夜毎に石の橋の下で

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レビュー : 23
  • Amazon.co.jp ・本 (302ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336055170

作品紹介・あらすじ

ルドルフ二世の魔術都市プラハを舞台に、皇帝、ユダヤ人の豪商とその美しい妻らが繰り広げる数奇な物語。夢と現実が交錯する幻想歴史小説の傑作。

感想・レビュー・書評

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  • 史実と虚構を綯い交ぜにしながら、
    キャラクターに厚手の肉付けを施して物語を組み立てた
    レオ・ペルッツ(1882-1957)の、
    短編連作の形式を取った幻想的な歴史絵巻。

    16世紀末プラハのユダヤ人大富豪
    モルデカイ・マイスル(1528-1601)は、
    いかにして財を成したか、
    どれほど若く美しい妻を愛していたか、
    彼女が亡くなって深く嘆き悲しんだか――といったことが、
    後世の人物によって語られる。
    ストーリーはマイスル夫妻と三角関係を形成する、
    ボヘミア国王にして神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ二世(1552-1612)、
    及び皇帝を取り巻く人々の逸話で構成されている。

    1589年、秋のプラハのユダヤ人街で
    ペストが猛威を振るっていたが、
    この災いは、ある罪によってもたらされたのだと、
    死者の声を通して知ったユダヤ教の高徳のラビこと
    イェフダ・レーヴ・ベン・ベザレル(1525-1609)は、
    石橋の下で絡み合う紅薔薇とローズマリーを引き離した。
    だが、ラビは何故、
    それらの植物が惨事の元凶の象徴だと知っていたのか……。
    この謎が、数々のエピソードが開陳されるにつれて解き明かされていく。

    天文学者にして占星術師ヨハネス・ケプラー(1571-1630)に
    運勢を見てもらった青年貴族
    アルブレヒト・ヴァーツラフ・エウゼビウス・ズ・ヴァルトシュテインの、
    運命を変えた一夜の出来事、「ヴァレンシュタインの星」が、
    誤解や行き違いが織り成す喜劇の様相だが、
    当人は至って真剣――というところが、一層愉快。
    短編映画になっても面白そう。
    ちなみに、彼のモデルは
    三十年戦争(1618-1648)期のボヘミアの傭兵隊長
    アルブレヒト・ヴェンツェル・オイゼービウス・フォン・ヴァレンシュタイン
    (1583-1634)。
    彼はハプスブルク家に仕え、ハンガリーでオスマン帝国と戦いつつ、
    裕福な未亡人と結婚し、
    先立った彼女の遺産を元手に資産を増やして傭兵を集めたが、
    ボヘミアの王位を狙っていると疑われ、暗殺されたという。

    後代の人々の、主要登場人物たちの素晴らしさも愚かさも
    ひっくるめて愛おしむような語り口が、胸に沁みた。
    既読の小説ではキース・ロバーツ『パヴァーヌ』、
    あるいはマンガに喩えると、
    萩尾望都『ポーの一族』などのエンディングにも似た、
    しんみりした雰囲気が物悲しくも心地よかった。

    そして、様々な事件を黙って見守った石の橋は現在、
    カレル橋と呼ばれている――。

  • 一五八九年秋、プラハのユダヤ人街はペスト禍に見舞われていた。婚礼の席で余興を演じて金を稼いでいる二人組の芸人は仕事ができず、供え物の銅銭目当てに墓地に向かう。彼らはそこで顔見知りの少女の幽霊を目にし、高徳のラビの家を訪ねる。ラビに命じられ、再び墓地に赴いた二人は、少女の幽霊からユダヤ人街がペスト禍にある訳を訊く。災厄の因果を知ったラビは石橋のたもとに向かい、赤い薔薇に絡みつくローズマリーの白い花を引き抜き、河に投げすてる。この夜、ユダヤ人街からペストは消え、麗しのエステルは邸内で息を引きとり、ルドルフ二世は悲鳴を上げて夢から覚めた。(第一章「ユダヤ人街のペスト禍」)

    標題にある「石の橋」とは、プラハ市中を流れるヴルタヴァ(モルダウ)河に架かるカレル橋のこと。物語の時代にはカレル橋という名はまだついておらず、単に「石の橋」もしくは「プラハ橋」と呼ばれていたらしい。第一章の粗筋からも分かるように、本書は一見すると十五の短篇小説で構成された短篇集のように見えるが、最後の章が「エピローグ」と名づけられているとおり、独自の短篇としても読める十五話は「緊密であるが時系列を乱した長篇小説の一部」なのだ。

    主たる人物は、澁澤龍彦著『夢の宇宙誌』の巻頭を飾る、神聖ローマ皇帝ルドルフ二世。映画にもなった「ゴーレム」伝説の主、高徳のラビ・レーウ。そして私費を投じてユダヤ人街に救貧院や施療院を建てたユダヤ商人モルデカイ・マイスルの三人。ルドルフ二世が統治する当時のプラハについて、前掲の澁澤の本にはこうある。「『黄金小路』と呼ばれる細長い街の一角には、あやしげな占師、術者、カバラ学者がうろうろしていたし、狭苦しいゲットウには土偶ゴーレムにまつわる怪奇なユダヤの伝説が息づいていた」。

    黄金小路のあるのが城を頂くフラチャヌイの丘。「狭苦しいゲットウ」即ちユダヤ人街で、城と旧市街を結ぶ堅牢な石造りの橋はプラハの観光名所として知られ、今も人通りが絶えない。百塔の街と呼ばれる古都プラハに幽霊や妖怪、悪鬼が跳梁跋扈し、魔法や呪文が力を持っていた時代の話である。面白くないわけがない。ペルッツは、もともとボヘミア地方に古くから伝わる伝説や歴史を巧みに換骨奪胎し、自分の小説を支えるエピソードとして用い、絶世の美女をめぐる悲恋と復讐の物語を創りあげた。

    いまは『夜毎に石の橋の下で』と題されているこの本、原題は『マイスルの富』であった。エピローグで、ここに記された物語は、語り手がプラハのユダヤ人街にある一軒の屋根裏部屋で、土曜日の午後、家庭教師に聞かされた話であることが明かされる。家庭教師の名はマイスル。つまり、本書は『千一夜物語』の系譜を引く枠物語の形式を踏襲している。家に代々伝わる「マイスルの富」にまつわる因縁話が、それぞれの章にあたるわけである。

    一六世紀のプラハに二人の男がいた。一人は国家財政が窮迫するのをしり目に錬金術に入れあげ、城内に数多の美術品を蒐集し続けた世評に名高い神聖ローマ皇帝ルドルフ二世。今一人は、莫大な富を手にしながら、ユダヤ人街の改修に私財を投じた挙句無一物となって死んだ奇特なユダヤ商人モルデカイ・マイスル。二人は何故そのように常軌を逸した道を選んだのか。この一見何の関係もない二人の生涯を包み込む謎を鮮やかに解いて見せる謎解き小説としても読めるのがこの本。

    街角で見かけた美しい少女に心奪われ、夜毎夢での逢瀬を楽しんでいた皇帝は、ある夜を境にその姿を見失ってしまう。失意の皇帝はその傷痕を消そうとでもするかのように美術品を買いあさるのだった。愛する妻が死ぬ前に「お助けを」とすがった男の名「ルドルフ」が皇帝のことであることを知ったマイスルは、死後自分の財産が皇帝の懐に入ることを防ぐため、財産を蕩尽させることで恋敵に一矢を報いようとする。探偵小説に「シェルシェ・ラ・ファム(女を探せ)」という言葉があるが、犯罪の陰にだけでなく、愚行や奇行の陰にも女がいるのだ。

    古(いにしえ)のプラハを舞台に、ユダヤのラビの魔法が操る稀世の美女と二人の男の哀しい恋物語に、数世紀の時を隔て、奇しき因縁が綾なす怪談・稀譚の数々。炉辺に椅子を引き寄せ、灯影にひもとくに絶好の奇書。一話読んでは栞を挟み、余韻に浸るもよし。一気呵成にエピローグまで読み進めるもよし。垂野創一郎の訳は平明な裡にも古色を漂わせた薫り高い訳文になっている。

  • 1589年、ルドルフ2世統治下。プラハのユダヤ人街を疫病が襲った。子どもばかりが命を落とすその災厄は、「『モアブの罪』(姦通罪)によるものだ」とお告げがあった。高徳のラビ(ユダヤの宗教指導者)は「姦通を犯したものは申し出るように」と促す。しかし、該当者は現れなかった。再度の託宣は「主のほかにそれを知るのは汝(=ラビ)のみ」。ラビには1つ、思い当たる節があった。ラビが向かった石の橋の下にあったものは何だったのか。
    謎めいた冒頭作(「ユダヤ人街のペスト禍」)を受け、神聖ローマ皇帝、ユダヤ人豪商、美しい若妻「麗しのエステル」、ボヘミア貴族、芸人、錬金術師、さまざまな人々の人生の一コマが交錯する、14の短編が収められる。それぞれは独立した話のように見えながら、時代を行きつ戻りつし、石橋の下の赤い薔薇と白いローズマリーが紡ぐ物語に集約される。

    砂に隠れた細密画のように、こちらを一吹き、あちらを一吹きしていくうちに、次第に全体像が見えてくる、ミステリのような仕掛けも読み所だ。
    しかし何と言っても中世プラハの耽美的で謎めいた雰囲気が本作の魅力だろう。芸術作品や宝飾品が豪奢に宮殿を彩り、錬金術と魔術が人々の魂を捉えていた時代。ユダヤ人街の石畳を行った奥に潜むものは闇だけではない。

    「犬の会話」「サラバンド」「横取りされたターレル銀貨」は、元になった昔話や伝承が透けて見える印象。
    「ヴァレンシュタインの星」「忘れられた錬金術師」は占星術や錬金術が主題。
    伝承だけでなく、ルドルフ2世が芸術に浪費し、錬金術にのめり込んだという史実も盛り込まれ、またヨハネス・ケプラーなどの実在の人物も登場する。高徳のラビ、レーウは、ユダヤ神秘思想の謎めいた巨人だが、ルドルフ2世に謁見した記録が残るという。豪商マイスルも実在し、作中のように多くの慈善事業を行ったが、彼がなぜ巨万の富を築くにいたったかはまったくの謎のようである。ユダヤ人と皇帝の対比は、経済的に著しく発展した流離いの民ユダヤ人と、それを排斥しようとする市民の確執の暗喩に見えなくもない(実際のルドルフ2世はユダヤ人に対しては寛容政策をとったそうであるが)。
    いずれにしろ、中世という時代は、現実と空想が入り交じった世界を紡ぎ出すには恰好の舞台なのかもしれない。

    訳者解説は、チェコのユダヤ人街という、一般的に日本人にはいささか馴染みの薄い世界を、適確にディープに紹介して秀逸。かっちりした内容ながら、本文の続きのような重厚な印象を残す副題が心憎い。

    さまざまな統治者を迎えつつ、中世文化の中心地として栄えたプラハという街は、一筋縄ではゆかぬ歴史を持つ。複雑な古都は、したたかな奥深さを秘める。
    古き街の堅牢な石橋。夜の帳のねっとりとした濃密な空気が漂う。甘美な夜の夢である。

  • ルドルフ二世とユダヤ人豪商の妻の夢の中の逢瀬を軸に短篇のようないくつもの章が複雑に繋がり絡まってひとつの幻想的な物語を作り出す、なんとも不思議な物語でした。
    夢と現実が入り混じり、物語の舞台はプラハとくれば魅力的な世界が広がって当然だろうとカバーの袖部分の紹介文を読んで思いましたが史実と虚構が織りなす世界は予想以上でした。

    俗人の私はマイスルの埋めた八十グルテンの行方が少しだけ気になってしまいます。

  • アルチンボルドが描いた人か〜

  • 芸術を愛し、錬金術に耽溺し、次第に神経衰弱の様相を強める神聖ローマ帝国の皇帝ルドルフ2世とユダヤ人の豪商モルデカイ・マイスルの噂を目に見える両端とし、その間に皇帝と人妻との恋とこの世の方法によらない成就と言う見えない糸を張り、その間に皇帝や豪商に関わる有名無名の人々の、歴史からこぼれおちたような挿話を順不同に差し込んでいく。とりとめもなく並んだと見えた物語が次第に収斂していくのも心地よいし、その外側にある枠物語が、マイスルの財産の終焉を語ることになるのも趣深い。入り組んだ構成ともあわせ、プラハの(失われた)ユダヤ人街を真の主人公とした美しい小説である。

  •  シェイクスピアのようである、というのがこれを読んだ第一印象。
     韻を踏んだ言葉の羅列は目に心地よく、よくわからないまま読み進めてしまう。(それがいいのかはさておき)
     短い寓話がいくつも重なり、なんだろう?と疑問に思ううちに、「この名前に見覚えがある」と、同じ登場人物が、細い糸で物語をつなぐ。

     詩のようで楽しかった。けど、本当は3~4回読むとより一層面白いんじゃないかなぁ。時間ができたら再読したい。

  • ルドルフ2世治世下のプラハを舞台にした幻想小説であり歴史小説であり、かつ見事なミステリ。
    これが1950年代の物語とは信じられない。作者のことは全然知らなかったが、この分野では超有名な、しかも名作中の名作のようだが、いまでもまったく遜色ない。素晴らしいの一言。読み終わるにはたいそう時間がかかったが・・・

    最後の解説も素晴らしい。

  • 幻想部分と史実に忠実な部分のバランスが良い。

  • 『最後の審判の巨匠』よりも好き。挿話が積み重なれ、ラストの二篇で皇帝とユダヤ美女との不思議な夢での逢瀬の謎が解かれ、物語の語り手と聞き手の正体が明かされる。それにしてもやはりヨーロッパの文学を心から味わうには、キリスト教とユダヤ教、旧約新訳聖書の知識が必要なのだなとつくづく感じた。

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著者プロフィール

1882年プラハ生まれ、ウィーンで活躍したユダヤ系作家。『第三の魔弾』(1915)、『ボリバル侯爵』(20)、『最後の審判の巨匠』(23)、『スウェーデンの騎士』(36)など、幻想的な歴史小説や冒険小説で全欧的な人気を博した。1938年、ナチス・ドイツのオーストリア併合によりパレスティナへ亡命。戦後の代表作に『夜毎に石の橋の下で』(53)がある。1957年没。

「2018年 『どこに転がっていくの、林檎ちゃん』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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