骨を彩る

著者 :
  • 幻冬舎
3.79
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感想 : 171
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  • Amazon.co.jp ・本 (239ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344024908

感想・レビュー・書評

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  • 【収録作品】指のたより/古生代のパームロール/ばらばら
    ハライソ/やわらかい骨

  • 短編『ばらばら』より―「ばらばら」を、越えていく力などあるのか

    ―ばらばらだ、と思い始めたのは、その頃からだと思う。ばらばらだ。私の体を包む世界は脈絡がなくて、私を守ってくれる約束事など何もなくて、ビーズのネックレスみたいに、一度パチンと鋏を入れてしまえばばらばらにほどける。熱を分かち合うほど隣り合っていた粒も、遠くへ二度と出会わない箪笥の裏へと簡単に転がり消えてしまう。―

     主人公の玲子はそんな「ばらばら」であるという感覚をいつも胸のどこかに抱えながら生きている。思えば私も、そんな「ばらばら」で「ちぐはぐ」なところがあるという思いを常に持っている。私を構成していることになっている身体も、頭が勝手に作り出す思考も、この精神も、解体されつくしているところがあって、ばらばらだ。身体ならば、現在の段階では私を形作っていることになっている物質も、いずれは私の外へ排出されていく。また、私の体だと思われている部分も、一度外部に摘出されてしまえばもう二度とそれまで同じ形に戻すことなどできはしない。思考ならば、一貫した思いを持ち続けることは非常に困難だ。誰かを、何かを好きだという強い感情でさえ、日々変調と変質の危機にさらされている。精神状態だって不安定だ。安定した、平穏のなかにいたいとは思いながらも、そうすることはできずにいる。さらには、この身体、思考、精神の三者でさえもままならず、互いに相反する。身体は動きたいと思っているのに、精神がそれに追いついていけなかったり、望んでいない思考を無理やり誰が頼んだわけでもないのに続けさせられることで、身体や精神に不調をきたしたり。私が私であるということが、私であるという記憶であることと、同じ名前を冠し続けていることだけしか、ひょっとするとないのかもしれないという悲鳴にも似た苦悩を、いったい誰が分かってくれるというのだろうか。
     ばらばらで、ちぐはぐ。まるで、私の中に私の思い通りにならない他人が何人も棲みついているような感覚だ。
     私という存在にはおおよそ一貫性や連続性といったものが欠如していて、しかしそれでも本当にばらばらになることなく済んでいるのは、信じるに足るるのかさえ不透明な記憶だけしかないのだという状態なのだ。
     抱き始めてしまった人だけが途方もない不安にさらされてしまうというこの状態を、いったい誰が分かってくれるというのだろうか。

     この、「ばらばら」であるという感覚は、物語が進行すると「骨のようなものが足りない」という風に言い換えられていく。

    ―「肋骨が一本足りないとか、背骨が一本足りないとか、そんな感じで。別にやってはいけるんだけど、たまに、あ、ないなって。なんでか昔から、すかすかして、落ち着かなくて。足りないものを、補うみたいに、いつも力がはいって、て」―

     彩瀬まる作品の好きなところは、『あのひとは蜘蛛を潰せない』の言葉を借りるのならば、「今まで俺が地面だと思っていた場所が沼に変わって、泥にずぶずぶ足を呑まれていく気分になる」ところではないかと考えている。多くのことを深く考えすぎるあまり、普通ならばたどり着かないような隘路にいつのまにか踏み込んでいて、抜け出せなくなって、今まで何ら疑問視することなく当たり前だと盲目的に信じ込んできたものが、実は全く信じるに足りないものであったかもしれないという発見。不安で、不穏で、やりきれなくなる。でも、同時に、それでもいいと思える何かであったり、気が付いたことによって小さな救いに向かうことができるようになれる何かを、与えてくれる。つかませてくれる。この手の中に、授けてくれる。
     私はこの小説を手に取るまで、自分が「ばらばら」であるということを、優しく、甘く、ついには忘れかけていた。自分が自分枝るはずなのに整合性が取れず、不確かであるという状態を自覚していながらも、それにふさわしい“病名”を附すことができずにいた。けれども今は、「ばらばら」であって、「ばらばら」でもいいのだと思える。この恐怖をわかってくれる人がきっとどこかにいて、もしかしたら、何も恥ずかしく思ったり、必死で隠さなければどうにかなってしまうようなものでも、ないのかもしれない。
     だいじょうぶ、たぶん、きっとだいじょうぶ。

  • 最後の話がめっちゃよかった。若い人に読んで欲しいなぁと思った。

  • 読み終わり、なる程「骨を彩る」か。死が側にある話の短編集。次の物語には前の物語に出てきた人が主人公になり、話は語られる。

    生きることと死、それぞれの心に有る様々な感情を柔らかい雰囲気で描く。ラストはほっこり。

    【心に残った箇所】
    自分と当たり前が違う人がいるが、どっちが悪いとかじゃないんだ

  • なにを伝えたいのかイマイチわかりづらかったが、読み終わってなんとなく心にじわーっと温かい気持ちが広がった。そんな作品でした。

  • いろんな有名作家さんが絶賛していたので気になって。新人作家さんらしいです。きれいな文章を書く作家さんだと思いました。

    短編集なんだけど、主人公になる人物は次々繋がっていく。
    周りと比べると自分だけが変わっていて、不幸であるかのように思ってしまうけど、実はみんな心のうちに人には言えない傷や思いを抱えているんだって気づかせてくれる本。やさしい気持ちになれます。

  • 良い本に出会いました。何か文学賞をあげたいくらい。連作短編集なのですが、それぞれの心の葛藤みたいなものが、クールな文章で淡々と語られるぶんだけ、こっちにもストレートに届くような。泣いちゃったよ。

    • のりこさん
      mikiさんはじめまして。
      本棚とブログ拝見させていただきました。
      沢山読まれてコメントもしっかり書かれてるんですね。すごい。
      mikiさんはじめまして。
      本棚とブログ拝見させていただきました。
      沢山読まれてコメントもしっかり書かれてるんですね。すごい。
      2014/11/12
  • 骨に刻まれる記憶がある、という。
    時に黒いしみとなったそれを嫌い憎み目をふさぎ、時に骨を飴に置き換えその甘さにうっとりする。誰にも触れて欲しくないその記憶を、それでも誰かに覚えていて欲しいと願う、そこにあるのは矛盾。
    傷となったその記憶をなかったことにして生きていくことはできないけど、傷を丸ごと包み込んでそっと頭を撫ぜてくれる誰かの温かい手があれば、きっと生きていける。生きていることを受け入れることができる。
    この一冊が、骨の傷の痛みに苦しんでいる誰かの頭を撫ぜてくれる手になればいいな、と思う。

  • 人間の複雑さが書かれた連作短編だった。
    どうしようもない問題で頭を悩ませたことがある人や、知らなくてもいいような苦労を知ってしまった人がこの作品には多く登場する。苦労の形も人それぞれ。
    人間はみんな生きるのは初めてで、自分の身に起きたこと以外はなかなか想像もできないものだと思う。子どもだからというわけではなく、大人になっても、知らずに驚くような話を他者から聞くことだってある。誰を責めるでもなく、その初めて知ったことをどう受け止めるかということが大事なのかもしれないと思った。どんな出来事でも、受け取り方は人それぞれ違うのだ。
    みんな、外に見せている顔とは別の顔を内側に持っていたりする。外から見えないだけに自分だけだと思いがちだけれど、きっと誰しも、消化できないものの一つや二つあるのだろうと思った。
    自分を支えるための強がりや逃避だって時には必要であり、そこから自分を解き放つのもまた自分である。でも他者とのコミュニケーションのなかでそのきっかけを見つけられるかもしれないと、希望もあった。
    個人的には「ハライソ」のゲーム友達が少し羨ましかった。ゲーム友達でありながら親友のような、と思えばただの隣人のような、不思議な関係。嫉妬もないし所有しないし無理強いもない。でも時には他の人に言えない大事な相談をしたりする。そんな関係がいい。

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著者プロフィール

1986年千葉県生まれ。2010年「花に眩む」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。16年『やがて海へと届く』で野間文芸新人賞候補、17年『くちなし』で直木賞候補、19年『森があふれる』で織田作之助賞候補に。著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『骨を彩る』『川のほとりで羽化するぼくら』『新しい星』『かんむり』など。

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