私たちはどこから来て、どこへ行くのか

著者 :
  • 幻冬舎
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本棚登録 : 341
レビュー : 15
  • Amazon.co.jp ・本 (421ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344025325

作品紹介・あらすじ

「私たちの現在"を"可能にしたもの」を解き明かし、「私たちの現在"が"可能にするもの」をラジカルに提示する。宮台社会学35年分のエッセンス!!150項目35頁分の註釈付き。

感想・レビュー・書評

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  • 社会
    哲学

  • 【とりあえず】
     三者の心意気に拍手。


    【目次】
    まえがき [001-020]
    目次 [021-030]

    第一章 時代――“終わりなき日常”が永久に終わらないのはなぜか 033
    〈終わりなき日常〉には三つのレイヤーがある
    天自己〉の時小匹の帰結としてのオウム真理教事件
    ポストモダンとしての〈終わりなき日常〉
    〈悪い共同体〉としての〈終わりなき日常〉
    スーパーフラットとしての〈終わりなき日常〉
    システムへの過剰依存の完成と自己の肥大化

    第二章 心の習慣――震災で露呈した〈民度の低さ〉と〈悪しき共同体〉 073
    〈民度の低さ〉と〈悪しき共同体〉をもたらす〈心の習慣〉
    「想定内/想定外」が意味する〈システム〉依存
    「市場/国家」という〈システム〉への過剰依存
    〈システム〉への過剰依存が妨げる被災者の支援
    インターネット上に浮かび上がった〈心の習慣〉
    「デマだ、不安にさせるのか」的な不安厨の孤独
    〈民度の低さ〉と〈悪しき共同体〉とが招く暴走
    各所に同時に問題をもたらす日本的〈心の習慣〉

    第三章 文化――平成のサブカルチャー史と、社会システムの自己運動 093
    序 『サブカルチャー神話解体』以降の二つの変化 096
    『サブカルチャー神話解体』以降
    1 1996年の変化――「現実」と「虚構」との等価化 097
    「見田宗介図式の修正版」とは何か
    「〈自己〉の時代・前期/後期」
    ナンパ系とオタク系はどのように分化したか
    「〈自己〉の時代・前期」から「〈自己〉の時代・後期」
    ポストモダンの再帰性が与えた前提
    2 2001年の変化――「セカイ系」と「バトルロワイヤル系」の並立 115
    「元祖セカイ系」としてのオウム真理教
    学校の夢想にハルマゲドンはもはや必要ない
    「セカイ系」を前提とした「バトルロワイヤル系」の隆盛
    「バトルロワイヤル化」は「現実」の弱体化と表裏一体
    最後に――永続するだろうバトルロワイヤル過程
    付論――1996年を準備した1992年 

    第四章 社会――若い世代の感情的困難と、それをもたらす社会的位相 137
    問題設定の意味 140
    現状 141
    1 動機不可解な少年犯罪の激増 
    2 乖離化・鬱化する若者の激増 
    3 関係性が脱落した若者の激増 
    (1)「ケータイ小説的なもの」の拡がり
    (2)「彼女がいても非モテ」の拡がり
    (3)「援交第一世代」から「第二・第三世代」へ
    (4)「プロフサイト」がもたらす疑心暗鬼
    背景 156
    1 理論篇=〈システム〉の全域化による、〈生活世界〉の空洞化 
    2 歴史篇=2段階の郊外化による〈生活世界〉空洞化 

    処方箋 166
    1 欧州的処方箋 
    2 米国的処方箋 
    3 日本の選択=米国的処方箋への無自覚な追随 
    (1)難点1「アソシエーショーズム」の不在
    (2)難点2「超越神」の不在
    (3)難点3「日本的近代化」問題
    (4)難点4「戦後日米関係」問題
    (5)難点5「壊れた人間」問題

    第五章 技術――ネット社会における全体性の消失とパラドクスの増殖 189
    I 全体性の不可視化がもたらす危機 
    ネット社会の「摩擦係数の低さ」の両義性
    ネット社会化が無効にする「大ボス」批判
    国家を草刈り場とする権益争奪11共謀罪
    国家を草刈り場とする権益争奪21入管法
    官僚の質の低下がもたらす全体性の危機
    全体性の空洞化と、統合シンボルの問題
    II プラットフォームの空洞化の危機 
    公正に向けた平準化がもたらす地獄たち
    フィールグッド・ステイトと正統性の危機
    フィールグッド・ステイトと民主制の危機
    民主主義的になること自体が孕む両義性
    III 危機に抗うための概念的道具立て 
    ソーシャルデザインに必要な概念セット
    日本がlT化の副作用に脆弱である理由
    生活世界再構築とポストモダン的正統性
    市民的視座への固着から、視座の輻輳へ
    〈真理の言葉〉ではなく〈機能の言葉〉
    〈機能の言葉〉の集塊から全体に向かう
    IV 実践的処方葵の準備に向けた試論 
    多様性フォビアに処するエリーティズム
    プラットフォームとしての祭りの可能性
    当事者性を括弧に入れた「包摂と連携」
    弱者権益と左翼利権のもたれあいを粉砕
    市民的共同性を過大評価してはいけない
    台場一丁目商店街は拒絶されるべきか

    第六章 政治――日本社会再設計に立ち塞がる数多の勘違いを排除する 247
    四つの層を峻別する必要がある
    日本の財務状況は暗濾たるもの
    官僚・対・政治家のハルマゲドン
    小沢一郎氏には希望を託せない
    「真の右翼」の自立思想に向けて
    ウィキリークスが警告する依存
    当事者主義よりガバナンス視座
    「あれかこれか」から「どれも」へ

    第七章 全体―――私たちは、どこから来て、どこへ行くのか 281
    I 社会とは何であり社会学は何をするのか
    如何なる社会を生きているのか
    そもそも「社会」とは何なのか
    一般理論は何をするものなのか
    一般理論とロマン主義の共通性
    II 社会学の一般理論が退潮した理由は何か 
    一般理論の衰退と貨幣価値低下
    文化表現と一般理論のシンクロ
    マルクス主義の解毒と構造主義
    対立が消えて一般理論も消えた
    要求されていても応えられない
    III 理論を挫いた複雑性と再帰性の上昇経緯 
    消費動機の共通前提が崩壊した
    宗教動機の共通前提が崩壊した
    犯罪動機の共通前提が崩壊した
    「鍵の掛かった箱の中の鍵」問題
    特殊日本性ではなく共通の課題
    IV なおも社会学理論が提供し得る実践指針 
    それでも特殊日本的問題はある
    社会投資国家では解決できない
    エートスを陶冶する社会の設計
    〈参加〉と〈包摂〉を潤養する
    再説―― 一般理論はなぜあるのか


    あとがき 『日本の難点』(2009年)から『日本の難点2』(2013年)へ。 [375-383]
    注釈(堀内進之介、山本宏樹、神代健彦) [385-418]
    註釈者の心意気(批判精神も膏育に入る今日この頃 堀内進之介) [419-421]

  • 『その意味で、社会を設計し、実現していくことは、みんなの意見を集約し、コンセンサス通りにしていくこととは違うのです。それだけでは「不可視の全体を回す」というガバナンスの視座が欠けてしまいます。

    日本人はこの点でもハンディがあります。戦後日本人は「みんなで決めたことは正しい」という信念を刷り込まれました。そうではない。「みんなで決めたことは間違っているに決まっている」にもかかわらず「仕方なくみんなの決定に従う」のです。

    チャーチルが「民主主義は最悪の制度だ。ただし従来存在したどの制度よりもマシだが」と述べたのはそうした意味です。本来は、誰が優れているかが分かる程度には優れた人たちが、本当に優れた人たちを選ぶという「寡頭制×制限選挙」が良いに決まっているのです。』

    過去と現在の置かれている状況は良く分かるが、どこへ行くのかはもやもやしていてすっきりしない。明るいシナリオが待っているわけではなく、どっちみち防ぎ得ない暗いシナリオに向かってるのが目に見えてるからかなぁ〜。

  • これだけ内容があってこの値段ならお得です。

  • わかりやすく書いてくれてるであろう本でしたが、勉強不足な俺には多々難しい箇所がありました。でも、こないだ読んだ大塚の本も最近流行のピケティの本も社会に対してもっと知識を身につけろってことに帰結するように思われます。ただ、自分の周りを見れる余裕とかなかなかないし、まずそこまで不安を抱いてる人が現に見えてない気がするのでした。なので、俺だけでもとりあえず勉強してみようかなと思う次第でありまする。
    若い衆に貸しても読まないだろうしなwww
    まずそっからか。

  • ――――――――――――――――――――――――――――――
    国家道具観を刻印するのが憲法である。すなわち、暴政という「悲劇の共有」を前提とした「統治をどう縛るか」についての市民の覚書だ。

    契約でなく覚書だから、常に記憶と意志が要求される。11
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    ウェーバーを通じて、「全体性とは何か」「全体を操縦する方法は何か」というドイツ的パターナリズムを継承したパーソンズは、一時期を除けば米国内で不人気であり続け、日本での方がずっと人気を博した。15
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    不動の前提がそもそも存在しないという意味で、近代社会は元々「底が抜けている」のですが、その事実に多くの人々が気付くようになる段階が「ポストモダン」に相当しています。114
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    ウェーバーは<生活世界>が<システム>に置き換えられていく動きのことを「近代化」ないし「形式合理化」と呼びました。

    それが生じない状態がモダンです。モダン段階では「<生活空間>を生きる『我々』が<システム>を使う」と表現できますが、ポストモダン段階ではそれが難しくなるのです。158

    ちなみに<システム>とは<生活世界>の内部でまかなわれてきた便益を外部化(アウトソーシング)したものです。213
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    民主制の本義は、意識してこなかった選択前提を意識化し、集合的選択の対象にするという「再帰化」にあります。214
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    こうした再帰的近代においては、人々が選択をやめて安らげるような、選択以前的な選択前提はありません。これは過剰負担です。219
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    年少世代が憧れるのは、誰もが自分を共通前提の上で生きる「我々」の一部だと感じられる社会です。濃密な前提を共有する社会が憧憬の対象なのです。ベトナムでもネパールでもインドでも構わないのです。244
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    これを最初に明言したのがアリストテレスです。繰り返します。

    人殺しの多寡にかかわらず、人々が内発的に善き振る舞いをしようと思っている社会こそが「良い社会」に決まっています。

    そうした「良き社会」の実現が政治の<最終目的>(テロス)であるべきです。264
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    我々は一体何を嘆いているのでしょう。市場や国家が機能不全を起こした社会が悪い社会でしょうか?そんなことには二次的な重要性しかないはず。

    政治の<最終目標>とは、<内から湧き上がる力>によって政治を<引き受け>ようとする者が、ますます増えるように働きかけることではありませんか?265
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    それまで透明性を当てにできたはずの動機が不透明化することは、デュルケームの言うアノミー(前提崩壊状態)に当たります。317
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    「自己のコントロールには、欲望を意思の力で禁圧するやり方もあるが、欲望自体を書き換える方法の方が、安定的で有効だ」322
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    要はパターナリズム――「お前にはまだ分からないだろうがコレがお前にとって良きことなのだ」という父親的温情主義――が必要とされる度合いが、日本の場合は極端に高いのです。348
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    小学校区を単位に自然村を行政村に書き換え、<自立した共同体>ならぬ<依存的な共同体>を制度的に構築してきました。

    <自立した共同体>を<依存的な共同体>で上書きして動員するのが「天皇制ファシズム」です。350

    <参加>と<包摂>を実現するのに最も有効な手段は、先進国で日本でだけ普及していない住民投票制度だ、と僕は考えています。351
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    プラグマティズムを実用主義と訳すのは誤りで、エマソン哲学の延長線上に「内なる光」を灯すことに役立つか否かを思考する構えの謂いです。355
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    丸山眞男が言った通り、日本には<依存的な共同体>しかありません。

    失敗だと分かっていても戦争も原発もやめられない社会なのです。358

    「戦争をやめられない社会」は「原発をやめられない社会」にそのまま引き継がれ、機関決定に従う運動体すら所詮は<依存的な個人>を生産する<依存的共同体>です。359
    ――――――――――――――――――――――――――――――

  • 難しい。各章で言っていることは似通っているがそれでも難解な用語連発な故。注釈がついているのは良かった。任せて文句垂れるから、引き受ける、ということをしていかないといけない、というところには影響を受けている。

  • これまでのまとめ!

  • 私たちはいま、意を同じくする者同士が連携し、互いに競争的かつ共栄的な中間集団関係を取り結ぶべき…。読み応えがあり‼︎

  • 読了できず

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著者プロフィール

社会学者。首都大学東京教授。著書に『日本の難点』(幻冬舎)、『どうすれば愛しあえるの 幸せな性愛のヒント』(二村ヒトシ共著/KKベストセラーズ)ほか多数。

「2017年 『子育て指南書 ウンコのおじさん』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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