めくるめく世界 (文学の冒険シリーズ)

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  • Amazon.co.jp ・本 (329ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336024664

感想・レビュー・書評

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  • 魔術的リアリズムという小説技巧は、尊いもののように崇めるのも悪くないけれど(実際、本作のように威力を発揮した際の力はとてつもない)、実は「爺さんその話は何度も聞いたよ」的な、与太話として楽しむ方がその出汁をすべて味わい尽くせるのではないかと思う。

    本作は、実在した修道士を肴にして与太話を愉しめる、そんな作品。このセルバンドという修道士は、捕らえられても脱獄につぐ脱獄。脱獄の合間にトラファルガー海戦に遭遇してしまうという謎の引きの強さをもつ怪人なのだが、その生涯を作者アレナスが魔術的リアリズム手法により、超絶レベルのおかしみに昇華している。

    一方で、本作はアレナスの不遇の生涯を投射させることも可能。キューバ島を「島そのものが牢獄」と例えたアレナス。投獄と監視のさなかに書かれたのが本書である。牢の格子も、国境の山脈も海峡も、乗り越えて逃避行を続けたセルバンドに自身の思いのたけを仮託したことは、確かだろう。

  • 頭にモノが当たって人死にが出すぎる世界を不死身の修道士が駆け巡る、バカ男子系ロードノベル。空を飛んだり鉄球と化して町を蹂躙したり、少年マンガのようなダイレクトなおもしろエピソードに溢れている。

    少年っぽいのは物語だけではなくて、主人公のセルバンドは若者を煮詰めてエキスにしたような人物だ。突っ走り、振り返らず、「俺は間違ってない」で人生を貫く。その一方で、人との距離の縮め方は全然知らなくて、むしろ修道士であることを口実に逃げ回っているよう。彼の世界が荒々しく猛スピードで過ぎていくものなのは、その心の反映でもあるようで、もう若くない読者としては、セルバンド/セルバンドに自分を重ねるアレナスにいじらしさを感じずにはいられなかった。

    あんまり人の口にはのぼらないけれど、居場所を見つけるって簡単じゃない。バカ男子系なのにそんなことを思わされる本だった。

  • もはやファンタジー(誰もただの伝記だなんて思っちゃいないだろうけど)。というより、夢か。
    小難しく見えるけど、実は勢いがあって楽しい話だと思う。

  • 奇想天外、めくるめきすぎてひたすら作者のイマジネーションを追いかけ肩で息しながら読了。どうしてもセルバンドの生涯にアレナスの魂を重ね合わせてしまう。それ故にかなり感慨深いものがあった。邪道かもしれないけど、作者の背景を知っているか否かで読み応えが変わってくる。メタファーを読み解く鍵を持っているか否か。改めてアレナスの唯一の武器は書くことだったと、全身全霊一滴も零さず(持ち前のユーモアも含めて)自身を投影させてくる。貪欲な自由への希求にゴールはない。果てなく交錯し広がるイマジネーションの海に溺れるしかない。

  • キューバの作家アレナスの幻想的文学。

    ===
    メキシコの神父セルバンド師は、グアダルーペの聖女について異説を唱えたことから異端として告発される。スペイン監獄からの体中に鎖を巻いたままの脱走劇や、フランス王宮の大袈裟な語り口、両性具有のオーランドーとの交流、最期は独立戦争に加わり命を落としたセルバンド師の生涯の、そして死後も続く放浪を饒舌でユーモラスに語る。
    物語は同時に三つの目線から語られる。三人称による俯瞰的目線、一人称・二人称による「こうだったらよかったのに」という幻想的な描写。現実とホラ的に大袈裟な話が交じり合った奥行き深い語り口となっている。
    ===

    アレナスはこの後カストロによる革命に参加するが幻滅し批判、反体制と同性愛で国内を逃げ回り、収容所に入れられ、アメリカに亡命する。この体験を書いた「夜になる前に」では、「小説で描いた放浪生活を自分が辿ることになるとは…」と嘆いている。作者のその後を知って読むとまた感慨深い。

  • 奇想というよりかは空想の爆発。一人称二人称三人称が交錯していく形式は面白かったし、詩的で文学的なんだけどめちゃくちゃ笑える。段落替えが殆ど無くて、ばーっと文章を羅列していく感じだった。けど『襲撃』のときのような息苦しさは無くて、次々と繰り出される「めくるめく世界」を表現するのに一役買っていた。ページ数の割に文章多い。長い。けどこの小説の波長に合ったとき一気に読み進められる。ただただ楽しい読書体験だった……

  •  キューバの作家、レイナルド・アレナスの長編小説。ずいぶん前にアレナス自身を描いた映画「夜になる前に」が東京で公開されていたけれど、見るチャンスを逃してしまい、アレナス作品に触れたのは事実上これが初めてである。率直に言えば途中まで読んでから長らく放置していて、このたびようやく読了した作品でもあった。読み終えるまでに10年以上かかったのは個人的には最長記録。


     どうやら現実の人物であったらしい修道士、セルバンド・デ・ミエル師に取材した奇想の物語である。18世紀中葉のメキシコに生まれ、動乱の新旧大陸を股にかけて活躍してはあまたの著名人と交わり、メキシコの独立を見届けて昇天したこの怪僧、ほんとうに実在したのだろうかと疑いたくなるほどの破天荒さであり、実際にこの小説の特異な叙述が混乱に輪をかけている。当人の語る一人称、かくあれかしと作者の語る二人称、事実を客観的に叙述する三人称という戦略をとって、この怪僧の奔放な生涯が足跡が存分に語られる。
     とはいえ、当初は比較的厳密に一・二・三人称が交互に語られて一つの事実を多面的に照射しているのだが、だんだん一人称が優勢になり、客観的叙述であるはずのところにもあまたの歪曲や誇張が入り込んできて、見事に物語が混乱してゆく。まあこういうコンセプトをシステマティックに徹底すると、いわゆるポストモダン小説みたいに「よく書いたなとは思うけど小説としてはちっとも面白くない」ものに堕してしまいがちなので、これでいいのだろう。とはいえ少々くたびれるのも事実であって、ちょっとは現実に碇を下ろしてくれ! という気分になることはあった。
     基本的には「こうあって欲しかったセルバンド師」像が極めて優勢で、作者自身の憧憬が強く投影されているように思う。そもそもが18~19世紀の欧州に新大陸、混乱を極めていたのは事実だし、このような怪人物に事欠かないこともあって、こういった趣向はむしろふさわしいのかも知れないが。

     なお本作、随所からゲイポルノ的な雰囲気が感じ取れるのが興味深く、はっきり言えばかなり面白かった。たとえば「14 国王の庭園を訪れた修道士の見聞について」などはわかりやすいけれど、「24 ロス・トリビオスの監獄について。修道士の幽閉」で丹念に執拗に描写される修道士の緊縛のようすなど、倒錯しまくっていて、これは作者は書いていて相当に楽しかったんじゃないだろうか。このあたり、ゲイカルチャーからの影響と簡単に書いてしまいたくもなるんだけど、なにしろ執筆時は60年代半ば、革命直後のキューバにそういうものがあったかどうかはまったく明るくなく、むしろレイナルド・アレナスの奔放な創造力のなせる技という感じもする。
     なお鉄鎖で緊縛されまくったセルバンド師は最後にはほとんど球体になってしまい、その重みで監獄とセビーリャの街じゅうを破壊しまくって脱獄に成功した模様。ほとんどお馬鹿なインド映画のノリですが、実のところそういう小説なんだよな。そう、かしこまって読む小説じゃないんです。

     毎度こういう小説を読むたび、歴史をこうやって再構築する力が文学にはあるのだと言うことを再認識もするし、日本の小説に乏しい要素でもあると思っている。そもそもこれほどの怪人物があまり出てきにくい風土なのかも知れないが。

     それにしても巻末の年表を見てのけぞったのだが、執筆時のアレナス、弱冠22歳だったそうで……。ウムムムム、それはとんでもないことじゃないか……。

  • 実在したメキシコの修道士、セルバンド師の文献をもとにした冒険伝記小説。

    「私」「彼」「あなた」と3つの人称を使い分ける叙述トリックが特徴で、それぞれ事実と、推測と、願望をあらわしているそう。こんな文学的なテクニックを駆使していると聞くと、さぞかし難解だろうと身構えてしまいそうですが、さにあらず。文体なんてどうでもよくなるほど、パワフルで豪快でユーモアたっぷりのほら話にたちまち引き込まれてしまいます。

    ところは独立戦争前のメキシコ。セルバンドは説教中にカトリック信仰の欺瞞をあばくかの問題発言をしたかどで捕らえられ、スペインの牢獄へと送られます。そこからが脱獄と逮捕を繰り返す、波乱の人生のはじまり。

    それぞれの牢獄の描写がまあ面白いの面白くないの。部屋の天井近くまで海水で満たされているとか、ネズミや南京虫の大群が棲んでいるとか、まあありえない誇張表現なんだけれど、とにかく最低の環境だと言いたいことはよくわかります。しかもそこでの身の処し方がまた常識はずれで、ネズミと話して仲良くなって乗り切っていたりする。自らもキューバで思想犯として監視されていたレイナルド・アレナスならではの思いが多分に込められていることでしょう。

    セルバンドはスペイン、フランス、イタリア、ポルトガル、イギリス、アメリカと世界中を逃亡し旅します。彼は歴史上の有名人と知り合っては、不思議とぜいたくな暮らしも経験したりする。通り過ぎる国ぐにに対する辛辣な寸評も読みどころです(実際のセルバンドの著作からの引用だったりします)。

    自由を渇望するセルバンドは、我が身をスペイン植民地である故国に重ね合わせ、やがてメキシコの独立を夢見るようになります。何しろ彼は稀代の説教師。彼が弁舌をふるう革命や政治に、大衆が熱狂するのも道理です。そんな反権力的な言動に当局は警戒を強め、牢獄の警備はますます厳しくなります。

    あと少しでメキシコの革命が成るか、というところでまたもやスペインの牢獄につながれてしまったセルバンド。ここの執拗なまでの描写は本作でも白眉といえます。スペイン人はセルバンドの脱獄を怖れに怖れ、彼を厳重に拘束します。手足はもちろん頭髪の1本1本に至るまで無数の鉄の鎖に縛られ、牢屋の扉には鍵と鎖が巻かれ、牢獄自体にも鍵と鎖が巻かれ…。トゥーマッチを通り越してナンセンスで涙が出るほど可笑しいんだけれど、ある時からそれが感動の熱い涙に変わるのです。

    なぜなら、どこまで自由を奪われても、彼の空想や思想だけは奪えないことが、いつ終わるともしれない鎖の描写の中から強烈に立ち上がってくるからです。タイトルは、世界を股に掛けたセルバンドの冒険のことでありながら、何よりも彼の内にある、豊穣な空想の世界のことなのだ!そう思いながら読み進めると、今度は快哉の涙が…。

    アレナス自身の想像力の奔放さにも、ブラヴォー!本当に楽しい小説でした。

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著者プロフィール

レイナルド・アレナス
1943年、キューバの寒村に生まれる。作家・詩人。1965年、『夜明け前のセレスティーノ』が作家芸術家連盟のコンクールで入賞しデビュー。翌年の『めくるめく世界』も同様に入賞したものの出版許可はおりなかった。だが、秘密裏に持ち出された原稿の仏訳が1968年に仏メディシス賞を受賞し、海外での評価が急速に高まる。ただ、政府に無断で出版したことから、その後いっそうカストロ政権下での立場が悪化。そうした国内での政治的抑圧や性的不寛容から逃れるため、1980年、キューバを脱出しアメリカに亡命する。主な作品には『夜明け前のセレスティーノ』から続く5部作《ペンタゴニア》(『真っ白いスカンクどもの館』『ふたたび、海』『夏の色』『襲撃』)『ドアマン』『ハバナへの旅』、詩集『製糖工場』『意思表明をしながら生きる』、自伝『夜になるまえに』などがある。1990年、ニューヨークにて自死。

「2023年 『夜明け前のセレスティーノ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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