ふたつの人生 (ウィリアム・トレヴァー・コレクション)

制作 : William Trevor  栩木 伸明 
  • 国書刊行会 (2017年10月25日発売)
4.60
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  • 本棚登録 :52
  • レビュー :7
  • Amazon.co.jp ・本 (483ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336059178

作品紹介

施設に収容されたメアリー・ルイーズの耳には、今もロシアの小説を朗読する青年の声が聞こえている――夫がいながら生涯秘められた恋の記憶に生きる女の物語「ツルゲーネフを読む声」。ミラノへ向かう列車内で爆弾テロに遭った小説家ミセス・デラハンティは同じ被害者の老人と青年と少女を自宅に招き共同生活を始める。やがて彼女は心に傷を負った人々の中に驚くべき真相を見いだしていく……「ウンブリアのわたしの家」。ともに熟年の女性を主人公にした、深い感銘と静かな衝撃をもたらす傑作中篇2作を収録。

ふたつの人生 (ウィリアム・トレヴァー・コレクション)の感想・レビュー・書評

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  • ひとが壊れる話ふたつ。

    「ツルゲーネフを読む声」
    各エピソードに新味はなく思い入れられるキャラは誰もいない。なのにどうしてこんなに読ませるのか。文芸。

    正直トレヴァーの長編ロマンスに出てくる男は非力でやさしいだけなので苦手なのだが、肝はヒロインがどうやって不幸な恋を取り扱うかなので、男は刺身のツマのようなものなのかもしれない。

    「ウンブリアのわたしの家」
    一話目で十分にやられたので、おまけ気分で読み始めたのだけれど、実はこちらのほうが鉈で殴られるような攻撃力のある話で、すっかりうちのめされてしまった。

    途中から感じ始める、主人公に対する「この人大丈夫かな?」という気分。でも彼女は何年もたってから、なんのいいわけもなしにあの時間を語りきっているわけで、これはものすごい強さなのか狂いなのか、区別はつかない。

    誰でも自分の人生を物語にする。「わたしの人生はこういうものであった、その結果いまのわたしはこのようにある」という物語。それがまちがっていたとしても、ないと立っていられない。わたしの物語が彼女のもののようでないなんてとてもいえない。「あの人大丈夫かな?」と思われずに済めばいいけれど、これは自分では絶対わからないのだ。

    そういえば、2話とも、お金があれば狂ってもなんとかなるという話だった気がする。つらい。

  • 「ツルゲーネフを読む声」「ウンブリアのわたしの家」の、姉妹のような2編。

    しかしまあ、日頃 ”可哀想” という感情を忌み嫌っている(だってなんの役にも立たないではないか!)私をもってしても、「ツルゲーネフ」のメアリー・ルイーズはもう気の毒で可哀想でたまらない。こんな恋愛、つらすぎる。つらすぎて、でも本人は幸せな陶酔で、もうどうしていいかわからない。泉鏡花「外科室」にも通ずる。

  • 中篇2編。対照的な二人の女性、いずれも怖いくらい厳しい人生だが、派手な破滅ではなく、静かな水面の下に潜む「ままならぬまま老いていく」悲哀がひしひしと押し寄せる。
    「ツルゲーネフを読む声」歳の離れた退屈な夫のセックスレスライフから逃避するため、従兄弟との淡い恋愛の記憶にのめりこむメアリー・ルイーズ。
    「ウンブリアのわたしの家」50過ぎた裕福なマダムであるミセス・デラハンティ。彼女が抱えた過去の闇が明かされ、ロマンス小説への逃避が虚しい。妄想と泥酔色仕掛け描写にくらくらする。
    今年トレヴァーは亡くなったが、これからも翻訳は続いていくようで、とても楽しみだ。

  • 「ツルゲーネフを読む声」と「ウンブリアのわたしの家」の2作品が収録された本です。どちらも主人公は女性で、彼女たちの視点から物語が描かれます。
    2作品とも、過去と現在、現実と想像が交錯する構成でした。最初はそれに読みづらさを感じましたが、物語が進むにつれて全く気にならなくなりました。
    どちらの物語も、最終的には人生の苦さと深さが感じられて、心に残る作品でした。

  • 二人の女性の後ろ姿を描くハンマースホイの表紙絵が、バッチリ合い過ぎてて怖いくらいだ。

    「ツルゲーネフを読む声」
    30年間、精神病院で従兄弟との初恋を温めるアイルランド人女性の話。舞台が1950年代のアイルランドだからアングロ・アイリッシュの衰退という背景も相まって、とても切ないお話。

    「ウンブリアのわたしの家」
    列車の爆弾テロ被害者その後。ミセス・デラハンティの妄想と押し付けの鬼気迫るったら、爆弾テロが霞む〜。マギー・スミス主演のTV映画、是非観たい。

  • 妄想にまつわる二編。
    特に最初の作品は悲しい物語なのに、トレヴァー独特の静けさが際立っていた。
    悲しく重い題材なのに、美しく描けてしまう作家の個性と力量を感じた。

  • アイルランドを舞台にした「ツルゲーネフを読む声」と、イタリアを舞台にした「ウンブリアのわたしの家」という中篇小説が二篇収められている。どちらも主人公が女性。『ふたつの人生』という書名は、この二人の人生を意味している。作者のウィリアム・トレヴァーは短篇小説の名手として知られている。短篇では、いろいろな人々の人生のある局面を鮮やかな手際ですくい取るその切り口と人間観察の鋭さにいつも感心させられるが、中篇には、また別の魅力がある。

    かなり長い時間をかけて一人の人間の人生を追うことになるので、単調にならないように構成が工夫されている。「ツルゲーネフを読む声」では、小説内に二つの時間軸が設定されている。一つは、主人公に結婚話が舞い込むところから。もう一つは、それから四十年たって、施設で暮らしていた老嬢が、もと居た家に帰ることになり、夫が迎えに来るところから始まる。

    読めば分かることなので明かしてしまうが、老嬢は主人公メアリー・ルイーズと同一人物。つまり二つの時間は過去と現在を表している。同時進行する二つの話を読み比べながら、読者はメアリー・ルイーズが何故、精神病院に入ることになったのか、その理由をまだ若かったころのメアリー・ルイーズの物語から探ろうとするにちがいない。それが、作家が読者という、長い小説に気乗り薄な馬に、先を急がせるために鼻先にぶら下げた人参である。

    メアリー・ルイーズの夫エルマーは悪い人ではない。妻を愛しているし、勤勉でその暮らしぶりも質素である。ただ、かつての名家も今は落ち目。同居する二人の姉は未婚で跡継ぎが生まれなければ家は遠縁の手に渡ることになる。家柄にプライドを持つ姉たちは農家の娘との結婚を認めたがらず、事あるごとに嫁に辛くあたる。エルマーは二人の姉に頭が上がらず、充分に妻を守ってやれない。メアリー・ルイーズにとって店の休みの日曜日、自転車に乗って実家に帰ることだけが心の慰めだった。

    結婚することは別の家族の一員になること。町で商売をする家と農場を営む家とは世界がちがう。新しい世界に受け入れられず、自らも溶け込むことができないメアリー・ルイーズが見つけた自分だけの世界というのが、いとこのロバートが朗読してくれたツルゲーネフの小説の世界だった。ようやく心が通じる相手を見つけたメアリー・ルイーズを更なる不幸が見舞う。もともと病弱だったロバートの早過ぎる死だ。

    どんどん自分の世界に入り込んでゆくメアリー・ルイーズと、その隠された秘密を知ることのない周りの人々との間に目に見えない高い塀のような物が積み上げられていく。塀の内側にはメアリー・ルイーズの愛する物が集まり、聞こえて来るのはツルゲーネフの小説世界。人物の名はみなロシア風だ。塀の外では現実のアイルランドの生活が営まれる。小説の世界の中では主人公の奇矯な振舞いの理由を知る者はいない。ただ、読者は知っている。この登場人物は知らないが、読者は知っているというところがミソだ。

    メアリー・ルイーズが創り上げた世界は完全な虚構の世界である。傷つきやすい柔らかな内部に入り込んだ異物を、分泌物で包むことで、自分が傷つかないような球状に作り上げてゆく真珠貝のように、メアリー・ルイーズは精神病院に入ることで自分一人の世界を守り続けた。そして、病院を出た後は、現実の世界の中にそれを位置づけようと策略を巡らし、それを成功させるはず。虚構の中に人間の真実を描き出すことにかけて、作家ほど長けた人はいない。メアリー・ルイーズという人格は小説家の隠喩かもしれない。

    「ウンブリアのわたしの家」は、ロマンス小説の作家が主人公。ひと口には言えない人生を送ってきたエミリー・デラハンティは五十六歳でイタリアのウンブリアに家を買う。ホテルに泊まれない旅行者に宿を提供するペンションのようなものだ。そして、夜はロマンス小説を書いている。そのエミリーがミラノに出かけた帰り、列車内で爆弾テロに遭う。多くの死傷者が出た。彼女も怪我をしたが、幸いなことに助かった。ただ、書きかけていた小説は頓挫した。あれほどあふれ出ていた言葉が出なくなってしまったのだ。

    彼女は同じ事件で傷ついた三人の客を自分の家に招待する。退役した将軍は妻と娘とその婚約者をなくした。オトマーというドイツ人の青年は片腕と恋人を失った。エイミーは両親と兄と言葉を失っていた。悲劇に見舞われた者同士が寄り添い、時間をかけて回復していこうと思ったのだ。そうした中、孤児となったエイミーの叔父というアメリカ人学者リバースミスがエミリーの家にやってくる。

    ロマンス小説の作家である主人公は他人の感情や思考を読み取ることができると思い込んでいる。その過剰な思い入れは、他人の事情を勝手に作り上げてしまう。そんなエミリーとリバースミスの実務的な気性とが真っ向からぶつかって起こすちぐはぐさが尋常でない。視点はエミリーに寄り添っているので、ややもすれば、エミリーの語ることを信じたくなるのだが、どこまでが彼女の想像で、どこからが真実なのか読者には知ることができない。もしかするとすべてが妄想かもしれないのだ。

    なにしろ、彼女の頭の中ではテロ事件を起こした、まだ見つからない犯人はオトマーで、時限爆弾は恋人がイスラエルに持ち込む荷物の中にあったことになっている。この「信頼できない語り手」という方法を最大限に生かすことで、この小説は成り立っている。主人公の作家の口を通じて、小説がどのように書かれるかが詳しく語られるのだから、これはもしかしたらウィリアム・トレヴァーの創作方法と重なるのかも、と思いかけて、いやいや、その手に乗るものか、と思い直した。なにしろ、語り手は妄想を膨らませる名人なのだ。

    トレヴァーが亡くなったと聞いた時、ああ、これでもう作品が書かれることはないのだなとがっかりしたものだが、未訳の作品がまだあるらしく、同じ訳者によって準備されているという。新作が読めないのが残念だが、また読めるのはありがたい。これからも楽しみに待ちたい。

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