ラーメンの語られざる歴史

制作 : George Solt  野下 祥子 
  • 国書刊行会
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本棚登録 : 81
レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336059406

作品紹介・あらすじ

機密扱いだった占領軍の文書や数多くの日本の資料を駆使して、ラーメンが貧しい労働者のための粗末な食事から日本文化の国際的象徴へと華々しく上り詰めた経緯と、国際政策が世界中のごく普通の食べ物にいかに影響するかを教えてくれる。
 近頃ではラーメンは日本の国民食とまで言われている。世界に進出して注目を集めているし、書店にはラーメン関連の雑誌や本が並んでいる。だが日本人はラーメンについて、ラーメンの歴史について本当に知っているのだろうか。確かに店や味の情報については、ラーメンマニアではなくても何となく知っている。テレビでは頻繁に行列店や穴場店、ご当地ラーメンなどさまざまな情報が流されている。しかし、そもそもの起源や歴史、背景については案外ぼんやりとしか知らないのではないだろうか。そのあたりにもこたえてくれるのが、本書だ。

感想・レビュー・書評

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  • 今まで聞いたことない視点からのラーメン話だった。そうだったのかと思い、感心した。
    思えば幼い頃のラーメンのイメージは確かに今とは違う。そもそもラーメン屋さんで食べるものというイメージもなかった。ラーメンも置いてある飲食店で食べるものだったように思う。当時は、じゃあラーメンにしようかなくらいのものだった。このラーメンが食べたいなんてものではなかった。こんな心境の変化があったなんて本書を読んで初めて知らされた。
    ラーメンの歴史を政治、経済、文化といったさまざまな観点から論じられる。当事国の日本人としては時折、理解できない飛躍があるように思える箇所もいくらかあった。そんな風に集約していいものかと少なからず違和感があった。
    しかしながら、ラーメンを通して日本を論じるセンスは面白く、そんな見方もあるのかと驚きがあった。

  • なかなか読み応えあり。
    戦後の占領軍による政策もラーメンブームに大きな影響があったとは。

  •  ラーメン製造はいまや高尚な技術であり、ラーメンの消費は地域性や国民性、文化性などの共同体感覚を再確認させるものだ。しかし、30年前は違った。そして、そうなった経過こそが、この物語の本質的な主題なのだ。日本の労働者が好んだこの食べ物は、国民的な伝統のひとつとして有名になる一方で、そもそもこの食べ物への要求を生み出した種類の労働は、自動化されるか海外へと移転していった。この二つの変化には関連があり、そこにこそ、ラーメンの純粋なうまさ以上の重要性があると私は考えている。(p.16)

     歴史を食べ物というレンズを通して考え、国家間の条約や知識人の意見ではなく、普通の人々の生活をその中心に据えるとき、特定の出来事の相対的重要性や全体的な時代区分が再検討され、政府政策と同じように焦点をあてた歴史が生まれうる。この目的のため、歴史考察の中心点として食べ物を研究することは、日常で経験する変化や継続性に対しての、より直接的なアプローチだろう。つまり日本におけるラーメンの歴史は、この研究が扱う食べ物と労働、そして、代わりゆく国民意識とのつながりを見るレンズなのだ。(p.22)

     アメリカ産小麦とラードの闇ルートへの横流しは、「中華そば」販売者の商売再開に不可欠な材料を提供した。こうして、「中華そば」などの食べ物屋台は、都市部の被災した労働者たちが小さな商売をはじめるチャンスになった。ラーメンは1930年代のように、再び手頃な値段の避難所となり、都市住民は暖かい中華汁麺(あるいは間に合わせの類似品)を食べる楽しみを再発見したのだ。
    (中略)すべてが不足していた時代に手に入る数少ない食べ物のひとつとしての「中華そば」の記憶は、半世紀後に歴史的かつ象徴的な思い出として蘇ってくる。(p.63)

     1950年代から1970年台半ばに、ラーメンを特に昼食として食べる習慣が、都市に住む建設労働者と若い独り者に広まった。政府は、労働者の生活水準を調べる世帯の食費出費調査で、ラーメン消費の情報収集を開始した。ラーメンがどこでも食べられることは、国の急成長の労働力として、地方から都市に移住してきた多数の独り者のための手頃な食堂が、急増していることを現していた。多くの会社員は会社帰りに、同僚と酒を飲んで仕事の息抜きをするため、ラーメンは夜の娯楽産業に不可欠なものでもあった。
     つまりラーメンは、高度に合理化され、急成長する商品経済における不満と停滞のシンボルとして、きわめて重要な役割をはたしていたのだ。また同時に、小規模なラーメンの商売はこの時代の終わり頃には経済的自由というオーラをまとうようになり、実際にはそうでなくても、次第に多くのホワイトカラーが、ラーメン店主は「脱サラ」だと考えるようになった。(p.119)

     ラーメンは2000年代初期になると、安くて腹持ちがよく、急いでいる労働者がかきこむものと考えられていた1960年代とはまったく異なる働きを持つようになっていた。また、はじめの頃には魅力の中心だった中国起源が、ほとんど残っていないこともわかる。奥山はラーメンを高尚な料理文化とのつながりが強い西欧起源のスローフード運動と関連づけることで、ラーメンが肉体労働に必要な食べ物から、余暇と高尚な芸術に関連したものへと変化したと言う。国内でのラーメンの目的とイメージがこのように変化するにつれて、輸出向けの日本文化のひとつの要素としての市場性は、日本の都市を超えてニューヨークやロサンゼルス、パリ、台北、上海、バンコクなどの世界の金融資本センターへと拡大していった。(p.182)

  • ラーメンに少しでも興味のある日本人ならば知っているような情報が、延々と紹介されている。研究も、戦後社会や高度経済成長になかばこじつけで分析されているもので、訳者の能力もあるかもしれないが、回りくどく論旨の判りにくい文章に閉口する。

  • アメリカ人の歴史学者が書いたラーメンの歴史書。出来事の背景にある意味を、時代背景から読み解くという歴史家らしいアプローチには感心した。日本の関連文献にもよく目を通してあるが、厳しくいうなら肝心な歴史的事実や傍証は引用だらけであり、著者自身の調査がなされていない点が残念だった。

  • やや大仰なタイトルだが内容はそれに恥じない読み応えのある一冊。アメリカ占領下における食糧政策との関わり、インスタントラーメンの変遷、そして海外におけるラーメン店の躍進と、まさにラーメンの歴史A to Zとも呼ぶべき幅広さである。小津安二郎の「一人息子」の一場面に登場する「支那そば」に言及しているのには頭が下がる。

  • ひとつのものから歴史を眺められる本は好きなのでよかった
    ラーメンの味とかはあえて書いてないので特に腹は減らない

  • 「THE UNTOLD HISTORY OF RAMEN:How political crisis in Japan spawned a global food craze」の翻訳(2015/09/25発行)。

    中国商人が日本に持ち込んだ拉麺は、やがて日本の労働者の料理として定着したラーメンとなり、太平洋戦後の全国的な飢餓と高度成長期を経て国民食へ変容し、その後海外へ日本の食文化を象徴するRAMENとして伝わった。 本書の概要は前記の通りですが、タイトルからも解るように日本のラーメンの知られざる歴史について、秘密解除されたアメリカの公文書や国立国会図書館東京本館に眠るマイクロフィルム、一般に市販されていない図書他、様々な史料や資料を基にラーメンの隠れた事実や背景について詳しく語られています。

    例えば、「支那そば」が「ラーメン」と呼ばれるようになったのは、札幌のラーメン店<来々軒>店主の妻が、中国人従業員に対し客たちが侮蔑した言葉「チャンコロそば」や「チャンそば」で注文し、客からの侮辱に耐えているのをよく目撃していたため、「支那そば」を「ラーメン」に変えるよう提案し、次第に客たちは無礼な言葉使わなくなり、戦前で唯一「ラーメン」という言葉が広く札幌では使われるようになったこと。 和歌山ラーメンの起源は<丸高>と云う屋台の在日朝鮮人で、その殆どが朝鮮人だった弟子たちは、その後何十年にも渡り和歌山のラーメン業界を支配していた。 戦後にラーメンが普及した理由は、日本での共産主義の高まりを回避するため、アメリカが麺の原料となる小麦を日本へ大量に輸出していたからであった。 インスタントラーメンを広く広めた日清食品の創業者は、中国から帰化した日本人であった等々...

    当初、ラーメンの物語的な本かと思い手に取ってみましたが、ラーメンを題材とした学術的な日本の近現代史であり、思いのほか興味深い内容の本でした。

  •  前半、とくにアメリカが小麦を戦略物資として日本に送り込み、そこから支那ソバならぬラーメンが息を吹き返したというくだりは実に説得力があった。
     それにしても海外の日本研究者の視点の斬新さには毎度のように驚かされる。もはやジャパノロジストというような十把一絡げ的なレベルでくくれる時代は過ぎたというべきなのだろう。

  • 最初、清水義範のパスティーシュ物?と思ってしまうぐらい、不思議な気分になってしました。我らがソウルフード、ラーメンの歴史を海外の研究者が真面目に熱く、広く深く論じていること自体、ある種の過剰さを持つのだと思いますが、その視点の豊穣さと、後付けの歴史に惑わされない厳格な論旨によって、日本の近代化のシンボルとしてのラーメンが浮かび上がってきます。特に戦後のアメリカの反共政策としての小麦輸出の出口であったことは新鮮な指摘でした。(たぶん広島のお好み焼きも同じ文脈なんだと思います。)ミクロとマクロ、ハレとケ、都会と田舎、グローバリズムとナショナリズム、中国と日本、日本とアメリカ、そして過去と未来、いろんな狭間に揺蕩って、ラーメンは矛盾に満ちたわれわれの日常に存在感を放っているのだと感じました。この本、3日で読みましたがその間にラーメン3杯食べました。

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著者プロフィール

ニューヨーク大学にて歴史学の准教授。専門は東アジアで、現代日本や政治経済、食物史など。

「2015年 『ラーメンの語られざる歴史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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