そして私たちの物語は世界の物語の一部となる インド北東部女性作家アンソロジー
- 国書刊行会 (2023年5月30日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (288ページ) / ISBN・EAN: 9784336074416
作品紹介・あらすじ
バングラデシュ、ブータン、中国、ミャンマーに囲まれ、
さまざまな文化や慣習が隣り合うヒマラヤの辺境。
きわ立ってユニークなインド北東部から届いた、
むかし霊たちが存在した頃のように語られる現代の寓話。女性たちが、物語の力をとり戻し、
自分たちの物語を語りはじめる。本邦初のインド北東部女性作家アンソロジー。
1944年4月、日本軍がやってきた。軍靴で砂埃を立てながら、行進してきた。先頭の男は村人たちに呼びかけ、こう言った。「食料と寝起きする場所を提供してくれれば、あなたがたに害は及ばない。我々はあなたがたの友人だ。我々はあなたがたを解放するために来た。あなたがたを傷つけることはない」(「四月の桜」)
「これにはどんな富よりも値打ちのある宝物が入っている。死ぬ前におまえに渡したい。昔、語り部から手渡されたものを、おまえに手渡すよ」ウツラはその壺をわたしの頭の中に入れた。……何週間か経ってウツラは死んだ。……お話を語るときわたしは別の人間になった。生き生きした。それからずっと語り続けている。(「語り部」)
わたしたちは首狩り族の末裔だったが、いまはインド政府が提供してくれる資金に頼っていた。わたしたちは平地人とは違っていた。彼らは……反政府分子がいないか見張ってもいた。現代生活が、伝統的な慣習や行動とぎこちなく共存していた。(「いけない本」)
黒柳徹子さん推薦!
【目次】
序 「中心」と「周辺」、「われわれ」と「よそ者」 ウルワシ・ブタリア
インド北東部の素顔 木村真希子
ナガランド州からの文学作品
丘に家が生えるところ エミセンラ・ジャミール
語り部 エミセンラ・ジャミール
四月の桜 イースタリン・キレ
手紙 テムスラ・アオ
母さんの娘 ネイケヒエヌオ・メフーオ
赦す力 アヴィヌオ・キレ
いけない本 ナローラ・チャンキジャ
アルチャナル・プラデーシュ州からの文学作品
夜と私 ネリー・N・マンプーン
消された炎 レキ・スンゴン
森の精霊 スビ・タバ
亡霊の歯科医 ミロ・アンカ
闇に葬られし声の中で ポヌン・エリン・アング
ザ・サミット――ティーネ・メナのインタビュー ママング・ダイ
ミゾラム州からの文学作品
書くこと バビー・レミ
まだ見ぬ肖像画 シンディ・ゾタンプイ・トゥラウ
マニプール州からの文学作品
台所仕事 チョンタム・ジャミニ・デヴィ
夫の子 ハオバム・サティヤバティ
ツケの返済 スニータ・ニンゴンバム
敗北 ニンゴンバム・スルマ
真紅のうねり ネプラム・マヤ
我が息子の写真 ニンゴンバム・サティヤバティ
夜明けの大禍時 グリアルバム・ガナブリヤ
女性の肌 ナタリディタ・ニントゥホンジャム
インド北東部、記憶と記録 中村 唯
感想・レビュー・書評
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本書の刊行は、インドのフェミニスト出版社であるズバーン出版と日本の(公財)笹川平和財団がタッグを組んで実現した。
特定地域に住む女性作家達の短編集を読んだのはこれで2回目である。1回目は今年の1月末に読んだ『わたしのペンは鳥の翼』でアフガニスタン、本書はインド北東部に特化している。
そしてどちらのタイトルも共通して、自分たちの声を本が届けてくれるという希望を孕んでいるように思った。
計8州から成るインド北東部は、中国やミャンマー等どちらかと言えば東アジア地域に隣接しており、我々のよく知るインドの地形から見るとまるで飛地のように映る。
地理上から様々な民族が交じり合い独自の文化を築いてきた一方で、部族間紛争の勃発によりインド「本土」からは煙たがれているという。(日本外務省HPでは今なお渡航禁止を呼びかけている)
東アジア寄りのためか、本書の物語にも我々がイメージするようなインドっぽい名前(と言っても具体例が思い浮かばないが汗)の人物はあまり登場せず、ずっと東アジア系(つまり我々日本人によく似た)の外見に当てはめて読んでいた。
だから本書で浮き彫りにされている社会問題も、一層我が事のようにガンガン響いたのかもしれない。
社会問題は、紛争・テロ・色濃く影を落とす家父長制・DV etc…と、広範囲に及ぶ。
短編「母さんの娘」は我が国でもよく聞くケースだから余計に胸が痛んだし、「我が子の写真」は、詳しくは書けないけど救いがなくてかなりこたえた…。この辺は『わたしのペンは鳥の翼』でも味わった息苦しさが再来してきた感じ。
「赦す力」では、性被害によって追い詰められていた女性が自ら人生を取り戻していく強さを描いている。同じ女性なのに一家の恥さらしだと娘を責める母親やキリスト教精神に基づいて犯人を赦した父親には、どの読者も娘以上に怒りを覚えるだろう。自分も「この世界の家族は本人の気持ちなど分かろうともしない」と半ば諦めていた。
しかしこの後彼女が下した決断は、声を上げるよりももっと大切な意思表示になったと思う。追い詰められても押し潰されずに道を開き、”そこ”に辿り着けた彼女がとても誇らしかった。
悪い話ばかりではない。
個人的に良かったのはナガランド州発の短編「語り部」で、御伽話のような語り口調に束の間のほっこりを覚えた。語り部のおばあさんが自身の幼少期にウツラ(村のおばあちゃん)にしてもらった話と彼女の秘密を説き明かしていくというストーリー。
これもあまり詳しく書けないけど、語り継いだお話が時を経て「熟成」されていくという発想が何か好き!これは「女性ならでは」の枠を飛び越えて、著者のジャミールさんにしか書けないおはなしだ…!
「この1冊でインド北東部の情勢が分かる!」ということはないが、(まだまだ狭苦しい)自分の中の世界地図に新たに描き加えられた。
土地や人々が彩り豊かであることはもちろん、彼女たちが送り出した悲喜交々もちゃんと届いている。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
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女の本屋 > 著者・編集者からの紹介 > ウルワシ・ブタリア編 中村 唯(日本語監修)『そして私たちの物語は世界の物語の一部となる:インド北...女の本屋 > 著者・編集者からの紹介 > ウルワシ・ブタリア編 中村 唯(日本語監修)『そして私たちの物語は世界の物語の一部となる:インド北東部女性作家アンソロジー』 投稿◆中村 唯 (笹川平和財団) | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network
https://wan.or.jp/article/show/10681#gsc.tab=02023/06/20
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「インド北東部」というかなり限定された地域の女性作家アンソロジー。そもそもインド北東部とはなんぞや、というところから入りました。もちろんインドの一部ではあるけれど、地図上でイメージするインドから、ちょっとはぐれた右上あたりにひょこっと付け足されたような場所。7つの州から成っており、それぞれ民族も宗教も様々。インドから独立しようという運動があり紛争中。本書は州ごとの作品でまとめられています。
まずは「ナガランド州」こちら先住民ナガ族の土地で、なんとナガ族はいわゆる「首狩り族」もちろん現在その子孫は首を狩ったりしない。しかも宗教はキリスト教徒が多数らしい。この州の作品が個人的には取れ高一番で7作品全部それぞれ面白かったけれど、特に印象に残ったのは「四月の桜」と「赦す力」。前者は第二次大戦中、侵攻してきた日本軍が駐屯する村での、現地の娘とイケメン日本人兵士の恋物語。むろん戦争が二人を引き裂いてしまうけれど、シンプルにキュンとできる話だった。
「赦す力」のほうは、12歳のときに叔父にレイプされた女性の話。おそらくキリスト教徒ゆえか、彼女の父親は被害者である娘の心情も汲まず勝手に犯人を「赦す」と宣言してしまう。それから16年、女性は苦しみを抱えたまま大人になり結婚もできずにいたが、ようやく結婚相手がみつかる。その結婚式で、本来なら父親とバージンロードを歩くところ、彼女は可愛がっている末の弟を指名。父親がレイプ犯を赦しても、被害者本人は勝手に犯人を赦した父親を赦すことができずにいる。母親は母親で、義母(夫の母)から、お前が娘を一人にしたから…と非難され、娘との間まで気まずくなっている。いやそもそも犯人、父親の弟=義母の息子やん!と読者のこちらも憤り。短い中にギュッといろんな感情が詰まっていました。
「語り部」も好きだった。語り部の老婆の話を聞くのが好きだった少女が、やがてその仕事を引き継ぎ新しい語り部となり、次世代へとバトンが繋がれていく。
アルナーチャル・プラデーシュ州からは、文明とともに信じてもらえなくなる魔女の火の話「消された炎」と、金儲けのために森林を伐採していた悪人が超自然的な成敗をうける「森の精霊」が対照的ながらどちらも精霊や魔女の存在が信じられていた時代を思わせる。
「闇に葬られし声の中で」も強く印象に残った。教師の女性の短い回想記の形式で、教室から連れ去られた一人の少女が、父親の借金のカタに売られて嫁がされ、父親のような年齢の相手の男との行為を嫌悪感と恐怖から拒否したため、殴られたあげく縛られて夫と夫以外の男の複数からレイプされる。数年後、脱走した少女から教師はその話を聞かされるが、少女は捕まり、あの家に戻るくらいなら…と刑務所で首つり自殺を遂げる。
マニプル州は、革命勢力と警察の武力抗争が絶えない地域らしく、「深紅のうねり」「我が子の写真」「夜明けの大禍時」など、紛争の中で大切な人を失う話が多かった。
総じて、日本から遠く離れた知らない土地でも、女性の悩み、苦しみは大差ないということを改めて知らされた。DV夫や性暴力、家事の押しつけ、社会進出への障害の多さはどこの国に生まれても同じ。「そして私たちの物語は世界の物語の一部となる」というアンソロジータイトルがこの普遍性を現していてとても良い。
<ナガランド州>
「丘に家が生えるところ」エミセンラ・ジャミール
「語り部」エミセンラ・ジャミール
「四月の桜」イースタリン・キレ
「手紙」テムスラ・アオ
「母さんの娘」ニケヒェニュオ・メフォ
「赦す力」アヴィニュオ・キレ
「いけない本」ナロラ・チャンキジャ
<アルナーチャル・プラデーシュ州>
「夜と私」ネリー・N.マンプーン
「消された炎」レキ・スンゴン
「森の精霊」スビ・タバ
「亡霊の歯科医」ミロ・アンカ
「闇に葬られし声の中で」ポヌン・エリン・アング
「ザ・サミット ティーネ・メナのインタビュー」ティーネ・メナ
<ミゾラム州>
「書くこと」バビー・レミ
「まだ見ぬ肖像画」シンディ・ゾタンプイ・トゥラウ
<マニプル州>武装勢力の活動が活発
「台所仕事」チョンタム・ジャミニ・デヴィ
「夫の子」ハオバム・サティヤバティ
「深紅のうねり」ネプラム・マヤ
「我が子の写真」ニンゴンバム・サティヤバティ
「ツケの返済」スニータ・ニンゴンバム
「夜明けの大禍時」グルアリバム・ガナプリヤ
「敗北」ニンゴンバム・スルマ
「女性の肌」ナタリディタ・ニントゥホンジャム -
誰かが拾わなければ消えてしまう声を集めた本書。
消えてしまうといっても、その声一つ一つは決して弱い声ではなく、作者やその周りの人たちの人生が詰まった声である。ただ、時代や社会の制約で、そもそもなかったことにされようとしている、ということである。
20程度の短編集の中で、浮島に家を作った夫婦の話が、一番心に刺さった。 -
「気分の浮き沈み、妻がある決まった口調で話すときの意味、一人の人間の中にはさまざまな面があるのだろうということはわかっていた。だが、そこまでだった。それ以上先に進みたくはなかった。妻のことも、自分自身のことも、それ以上理解したくなかった。」(エミセンラ・ジャミール)
「そういうわけで、語られるべきだった言葉は語られずに封じ込められ、その封じ込められたものが、奥深くに蒔かれた恨みの種に毎日水をやった。」
(アヴィニュオ・キレ)
「わたしも今では、本に対して、人生に対して、そして他の人間に対して、同じようにあまねく、すぐに判断を下さずにじっくり構える姿勢を身につけたと思いたい。少なくとも、評価すべき価値のあるものを評価し、そうでないものはそっとしておくやり方を心得た人間でありたいと思っている。」
(ナロラ・チャンキジャ)
「人が柔軟に成熟してゆくためには、季節の変化が必要だなんて思いもよらなかった。その頃私は、悟りの奥底に到達した作家や詩人の言葉の中にしか、季節を見出せなかった。(略) 本の中にある人生で硬くなった赤土を耕し、希望の種を蒔き、疑いの種を取り除き、雨を乞い、収穫物を胸に抱いていたのだ。」
「しかし内なる拒絶がどこかへ去り、人生と世界に癒しや理解の形を求めるようになると、私はもう前のままではいられなかった。放っておいても何かしら進んでいくとは思えなくなったのだ。他のことにも気が向くようになった。外部の世界ではなく、頭の中に湧き出た独白の方に興味が湧き、もっと深く掘り下げて見たくなった。疑問を持つことで、物事は変容しばらばらに散らばった。私は世界にどう反応するのか知りたかった。どこかで混ざり合うことはあるのだろうか?」
(ミロ・アンカ)
インド北東部の女性作家アンソロジー。短編小説やエッセイやインタヴューなど。8つの州のうち、4つの州からあつめたのだそう。
アルナチャル・プラデーシュ州の作家さんたちのお話がとくにすきだった。州によってこんなにも慣習や言語や宗教などが違うこともなにもしらなかった。どの作家も文章や描写が明快でみずみずしくて美しく、なにより伝えたい、という純粋な想いが波のようにおしよせてくる(訳者もすばらしいのだとおもう)。世界のとらえかたとその表現から、彼女たちじしんの故郷の州などの文化背景などをも知ることができるよう。その美しさと漲る想いと哀愁や愛で、涙がにじむ。
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なんだか北インドの、発展していない(という表現はおかしいが、国際化?していない)
今まであんまり翻訳されていなかった地域の作品らしいです。
「「いい意味で!」」森に住む半動物または半妖精のような、純粋さ素朴さがあり、それゆえ日頃からすさんでいる我々に比べると、感情の反応は鋭敏な気もするんだが、それを作品として作家が表現できているのかというと。。。。
短短編なのであっという間に終わってしまい、これが文学か、と聞かれると、私にはわからない。 -
『沈黙』という作品はあまり理解できなかった。
どの作品からも言葉、物語に懸ける熱意が伝わってきた。 -
インドのフェミニズム出版社ということで期待して読んでいますが、作者も訳者も女性なのに、監修だけは男という違和感。しかもインドに特に詳しいというのでもなさそうな、SFの人。何でや?
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紛争や家父長制、DVなど、読んでいて苦しくなる内容のお話が多かったが、自分のインドに対して抱いていた固定観念が覆されたように思う。
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インド北東部の女性が書いた作品を集めた短編集。
日経新聞でお勧めになっていたから読んでみたが、期待したほどの内容ではなかった。異文化は感じるのだけれども、はっとするような驚きはなく、何も得るものがないような感じがして、半分ほどで読むのをやめた。この本の出版意義みたいなものはよく分かるのだけれども、単純に小説を楽しむという意味ではどうかなと思う。 -
書店で表紙を見たとたん、思わず胸を高鳴らせて手に取った。多くの少数民族を抱えるインド北東部のことは紛争地帯としてしか知らなかった。そこから小説が、それも女性たちの手になる短編集が、ウルワシ・ブタリアの編集によって日本語で届くとは、なんという僥倖だろうか。
笹川平和財団が支援するワークショップをもとにインドで出版された本がもとになっているとのことで、ナガランド、アルナチャル・プラデーシュ、ミゾラム、マニプールの4つの州から、どれもごく短い短編が集められている。武力組織や紛争の影を感じさせるものから、女性に対する暴力、口承伝統の力、グローバル文化と直接接続する若者たちの生活など、テーマも多様だ。文句なくすばらしい企画。
アンソロジーの作品
