アメリカ映画に見る黒人ステレオタイプ 『国民の創生』から『アバター』まで
- 梧桐書院 (2015年4月2日発売)
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感想 : 6件
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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784340530243
感想・レビュー・書評
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前半のステレオタイプの説明は、
とても参考になりました。
後半になると、
やはりその映画を見ていないと
ついていくのは難しかった。
そんな中でも見たことのある映画、
「フィフス・エレメント」のクリス・タッカー。
あのイカれた感じは、
「カッコイイ!」と思ってしまうのですが、
どうなのでしょうね?
実際にそのあとにスターになっているし。
日本人なのでお気楽に見て楽しめますが、
アメリカではそうはいかないのでしょう。
でも、これは愚かな歴史のゆえ。
自業自得だと思います。
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南北戦争で黒人が市民権を得る前、ずる賢く時に性的に白人をたぶらかすムラトー、ダメダメな白人になりたいアンクルトム、黒人の母で現状に満足している、またはしておらず怒れるマミー。そういったステレオタイプを頭に入れた上で、映画に目を向けるとそのタイプが登場してストーリーを支えている。フィフス・エレメントやマルコムエックスなどを題材に、そのステレオタイプな黒人がどのように使われていったかがわかる。10人の小さな黒んぼ、は衝撃的な歌だ。ダメな黒人の子供たちを風刺した数歌になっていて、最後は誰もいなくなった、、とアガサクリスティのタイトルをかさねて終わる。しかし、ここまで黒人をダメだとする前提にたった社会、教育、娯楽に耐えて、オバマ大統領を選んだアメリカは本当にすごいと思った。実際に、リベラルで、こうした定番のキャラクターによるバイアスはおそらく誰にでもあるだろう。それを超えてリベラルでいることへの強い意志が、アメリカを世界一の国にしていったのだと感じる。単一に近い民族構成の国では、ある意味世間体や、集団監視の中で世論を形成しやすいが、多民族、移民を多く受け入れた国ではそうはいかない。だからこそ、統治側がステレオタイプにまとめて、国を統治しようとするのも肯ける。ブラックライブズマターはその中で起こった悲劇でもあり、このステレオタイプが生み出した不幸ともいえる。こうした研究や資料や映画などのマテリアルから分析することと、実際に住んでみて感じることは大きく違うのだが、それも時間と住む場所によっても異なるだろう。根深い差別は、特権階級が持つ富と、その分配に大きく左右され、エンタメ業界に流れ込むお金を差配する。だからこそ、記載がある通りだけれど売れるものにお金が流れるのが資本主義でもあるのだから。ただ、小さな1人のアジア人としてこのバイアス、ステレオタイプを生み出す差別的な感性を、打破する力をアメリカは持っていると信じたい。
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面白かった!ハリウッド大作系は見てないの多いからエイリアンとかアバターみてみるかな
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アンクル・トム型 ~奴隷解放の目的で書かれたアンクル・トムの小屋のトムはいつしか従順で、無難な黒人キャラクターに。白人にこびたり事なかれ主義の黒人を「アンクル・トム的」などと言う
・マミー型~陽気なお手伝い
・クーンcoonとピッカニーニpickaninny~クーンは都会に住む奴隷でない自由黒人、ピッカニーニは子供時代のやんちゃなクーン
・ムラトーmulatto~白人と黒人の混血
・バックbuck~白人に不安を与える強い悪役の黒人
2019.5.8図書館で -
『日本語教育に役立つ心理学入門』(くろしお出版)第12章「異文化摩擦を緩和する異文化トレーニング」参考文献
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