- Amazon.co.jp ・本 (239ページ)
- / ISBN・EAN: 9784344000827
感想・レビュー・書評
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「りんごの木の下であなたを産もうと決めた」重信房子著、幻冬舎、2001.04.23
239p ¥1,575 C0095 (2022.07.24読了)(2011.03.03入手)
2022年5月28日、重信房子さんは20年の刑期を終えて出所しました。
この本が手元にあったので、この機会を逃したら読める機会がないだろうと思って読みました。
レバノンあたりに住んでいると思われた重信さんが大阪で逮捕されたのが、2000年11月8日とのことです。裁判で刑期が確定したのは、2002年とのことです。裁かれたのは、1974年9月13日のオランダ・ハーグのフランス大使館占拠事件です。
この本の原稿は、留置場で書かれたものです。半生記みたいなものです。
過激な共産主義思想が主張されているのかと思ったのですが、ソ連崩壊後の為か、パレスチナ問題に関する主張が主でした。
本の最後に「国際社会のかけ橋として」と題して
「自分を変えることなしに、世界は変えられない。自分を変えよう! 変われる、人々とともに変われる!」(230頁)
と述べています。
【目次】
はじめに ―母から娘へ―
私の歩んできた道
アラブでの闘いと生活
夏・ベイルート―イスラエル軍の侵攻(1982年の日記より)
岡本同志、捕虜交換で奪還
あなたが生まれて
育児が私を変える
嵐のなかの恋愛
世界から日本へ、日本から世界へ
解説 大谷恭子(弁護士)
☆関連図書(既読)
「西アジアの歴史」小玉新次郎著、講談社現代新書、1977.09.20
「レバノンの歴史」P.K.ヒッティ著・小玉新次郎訳、山本書店、1972.04.25
「レバノン」小山茂樹著、中公新書、1977.07.25
「レバノン内戦従軍記」浅井久仁臣著、三一書房、1977.12.31
「レバノン混迷のモザイク国家」安武塔馬著、長崎出版、2011.07.20
「パレスチナ」笹川正博著、朝日選書、1974.09.20
「パレスチナ」並河萬里著、新人物往来社、1974.09.15
「サラーム 平和を!」三留理男著、集英社、1984.03.30
「パレスチナは戦争館」浅井久仁臣著、情報センター出版局、1985.02.13
「パレスチナ」広河隆一著、岩波新書、1987.08.20
「アラブとイスラエル」高橋和夫著、講談社現代新書、1992.01.20
「パレスチナ合意」芝生瑞和著、岩波ブックレット、1993.11.29
「パレスチナ 瓦礫の中のこどもたち」広河隆一著、徳間文庫、2001.02.15
「素顔のパレスチナ」長沼恭佳著、文芸社、2002.12.15
「まんがパレスチナ問題」山井教雄著、講談社現代新書、2005.01.20
「ハイファに戻って・太陽の男たち」ガッサーン・カナファーニー著・黒田寿郎訳、河出書房新社、1978.05.20
「ガザ通信」サイード・アブデルワーヘド著・岡真理訳、青土社、2009.04.10
「アメリカのユダヤ人」土井敏邦著、岩波新書、1991.04.19
「内側から見たイスラエル」笈川博一著、時事通信社、1994.09.01
(「MARC」データベースより)amazon
英雄か、テロリストか? 日本赤軍・最高幹部の母から、わが娘へ。重信房子が警視庁留置場で書き続けた法務局宛ての上申書を単行本化。アラブでの闘いと生活、出産・育児などを赤裸々に綴る。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
重信メイ氏の「秘密」から続けて図書館で借りて読みました。自分の頭で思考し行動を起こし道を選び取ってきた彼女の強さは、「剛」ではなく「しなやかさ」だと感じました。あとがきで彼女の弁護士が記した言葉、大阪のアパートの情景まで含めて、重信房子という人物を知るには良い一冊だと思いました。
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時代によって、国によってその人の価値は全く異なる。テロリストか英雄か。いい社会を作りたいという当時の空気が過激さをまして赤軍になったかのような印象を受けた。自分が当時を生きていたら少なからず共感していそうだ。思ったことを行動に移すことは昔から人々の憧れだったのかもしれない。
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何のための闘争か
日本赤軍のリーダー格である著者が、娘へ向けたパレスチナの地での回想録。
学生運動から発生した彼女らのグループは日本に革命を起こすため、
世界に拠点を立地することを目論んだ。
だが、既存国での失敗から、生まれつつある国での活動を計画した。
それが、パレスチナである。
私は中東の彼此をイスラエル側からの情報メインで受け取っていた。
さらに、日本赤軍への先入観と併せ持って読み進めていった。
最初は彼女の話に共感し辛く、所々脈絡がなかったりと、いい印象はなかった。
しかし、多少誇張されてるだろうとは言え、彼女らがアラブ社会でのトラブルメーカーという印象は薄くなった。
(彼女らと関わる日本を意識して、もてなされていたのかもしれないけど)
ただ、イスラエルへの批判は一方的なように感じた。
ユダヤ人の、それこそパレスチナの比ではない、迫害の歴史と規模を考えると、
一概に侵略者として非難することは出来ないんじゃなかろうか。
それを背景としてちゃんと言及してほしかった。
それがないと、自分で見た現実だけを鵜呑みにして都合よく解釈しているようにしか見えない。
まぁ、イスラエルが現代にあのような手段をとるのも非難されうるとは思うけど。
嫌が応にも異国では日本を背負ってしまう。
彼女が彼の地で行った意味は何だったんだろうか。 -
彼女はかつて「ダッカ闘争」や「リッダ闘争」で世界を震撼させた日本赤軍のリーダー、といえばお分かりいただける方もいらっしゃると思います。彼女が娘である重信メイとのことを獄中で書いた手記です。
この間、日本赤軍のリーダー、重信房子とその娘である重信メイの本を読んでいた。僕が重信房子について覚えていることは日本赤軍のリーダーとして数々の闘争を繰り広げていたことと、大阪で逮捕されて、周りを警官に囲まれながらも手錠をかけられた両手を高々と上げて
「勝利! 勝利!」
と叫んでいる映像だった。衝撃的な映像だった。いったい彼女は何に「勝利」したのか?皆目見当のつかなかった私には彼女の姿がずっと心に引っかかっていて、その数年のち、当時予備校で講師をしていた(現在は国際ジャーナリスト)彼女の娘である重信メイのことを知った。
本を読んで知ったのだが、28歳で訪日するまで彼女には「国籍」というものがなかったそうだ。理由は重信房子の娘だとわかると暗殺される可能性があったので、アジトを転々とすることを余儀なくされ、アラブ社会の中で生きていくが自分のアイデンティティーについて少なからず悩むところがあったそうだそして大阪で重信房子が捕まり、娘のメイは足しげく獄中にいる母の元に通ったそうである。母、房子は面会で自分の話はほとんどせずに彼女の日本での生活ばかり心配するという。
「親思う、心に勝る 親心」
である。
日本赤軍のリーダーとして、数々の闘争(欧米社会ではテロ事件とみなされているが)を遂行した母、重信房子と幼くして苦難の道を歩んだ娘、重信メイ。互いが書いた本を読み比べてみると同じ出来事でも母の立場から書かれたものと、娘の立場から書かれているものを、自分の中で比べてみるのが面白かった。
たとえば、彼女は幼いころから身の安全のために転校に転校を重ねた。メイは自著で
「せっかく仲良くなった友達と別れるのが何よりもつらかった。」
と書き、房子は闘争の日々でもいつも彼女のことを心のどこかにおいている。あぁ、こういう母娘の形もあるのか、と私は思わずにはいられなかった。重信メイは言う。
「私は重信房子の娘であることを心から誇りに思っている」と。 -
「変えたい」意識。
この人は父親と同世代だし、
娘は私と1つ違い。
娘さんと会って話してみたいなぁ。 -
とてもまっすぐで魅力的な女の人という印象。
この人のまっすぐさは自分にはないので、憧れるところがある。
育ちが良いんだろうなぁ。
あんま好きじゃない。 -
戦争を葬るための戦争。