ソラリス (スタニスワフ・レム コレクション)

制作 : Stanislaw Lem  沼野 充義 
  • 国書刊行会
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レビュー : 61
  • Amazon.co.jp ・本 (369ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336045010

作品紹介・あらすじ

惑星ソラリスを探査中のステーションで異変が発生した。謎の解明のために送りこまれた心理学者ケルヴィンの目の前に自殺した恋人ハリーが姿を現し、彼はやがて悪夢のような現実と甘やかな追憶に翻弄されていく。人間とはまるで異質な知性体であるソラリス。そこには何らかの目的が存在するのだろうか。コンタクト-地球外の知性体との遭遇について描かれた、最も哲学的かつ科学的な小説。広大無辺な宇宙空間において、理解不能な事象と愛の記憶に直面し、人は何をすべきか。タルコフスキーとソダーバーグによって映画化された新世紀の古典、ポーランド語原典からの新訳版。

感想・レビュー・書評

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  • 再読。細部を結構忘れていたので、面白かった!ソラリス学に関する叙述、ソラリスの海の描写が美しくも気味悪くもあって、よかった。何よりもこのスケールの大きさが。映画は観たことがないので、この海や、海から生まれるミモイド、対称体が映像でどのように描かれているのか観てみたい。今回も絵に描いてみたけれど、サッパリだった。そしてまたこのなんともいえない読後感が、精神的には負担だけど、考えさせられる読書ができるということでは非常に有意義だと思う。

  • スタニスワフ・レムの「ソラリス」である。
    タルコフスキーの映画は何度も観ていて、その度に心地よく寝る。でも面白い。「退屈」と「面白い」というのが両立する不思議な映画だ。
    面白い映画なのに寝ることをレム睡眠と言う。嘘です。

    原作のハヤカワ文庫版「ソラリスの陽の下で」のほうは、どうせ小難しくって退屈なんでしょ、と長らく積読状態のまま、どっかにいってしまった。新訳が出た時に買ったものの、やっぱりそのまま…。今回、ディック、ティプトリーと読んだ勢いで手にとる。夏だし、海だし。

    間違ってました。普通に面白いです。

    解説によると、レムはタルコフスキーの映画は気に食わなかったようで「お前は馬鹿だ」と言い放ったとか、ソダーバーグの映画には、「私の書いたのは『宇宙空間の愛』じゃなくて『ソラリス』なんだよ!」(要約)とかなりご立腹。

    でも、作者がなんと言おうとこれは「愛」の物語でしょう。

    ソラリスステーションにやってきたケルヴィンの目の前に現れる10年前に自殺した妻ハリー(しかも不死身)。
    過去の妻ではないとわかっているからこそ、愛している、という主人公。
    そして、自分が偽物だと気づき悩むハリー。
    「自分は本物なのか?」というディックでおなじみのテーマをまったく違ったロマンチックに見せてくれる。
    手紙の署名を一旦書いて塗りつぶすところなんてもう切ない。
    この二人の恋愛が「絶対的他者」とのコミュニケーションのメタファー……じゃないな。

    「人間形態主義」「人間中心主義」として批判されるが、そこからはみ出して理解することはできない(認識することはできても)。そこからはみ出すと「神秘主義」「宗教」になる。あ、だから「欠陥を持った神」の概念か?
    そういえば、タルコフスキーの映画化している「ストーカー」の原作も、絶対的他者としての異星人とのファースト・コンタクトものだった。
    あと、ふと思ったのは、怪談「牡丹灯籠」。

  • とてつもなく大きい。自分の想像力を最大限に解き放ったとしても全く及ばない、大きな次元の一端をレムは壮大に描き示してくれる。ソラリスの海が変容し蠢く表情をイメージするのはとても難しいが、未知ゆえの大きな力に巻き込まれ漂う小さな欠片の自分を感じて畏怖した。怖いけど決して不快ではなかった。何のためにこの宇宙は存在し生命は宿るのか。どんなに考えても答えが見つからない残酷な道をこれからどう歩んで行けばいいのか。不分仕舞。けど‥ミステリアスでスリリングな物語の力に助けられて、この難解な化け物を慈しむ気持ちが芽生えた。

  •  宇宙の本質について、異様なほど幅広く理論的な考察を行いながら時を過ごすと言われる星、ソラリス。そのソラリスを取り巻く海は、人間がコンタクトを図ろうと試みると、その人間の「記憶の中で一番頑強で永続的な痕跡」を意識の底から拾い出し、実体化させる性質を持っている。ソラリスの研究者であるケルヴィンはこの作用により、若いときに自らの過ちで自殺に追い込んでしまった妻と再会。妄想でも本物の人間でもない彼女と、不条理な、苦痛にまみれた愛の日々を過ごすこととなる。
     詩情あふれるタルコフスキー監督の映画『惑星ソラリス』により、広く知られることになった本書だが、著者はこの映画のラストシーンに激怒したと伝えられている。確かに、絶対的他者として描かれたはずのソラリスを、望郷への慰撫に堕した非はタルコフスキーにあるだろう。けれども、おそらくは、彼もまた犠牲者なのだ。
     タルコフスキーはロシアからの亡命者で、54歳の若さでパリで客死した。彼の、「記憶の中で一番頑強で永続的な痕跡」は、明らかに故国であったろう。そのため、本書の圧倒的な世界観に打たれた彼はソラリスの海に呑まれ、自らの作品を感傷に売り渡すことになってしまった。
     原作のある映画では、恣意的な精神活動が起こることがある。これもまた、化学反応の1つなのかも知れない。

  • 人間という存在を見つめなおすこと。
    SFを読むことの、ひとつの醍醐味だ。
    その点において『ソラリス』は第一級の作品だろう。

    想像してみよう。宇宙人は、どんな姿をしているだろう。
    タコ、アメーバ、ロボット、あるいは(これが最もありそうに思われるが)人間に似ているだろうか?彼らは何を考え、どんな言葉を話すだろう?人間に対して友好的だろうか、それとも敵対的?
    こうして私たちの想像する宇宙人像は、どれも地球の、人間の価値観に基づいている。宇宙人は私たちと同じような姿をし、同じように考え、コミュニケーションし、(友好的にせよ敵対的にせよ)人間と何らかの「コンタクト」を行うだろう、と。私たちは無意識に自分と似たような宇宙「人」を仮定しているというわけだ。だが、彼らが人間の想像を遥かに超えた存在であったなら?
    未知なるものとの「コンタクト」は、我々が考えるようなものではないかもしれない。そもそも「コンタクト」自体が可能かどうかも分からない。知的生命体が人間にとって理解可能な存在だという保証はどこにもないのだ。
    この点に深く斬りこむのが、ソラリスの「海」の存在である。

    未知との遭遇というテーマ自体はSF界では定番ともいえる題材だが、『ソラリス』はその切り口が一味も二味も違う。サイエンス・フィクション、いや、サイエンスそのものに対するメタ的な視点が斬新だ。科学とは「人間が」世界を把握する方法のひとつであり、それ以上でもそれ以下でもないということを思い起こさせる。


    主題の示唆性もさることながら、作りこまれた世界観がこれまた素晴らしい。
    作者レムはまるで見てきたかのように惑星ソラリスの世界を描き出す。読者は、赤と青ふたつの太陽に照らされる「海」の星を実際に訪れたような錯覚を味わうだろう。読んでいる間中、私の脳裏には焼きつくような鮮烈な色彩が映り続けていた。一度も目にしたことのないはずのソラリスの世界に、すっかり惹きこまれてしまった。

    読み終わってページから顔を上げると、その瞬間、緑の木々の間をざあっと音を立てて風が吹き過ぎた。図書館の窓辺から見える夕日は懐かしいあの色だ。ただいま、私たちの地球。

  • 惑星ソラリスでの非日常的世界とのコンタクトと地球人間の恋が描かれる。「海」は簡単には受け入れてくれない。意志をもって「日常」に疑問を抱かせる。狂気と紙一重の人物たちの思考も面白い。ポーランド語からの訳でこなれていて、いい訳だ。解説での著者自身の本作の言及があり、助かった。興味深い。映画化のできには不満もあったようだ。念願かなっての読書であった。

  • ファーストコンタクトものでありながら、非接触SFとでも言えばいいのか……知性を持った地球外生物を描きつつ、最初から最後まで意思疎通が全くない状態のまま、話は静かに、それでいて厳かに幕を閉じる。
    人間という形態とは異なる、共有するものが全くない、<他者>という存在。物理的にはもちろん、感情も理性も超越した精神性とコンタクトを取るということは、一体どういうことなのか。

    思考実験的でありながら、最後まで理解の端緒をちらとも見せずに読者を虚空に放り込むストーリーに感嘆。
    コンタクトこそが目的のための手段であり、あらゆるものの入り口であったはずなのに、それが信仰のようになってしまうことの絶望感が生々しい。徒労とはいつだって生々しく、そして人間臭いことなんだなぁ。
    それがわかっていても、そこに「自分と共通した何か」を見つけようとする、いや、そこからしか可能性がない、ということに人間というものの尺度をしみじみ感じた。

    何かと噂は耳にしていたので、あらすじから、自分の性格ならばラブロマンスとして読むかもしれないな、と思っていた。
    しかし、その予想は外れた。非共有。共に持ち得るものがないということ。それは愛も同じなのかもしれない。(地球という)限られた世界で暮らす私達にとって、<他者>にはいつだって、どこかしら<私>が含まれているのだろう。
    スケールの違いから生まれる、埋まることのない断絶に、シニカルな悲哀と温かな虚無を感じた。

  • 2013年1月7日
    面白いSFは哲学的か宗教的になりますね?。
    しばらくして、また読んでみたい作品です。

  • ジャンルでくくることができない、様々な要素が混ざった作品。
    名作、とはこういうものを指すのでしょう。

    壮大かつ斬新な創造世界に頭を奪われ、
    甘く切ない、耽美の世界に心を奪われます。

    全くの創造に対し、非常に行き届いた描写が記されていることにただ圧倒されました。
    そして、優美なストーリーラインが、その合い間をきれいに縫っていきます。

    ブレードランナー、を思い出しました。
    同じく頭も心も虜になった映画の一つです。

    時折、ふと思いだして、その余韻をじわじわと噛みしめたくなる小説です。

  • 何かと“コンタクトする”とはどういうことか。太陽系以外の惑星系も次々と発見されている。いずれは“ソラリスと出会う”だろう。理解しえないものが目の前に圧倒的に立ち現れたとき、答えも出せずに立ちすくんでいるのは恐怖だ。
    P119〜121のやりとりはクラークの様に宇宙進出主義の無邪気な私を打ちのめす。恐怖を打ち消すために生み出す答えはこれまでのちっぽけな人間脳をただ単に投影・拡張した(人間形態主義の)ものでしかない。ラストのケルヴィンやスナウトの様に引き受けていく事ができるか。
    いわんや近しい他者とも。

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著者プロフィール

1921年、旧ポーランド領ルヴフ(現在ウクライナ領)に生まれる。クラクフのヤギェウォ大学で医学を学び、在学中から雑誌に詩や小説を発表し始め、1950年に長篇『失われざる時』三部作を完成。地球外生命体とのコンタクトを描いた三大長篇『エデン』『ソラリス』『砂漠の惑星』のほか、『金星応答なし』『泰平ヨンの航星日記』『宇宙創世記ロボットの旅』など、多くのSF作品を発表し、SF作家として高い評価を得る。同時に、サイバネティクスをテーマとした『対話』や、人類の科学技術の未来を論じた『技術大全』、自然科学の理論を適用した経験論的文学論『偶然の哲学』といった理論的大著を発表し、70年には現代SFの全2冊の研究書『SFと未来学』を完成。70年代以降は『完全な真空』『虚数』『挑発』といったメタフィクショナルな作品や文学評論のほか、『泰平ヨンの未来学会議』『泰平ヨンの現場検証』『大失敗』などを発表。小説から離れた最晩年も、独自の視点から科学・文明を分析する批評で健筆をふるい、中欧の小都市からめったに外に出ることなく人類と宇宙の未来を考察し続ける「クラクフの賢人」として知られた。2006年に死去。

「2017年 『主の変容病院・挑発』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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