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Amazon.co.jp ・本 (448ページ) / ISBN・EAN: 9784334951290
感想・レビュー・書評
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音楽や映画に触れる機会がレコードや映画館に限られていた昔と比べ、現代はあらゆる方法でそれらの文化に触れられるようになり、接触機会がものすごく多くなりました。そうすると、たまに耳にするから郷愁を感じるはずだった古い文化が、もはや飽き飽きするほどまでに現在進行形で共有されるようになってしまっているのです。
日本の1980年代に流行った都会的なポップミュージックは異なる。この通称シティポップと呼ばれる音楽はアメリカではほとんどしられていなかった。当時のアメリカ音楽から強い影響をうけて音楽性を受け継いでいたにもかかわらず、アメリカ人には手つかずのままだった。それでかれらがそれを聞くと、新鮮であるのに、同時に郷愁も呼び起こさえる
私達はつねに過去を抽象化し、同時にそれを美化する。でもインターネットのアーカイブは決して美化してくれない
過去は色褪せなくなり、いつまでも鮮明なままで保存され続ける。しかし、過去は、いつ改変されるか誰にも予測できず、つねにデジタルコラージュの寄せ集めでしかないという不安定な状態に置かれている。
そういう過去が世界に溢れかえり、私達は郷愁を感じることができなくなっている。それどころか、ときに強制的に押し付けがましく配信されてくる過去によって、私たちは忘れることさえできなくなっている。過去はそういう厄介なものへと変わりつつあるのです
忘却が高度の思考をつくる
忘却ができなくなってから、私達はようやく忘却の美徳に気づくのかもしれません
忘却は郷愁の感情を呼び起こすだけではなく、もっと重要な役割をもっているのです。人の脳は過去に起きたことを正確に記憶するのではなく、様々な出来事のなかから印象深いものだけを選んで記憶し、その中身も時間が経つにつれて変化していくようなメカニズムになっています。記憶を変化させ、捏造してしまうことで、過去の体験を私達は抽象化し、生きていくためのスキルとして蓄積できるようになるのです。だから、実は過去は鮮明にキオウされ内容がよいのです。
彼によると、進化論的に下等な生物ほど、厳密な記憶の割合が多いといいます。忘却し、曖昧な記憶をもつというのは、進化した生物の特権でもあるのです。
細かい部分を忘れてしまうからこそ、抽象化できる。つまり高度な思考のためには忘れることが必要なのです。
人間が忘却して抽象化しているのに対して、AIは忘却せずに抽象化ができるようになったのです。これは人間の思考とはまったく異なるアプローチです。
記憶 手続き記憶、プライミング記憶、意味記憶、エピソード記憶
エソード記憶 最も高度に進化した記憶 意識と関係あり
1972 エピソード記憶という概念を始めて提示したのはカナダの心理学者 エンデルタルヴィング
意味記憶は心の中の類義語 自分の経験についてのautonoetic consciousness(自分が経験したことだと自己意識で理解していること、日本語では想起記憶とも訳される)
自分が体験し、近くした出来事だから、エピソードは自分ごととして記憶できる
エピソード記憶の時間軸はあくまでも自分自身の時間
アマゾン奥地にすむ少数民族ピダハンは過去も未来も考えない
ハーバード大学 マイケルヴィツェル 世界の神話をゴンドワナ神話とローラシア神話の2つに分類している
共通する要素を抜きだした パンガイア神話
ゴンドワナ 時系列はっきりしない
ローラシア 時系列あり
心理学者 ジュリアンジェインズ 神々の沈黙 1976
人類が言葉を獲得した当初、私達は意識をもっていなかった。そのころの人類は、頭の中に神の声が響いており、この声を常に会話することで思考を成り立たせていた。しかし紀元前2000年頃になると神の声はだんだん聞こえなくなり、その代替として意識を生み出した。神の声は人間の頭脳から消滅したが、現代では統合失調症にその痕跡を留めている
人は複雑な作業を記憶するため、ひとつらなりのできごとをまとめて覚えておいて物語にするという方法を身につけることで、自分ごとにすることができました。
1970年代に活躍した同時代の研究者であるダルヴィングとジェインズの論を仮にまとめてしまえば、人はまず神の声に命じられることで仕事をこなすようになり、しかし社会が複雑になると神の声が聞こえなくなり、その代わりに意識がうまれて、エピソード記憶が急速に発達し、神の声がなくても複雑な仕事をこなせるようになった。
神の声が聞こえなくなったことで、意識と物語が連携しながら急速に発達していったのかもしれません。
エピソード記憶によって私達は物語を生み出すことが可能となり、そして物語を編むためには私達には自己意識が必要で、自己意識があるからこそ、記憶はさらに強化されていくのです。三者がぐるぐると回っていく流れの中で、私達は世界を獲得しているのです。
AE 自己符号化器
深層学習が生み出す機械の物語は、人の知能とはまったく異なる知能の姿です
2017 行動経済学者 シカゴ大学 リチャード・セイラー
ナッジ 注意や合図のために、人の横腹を肘でやさしく押したり、軽くつついたりすること
これをやれというような強圧的な命令でなく、実はごくささやかな誘導だけで、人々の行動は意外と簡単にかわるものなのだ
判断疲れ
空間認識力は、未開発である人間の潜在的な能力のなかでも、最大の者でないか -
自分には哲学的でちょっと難しかった。
佐々木さんの集大成ともいえる本なんだろうけれど、
気合も入っている分、難解で中々、全体感が入ってこない。
でも、部分部分では理解できるところもあり、
中にはとても興味深い記述もあった。
中でも、基本的なテクノロジーのロジックの説明(機械の物語)と
自由についても著者の考えについては、
とても興味深かった。
もう少し、テクノロジーに対する感度を上げていけば、
佐々木さんの主張も理解できるのかもしれないなぁ。。 -
因果性、ストーリーから共時性へという主張はそうだろうね。という感じでしかも様々な僕の知らないエピソードなどが語られて、ベクトルは本当に同じ方向を向いていると感じた。そして、ベクトルが本当に同じ方向を向いているから細かい大筋では関係のないような詳細部分での食い違いが大変に気になってしまう。
例えば、機械学習は微積分の話だから一般の人に理解がし難いのでは?というところ。微積分が機械学習の本質だと言うとそれは全く違うと思う。もちろん、バックプロバゲーションの計算とか、まあ一般に計算機にやらせようとすると微分は必要になるけどミスリーティングでは?
とか。まあ、しかし、同時代の物事を使ってロジックを作ろうとすれば強引になってしまうことってのもあるし、読んだ方がいい。
結論は出ないし、ほのめかしがあるだけだけど、あっちにいくと共時性の世界があるよのガイドブックにはなります。著者はそこまで行きたくはなかったのかな。と思うけど。 -
過去現在未来時間軸は一方向に進むことが当たり前である
しかしその概念もない人民族がいる
クラウドの登場により音楽映像の世界では当たり前のように起こっている
記憶は美化されるのだろうか 過去は消滅しなくなった 体験も夢も幻である忘れてもらえない
因果を超えた認識 大数 数式なし⇒確率 べき乗 ⇒AI 学習
自由を考える 見えない支配 ナッジの本質 選択 vs 抑圧 選択は自由ではない
空間遍在のテクノロジー 3次元感覚
「生」に目的は必要ない
ゴンドクナ神話と ローラシア神話
知能と知性 田坂広志
強いAI 弱いAI 特化型 汎用型
ポストトゥルース(脱真実) フェイクニュース ナッジ(セイラー)リバタリアニズムでありパターナリズムである
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理解できなかった。部分部分は分かりやすく解説されているのだが、全体を通して掴めなかった。
学び
因果でも確率でもない、共時の物語があると捉える←集団的無意識
空間の認知能力は必要、世界を立体で捉える
機械学習は画像である。 -
ムズい。ある意味、SFのようなファンタジーのような哲学のような。
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twitterでおもしろいことを語る人だと思って読み始めましたが、理解が追いつきません。自分の背景知識を入れながら読む本。
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過去を色褪せさせないテクノロジー、機械の性能が人間を上回る可能性の出現により、時間と因果が支配する物語よりも、今何を組み合わせるかということが人間社会にとって重要になってきている。
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私たちを取り巻くテクノロジーの変化によって、私たちの「時間」の捉え方は明らかに変容している、という話。
印象的なエピソードとして挙げられているのは、スピーカーから流れてきた70年台のプログレッシブロックについて父が「当時はこういった音楽も、受け入れられるのに時間がかかったんだ」というと、小さな娘が「ということは、この曲は古いの?」と問いかける一幕。
あるいは、永遠に残り続けるネット空間に残されたデジタルフットプリント。データは古びることなく、その人の思考の変遷や社会的立場、あるいは犯罪歴に至るまで忘却が許されない。
「古い」「過去」という価値観や体験は、すでにある種のあざとさを持ったUI/UXとして提示されないと、気づかれないし体験されない価値になってきた。私たちはノイズ(時代性)の取り除かれたデジタルコンテンツを、まるで池から水をすくいとって飲むように消費するようになったので。
はたして一方向に進んでいく、線形の時間軸のモデルをこれからも持ち続けていくことができるのか?あるいは持ち続けていく必要があるのか?という問いと、時代の連続性が希薄になっていく中で、私たちは自己同一性を、あるいは生きている意味をどうやって担保するのか。あるいはそれを担保する必要があるのか?という問い。
いずれも答えることはとても難しいのだが、変容していく人間の意識と社会を俯瞰して捉えておくことは、単純におもしろい。決して全ては同じ場所にあり続けるわけではない。
禅問答のような本。でも僕はこういう「答えがなくてもいいという答え」にふれることで、結構安心できる。
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「私たちは自分の自己意識をとても大切なものと考えていて、自己意識こそが自分をコントロールし、身体の行動や脳の思考に命令を下しているのだと考えています。しかしオートポイエーシス的な視座で人間の心を捉えると、心のシステムは作動することによって初めて自己意識が生み出されているのです。つまり主体は自己意識ではなく、意識や思考、行動などを生みだしている脳の神経細胞のシステムそのものであるということ。
つまり、私たちの自己意識が主体なのではありません。思考が思考を、思考が行動を、行動が思考を、あるいは思考が自己意識を、行動が自己意識を、とさまざまな要素を生み出し続けるその「過程」のシステムこそが、私たちの主体であり、人間の本質だと言い換えることができるでしょう」p.410
「アニメ『GOHST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の続編『イノセンス』。この映画の終わり近くで、主人公草薙素子はブッダの言葉を口にします。
「孤独に歩め。悪をなさず、求めるところは少なく、林の中を象のように」
もしよい同伴者が作ることができなかったら、一人で歩いた方がいい。愚かな人を道連れにするくらいなら、森林に歩みを進めているゾウのように孤独に歩く方がいい。しかし彼女はそうやって孤独への決意を口にしながらも、懐かしい同僚バトーにこう伝えるのです。
「バトー、忘れないで。あなたがネットにアクセスするとき、私は必ずあなたのそばにいる」
森林の中を孤独に歩くゾウであっても、そのゾウは一人ではない。そこには孤独な道を歩くものたちの親密さがあり、ひっそりとともに歩いて行こうという共感があるのです」p.430
時間とテクノロジー -
哲学と科学の間という感じだろうか。
「未来は前方にあり、過去は後方にある」は絶対的な真理ではない。
過去は既に終わったことだから目に見えるが、未来はまだ起きてないから見えない。
だから過去は顔を向けている前方にあり、未来は背中にある。
すなわち、Back to the Future。
上手いし、なるほどなだし。
序盤の掴みから、テクノロジーと文化を行き来しながら、因果と共時を論じる。
ちょっと個人的に咀嚼できないというか、難解な部分もあるので、何回か読んで理解していきたい一冊。 -
テクノロジーが直線的な時間によって因果を司る物語を無効化し、新たな人間哲学として共時の物語に突入しつつある今を描いた一冊。分量が20万字と厚めですが、文学から映画まで幅広く渉猟されており、サラりと読める。
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時間の概念は無くなる、物語は機械によって作られる、今までの法則が使えなくなる。。テクノロジーの発達によって・・今からの時代に、人間は如何あるべきかを考えされられる一冊でした✋
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本年の読了1冊目は、佐々木さん久々の新作。
プロローグで示された「未来は自分の前にあるか、後ろにあるか?」という問いから、グッと引き込まれた。
本編に入って、物語に関する変遷を過去から現在に示しつつ、テクノロジーの進歩により過去の位置づけが変わってくるという考えに、そうだよなと思わずにいられなかった。
そして、それを踏まえてどう生きるかという結論も納得感があった。新年1冊目にこれを読めて良かった。
著者プロフィール
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