白い果実

  • 国書刊行会
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  • Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336046376

作品紹介・あらすじ

悪夢のような理想形態都市を支配する独裁者の命令を受け、観相官クレイは盗まれた奇跡の白い果実を捜すため属領アナマソビアへと赴く。待ち受けるものは青い鉱石と化す鉱夫たち、奇怪な神を祀る聖教会、そして僻地の町でただひとり観相学を学ぶ美しい娘…世界幻想文学大賞受賞の話題作を山尾悠子の翻訳でおくる。

感想・レビュー・書評

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  • 壮大な物語の予感がするファンタジー三部作の第一部。
    科学と魔法で人々を支配するマスター・ビロウの右腕である主人公クレイが、奇跡の白い果実の盗難事件を調査するために辺境の村へ赴く。
    彼の肩書は観相官、つまり観相学を用いて顔立ちから人を判断するのだ。村人たちに直接会って調査を進めるのだけど、その選民意識というか他人を見下すような言動があまりにはっきりしていて、しかし辛辣すぎてねちっこくないからか、いっそ清々しいとすら感じる。

    そうやって自信満々で調査しているはずが、段々と自分を見失っていき、ついには失敗して南の島へ。
    硫黄採掘場で目の当たりにする自身の過去の仕事、楽園を探すビートンの記憶、それらを通じてクレイが変わっていくのが好ましい。
    そうなるとシティに戻ってさあどうなる、とずっと飽きることなく面白かった。

    この一冊だけで一区切りという感じなので、第二部、第三部はどんな物語なんだろうか。読みたい。

  • 奇妙な魔術を使う天才支配者ドラクトン・ビロウ(通称マスター)が独裁する理想形態市(ウェルビルトシティ)から、属領(テリトリー)と呼ばれる市外、北方の鉱山の町アナマソビアにやってきたビロウの右腕である一級観相官のクレイ。かつて鉱山の地下で発見されたミイラの手にあり、その後は教会に保存されていた「白い果実」が盗難し、クレイは犯人探しのために派遣されてきた。観相官とは、いわば人相学をさらに科学的にデータ化したような専門家。人相を見るだけで、犯罪者がわかるとされている。しかしアーラという美しい娘に恋してしまったクレイは、なぜかその能力を失ってしまい…。

    翻訳に山尾悠子の名前があるので気になっていた本をようやく。翻訳者のひとり金原瑞人のあとがきによると「これをわれわれの翻訳文体で訳してしまうと、それこそぺらぺらなエンタテイメントになってしまう。」「そこで頭に浮かんだのが、山尾悠子だった。谷垣・金原で訳したものを山尾が山尾文体に移す、なんとすばらしいアイデアなのだろう。」というわけで、山尾悠子は、英語から日本語に翻訳されたものをさらに「山尾文体」に移し替えられたらしい。確かにすばらしいアイデア!結果はもちろん大成功だったと思う。もちろんファンタジーとしてもSFとしても極上のエンタメ作品で、ページをめくる手が止まらなかったのは物語自体の面白さだけど、それが山尾悠子の文体であることで、さらにワンランク上の上質な幻想文学に仕上がったのだと思う。

    そしてあとがきを読んではじめて、これが実は三部作の一部目であったことを知る。これ1冊でも十分独立した作品として楽しめたけど、以下、続編のために備忘録として本書のあらすじを自分用にまとめ。

    1章の舞台は前述したアナマソビアという小さな町。グローナス山で燃料となるスパイア鉱石を掘り出す鉱夫たちが多く暮らし、あまりにも長年その仕事を続けた者は、最後にはスパイア鉱石と同じように青くなり、石化してしまう。石化した者は<石になった英雄>と呼ばれ、そのまま燃料にされてしまうこともあれば、展示品にされてしまうことも。そんな町にやってきたクレイは、マンタキス夫妻の営むスクリー荘というホテルに泊まり、町長バタルドの使いでやってきたビートンという老人が目の前で石化するのを見る。このビートンはかつて町の北端にある森の奥深くにあるという<この世の楽園=ウィナウ>を探すため編成された探検隊の一人として旅立ち、彼以外の全員が魔物に襲われたりして命を落としたなか、たった一人生還したという人物だった。

    町長の開いた歓迎パーティで、クレイはアーラという18歳の美しい娘と知り合う。アーラはクレイの目の前で石化したビートン老人の孫娘。大変利発で、クレイの著書も読んでおり、独学ながら観相学の知識もある。クレイは彼女を助手として雇い、「白い果実」を盗んだ犯人探しのため、町中の人間を鑑定する検査に彼女を立ち合わせることに。検査会場として町の教会が選ばれるが、ガーランド司祭はそれに反対しており、教会を貸す条件として、引き換えに「白い果実」を持っていた<旅人>と呼ばれるミイラの顔の鑑定を依頼する。クレイはアーラと共にこれを引き受けるが、あまりにも完璧な<旅人>の人相に恐れをなし、それを認めようとしない。そしてクレイの観相学の知識が、この日を境に失われてしまった。

    ここで主人公:クレイという人物について説明しておくと、1章での彼はお世辞にも好人物とは言えない。町長のバタルドの態度が気に入らないと言っては何度も暴力をふるうし、首都から田舎にやってきた政府高官特有の、絵に描いたような高慢さを各所で発揮。<美薬>と呼ばれるドラックの中毒者で、頻繁に薬を注射、いつも幻覚まみれ。彼はこれまでにその観相で、数々の人間(おもにマスター・ビロウに楯突いた政治犯)を裁判で断罪してきており、その中には自身の恩師フロック教授も含まれている。幻覚にはいつもこの教授が現れ彼を批判する。クレイの最も有名な仕事は、かつて世間を震撼させた西方ラトロビア村での人狼事件の犯人=人狼を、6歳の少女グレタ・サイクスだと見破ったことだった。その人狼グレタ・サイクスは、今はマスター・ビロウに改造されて、彼の忠実なしもべとなっている。ビロウはたったひとりで理想形態市を完成させ、死んだ人間に歯車装置を組み込んで、思うまま操る技術にも長けている。奇妙な魔術を使い、神出鬼没で、クレイは、美薬による幻覚なのか現実なのかもわからないまま、アマナソビアでも何度かビロウに会う。

    さて「白い果実」泥棒の捜査が始まるが、能力を失ったクレイはそれを隠し、アーラに仕事を代行させることで誤魔化す。しかしアーラはそれに気づいており、クレイを軽蔑・侮辱する。アーラに恋していたクレイは、彼女を尾行。なんと彼女に赤ん坊がいることを知り大ショック。町長の話によると、アーラはキャナンという若い鉱夫と恋に落ちたが、彼は落盤事故で死去。その死後に妊娠が発覚し、子どもを産んだのだった。翌日、気まずいままクレイとアーラは検査を続けるが、ガーランド司祭を調べたアーラが、「白い果実」を盗んだのは彼だと断言し、クレイは町民を集めてそれを発表する場を設ける。しかしクレイは、司祭を告発する直前に、アーラのある身体的特徴が犯罪者のものであることに気づき、アーラこそ真犯人だと確信、町民たちの前で犯人はアーラだと発表する。

    アーラは逮捕されるが、盗まれた「白い果実」の在り処は不明のまま。クレイは、アーラの顔に整形手術を施し、善人に変えてしまうことで、彼女自身に告白させることを思いつく。早速クレイはアーラを眠らせて手術を始めるが、途中でドラッグが切れて朦朧、しかし手持ちの美薬はすでにない。結果、クレイはアーラの顔をでたらめに切り刻んでしまい、もはや修復不可能に。その頃、町ではクレイの仕事ぶりに業を煮やしたマスター・ビロウが軍隊を率いてきて大虐殺を繰り広げており、ガーランド司祭が、ミイラのはずの旅人とアーラの赤ん坊を連れてクレイのもとに現れる。司祭は、白い果実を盗んだのは自分であったこと、それをミイラに食べさせて旅人が蘇ったことを告白、クレイは自分が無実のアーラの顔を切り刻んでしまったことに衝撃を受ける。司祭がアーラの顔の布を外すと、アーラの顔はメデューサよろしく顔面凶器となっており、彼女の顔を見た司祭は即死。旅人は白い果実の欠片を意識のないアーラに食べさせ、彼女と赤ん坊を抱いて窓から飛び降りたまま消え去る。

    残されたクレイは、外に出て虐殺の中を彷徨うが、人狼グレタ・サイクスを連れたビロウと再会。始末されかかるが、町長バタルドと、検査の際護衛にしていたカルーという巨体の男がクレイを助け出す。町長は<楽園>を目指すといい、三人は森の奥深くへ楽園を求めて逃走。このまま楽園探しの冒険になるのかと思いきや、町長は魔物に捕まり、食われるくらいならとカルーが町長を撃ち、さらにビロウに追いつかれて、カルーは人狼グレタ・サイクスに食い殺されてしまう。クレイは身柄を拘束され、首都で裁判にかけられ処刑判決を受ける。しかし直前でビロウの温情で、南方ドラリス島の硫黄採掘場に流刑されることになる。

    2章の舞台は、このドラリス島の硫黄採掘場。おもに政治犯が送り込まれるこの流刑地には、もっと大勢の受刑者がいるのかと思いきや、全員死んでるのでクレイ一人しかいない。彼の番人は、二人のマターズ伍長。冷酷で残忍、クレイを殴りつけ硫黄採掘をさせる昼間のマターズ伍長と、親切で温厚な夜のマターズ伍長、彼らは双子の兄弟だと言う。二人は仲が悪く、会うことはないと言う。クレイは、実は二重人格の同一人物ではないかと疑っている。クレイが寝泊まりするのは簡素なホテルで、管理人でバーテンダーのサイレンシオはなんと人間ではなく猿。どうやらビロウの改造により知性を持っているらしい。人語は話さないが理解はしており、親切で、昼のマターズ伍長に殴られたクレイを手当てしてくれたり、美味しい食事やお酒を提供してくれる。余談だがクレイが好んで飲む「甘き薔薇の耳(ローズ・イアー・スイート)」というカクテルがとても美味しそうで飲んでみたい…。

    昼間の労働は過酷だが、硫黄採掘場で、クレイはかつて彼自身が裁判でここに送り込んだ政治犯たちの遺した坑道や遺物を発見していくうちに、自らの半生を深く悔いるようになる。そして自分がアーラにしたことも。アーラは祖父ハラッド・ビートンの語った楽園への旅の話を文章にして残しており『この世の楽園への不思議な旅の断片』というその手記を、クレイは夜の間に読み進める。次第に、手記の内容が夢や現実となって混濁、クレイはハラッド・ビートンと同化し、幻覚の中で彼の旅を追体験するように。ハラッドと仲間たちは、森で出会った<緑人>=植物と人間の中間のような人物モイサックも加えて旅を続ける。仲間たちは落盤事故や自殺などでどんどん減っている。やがてモイサックの案内でパリシャイズという巨大な都市の遺跡に辿りつく。この遺跡で、町長の叔父にあたるジョゼフという鉱夫が奇妙なコインを拾う。このあたりから、時間も空間も混乱しはじめ、クレイは遺跡でアーラと出会ったりするように。

    そして現実のクレイは、あるとき自分を起こしに来た昼のマターズ伍長を殴り倒してしまい、反射的に脱走を思いつく。サイレンシオの協力で砂丘に逃げたクレイは、そこでアーラの『断片』の続きを読む。遺跡でジョゼフが何者かに殺され、ハラッドたちは凍った川に逃げるが、緑人モイサックは弱っていきついに絶命する。彼の遺言通り、ハラッドはモイサックの遺体から人間でいう心臓にあたる部分にあった「種」を取り出す。生き残ったのはこの時点でハラッドと若いアイヴスの二人だけ。ここまで読んだあと、クレイは野犬の群れに襲われ、追ってきた昼のマターズ伍長に硫黄採掘場に連れ戻される。猿のサイレンシオが裏切り告げ口していたのだ。クレイは熱風の吹く坑道に手足を張りつけにされ、さらにサイレンシオが『断片』をバラバラに破って巻き散らすのを見る。朦朧としながら、クレイは失われた『断片』の続きの物語へと入り込んでいく。

    ついに最後の仲間も失ったハラッドは、たったひとりで楽園探しを続けていたが、ある日<旅人>と出会う。ハラッドは、スパイア鉱山で何千年も前に死んだミイラの姿で発見された旅人が、ここにいることを不思議に思う。しかし旅人はハラッドを、川の中州にある自分たちの集落ウィナウに案内する。ハラッドはここで穏やかな日を過ごすが、やがてモイサックの「種」を植えた場所から生えた木に「白い果実」が実る。それは不治が宿る楽園の果実。この果実をここには置いておけないと旅人は言い、ハラッドの世界に返しに行くと言う。三千年前に。そしていつか再会しようと旅人はハラッドに言う。ハラッドは現実のアマナソビアに戻る。

    クレイが意識を取り戻すと、夜の伍長とサイレンシオが看病してくれている。昼の伍長は楽園を探すために出奔したと夜の伍長は話す。どういうわけか、クレイの脳内の幻覚は、伍長の頭にも漏れ出していたらしい。クレイが回復するのを待ち、夜の伍長はクレイをある場所に案内する。そこはハラッドがモイサックに案内されたパリシャイズの遺跡だった。なぜこの遺跡がこの島に実在しているのかはわからないが、遺跡がある以上、楽園もこの近くにあるはずと昼の伍長は思ったようだ。クレイはまだ、昼と夜の伍長が同一人物ではないかという疑いを解けない。そしてある日、マスター・ビロウから、クレイを連れ戻すよう命令を受けたという兵士たちの船がやってくる。夜の伍長は大人しくクレイを引き渡すが、兵士たちは伍長を殺してゆく。伍長もまた、ビロウに改造された歯車人間だった。

    3章でようやく、ビロウに赦免されたクレイは理想形態市に戻ってきて、元の地位に返り咲く。しかしクレイはもとのクレイではなく、ビロウの独裁に疑問を抱くようになっている。そしてクレイは、見世物の剣闘場で思いがけない人物と再会。それは人狼グレタ・サイクスに食い殺された後、ビロウによって歯車人間にされたカルーだった。カルーの修理工場をつきとめたクレイは、なんとか彼を連れ出し仲間にする。カルーは改造されたもののクレイを認識しており、こののち何度もクレイをピンチから助けてくれる。そしてクレイは、行方不明のアーラを探す。

    ビロウは、アナマソビアの事件で手に入れた「白い果実」を自ら食しており、不老不死になるつもりだったが、なぜか頭痛がするようになり、度々発作に襲われるように。理想形態市では、ビロウの権力が弱まってきており、強化のためビロウはクレイに適当に見繕った市民を処刑するように指示したり、アナマソビアでとらえた魔物をあえて市街に放ったり、大臣を気まぐれに殺したりやりたい放題。しかし市内では密かに、ビロウを斃すための謀反を計画している人々がいる。クレイはいつのまにかこの人々の仲間と見なされており(事実そうなのだけど)おかげで活動しやすい。しかも白い果実がもたらした不調のせいで弱気になったビロウはクレイを信頼しきっている。

    ある日ついにクレイは、地下の下水処理場で、クリスタルの球体の中の偽楽園に閉じ込められたアーラと赤ん坊と、アーラによってエアと名付けられた旅人を発見する。水を媒介に球体に入り込んだクレイは、旅人から白い果実をめぐる昔話を聞かされる。旅人の故郷ウィナウでは何千年も前から白い果実を食していたが、果実がもたらす奇跡の結果はいつも幸福なものとは限らず、ついに人々は果実を放棄することを選択。すべて燃やし、最後の一個だけを旅人が誰にもみつからない場所に運んで眠りにつくことになったのだった。さらにクレイは、アーラと旅人が愛しあっていることを聞かされる。アーラの顔は今も顔面凶器のままで、彼女はずっと緑のヴェールを被り続けている。自分の顔を切り刻んだクレイを彼女は許しておらず、クレイはアーラの愛を得る希望は失ったが、命がけで彼らを助け出すことで贖罪にしようと考える。

    ビロウの発明品であるクリスタル球の破壊方法を探すため、クレイは理想形態市建設時の主任技師だったピアス・ディーマーという人物に会う。彼も謀反計画の仲間だった。やがて、ビロウの頭痛は、彼の頭脳と連携している理想形態市の要所要所に爆破という形で反映されはじめる。ビロウが頭痛を感じるたびに、街のどこかが破壊されるのだ。これを利用し、ついに革命が勃発。しかしクレイの裏切りに気づいたビロウにより、クリスタル球の前でクレイはビロウに追い詰められてしまう。(ここでついに歯車の寿命が尽きたカルーが爆発死…涙)乱闘の末、クレイは不利になるが、球体の中からアーラがその顔をビロウに見せたことで形勢逆転、ビロウの頭痛は球体を破壊し、アーラたちは無事外の世界に戻ってくる。

    理想形態市は崩壊。生き残った人々は西方の谷間に移住し、そこに住みついた。人々はそこをウィナウと名付けた。アーラと旅人エアは結婚、赤ん坊はジャレクと名付けられて成長する。ジャレクはクレイに懐き、エアとクレイも親しくなるが、アーラだけはクレイを無視。しかしアーラがエアの子を妊娠、その出産時にクレイが協力したことで、クレイは罪の意識を軽減される。生れた赤ん坊はシンと名付けられ、なぜかこの子を産んでから、アーラの顔が元の美しい顔に戻る。やがて旅人エアは、自分の生まれ故郷に家族を連れて一度戻るとクレイに告げる。ハラッドの楽園探しの悪夢を見たクレイは、夢の中でモイサックの種を握りしめる。目覚めたとき、彼の手に握られていたのは、アーラの緑のヴェールだった。

  • 世界幻想小説大賞受賞作。
    世界観がモロ好みでした。訳者の山尾悠子の格調高い文章がかなり幻想的な雰囲気を盛り上げてくれる。

    観相学が法律の全てという世界観。その他にも、理想形態都市、独裁者、美薬、青い鉱石、楽園ウイナウ、旅人、サイレンシオ、双子の番人、人狼…。世界観を色成す設定がセンスに溢れている!訳者のあとがきにも書かれていたが、ストーリーは女性に対する罪と贖罪への暗喩ともとれないこともない。独裁者ビロウと倒して終わりというところが普通すぎたのが少し気になるといえば気になったぐらいか。
    3部作のウチの1作目。まだまだこの世界に浸れるのが楽しみだ。

  • 「シャルビューク夫人の肖像」もそうだったけど身悶えしちゃうようなこのゾワゾワ感がこの人の特徴なんだなと読み進むうちにそのゾワゾワ感がいつの間にか消えて、切なく美しすぎるラストに感動。読むべし。

  • 1997年世界幻想文学大賞受賞作。
    20世紀の最後を飾る奇書とは訳者の弁。2004年8月発行。
    翻訳は山尾悠子・金原端人・谷垣暁美の3人がかり。
    古典を読むような文章にやや戸惑ったが、もとの味わいを出そうと苦心したらしい。
    理想形態市(ウェルビルトシティ)は、独裁者ドラクトン・ビロウが築いたクリスタルとピンクの珊瑚で出来た街。
    主人公のクレイは一級観相官。四輪馬車の迎えに乗り、北方の属領にある鉱山の町・アナマソビアへ出立する。
    アナマソビアはブルースパイアの発掘が行われ、青い粉を吸い込んだ鉱夫はいずれ青く染まってブルースパイアと化す。
    観相が異常に発達している時代で、幼女が人狼であることを見抜いた功績もあるクレイ。
    「白い果実」の盗難をめぐって、アナマソビアへ派遣されたのは左遷に近い。美しい娘アーラに出会って助手とするが滞在中に一時知識を失い、美薬という麻薬中毒も相まってとんでもない事態を引き起こし、流刑へ。
    旅人と呼ばれる人間ではないミイラの真実は?楽園とは?
    カフカの城とか…いろいろ思い出します。
    独裁と暴力と血と苦難と革命と…感情移入は出来ないが、架空世界を作りげたパワーは買います。

  • 幻想的であり、そしてなにより寓話的である。カフカの小説を彷彿とさせないではいられない小説だと思う。例えば「流刑地にて」のような作品。本全体を、罪、という基調が覆っているように感じてしまう。

    一方で、物語は後半に向けて勢いを増し、トールキンの「指輪物語」のような様相を呈してくる。と思ったら、ナントこれは三部作の第一部だという。なるほど、そういうエンターテイメントの香りがするなあと思っていたのは当然だったのだ。

    しかし、やはりなんと言ってもカフカである。この寓話の箴言は何なのだろう、と考えずにはいられないのだ。自然を思いのままに作り変える(ことができていると信じる)人類への警鐘か。あるいはマネーという実態のないものに振り回されることへの意趣の表れか。単なるエンターテイメントを越えた何かが魔物のように言葉の裏に潜んでいるように思うのである。

    人は何かを読み取られずにはいられない。村上春樹の新作を読んだ直後であったことも影響してか、そんなことを考えずにはいられないのである。例えば、タイトルにある「白い果実」。少なくともこの第一部ではそれは明らかにシンボルではあるけれども、何か象徴的な意味を明確に示すようではない。単純に言えば、それがよきものであるのか、あしきものであるのかすら、判然とはしない。あるいは、それは「指輪」のような存在なのかも知れない。もちろん、何かが隠されている気配は濃厚である。その寓意は第二部、三部を読まなければ見えてこないものなのだろうと思う。

    この気配から感じ取ることのできる仕掛けのようなものは、トールキンを持ちだすまでもなく、例えば「スターウォーズ」にも共通するような王道であるように思う。つまり、この物語には語られていない過去がある。その予感はたっぷりとする。だとすると、それを読まずにはいられないと思い始めるのだけれど、この一部の読者に偏愛を生むような物語の完結編は、はたしてこの翻訳陣で再び翻訳されているのだろうか、それが気になる(と思ったら、やっぱり)。

  • シリーズものの1冊目。これからも世界は広がっていくのだろうけれど、私はここで挫折かも……。


  • 幻想文学の長篇の醍醐味と感覚的な素晴らしさ。身も心も色彩豊かに浮かぶ画像に同化して固唾をのんで思い巡らせた。左手には拳骨。読み終えて半信半疑に開いた掌に緑が見える気になる。この先どうなるのと叫びたい。

  • 独裁者が支配する理想形態都市から、奇跡の白い果実盗難の犯人を捕まえるため観相官クレイが属領であるアナマソビアへ着いた時から物語がはじまる。
    国のエリートであるクレイの鼻持ちならないこと甚だしい。
    アナマソビアを田舎と見下し、住民たちについては人間扱いすらしない。

    さて、観相官というのは、人相学と統計学とあとなんだかいろいろ複雑に合わさったもの。
    これで事件を解決できたら、それは普通のミステリ小説なのだけど、独裁者は魔術を使うしクレイは薬物中毒だし、アマナソビアの土地柄なのか読者の常識を超えるような出来事がつぎつぎ起こる。

    まず、アマナソビアは青い鉱石スパイアを産出しているのだが、長い間鉱夫として働いているとしまいにはスパイアになってしまうのである。
    そして、クレイの前でスパイアになった老人・ビートンの孫娘が彼の運命を狂わせる。

    しかし魔法と薬が見せる幻想と宗教と旅人のミイラとが織りなす世界は、何が真実で何が虚構なのかわからない。
    流されるようにクレイは犯罪者として逮捕され、硫黄採掘場へと送られる。
    そしてまた、ふいに罪は許され独裁者ビロウの腹心の部下として、謀反人たちのでっち上げを命令される。

    ビロウは天才で、理想形態都市はすべてビロウがつくりあげたもの。
    しかし、他人を信じることができず、自分以外はすべて取り換えのきく部品だと思っているビロウは、敵も味方も情け容赦なく、冷酷に殺戮を繰り返す。
    ビロウ天才?
    天才だったら、謀反を起こされないように善政を敷けばいいのに。
    恐怖で人を支配すれば、人に背かれるのは当たり前だ。

    盗まれたはずの白い果実を見つけたビロウは、それを食べた直後から体調不良に襲われる。
    彼の不調は都市の破壊につながり…と、ストーリーを追うだけで大変なのでもう割愛。

    この本は金原瑞人と谷垣睦美が訳してから、山尾悠子が彼女の文体に書き直したのだそうだ。
    グロテスクな描写も多かったけれど、ファンタジーの皮を被ったディストピア小説。
    これ、三部作らしいけど、続きはどうしようかなあ…。

  • 97年に世界幻想文学大賞を取った名作ファンタジー。
    独特な言い回しの英文を二人の訳者が翻訳し、その訳文を山尾悠子がシニカルな文章に仕立てるという二重訳。
    理想的な都市の終焉と傲慢な主人公の成長が対照的に描かれている。

    恒川光太郎作品が好きな方にお勧めできる作品である。
    都市の支配者であるマスターが恒川光太郎作品のスタープレイヤーのように思えてならない。恒川とジェフリーフォードの世界が繋がっていると勝手に妄想しながら本作を楽しむのも悪くないだろう。

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