タフラブという快刀 「関係」の息苦しさから自由になるために

  • 梧桐書院 (2009年11月18日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (216ページ) / ISBN・EAN: 9784340120000

感想・レビュー・書評

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  • タフラブとは、「関係」の息苦しさから自由になるための大きなラブだ!といえる。
    アルコール依存症の夫に対する妻のありようを、当事者たちが模索して出来たのがタフラブであり、歴史がある。
    日本語訳では、「手放す愛」「見守る愛」と訳される。
    母性本能はない。
    理解し合う、のいかがわしさ。とことん腹を割って話せば理解し合える、とは、自分の思う方向に理解できる範囲内に子どもを囲い込もうとすることである。理解し合うために話し合う、と言いつつも、自分の論理を相手に理解させようと強要している場合が多い。
    そうならないために、理解の断念が大事。断絶ではない。
    「あなたの問題」と「私の問題」を切り分ける。
    つまり、それは誰の問題ですか?という問いを持つことが大事。人間関係がこじれているときはほとんどが切り分けができていないことに端を発している。
    この解決法は、自分が苦しいことを優先させること。正直に現在の自分の状態を、主語を「私」にして相手に伝えること。
    寂しさと共存する知恵は、目的別の人間関係を複層的に用意しておき、用途に応じて使い分ける方法。
    家族は「よくわからないけど、なんとなく安心」な人といる方がずっと大切。自分のことわかってよ、理解してよ、という気持ちは絡み合い、もつれあう世界へと繋がっておりタフラブの反対側にある世界だ。いかがわしい理解や押し付けのコミュニケーションを断念し、自分の限界を認め、相手を信じて手放したほうがいい。

  • 最近とみに「家族の絆」であるとか、親子のつながりなどを賛美する傾向にあるようで、なんだか不本意な思いでいたのだが、本書を読んで胸がすくような気持ちになった。
    結婚制度に対する幻想や、母親に対する幻想にうんざりしていたのだが、それもあながち間違った方向ではなかったのだなと思う。
    「理解したい」「コミュニケートしたい」という気持ちはどうしたってわいてきてしまうけれども、それを過剰に実行すると、彼我の境界を越えてしまうのだ。それは、「私」と「あなた」の問題をごっちゃにしてしまう。
    私は私の問題を引き受け、あなたの問題はあなたが引き受けるというけじめが大事なのだと思う。
    手を放して見守る、というのは実はとても難しい。取り込んで入り込んでべたべた世話を焼いている方が簡単なのだ。とりあえず寂しさを感じないですむし、「役立ち感」も味わえる。でもそれではお互いにいつか息苦しくなってしまう。
    見放さないけど手は出さない。拒絶はしないけど傾倒はしない。
    そのけじめの付け方がタフラブなんだろうなあと思う。
    本書には、実際にどう行動したらいいかという例もあげられている。それを読むと、タフラブを実行する側にも大変な決意が必要なのだということがわかる。
    とかく日本では「人の世話をかいがいしく焼く」ということを賞賛する文化がある。もっぱら女性限定であるところがまた問題なのであるが、そのことが自分のアイデンティティになってしまっている場合、そこから離脱するのは非常に難しいだろうと思う。
    精神的にきちんと独り立ちすること。それがいちばん大事なことなのだ。

  • 家族というもののあり方の変化。
    親子や夫婦であっても、理解し合えないことを前提とする考え方。
    だれの問題か、という視点。
    問題の原因となっている父性への攻撃が強めで、クズな男は見放すべきという主張にとれ、妻や母子を守る側の視点だった。
    結婚というのは男によって都合の良い装置、というのは、虎に翼を思い出したが、現在であっても本質は変わらないんだろうな。
    女性が経済的に自立する、ということは、本当に大事だと思う。

    突き放されて初めて自分の立ち位置を理解して、そこから立ち上がるか、破滅するかは、自分で決めていかなければならない。

  • とても面白かった。手放すこと。

    ■アルコール依存症の妻たちの経験から生まれた「タフラブ」 伝統的に愛は「アタッチメント」を基本としている TOUGH Love は手放す、つまりデタッチメント
    ■第一波フェミニズムは18世紀から20世紀にかけて起こった女性解放運動、第二波フェミニズムはジェンダーを女性に押し付ける男性中心の社会や制度を告発する運動
    ■西洋の個人主義は神を介した個人主義であるためそれぞれが神とつながることで「私」と「私」は容易に分離される。ところが日本の場合血縁があっての「私」。
    第二章 包み込む愛の限界と罪
    第三章 あなたの問題と私の問題を切り分ける
    第四章 タフに生きるは、だれでもできる
    寂しさと共存する知恵 目的別の人間関係を複層的に用意しておき用途に応じて使い分ける
    終章 関係からの開放がもたらすもの

    あとがき 私の一番嫌いな言葉「自分を好きになりましょう」。自分を好きでも嫌いでもいい自己肯定感なんてなくても、それはどうでもいいこと。むしろ一番大切な人仲良くなりたい人もしくは身近で少し疎ましく思う人とどのような関係を作っていくかが鍵になる。タフラブは、寂しさと付き合っていくこと。

  • コミュニケーションの断念からはじまる関係性があるという発想は目から鱗だった。家族や友人との関係に行き詰まったときに是非読んでもらいたい良書。

  • 手放す愛とは、突き放すことでも、捨てることでもない。
    相手の問題は、自分の問題ではなくその人自身がどうするか決めるべきことであると理解し、見守ることが手放す愛なのだと思った。

    「わかった。では、お前はお前の考えで生きていきなさい。その代わり、困ったことがあったら言ってほしい。力になれるかもしれない」
    これを自分の子どもに言える親が、どのくらいいるのだろうか。
    成人して、独立している子どもに対しても、幼子に対するように接する親がいる。心配しないでほしいと言っても、「親が子どもを心配するのは当たり前のことだ」と聞く耳を持たない。昨今の毒親問題は、結局のところ、親が子どもを、ひとりの自我のある人間だと認めないことから端を発しているのではないだろうか。
    家族も、恋人も、友人も、ただの顔見知りも、すべては人間関係なのだ。
    家族とは、自分を相手に認めさせて、自分の価値を確認する場所ではない。
    つい心配して口を出してしまいそうになるのを、ぐっと抑えて相手を見守る。話を聞く。どんな人間関係でも、大切なことだと思う。

    大事な友人には絶対にしないようなことを、家族にしてはいないだろうか。
    今一度、立ち止まって考える時期が来ているのかもしれない。

  • 夫婦や親子の問題はこじれやすい。夫の問題、妻の問題、親の問題、子の問題がごっちゃになり、誰の問題か分からなくなる。誰の問題なのかを切り分けて整理し、自分以外の問題にはタフラブ(見守る愛)を貫き、本人の問題解決を信じて見守ることで、事態が好転する。DVの背景や構造についても、分かりやすく書かれている。被害者にはぜひ読んでほしい。

  • タフラブについて気になってたら、直近で読んでた『<性>なる家族』と同じ著者の本が出ていて、他によさそうな本もなかったので読むことにしたのだが、修行が足りないせいかちょっと読むの辛くなってきたので、通読はした上で一旦離脱することにした。時間をおいて読み直せば全然違ってたという事がありえそうなので、一旦離脱。

  • 家族、友人に限らず、一人のひとに頼りすぎない。少しずつ何人かのひとにその得意分野に合わせておつきあいする。自分もひとに対してできることをする、のがいいかもしれない。

    自分以外のひとと理解しあうのは無理なことを認め、お互いに適度に距離を取ること。

    自分を好きにならなくてもいい、自己肯定を目指さなくてもいい、というカウンセラーは信田さんくらいかもしれない。

  • 手放す愛!大切だなぁ!

  • 2016.5.20

  • 「愛はすばらしい」「家族はすばらしい」等等、あたりまえの前提にしていることを「本当か?」とひっくり返していくのが小気味よい。

    親子・夫婦のように距離が近いからこそ起こる問題の数々と、それに対処するためにどうしていけばいいかが書かれている。
    この本を読んで、そんなに人と親密にならなくていいんだと安心できた。
    確かに親しくなりすぎたほうがケンカになったりするよ。

  • アラノンから生まれた「タフラブ」をもとに、「愛」について考え直そうと著者は提案している。専門的な用語も日常で使われる言葉に落とし込まれていてわかりやすい。ただ、フェミニスト視点のミサンドリー(男性嫌悪)な記述が冗長で少々うんざりしてくる。

  • 共依存というか「○○のために」と自分を殺すことは、決して愛情ではないというか……まぁそうね。

  • 自分がふだん家族について考えるときに抱えているもやもやを、言葉にしてくれたような本。
    親子、夫婦、恋人、親友。だからといって、相手の問題に深く立ち入りすぎないようにする。「あなたの問題」と「わたしの問題」を、切り分けて考える。
    それこそが、愛情をもって支える、見守る側の「タフネス」ということなのでしょう。
    愛があるからこそ、自分がちからになりたいと思うけど、それを少しだけ抑える、どれくらい抑えるのかはまたバランスなのだけど、これからのひととの付き合い方が変わっていきそうだと思った。

  • 共依存について理解はできたが、さあどうしたらいい?と思っていたときに出合った本。
    勇気をもらった。

  • 一見、アルコール依存症とDVは似ている。酒をやめさせようとしているように見えて実は、夫のアルコール依存を維持させている妻と、どれだけ夫にあたられても家庭という枠組みを維持する妻は似ている。だが作者は、前者は共依存だと指摘した上で、「DV夫から逃げない妻を共依存だとすると、DVの加害者である男性の責任を軽くし、被害者の女性を責めることとなる。」と危険視した。

    その後、一見「私が生意気だから夫が殴った」「私にも落ち度があった」と、夫の暴力や浮気に傷ついているようで、実は自分の落ち度を責める妻に注目し、夫の問題を自分の問題としている、ある種の境界線のトリックを見出させ、DVの加害者が全面的な責任を意識することから、その切り分けは始まる、と結論づけた。起きている物事をそのような視点から捉えることを導かせる、 わかりやすい 本書である。

  • 自分を好きでも嫌いでもいい、自己肯定感なんてなくていいという考えには驚いたが(カウンセリングでは必ずアプローチする部分だと思い込んでいた)、タフラブで感じる寂しさに対して自尊心を高めることでそれに対処できるという記述がなかったことに納得できた。ニュースキャスターのように淡々とした言い方というのがイメージできて参考になった。

  • 誰の問題かどうかで切り分ける。

  • 「タフに生きることは、寂しさに耐えることではない。寂しさと共に生きることだ。」「問題を切り分けること。だれの問題かを明らかにして、それぞれが自分の問題と限界に向き合うこと。他者の問題はきちんと他者にお返しすること。」目が覚めた。

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著者プロフィール

信田 さよ子(のぶた・さよこ):1946年、岐阜県生まれ。公認心理師・臨床心理士。原宿カウンセリングセンター顧問。お茶の水女子大学哲学科卒、同大学院修士課程児童学専攻修了。著作に『母が重くてたまらない』『家族と国家は共謀する』『暴力とアディクション』など多数。

「2025年 『なぜ人は自分を責めてしまうのか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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