設計と価値の共創論 製品,サービス,そして人工物 (設計工学フロンティアシリーズ 7)
- コロナ社 (2024年7月3日発売)


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本 ・本 (232ページ) / ISBN・EAN: 9784339047073
作品紹介・あらすじ
【読者対象】
価値とは何か? 我々はいかにその本質を知り,正しく満たし得るのか? 本書は工学を起点としつつ,哲学を含む分野横断的な議論を展開し,この根源的な問いに対する一つの答えを提示する。ものとサービスの設計,設計の戦略,設計の手法に関心を有する工学分野に限らない幅広い読者を対象に想定した。「広義の設計者」を目指す大学生,企業の設計者,研究者,企画開発者,経営者だけでなく,自治体,公共団体における施策検討者,高校生や一般の方々など,様々な読者に価値と設計を再考して頂く端緒となることを志向した。
【書籍の特徴】
工学やものづくりの限られた領域に閉じて議論されがちな設計の,意味,手法,そして生じた変化と今後の方向性を横断的に紹介する。価値と設計の本質を知る入門書として利用して頂くほか,手元の字引として活用して頂くべく資料的価値も高めるように努めた。
【各章について】
1章では,人工物の歴史と設計が果たした意味を再考する。
2章では,現代社会において価値は創り出すものであること,価値の創造と提供に共感が果たす役割を解説し,理念的設計(プラトニックデザイン)の思想を紹介する。
3章では,価値概念の系譜を俯瞰し,近年の象徴的な価値観を紹介する。
4章では,科学と工学に存在した関係,生じつつある関係を論考する。
5章では,限定合理性という人の限界がもたらす可能性を論考する。
6章では,サービス化が社会にもたらした影響と浸透するサービス設計の手法を紹介する。
7章では,共創的な設計の実際を紹介する。
8章では,社会と人工物の間に生じる共進化を再考する。
9章では,時間と価値の関係を議論する。
10章では,価値を中心とする設計の将来像を提示する。
【著者からのメッセージ】
科学の本質は真実を明らかにし,その結果を体系化することです。他方,自然には存在しない人工物を産み出すことはこれとは異なり,誤り得る設計という思考により為されます。設計の目的は明らかにすることではなく,実現することなのです。結果として,科学を重んじる工学教育の場では,この意味に沿う設計の教育は十分に提供されていないのです。主観に基づく価値の話題が工学から遠ざけられ,避けられた理由もここにあります。設計において本来は最も重要である,なぜつくるのか,何をつくるべきか,何をつくらざるべきかに係る知は,工学はおろか設計に関係する学際においても正面から扱われることは殆ど無かったのです。そしてこの大きな矛盾は,工学と社会の間に大きな乖離を招いています。本書はこの矛盾の存在とその解決の重要性を先ず工学の立場から指摘し,この議論が社会に広がることを願って執筆しました。書名はダブルミーニングであり,一つは「設計」と「価値の共創」の関係を論じること,一つは「設計と価値」の「共創」を論じることです。本書を通じて,より多くの方にこれらに係る議論に参画して頂くことを願っています。
感想・レビュー・書評
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コロナ社 読者モニターレビュー全文へのリンク
https://www.coronasha.co.jp/np/resrcs/review.html?goods_id=8327
【書評】村上輝康 様(産業戦略研究所代表)
掲載日:2024/07/08
「価値」を、人の欲望を満たし、人に満ち足りる感情をもたらす効果の概念とし、「設計」を、価値を満たすうえで有用な人工の働きを実現する手段を考察し、それを人工物として実現すること、と定義して、設計論の枠組みの中で、価値を真正面から工学の対象にしようとする野心的な快著である。工学や設計の世界が、主観の入る取組みにならざるを得ないため、可能な限り避けてきた「価値」の議論を、「設計」がもたらしたかもしれない「現代の邪悪」の蔓延が、実学を志向する「設計」に鋭く突き付けている社会からの問に、主著者の下村芳樹(以下、下村)は、半世紀に亘る人工物研究の蓄積を武器に、4人の道連れとともに挑もうとしている。
下村は、幼い頃から、「なぜこれ(人工物)は存在するのか?」「なぜこれは必要なのか?」という根源的な問いを持ちつつ、玩具をつぎつぎにバラバラに分解することで、答えを求めようとしていたそうである。そのようにして感じたモノの存在の意義や必要性に対する「違和感」を、下村は捨て去ることなく育て続け、設計工学、設計学、設計論の研究生活の中に持ち込んでいったという。
本書は筆者には、下村が、その「違和感」から出発して、吉川弘之という日本を代表する設計研究者と出会い、その問いに人工物や設計研究という経路を通じて応えようとした、壮大な人生をかけたオデッセウスの航海記に見える。
その航海においては、今は亡き上田完次とともに価値の変遷をたどり、設計の形態とアブダクションについて小括し、サービスドミナント・ロジックの影響を受けて、共創の設計論を展開する。そして、Geelsから学んで、日本におけるレジームとニッチイノベーションの実存的な共進化に、ランドスケープが後追い的に引きずられていく構造を喝破するが、その航海は、価値と時間軸についてのオリジナルな考察によって最高潮に達し、時間軸設計に対する強い期待をもつに至る。そして、オデッセウスの帰還の最終寄港地となるのは、プラトンに再帰した「理念的設計(プラトニックデザイン)」であり、その実現にむけての、オリジナルなプロセス規範である。
その航海においては、下村が次々に問いを発し続けるが、本書は、その問いに直接応えようとするよりも、それらの問いに対して応えようとした既存の方法論や手法を幅広く渉猟するという方法をとっている。このため本書は、プラトンからカント、ハイデッガーを経て、ウィトゲンシュタイン、パース、吉川まで、ブレインストーミングから、一般設計論を経て、サービス工学、トランシジョンマネジメント、リビングラボまで、設計論の枠組みで価値を研究しようとする時に参照されるべき方法論や手法の、ほとんど全てを尽くして体系化するものともなっている。快著たる所以のひとつである。
実は筆者は、「設計と価値の共創論」という著作を手にして、あるシリアスな問題意識をもってこの著作を読んだ。今、筆者は、第5回の日本サービス大賞の審査活動に入ろうとしているが、本書が、優れた価値の設計をしているサービスイノベーションを探索し評価する際の、新たな羅針盤を与えてくれるのではないか、という実利的な問題意識である。
筆者は、可能な限り科学的に審査をするという意図のもと、それに価値共創のサービスモデルを唯一の拠り所として取り組んでいる。おそらくひとつ上のレイヤーで「価値の共創論」を展開する本書が、強力な実効的な示唆を与えてくれるのではないかと期待したのである。
その期待に対しては、結局、手触り感のある形で筆者を牽引してくれる方法論を獲得することはできなかったが、何故できなかったかを考えることで、本書のアプローチの特徴を理解することともなった。
価値共創のサービスモデルでは、サービスの提供者たる企業と利用者たる顧客という二つのアクターが、知識とスキルの粋を尽くして共創しようとする系の中で価値共創を考えているが、本書においても特に第6章「サービスの価値と設計」以降でこの構図が頻繁に扱われる。
しかしながら、そこには常に「設計者のまなざし」があまりに横溢しており、筆者には、企業と顧客という構図は、設計者と設計対象という構図の中に埋もれてしまっているように思えてならないのである。
本書には、下村の薫陶を受けた、赤坂文弥らの若い研究者も参加している。私には、設計論の研究者というよりもサービス学やサービスデザインの研究者にみえる人たちである。彼らには今後、本書において下村が道筋を創り上げた「設計論における価値研究のフロンティア」を拓いていくとともに、サービス学やサービスデザインにおける「価値」研究に真正面から立ち向かって、最終的には、実務に役立つ方法論を打ち立てて欲しいと思うのは、筆者の我儘があまりに過ぎるであろうか。詳細をみるコメント0件をすべて表示