ファン・ゴッホの生涯 下

  • 国書刊行会 (2016年10月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (458ページ) / ISBN・EAN: 9784336060464

作品紹介・あらすじ

画壇を席捲した印象派から距離を置き、弟テオの元を離れ、画家の楽園を打ちたてるべく、ゴッホは南仏へと向う。アルルの〈黄色の家〉にゴーギャンを招き共同生活を始めるものの、それも長くは続かなかった。そして終焉の地オーヴェルへ――ゴッホの死は果たして自殺だったのか?

感想・レビュー・書評

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  •  いよいよ,フィンセントが自殺したということになっている歴史の真贋を暴く最終章。これが知りたくて本書を手に取ったようなものだ。
     本書の最後は,エピローグ「ここに眠る」だ。ここではフィンセントの死後,弟テオを襲った病気?について語られる。テオの妻であったヨーが,テオのお墓をフィンセントが眠るオーヴェルの小麦畑を見晴らす場所に埋めなおした場面で終わる。
     本書には,「補遺:フィンセントの致命傷に関する注釈」(p.396~408)という長い解説がついている。これは,フィンセントの事故(他殺,あるいは意図しない拳銃暴発も含む)説を裏付ける史料として載せたのである。この文章には,一般にいわれている「リボルバーでの自殺説」がどのようにできた上がって人々のなかで広まったのか,しかしこの自殺説にはそれを支持するにはいろんな無理があること,さらに新しい事実として,当時,フィンセントと交流(もちろんフィンセントにとってはマイナスの)のあったルネとガストンという兄弟の話などなど…で,別の結論を導いているのである。

    「われわれによる一八九〇年七月二七日の出来事の再構成は,公的記録にある直接・状況のあらゆる証拠の分析,およびアドリーヌ・ラヴーの数多くの話からルネ・スクレタンの死の床の告白に至る,その日の出来事に関係するあらゆる証言の評価に基づいている。/この再構成はまた,ジョン・リウォルドが一九三〇年代にオーヴェルを訪れ,フィンセントが死んだ当時そこに住んでいた街の住人に取材した際に聞いた物語と正確に一致する。」(p.407)

     本書を執筆するための資料や,フィンセントの手紙の解釈についての注釈は膨大なものとなったため,本書には収められていないという。サイトで見れるようになっているらしい。その方が検索もしやすいだろうという。このあたり,新しい本のあり方のような気がする。将来の伝記研究者へのサービスだ。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/66708

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著者プロフィール

1977年にハーヴァード・ロー・スクールを卒業。美術雑誌に執筆の傍ら、ナショナル・ギャラリー・オヴ・アートを含む多くの美術館で講義、プリンストンで美術史を学び、ハーヴァード大学フォグ美術館で卒業制作を行なう。グレゴリー・ホワイト・スミスと共同で、美術やその他を主題に、4冊のニューヨーク・タイムズ・ベストセラーを含む数多くの著書を上梓している。評伝『ジャクソン・ポロック――アメリカン・サーガ』は1991年にピューリッツァー賞を受賞、ナショナル・ブック・アワードのファイナリストとなった。また同書は2000年に映画化されアカデミー賞を受賞。またジョン・アップダイクの小説『シーク・マイ・フェイス』にも霊感を与えた。ネイフとスミスは〈ニューヨーカー〉〈ニューヨーク・タイムズ〉〈USAトゥデイ〉〈ピーブル〉などで紹介され、〈60ミニッツ〉〈オプラ・ウィンフリー・ショー〉〈ラリー・キング・ライヴ〉〈チャーリー・ローズ・ショー〉〈トゥデイ〉等の番組に出演。サウス・カリフォルニア州エイケン在住。その地で2009年に設立に協力した〈ジュリアード・イン・エイケン・フェスティヴァル〉の主宰を務めている。

「2016年 『ファン・ゴッホの生涯 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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