- Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
- / ISBN・EAN: 9784336059154
作品紹介・あらすじ
〈ウィリアム・トレヴァー・コレクション〉(全5巻)刊行開始!
20世紀半ば過ぎのアイルランドの田舎町ラスモイ、孤児の娘エリーは、事故で妻子を失った男の農場で働き始め、恋愛をひとつも知らないまま彼の妻となる。そして、ある夏、一人の青年フロリアンと出会い、恋に落ちる――究極的にシンプルなラブ・ストーリーが名匠の手にかかれば魔法のように極上の物語へと変貌する。登場人物たちの現在と過去が錯綜し、やがて人々と町の歴史の秘められた〈光と影〉が浮かび上がり……トレヴァー81歳の作、現時点での最新長篇。
感想・レビュー・書評
-
あの恋を思い出せばラスモイの夏の景色が目に浮かぶ。
毎年夏がやってくるたびに思い出すのはあのひととの恋。
この恋がひと夏の恋ではないこと。
だから──恋と夏。
そうだ、恋のはじまりってこんな感じ。
誰かとおしゃべりしていても、頭のなかはずっと彼のことを思ってる。彼の声、笑顔、彼との会話、何度も何度も思い返す。
彼の背後に流れる風景。いつもと同じなのにいつもと違う。
誰かのおしゃべりは続く。
初めての気持ち。私、恋してる。
誰かを忘れられないまま恋することは罪ですか。
初めて恋をしたのが、あの人だったことは罪ですか。
それならば罰は一体なんだというのでしょう。
突然の恋の終わり。それは罰ではありません。
私たちに罰が与えられるとするならば、それは夏が来るたびにこの恋を思い出すことでしょう。
生きているあいだ、ずっと。ずっと。
嫌いになんかなれるはずがないのだから。
誰もが経験するかもしれない、誰にもひみつの恋。美しいアイルランド景色と、ラスモイの優しい人々のあいだで、ささやかに恋は生まれ、ささやかに消えていく。
こんなにも初々しい恋を瑞々しく、そして端正な文章で描かれたなら、そしてそれをこの季節に読んでしまったのだから、私ももう、この恋を忘れることができなくなったじゃないか。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
舞台は20世紀半ばのアイルランド。恋愛を知らずに結婚したエリーが、ある夏、青年フロリアンと出会い、恋に落ちる。
初めての恋がみずみずしく、そして、誰のことも裁かずに描かれていて、よかった。
登場人物のなかでは、オープン・レンが一番印象的だった。 -
美しい情景とひとびとから滲むさびしさはまるでアンゲロプロスのとる画のようで、虚へとむかう焦燥と衰亡の美しさだった。
靄のなかをすすんでゆくようなロマンチックでミステリアスなかんぺきなストーリーテリング。秘密めいた恋心に、眠っていた情がゆりおこされる。伝えられない想いがわたしをうめていって、ふいに零れる。実らない恋が、いちばん美しく世界の淵で、わたしを踊らせた。恋は実らずに、とおりすぎてゆくほうがいいから。果実のようにやがておちて、朽ちてゆくから。けれどそのほうが、躊躇いもなく捨て去ることができるのだけれど。
「ずっと残っていくものがあってほしい。身じろぎや震えや、自分の怒りのうちのいまだ宥められていない部分はいつまでも消えないでほしい、と彼女は願っている。」
「この夜のひとときが彼女にとっての至福の時間だ。十分なものを手にしていて、それ以上のものを求めるつもりはない。」
-
あまりにも素晴らしくて、読み終えてから、ため息しか出てこない。
こんな小説を書けるんだ。しかも80歳過ぎの、しかも男性で、この静かな瑞々しさは一体なんだ。
悪者は誰もおらず、結末も、途中からもうこれしかないよなーと思って納得するしかないのだけれど、鮮やかで活き活きとして確かな愛の記憶と、どうすることも出来ない悲しさと、それに加えてどんな人も1人1人が背負う人生の重さとが、それはもう濃く濃く渦巻きながら、物語を練り上げていく。
まいりました。。。
(小説家が80歳ともなれば、ここまで、この極みにまで到達してほしいものである…などとも、勝手にあれこれの小説家を思い浮かべながら思ってしまったのであった) -
特筆すべきは作者の優れた洞察力。
彼にかかれば老若男女、あらゆる人物の人生が現実のこととして読者の身に降りかかってくる。
生活の描写が細かく、丁寧なので、映画のスクリーンのように情景が浮かび上がってくる。(細かすぎて、いささか長く感じてしまうことは否めないが…)
夏という季節が与える懐古的な魅力、エモーショナルさは万国共通な感覚なのだろうか。
80歳の男性作者が織りなす恋物語は、淡くて甘さは微かで、ビターなほろ苦さがある。御伽噺ではなく、どこまでも現実的な恋物語。それ故、エリーとフロリアンの恋は、理性を失わせる程ではなく、どこかお互いに引いてしまうところがあったりする。こちらとしては、ともすればヤキモキしてしまう登場人物たちの感情は、どこまでもリアルな人間を描いているからこそのものなのだ。達観した巧みな人間描写に、思わず唸ってしまう。
エリーとディラハンの会話は見事だった。はっきりと文字にはしないからこそ、滲み出てくる登場人物の苦悩。夜の静けさと、涼やかさの演出。
訳者のあとがきにもあったけど、登場人物と場所の結び付けと描写がとても上手い。
ウィリアム・トレヴァーとの出会いは期せずして長編の、しかも2015年時点での最新と銘打たれている本作だけれど、短編の人でもあるらしいから、早速「異国の出来事」も読んでみたい。
余談だけれど、北欧、帽子ときて、そのイメージにまんまと引きずられ、フロリアンのイメージはスナフキン。安直かも知れないけれど、私の中ではスナフキン。
-
非常に抑制された文章。なのに溢れるほどの詩情がある。
手放される屋敷、不幸な事故があった農家、田舎の商店街、地元の有力者の邸宅。そして主の消えた豪邸。景色や建物だけでなく、描かれた人々すべてが、はっきりとした姿で浮かんでくる。すべての人物が心に孤独と苦しみを抱えながら、それを人のせいにせず、公にもしない。それだけに深い悲しみが伝わってくる。
頭のおかしくなった司書が、自身で意識してはいないのに、物語を大きく動かす役割を果すというのが、本当にうまい。
アイルランド人は日本人に似ている気がする。
訳者によるアイルランドの歴史の解説で更に理解が深まった。
切ない、清冽な恋愛小説。