記憶の書

  • 国書刊行会
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レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (336ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336048127

感想・レビュー・書評

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  • 署名に惹かれて手に取ったら表紙の絵がまた魅力的だった。それで読みはじめたのだが、冒頭に何の説明もなく書きつけられた「理想形態都市(ウェルヴィルトシティ)」という言葉につまづいた。どうやら、かつてあった都市で、今は廃墟と化しているらしいのだが、語り手は、そこで高位の役職についていたらしい。しかし、今は一介の市民となって、そこを離れ、薬草を採っては市場に持っていき物々交換で日用品を手に入れているようだ。また、助産師のまねごともやっているようで、人々の信頼も集めている。

    今一つ、説明が不親切だなと感じ、頁を繰る手を一時止めて「訳者後記」を読んでみて納得した。本書は三部作の第二部をなす巻だったのだ。書く方としては、当然第一部を読んでいるものとして書きはじめているわけだ。続きを読もうかどうか迷ったが、語り手はなかなかの話し上手で、かつて語った都市の崩壊の物語とは全く異なる、新たな出来事の到来を告げるその口ぶりに、すっかりその気にさせられて読み続ける仕儀となった。

    「楽園に、一匹の魔物が野放しになっている。過去をよみがえらせることによって人々を惑わせる魔物が。」

    この警告にある魔物というのが、まあ驚くなかれ、なんともチャーミングな魔物なのだ。その外見は教理問答の挿絵にでも出てきそうな、鉤爪に長い尻尾、大きな蝙蝠状の翼を持ち、頭には角、口からは牙をのぞかせている。歴とした魔物の姿をしていながら、廃墟で拾った眼鏡をかけ、人語を解し、いざとなったら料理も作ってくれる、道徳的な心の持ち主ときている。名はミスリックス。理想形態都市を作ったドラクトン・ビロウが<彼の地>で捕獲し、我が子として教育を施したのだ。

    魔物の特技は、相手の頭に手を置くことでその人の考えていることや記憶のすべてが自分の中に流れ込んでくるという超能力だ。その力によって、父であるマスター・ビロウの恐るべき能力、知力を知ることができた。ところが、ビロウが送り込んだ人工の鳥が撒き散らす霧を吸った語り手クレイが暮らすウィナウの人々は次々と眠り込んでしまう。解毒薬を求めてクレイはビロウの住む理想形態都市の廃墟に出向く。老いぼれ馬に乗り、飢えた犬とクロスボウだけを頼りに。

    人狼に襲われたところを助けてくれたのがミスリックスだった。ビロウの記憶をたどったとき、クレイの姿を目にしていたのだ。魔物に手を引かれてビロウのもとを訪れ、クレイは知ることになる。試験管を持つ手を滑らせ、ビロウもまた同じ薬品を吸い、眠りについたことを。解毒剤の在りかを訪ねるクレイにミスリックスの鉤爪が指し示したのは、ビロウの頭だった。彼は頭の中に記憶の宮殿を作っていた。その中にはすべてが象徴の形で収められている。そして、それぞれが何かを象徴する人も住んでおり、研究に励んでいるという。

    ミスリックスの手が、ビロウとクレイの頭の上に置かれ、クレイはビロウの頭の中に運ばれる。そこは眠るビロウの記憶によって形作られた小宇宙だった。波打つ水銀の海の上空に浮かぶ小さな島には一望監視装置(パノプティコン)が聳え、そこからは時折、空を飛ぶ生首が研究者たちの思念を読み込もうと目を光らせて飛び出してくる。四人の研究者たちはどこからかそこに連れてこられ、研究を命じられている。逆らえば、<優男>という化け物が表れて彼らを食べてしまう。すでに一人仲間を失っているらしい。

    クレイはアノタインという女性研究者の協力を得て、解毒薬を探そうとするのだが、アノタインの魅力にすっかり参ってしまったクレイは、ともすれば使命を忘れがちになり、何もかも忘れてアノタインンとの暮らしを満喫してしまいそうになる。そうこうするうちに、ビロウの体力が落ちてきたせいか、空に浮かぶ島は少しずつ崩壊し始める。崩壊を食い止めるためにはビロウの眠りを覚ますしかない。解毒薬を求めて、クレイは生首や<優男>と闘い、一望監視装置の中に入るのだったが、そこにあったものとは。

    空想とはいえ、一応地上に存在する都市その他を舞台とするのではなく、人間の頭の中というインナー・スペースを舞台とするファンタジーである。ル=グウィンなどの手にかかると、灰色の茫漠たる世界のように描かれることの多い内的世界だが、この人の手にかかると、何ともわかりやすい。むしろ見えすぎるくらいの明るさで描かれるのが興味深い。空飛ぶ生首などというマンガチックなガジェットには笑ってしまった。

    水銀の海というのは、一応無意識の隠喩なのだろうが、時間の順序はバラバラにせよ、そこに描き出されるのはビロウの愛の物語の記憶である。神ならぬ人間の、意識はともあれ、眠っているのだから、そこには無意識の世界が広がっていなければなるまい。合理や論理では説明のつかない、もっとどろどろとした欲望や正体の分からない何物かが息をひそめて待ち構えていてほしい気がするのだが、それはこちらのない物ねだりらしく、映画化でも狙っているのかと思うほど、どこまでも具体的かつピクチャレスクな風景が展開する。

    美薬という麻薬紛いの薬品を、魔物もクレイもやたらと摂取するのだが、そこに倫理的葛藤などなく、むやみに心地よい楽園状態のなかで全能感に浸り続けるわけで、大丈夫かなあ、と心配になってきたりもする。第一部を読んでいないので、このクレイという人物について、全くと言っていいほど基礎的知識を欠いている者が評しているのだ。完全な勘違いということもあるだろうが、クレイのやることなすこと場当たり的で適当な感が強い。これで三部作の主人公がつとまるのだろうか、という感想を抱いてしまった。と、こうまで書いてしまうと第一部『白い果実』、第三部『緑のヴェール』も読まなくてはなるまい。

  • 感想は「緑のヴェール」へ

  • 2/11 読了。
    「白い果実」の続編。ミスリックスいいやつ…(ほろり

  • 少し文章が端的だなっと思ったら、翻訳者が違っていた。ショック・・・・

    人の頭の中に世界が合って、愛しい人を見つけてまた溺れるっという主人公。相
    変わらず変わらない性格だな~っと思いつつ。そこがまた面白かったりもする。
    彼の頭の中では愛しい人は人として表現されるが、実は彼が切望して、やり始めると辞められない代物だったり、それを示す行為の表現も面白かった。

    そして、すぐ堕落してしまう主人公とは別の主人公、悪魔の人間は、見た目は悪魔だけど、礼儀正しい人として素敵な存在。このギャッップもまた面白い。

    ただ、今回は少々狭い世界だったと思う。そして驚きもあまり無く、面白い世界観なので4。


    備忘録:
    クレイが平和の地に移り住むが自分が傷つけた愛した人からは目もみてくれず、反省と懸命に自分なりに生きる。そんなときその地の人々が奇病に係り、以前居た廃墟の地へ行き、彼らの治すための薬を探すたび?というかビロウの頭の中。

  • 読了。

    リライトした人が変わったからか、クレイの印象が前作よりもフレンドリーになった。

    これでもかと繰り広げられる、幻想につぐ幻想はこの作品でも健在だ。

    続編の『緑のヴェール』も読みたいなぁ。

  • 『白い果実』に続く3部作の2作目。原題『Memoranda』。原題カッコイイなー。
    訳者が山尾悠子から貞奴になり、だいぶ雰囲気が変わった。読みやすくはなったものの、軽い感じになってしまった。山尾さんのが良かったかな-。
    しかし、作品自体は相変わらず面白いです。またもや、クレイの前にビロウがたちはだかる。今度の舞台はビロウの頭の中。ビロウの天才的な才能は、自分の頭の中に記憶の宮殿を創り、自動的に発想を創造していくシステムを築き上げたことによるものだった。魔物が仲間になったり、銀色に輝く“水銀の海” の空中に浮かぶ島など、奇想天外、ストーリーの予想がつきません。幻想的な世界観は、『白い果実』でも思ったけど、村上春樹の世界にも通ずるものを感じます。クレイは女性に対して相当ウブですな。女慣れしていない男がまたも美しい女性に翻弄されます。次の『緑のヴェール』で完結。楽しみです!

  • 「記憶の書」(ジェフリー・フォード:貞奴・金原瑞人・谷垣暁美 訳)読了。「白い果実」の時のような毒気が今回はすっかり抜けてしまっているような気がする。ゾワゾワしないんだよう。もしかしたら私がジェフリー・フォードに慣れてきてしまったせいなのか?

  • 2010/5/22購入

  • 前作「白い果実」で極上の幻想文学を味わったその舌の根も乾かないうちに、なんて豊潤な世界を繰り広げてくれるんだろう。今度は記憶というミクロコスモスなんて!現実離れにもほどがある!!(誉め言葉)この毒と棘に満ちた美しい世界は、けっこう強いお酒なので薄暗い静かな場所でソファーに身を沈めながらちびりちびりと飲る、それが正解。

  • “理想形都市”崩壊の八年後、独裁者ビロウの策略で、クレイたちのコミュ
    ニティーに奇妙な“眠り病”が蔓延した。シティの廃墟に戻ったクレイは、
    独裁者自身も同じ病いに冒されていることを知る。特効薬の手がかりを探し
    に、崩壊が始まっているビロウの“記憶の宮殿”に潜入したクレイは、銀色に
    輝く“水銀の海”の空中に浮かぶ島で、不可思議な四人の人物に出会うが…。

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