その後10年以上にわたって通用するプロットフォームを構築した。日本の装置メーカーは、都度全く新しいものをゼロから作っていたのでは
    ・ASMLの装置は個体差が少ないが、ニコン・キャノンは個体差が大きい。そうすると、ある装置A用のライン、装置B用のライン、と作らざるを得ず効率が悪い

  • 著者は、87年に日立に入社し、02年に退職、日本半導体凋落と共にキャリアを積んだ方。エルピーダ統合時のなまなましい話も。

  • 日系半導体メーカーに勤めていた著者から見た日本半導体産業没落の背景・理由についての本

    半導体に限らず、日本の産業全般に共通している気がするのです

  • 過剰品質の滑稽さ、笑えない敗北感

  • 2009年著。顧客の要望にこたえる、それ以上のもの(過剰機能、過剰品質)を提供する⇒「カイゼン」、顧客が気付いていない潜在的な欲望を提供する、既存技術を破壊する、game changerになる⇒「innovation 」。日本の技術者が得意なのは、重きを置くのは前者、というか多くの日本の技術者にとって、「技術」=高機能化だから、過剰機能、過剰品質で利益率は低い。むしろ利益率を上げるための技術は技術ではないらしい。だからリーマンショックとかの恐慌がおこると体力負けしてしまう。(もちろんにも日系企業にも例外はあると思う。たとえば、デジタルカメラを出した富士フィルムとか。)    
     きっと昔は、世界中が上を目指していたころは欲しいものがみんな一緒で(カラーテレビが欲しい、とか)だから、その示されている方向に努力をすれば、競争の中で一番の努力をすれば、社会を動かすようなすごい製品ができた。でも今はいくらがんばってもその方向性を間違えてしまったら意味がない。。。どころか逆効果。       
    この本の中では「日本の半導体産業は、エルピーダだけになってしまった」って書いてあるけど、その3年後(2012年)そのエルピーダがなくなっちゃうっていう。世の中の動きが早すぎる。      
     +2社統合のリーダーシップの件も非常に参考になった。

  • 示唆に富んだ一文を。

    ●例えば、トランジスタの出来栄えとして、60点で売り物になり、80点で優秀と言えるような状況で、日本の技術者たちは、120点を目指すのである。
    その際、コストに関する考慮は全くない。その結果、工程フローは長くなる。また、各工程のプロセスは複雑になりスループットが悪くなる。


    ●技術が得意なものは短期間で技術開発の功績をあげ、そのご褒美で課長や部長に昇進し、技術にはかかわらくなる。
    その反面、得意な技術ではないマネジメントが仕事になるが、そもそも、マネジメント能力を買われた課長になったのではない。
    そのため、ほとんどの課長および部長が無能化する。その結果、最も技術的に能力の低いものが、加速度的に難しさを増す技術開発を行わなければならないのである。なんというジレンマか。
    そんなことは不可能なため、例えば、新しいDRAMの工程フローを作成する場合、以前のフローを踏襲するというようなもっとも安易な方法がとられることになるのだろう。
    一方、諸外国では、技術者が技術をやり続けて偉くなる道があるという。平技術者だが給料は社長より高いという例が欧米の企業に確かに存在する。
    日本半導体メーカーのマスク枚数や工程数が多い真の原因、つまり、日本半導体産業が凋落した真の原因は、このようなことにあるのではないか?


    ●その会場に日立の方(高い地位の方だったように記憶している)がおられたので、「BRICsで売りたいのですか?売る気がないのですか?」と聞いてみた。
    ”積極的には売らない”という戦略もあると思ったからだ。
    日立の方は、「売りたいと思っています」と答えた。
    「でも、こんな状況では売れないですよ。どういうつもりなんですか?」と再度聞くと、「当社は、高品質、高性能な製品を作っているのです」とお答えになった。
    「誰がマーケティングしているのですか?」と聞くと、マーケティングという部署はないという。
    「じゃ、誰が商品企画をしているのですか?たとえば、インドのテレビなどは?」と聞くと、設計部だという。
    「設計者はインドにいたのですか」という答えは、「いえ・・・」というものだった。
    日本エレクトロニクスは、ただ、作ったものを売っているだけである。サムスン、LG,ノキアなどは、売れるものを作っている。この差は、計り知れないほど大きい。日本エレクトロニクスは、先進国のエゴを押し付けているに過ぎない。


    ●「企業活動の目的は、存在し続けることである。すなわち、持続可能なことである」
    「雇用を守り、税を納めることによって国家に貢献する」
    「存在し続けるための手段として、利益を獲得する(当然企業倫理を遵守する)」
    「これが企業活動における正義である」

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著者プロフィール

1949年鹿児島市生まれ。九州大学大学院文学研究科史学専攻博士課程中途退学。博士(文学、九州大学)。現在、静岡大学人文社会科学部教授。

「2014年 『日本中世の地域社会と仏教』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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