それでも猫は出かけていく

著者 :
  • 幻冬舎
3.84
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本棚登録 : 163
レビュー : 25
  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344025745

作品紹介・あらすじ

いつでも猫が自由に出入りできるよう開放され、家猫4匹に加えて、外猫、通りがかりの猫など、常時十数匹が出入りする吉本家。そこは、ツワモノ揃いの猫たちばかり。思想家の父・隆明が溺愛したフランシス子、ツンデレ捨て猫のシロミ、傍若無人のチンピラ猫トリオ、万年風邪っぴきのモテ猫レオ…。吉本家に集う人と猫のしたたかでしなやかな生態をハードボイルドに描いた、ユーモア&感動の名猫エッセイ!

感想・レビュー・書評

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  • ある夏の夜、家の隣の墓地で障害を持った白い猫を拾ってからの8年間の記録。

    濃厚です。
    かなり軽い感じの文章で書かれてますが、
    何度も泣き、驚き、感服し、何日か読むのを休みました。

    シロミちゃん他猫たちの記録の連載、
    父母の介護、ご自身の病気。

    その上この毎日のように何かが起きている猫たちの世話。
    それも家猫だけではなく、
    自分の家にやってくる外猫まででもなく、
    近所のノラたちの餌やりや世話まで。

    尋常では考えられない多忙とお金問題。

    でも弱音が書かれてないんです。
    決断力・覚悟・信念が鋼のように心を貫いているんです。
    潔すぎて…私はまた泣いてしまいます。

    猫から学んだことが多いのではと思います。
    猫を介護しているようで、
    かえって猫たちに守られている気もします。

    自身の病気の発見も、
    ハルノさんが泣いて感情を吐き出さねばいけないポイントも
    はからずとも傍にいた猫がちゃんと誘導しています。

    ハルノさんが猫から学んだことを、
    惜しげもなく分けていただけてありがたいです。
    私にも近い将来、親と家族猫の介護がやってくると思います。

    決断できない私。とことん付き合って
    ハルノさんが出かけていく猫を見送る時の覚悟に近づけるよう、
    「その日」がくるまで、何度か読み返して
    教えを乞いたいと思う一冊です。

    父である吉本隆明さんの『フランシス子へ』は
    後日絶対に読みたいと思います。

  • 月刊「猫びより」に、2005年9月号から2013年11月号まで連載されたエッセイ集。全50章で、それぞれに見やすく可愛いイラスト付きで、お話を更に盛り上げている。
    内容は「猫あるある」&「飼い主あるある」で、うんうんと何度も何度も頷きながら読むことになる。それは、私自身が長い長い多頭飼い歴の持ち主だからかもしれない。
    猫に縁のない人から見たら、著者は「マザー・テレサ」の再来のように見えるだろう。
    もちろんこちらにしてみれば、そんな崇高な思想など全くなくて、やりだしたことだからやる、それだけなのだ。
    20匹までは捕獲・不妊手術したけど21匹目からやりませんって、出来ませんよね?
    障害があるからこの子猫は面倒みません、なんて誰だって出来ませんよね?そういうことです。
    命そのものと日々向かい合うのでそれなりの覚悟は必要だが、とにかく継続するしかない、それのみ。くじけそうな時は猫が癒してくれる・(笑)

    「いつでも猫が自由に出入りできるよう開放され、家猫、外猫、通りがかりの猫など、常時十数匹が出入りする吉本家。」
    著者は都市部で実践していたということ、ここに相当の難しさがあったことだろう。生き物と共に暮らすということは、メンタルが鍛えられることこの上なしである。
    交通量も激しく、それでも自由に出入りさせるということはかなりの重い決断だったに違いない。
     
    しかしさすがというか、文章のうまさ・面白さが素晴らしい。
    お父様が思想家の吉本隆明氏であり、妹さんは小説家のよしもとばななさんだという血脈のなせる技なのか。語りすぎず軽妙で、微かな自虐も忘れない。ところどころお役立ちの知識も散りばめて、個性的な猫の面々を実に明るく爽やかに紹介していく。
    「それでも」と付けたタイトルの意味合いも文中で説明されるが、ここなどは哀感漂う場面のはず。それさえもどこか飄々としている。

    そのしなやかでしたたかな生き方の源は、50番目のエッセイで語られるのだが、もうここだけでも読んでほしいくらいの力強さがある。
    「猫を通して学んだこと、それは本当に数多い。」そう、まさに。
    徒に悲観しないこと、でも諦めないこと、何よりも「感情は選べる」ということ。
    猫が1匹増えるたびに、ご近所にお菓子を持って「ご迷惑をおかけします」と挨拶に行くことも、猫たちを見ていて「そうした方が良い」と学んだこと。
    決して大げさな言い方でなく、この私も猫を通して何とか一人前になれたようなものだ。

    目次の次に「吉本家猫の相関図」がイラストで載っている。
    これをじっくり眺めるだけでもじゅうぶんに楽しい。
    巻末に「吉本家アルバム」があり、在りし日のお父様の写真がある。ここで泣けた・・さて、続編は出るのだろうか。

  • ハルノ宵子さん、初めて読みました…。父が吉本隆明氏、妹がよしもとばななさん…。…この本を借りて読むまで、それぞれが親子姉妹だと知らなくって、正直びっくりしました。ページの右上のシロミのイラストがパラパラ漫画のようになっていて、小粋だなぁ~と思いつつ読破。


    もしかして…よしもとばなな作品に出てくる逞しい、女キャラってハルノさんがモデルなのかな…と思った。(違うと思うけどキャラがかぶる。)血を分けた姉妹って影響し合うんだなぁ…と感じた。性格的に父親似がハルノさん、母親似がばななさんなのかな…と勝手に思った。

    「すばらしい日々」の内容とこの作品の時期が、ほぼ同じ時期なので「すばらしい日々」の内容が浮かび、涙が出そうになりました。「スナックちどり」「すばらしい日々」「花のベッドでひるねして」あたりの時期の事が描かれている。


    吉本隆明氏とフランシス子、シロミのエピソードは涙が出てしまいました。

    猫と人に限らず、動物と人、飼い主とペット…など、人と人の関係も、親子、家族、介護などたくさんの事を考えさせられる一冊でした。


    ところで…難しいことは抜きにして小5の猫好きな子供が、鼻息を荒くして読みこんでいました。(うちの子は面白い本やアニメを見る時は鼻息が荒くなる・笑) 猫のイラストと猫のお世話の部分だけ読んで「おもしろい!」と夢中になってました♪


    =追記です=

    作品内で「こうなったら猫屋台」を作ろうか…と発言されていましたが、一部親しい身内のみで「猫屋台」が実現されていているようです。詳しくは…【「猫屋台」ほぼ日刊イトイ新聞】で検索なさってくださいね。「おそろしいササミフライ」がとてもおいしそう~♪

  • うちの猫もみんな捨て猫だけど、シロミほど重い障害を持っている猫はおらず、著者の猫愛には、本当に頭が下がる。
    著者が、どれだけ深い愛と覚悟を持って猫と生きているかが伝わってくる。大島弓子と似ている。
    室内飼いしないとか、病気持ちの猫を健康な猫と一緒に飼うなど、明らかに批判されそうな飼い方だが、批判も受け入れる(そしてちゃんとした根拠もある)こういう人を見ると、清々しい。
    吉本隆明に特に思い入れはないが、母(隆明の妻)という人はなかなか一筋縄ではいかない興味深い人物みたいで、だれかこの妻を主人公に小説書いてくれないかな、と思った。(よしもとばなながもう書いているのか?寡聞にして知らず。)
    近所の目と病気や怪我や事故をおそれて(またそれに伴う手間と出費を懼れて)室内飼いしてる私は猫を不幸にしているのではといつも思っている。
    ハルノさんや大島さんには批判に屈することなく、頑張ってほしい。
    猫飼いには参考になること多数。ペントナイトの良さや、尿の匂い消しの方法など、本当にためになった。
    そんじょそこらのスポンサー付きの猫雑誌やサイトより、ずっとためになる。

  • タイトルを見たとき、「それでも」の前には何があるんだろう?と思った。
    読み進めていくほど、ハルノさんの猫飼いとしての覚悟を知り、脱帽、脱帽、脱帽。
    都会の猫はたいへんな危険にさらされている。過去には可愛がっていた猫を交通事故で亡くしたこともある。それでも、猫が出かけていくのを止められない。
    危険にさらされている、たとえ短い一生だとしても、「猫に存分に生きてほしい」から。
    猫に何かあった時、悲しみはするけど後悔はしない、というハルノさん。
    猫とはどんないきものかをとことん理解し、その上で自分が出来ることをピシッと線引きして実行している。猫の為だからと愛護一辺倒に傾倒しすぎず、かといって決して放任ではない。そのバランスたるや。猫への愛、という言葉だけでは私は表現しきれません。

    また、動物を飼うということを改めて考えさせられました。両親が亡くなっても、ご自身の手術があっても、猫の世話は続くわけです。動物を飼うってそういうことなんだよね、こちらの都合はお構いなし!でもそういう日常を猫が作ってくれるからこそ、「うつになってる暇がない」とハルノさんが言うように、私たちは猫に、動物に救われてるんだと思う。

    そして、猫を通して、命との向き合い方も見えてくる。
    死に向かって衰弱していってる場合、どこまで人は手を差し伸べるべきか。障害を抱えた場合、人も猫も負担になりすぎないラインはどこか、どう折り合いをつけ付き合っていくか。
    動物を飼う人は一度は考えるべき内容に対するハルノさんの考え。とても参考になりました。

    他にも、猫への投薬方法(最終手段!)、捕獲の方法、野良猫の寿命…等々、ほんっっとうに、参考になりました!

  • とても面白かった。絵と文章の双方にひきこまれて、楽しく、同時にいろいろ考えさせられる一冊だった。

    猫というのは実に不思議な生きものだ。人と関わり合いながら生きているのに、矯めがたい野性があって、自由な行動を好み、(特に都会では)時にそのために命を落とす。「それでも猫は出かけていく」というタイトルには、猫好きとして幾度もつらい思いをしながら、それでも猫のそういうありようを受け入れていこうとする思いが込められているのだと思った。

    しかしまあ、著者の「猫愛」は相当なものだ。家にいるのは障碍や病気のある猫ばかりで、動物病院へ行くのが日課。窓をいつも開けていて、家の周囲で暮らす「軒猫」や、「外猫」つまりノラにも食べものを用意する。外猫用の「定番メニュー」の豪華なことには驚いた。赤身魚缶詰・白身魚缶詰・湯がいたホタテ・甘エビ・ナマリ節の盛り合わせ。お客さんが「おいしそう」と言うそうだが、そりゃそうだろう。

    ハルノさんは、避妊手術を受けさせようと、雌の野良猫を一生懸命捕まえる。どんどん増えないように、ではない。厳しい環境にいるノラの寿命は悲しいほどに短く、えさをやったからといって増えたりはしないのだそうだ。毎年毎年生まれた子猫がはかない泡のように消えていく。それを座して見ているに忍びなく、これしかないと腹をくくっていると書いている。

    ご近所には同じようにエサ場を提供したりしている猫仲間の方たちもいるが、「猫が通るのがイヤだから」と毒物を撒く人もいて、何匹もの猫がそのために死ぬ。ハルノさんは憤って書く。
    「家の間を通られない権利?花壇を汚されない権利?自分の持てるあり余る権利の内、ちっぽけな最後の一片まで行使するために、弱い生き物の生きるというたった一つの権利さえも奪い取る。そんな普通の人こそが一番残忍で、欲深いのだと思い知らされました」

    これまた猫好きで有名な著者の父吉本隆明氏が、生前「昔猫はもっとのんびりしていたのに、最近はみんなビクビクして逃げちゃう」と言っていたと、あとがきにある。そう言われてみると確かに、以前はもっとそこらへんに猫がいたように思う。子供の遊ぶ声まで騒音扱いされるような、寛容さを失った今の世の中だものなあ。あらためてため息をつく。

    脊髄損傷で排尿排便が困難な美猫のシロミをはじめ、さまざまな猫たちが登場し、それぞれに忘れがたい印象を残す。シロミは、著者の父が亡くなった後、テレビから流れるその声にすっ飛んできて、あちこちを探し歩いたそうだ。余命わずかになって元の飼い主に会えたトッポのエピソードにもジーンとした。猫は人間と違って、苦しい悲しい痛いつらいと言うこともなく、日々を淡々と、かつ、全力で生きている。著者はこう書いている。
    「単純であるがゆえに高度のことを成しとげている”人間”以外の生物たちには、常に敬意を表します」

  • すげー!この人は猫飼いのプロだ!
    吉本隆明氏の長女であり よしもとばななさんのお姉さまでもある著者が、同居する父と母を介護の末に看取り、自身も乳ガンを患いながらも、病気を抱えた飼い猫たちとの日常を綴るエッセイ。親と同居の独身女子である著者にかなり共感できたし、将来の自分と重ねて「いっちょ覚悟を決めるか!」と背中を押された気分にもなりました。
    外猫を外猫として見守るということは、その猫が生きられないかもしれないということまで受け容れる覚悟を持つこと。安易に拾い上げてうち猫にしてしまうより、よっぽど覚悟のいることなんだ…。時にご近所の冷たい視線にさらされつつも、猫の生(せい)を丸々認め、受け容れ、外猫にエサをやって面倒を見る一方で、外猫の避妊・去勢手術や病気の治療、苦情があればウンコの処理などもきっちりと行うその姿勢には、頭の下がる思いでした。
    ところで亡くなった吉本隆明氏のお骨は、愛猫のお骨と共に四十九日を過ぎてもまだ家にあるのだとか(2年前の話なので今はどうだか分かりませんが)。うちもそれでいいかい?!(笑)。隆明氏と愛猫フランシス子の関係が、うちの父とうちのコマとの関係にそっくりで面白い。

  • たぶん本当の猫好き・動物好きでないと楽しめない内容と思います。ペットを自分を満たすための“道具”として考えているような人にはピンとこないと思います。
    愛する猫の死、両親の介護や死、著者自身が身体の一部を喪失するなど、普通に書いたら重たい内容になっていると思いますが、猫を中心としたコミカルな日々が綴られていて悲壮感が全くありません。ある意味、こんなに前向きな本はないと思います。元気もらえますね。
    様々な重病を抱える猫の描写も一線を画すというか、もうその症状も含めて本当に猫を愛しているんだなと思いました。
    小さい頃、病気もちの2匹の雑種猫を飼っていたことがあり、毎日母ちゃんが体内の蟯虫をお尻から出してあげてケアしてました。私には到底できないと思いました。

    無償の愛。
    著者も私の母も動物が本当に”家族”だと思っているんだと思います。
    可愛い猫をお金払って買って、服を着せたりおしゃれさせたりして自分を満たすために飼っている人には理解できないと思います。

  • 妹である、よしもとばななさんのエッセイでも、たびたびお姉さんの豪胆ぶりが紹介されていますが、惚れ惚れします。
    外猫については意見も人それぞれですが、わたしも基本的にハルノさんの考えに近いです。自分の家の猫は外には出していませんでしたが、猫が伸び伸び外を歩けない町は寂しいなあと思います。

  • 思想家 吉本隆明さんのご長女で よしもとばななさんの
    お姉さんである 漫画家ハルノ宵子さんの 猫のエッセイ集。
    猫が自由に出入りできるように 1年中ドアをあっけぱなしという吉本家。とにかく猫のために…という生活。猫を飼う人間として いろいろ考えさせられました。

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