蜜蜂と遠雷

著者 :
  • 幻冬舎
4.35
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本棚登録 : 10818
レビュー : 1424
  • Amazon.co.jp ・本 (507ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344030039

感想・レビュー・書評

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  • 飛べる。どこまでも飛べる。
    亜夜は、ピアノを弾きながらいつしか天井を見上げ、さらにそこを突き抜けて高い空に浮かぶ月を見ていた。
    あそこまで。いや、もっと遠くへ。
    今、あたしたちは月まで飛び越えている。
    実際、2人はその時遥か彼方の宙を飛んでいた。
    コンクールも、神様も、何もかも忘れて漆黒の宇宙を。
    「あっ」
    亜夜は、宙に浮かんだまま、遠い一点にいる星を見上げた。
    春と修羅。あたしの。あそこに。p261

    この、呼吸するように自然な、それでいて全くためらいも破綻もない表現力はどうやって身につけたものなのだろう。彼の演奏を聴いていると、ほかのコンテスタントとは根本的に何かが異なるのを感じる。違和感とも言ってもいいくらいの違いだ。皆が譜面を再現し、譜面の中に埋もれているものを弾こうとしているのに、彼の場合は違う。
    むしろ、譜面を消し去ろうとしているかのようなー
    ふと、そんな表現が浮かんだ。
    譜面を消す。それはどういうことだろう。作曲家にとって、音楽家にとって。
    剥き出しの、生まれたままの姿の音楽を舞台の上に出現せしめるー
    一瞬、何かを掴み掛けたような気がした。
    ホフマン先生が、彼に何を望んでいたのか、その正解が心をかすめたように思えたのだ。p286

    あたしたちは、ホフマンが包んだ素敵な包装紙に魅せられて、箱の中にどんなに破壊力の凄まじい爆弾が入っているのか気づけなかったのだ。
    彼の仕掛けた爆弾には、長い長い導火線が付いていた。
    なにしろ、仕込みはホフマンの生前から、いや、彼が風間塵の指導を始めた遥か昔に遡るのだ。いったいいつ彼が導火線に火をつけたのかは分からないが、それは消えることなく根気よくじりじりと着実に導火線を焼き付け、もうじき派手に爆発するところまで迫っていた。
    なんと言うギフト…。p367

    振り返ってみれば、一次予選のときからそうだった。
    あの時の絶望感は、今も体の隅に残っている。もう駄目だ、ここで終わりだ、と思った。自分に音楽などできやしない、とまで思った。
    それなのに、風間塵の演奏を聴いたら、自分も弾きたい、あそこに立ちたいと思った。彼のおかげで舞台に立ち、演奏することができた。
    風間塵ならなんとかしてくれる、彼なら埋められる。そうどこかで直感し、信頼しているのだ。
    彼があたしを引き戻してくれるかもしれないと。真の音楽の世界に踏みこむ理由を作ってくれるかもしれないと。
    そう心の底でずっと願い続けてきたのだ。
    心の底では、ずっときっかけを待っていた。ずっと ー この瞬間を探していた気がする。
    だから、お願い。
    亜夜は風間塵に話しかけていた。
    お願い、あたしを引き戻して。その、とてつもなくつらく、とてつもなく素晴らしい世界に戻る理由をちょうだい。p380-381

    この子の作品のとらえ方は独特だ。
    特に近年顕著な作曲家主義もあって、大方の演奏者は作曲家の意図を理解して、曲の方に自分を引き寄せていく。作曲家が何をイメージしていたか、当時の時代背景や、作曲家自身が何からインスパイアされたものなのかを調べ、作曲家のイメージに近づけていくというアプローチがほとんどである。
    この子は逆だな。曲を自分に引き寄せると言うか…。いや、そうではない。曲を自分の世界の一部にしてしまう。曲を通して、自分の世界を再現している ー どんな曲を弾いても、何か大きなものの一部にしてしまっているような。p389

    オケのあらゆる部分を全部弾くのではなく、なんというのだろう ー 曲のコアなコンセプトとアイデアを抽出して、表現しているという感じなのである。
    サン=サーンスの感じているエキゾチシズム。アフリカの ー そして、人類が根源的に懐かしく感じ、身体の底に沈んでいるものを喚起させられるリズム。
    リズムとは快感だ。
    展開部の、高音部から低音部まで流れ落ちていくように繰り返される音階、高音部のトリル、低音部で刻まれる和音。それらが組み合わされて、人間なら誰しも心地よいと感じるグルーヴ感が醸し出されている。
    これ、譜面はどうなっているんだろう?
    マサルは不思議に思った。
    自分のアレンジだからこそ、ただでさえライブ感にあふれる彼の演奏が一層際立つのは納得できるのだが、あの細かいフレーズ、「ひらめき」としか呼びようのないモチーフは、もとの曲にはないものだ。
    ひょっとして、彼は今この場でも「編曲」し続けているのではないか。p395-396

    三枝子は、自分な全身に冷や汗を掻いているのを自覚していた。
    そんな馬鹿な。
    このグルーヴ感 ー 足元からうねるこの感じは ー
    スイングしてる?
    そんなはずはない。ちゃんとサン=サーンスの曲だ。
    なのに、まるでライブハウスでフォービートの曲を聴いているかのような ー 裏拍アクセントになるところをぎりぎりで踏みとどまっているような ー
    まさか、そんなはずは。
    しかし、三枝子の内側から突き上げてくる感覚は、クラシックピアノのコンクールとは無縁の感情、衝動、快感なのだった。p397

  • 神と共に居る少年。神に愛された少女。音楽を操る青年。会うべくして出会い、音楽から風景を切り出す。良い本でした。

  • めったに小説を読まない私がのめり込んでしまった本。風間塵が痛快。こういうギャップのある人生に憧れる。「え!実は・・・。」みたいな。予定調和が苦手な私としてはこの手のスタイルが大好きだ。

  •  今は亡き天才ピアニスト・ホフマン先生からのギフト(推薦状)は、素敵な包装紙に包まれ、そのプレゼントの箱の中には凄まじい破壊力がある爆弾が入っていた。(一部引用) こういう表現を書くと、この小説はバイオレンスものかと錯覚してしまう。しかし当たらずとも遠からじ、コンクールの審査員の苦悩を表現しているのです。
     その箱の中身は、ホフマン氏の意思を継ぐ無名のコンテスタント、世界最高峰への登竜門芳ヶ江ピアノコンクールにエントリーしている。派手な花火を見ることが出来るのか、そして期待するファンは少しずつ増えている。
     まるで推理小説のレビューを書いているように自分も興奮しながら読了しました。
     勿論コンクールの場に集まるコンテスタントは、粒揃いの天才が多く、或る人は勝つために敢えて難曲を弾き、演奏の戦略を立てたりするのです。それも二次予選終了までは…。
     著者の恩田陸氏の多彩な音や状況の表現は美しく感嘆するばかり。
     本書の主人公は、四人のコンテスタント、それぞれのキャラクターが面白い。
     読みどころについては、「全てです」と申し上げる。宝物を得た気がします。
     まさに圧巻の一冊だった

  • 小説とピアノはどうしてこんなにも親和性が高いんだろう。
    私がはじめて買った文庫本は、教科書に載ってたいちご同盟で、そこでピアノの物語が好きになってしまったのだろうか?

    亜夜の、日毎に成長、覚醒する姿が読んでいてとても心地いい。

  • 読み終わった直後、スリラーなお話でもないのに鳥肌がゾワワっと立った。それから頰が熱かった。

    作中での表現が素晴らしくて感動した。特にピアノ演奏のシーンは本から音色、雰囲気、情景が自然と浮かぶほど感動的だった。

    ぜひ、ピアノが好きな人に読んで欲しい作品です。

  • 世界はこんなにも音楽に溢れている。
    私は音楽には詳しくないけど、音楽聴きたくなった!


  • 読み終わった瞬間 一つのコンサートが終わったような
    耳がじんじんとする感覚を覚えました

    作中にでてくる曲は名前を聞いてもわからないのに
    なぜか 身体中が音楽で溢れる そんな作品でした

    この感覚は初めてで
    心地よく 心臓がドキドキしていました

    次回読むときは 本の中で流れている曲を聴きながら
    読んでも 楽しいかと思いました

  • 図書館の順番待ち期間がものすごく長かった。
    しかし読み始めると2段組だし、なかなか手強いしで、いつも以上に遅読になりそうな気配。
    読むのやめちゃおうかな、せっかく回ってきたけど読まずに返却しちゃおうかな。
    これは返却して、買おうかな、でも買うと結局積読になっちゃうんだよな。
    と、ごちゃごちゃ考えながら読み進めた。

    クラシック音楽も結構好き。
    自分には好きな曲もいっぱいあるし、CDも何枚か持っている。
    昔はクラシックコンサートも結構行った。
    でも、誰々の何々と番号で言われても、覚えようとしたことがないから、わからない。
    どの作曲家がどこの国の人かもあんまりわからない。
    そういう程度の読者である。

    しかし今の時代は便利。
    読みながら、出てくる誰々の何々という曲を簡単に検索して聴きながら読んだ。

    音楽を文字で表現できるのは本当に凄いと思う。
    これ、本当に音楽に携わっているプロが読んでも納得し賛同するのかどうか、聞いてみたい。
    凡人の私は、亜夜と塵が「月の光」「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」「月光」「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」をセッションして月まで飛んで行ってしまったシーンにはゾクゾクしたけれど、「月の砂漠」も入れて欲しかったなと思っちゃったり、第三次予選の塵の演奏で観客全員がアジアやグラナダや北フランスやアフリカに飛んで行っちゃったけれど私には全くできなかったから。(塵の演奏じゃないから?)

    個人的には、「むつかしい」という言葉につっかかり、「あたし」という表現が気に障り、1ページの内に何ヶ所出てくるんだよ!と嫌気がさすほどの「コンテスタント」という単語の乱用が苦手だった。

    ただ、原作を先に読んだ後に映像を観ると大抵がっかりするタイプの自分が、これは映像を観てみたいと思う珍しいパターン。

  • 本選から曲を流しながら読んでいた。これはいい。もう一回最初から読まなくちゃ

  • 「あたしの音楽」

    舞台はピアノコンクール。出場者たちが己の才能、努力、情熱を競い合い、互いに影響しあい、進化していく過程に夢中になりました。

    その中でも、私が最も自己投影できたのは、ヒロイン・栄伝亜夜。表舞台から去り、自分の人生に迷っていた彼女が、周囲の出場者のピアノを聴き、自分のピアノ、道を見つけていく、その成長に感動してしまいました。私自身、新社会人として、色々と迷うこともあるのですが、いつか彼女のように羽ばたける道を見つけたいと心から思います。彼女が、「あたしの音楽」を見つけたように・・・。

    ストーリー自体は非常に面白いのですが、個人的にキャラ設定に少し不満があったため評価4としました。好みの問題だとは思いますが、個人的に、初めから何でも出来てしまう、ステレオタイプの「天才キャラ」というのがあまり好きではないのです。天才と呼ばれる人ほど、裏では誰よりも努力をしているものだと思うので・・・。そんな天性の「天才」が複数現れ、しかもコンクール上位を掻っ攫っていく・・・、という展開に少し虚しさを感じました。まあ、繰り返し言いますが好みの問題なので・・・。

    文章が明瞭でとても読みやすいので、中学生や高校生にもお勧めです。

  • これは本ではない音楽そのものだ。一つの曲を文字で表すのは大変難しい。それが見事に表現されている。演奏者の一人一人の癖や持つ雰囲気まで見事としか言いようがない。そして出てくる曲への認識と知識、見解はちょっとピアノをやった、クラッシク好きでは到底無理話だ。2週間。コンクール開催期間。読者は彼らと共に客席座る。そして緊張と字間から聞こえるピアノの音色に耳を傾けざるを得ない。曲を存じなければCDが出てるので是非併せて試聴頂きたい。 私の人生で出会った最高傑作!!最高の演奏でした!!

  • 分厚い上に二段組。猫ふんじゃったを譜面でみたら、意味わかんない、学校の授業程度の音楽の教養。こんな私じゃダメかと思ったけど、一気に引き込まれて、気づいたら読み終わってた。
    コンクールに関わる様々な人たちの立場や考え方を共有できただけでも、読んだ意味があると思う。曲をこれだけの言葉で表現できる著者の力量があるから、授賞も当然。
    もちろん、物語だからこんなにうまくいくことはないのだろうけれど、それでも引き込まれる。
    読書途中で、YouTubeで曲を探し始めてしまい、聴きながら演奏シーンを読み直しました。

  • 圧倒的な迫力。音楽には特に興味無いけど、ぐいぐい引きまれた。
    映像化も多分されるだろうな。期待。

  • ピアノの天下一武道会。
    全然ピアノの知識がなくても、手を変え品を変えた比喩で楽しめる。

  • 生音を聞きたい!
    人はそこに至る過程を、人々のドラマを見たいのだ。頂点を極めスポットライトを浴びる人を見たいのと同時に、スポットライトを浴びることなく消えていった人たちの涙を見たいのだ。
    明石さんよかった!

  • ☆5では足りないくらい!たっぷり読み応えのある作品だったけど、あんなに登場人物が出てくるのに、ひとりひとりにインパクトがあったので、話がこんがらがることはなかった。ピアノの好きな人も弾いたことがない人も、十分に楽しめる一冊だ。

  • 人気作だから私のように日本の作家を読むリテラシーに欠ける人が低評価つけてはいけないんだろうが、平坦だ。良くも悪くも漫画のようだ。天真爛漫な超・天才少年、天才美少女、イケメンピアノ王子がコンテストで競い合い、少女と王子は幼馴染で恋が芽生える。映画化必至。国際的なコンテストでコンテスタントのトップ集団も審査員もこぞって日本人または日本語を解するという都合の良さ。音楽を文字で表現する面白い試みだと思うが過剰な比喩が何度も何度も繰り返され食傷。コンテストにはメインキャラが残るのは明らかで、サブキャラがぞんざいに落選していくのも冗長。
    私はクラシック音楽のコンサートにいくが、こんなにエキサイティングであろうわけもない(笑)聴衆はこんなにリテラシーが高くもない。耳が良い人にはごくカラフルに聞こえているのだろうか?それは羨ましいけど。

  • ああ、面白かった!!
    ピアノコンクールだけで、こんなにドラマを書ききるなんてほんとにすごい力量!
    登場人物みんなに、優しさと人間性を感じる。
    芸術を評価するという戦いの場においても、相手への尊敬と共感を忘れない姿が美しい!
    ピアノのみならず、音楽とは何かを突きつけて読ませるので、ピアノ経験者でなくとも深く考えさせられると思う。
    ピアノ経験者はグリッサンドの痛そうなとことか、プロコフィエフのオケ映えとか、細かいところでくすぐられる。
    そして最後に思うのは、私もこんなピアノが弾けたらいいのになぁーーー。(ためいき)

  • 【情景が思い浮かぶ音楽】
    恩田さんの本を読んだのは『夜のピクニック』以来の二冊目。面白かったです。

    芳ヶ江国際ピアノコンクールに参加するコンテスタント達の成長を描いた作品で、コンクールとはこんなにもドラマがあるんだなあと感心しましたが、特に読んでいて引き込まれてしまったのはピアノ演奏時の描写です。

    音楽を言葉で表現するのは、素人ながら難しいのでは?と思っているのですが、曲を知らなくても演奏か想像できてしまいます。軽やかなのか、重厚なのか、壮大なのか、疾走感があるのか。

    そして、登場人物達がイメージしている演奏時の風景や曲の物語を鮮明に思い浮かべることができます。

    クラシックに詳しくないので、小説に出てくる曲はほぼ知らなかったのですが聴きたくなりました。サティの「あなたがほしい」とはどんな曲か聴きたくなって、聴いてしまいました。

    音楽が聴きたくなるし、これまでの人生で諦めてしまった何かにもう一度挑戦してみたくなる本でした。

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著者プロフィール

恩田陸(おんだ りく)
1964年、青森市生まれ。水戸第一高校を卒業し、早稲田大学進学・卒業。1991年、第3回日本ファンタジーノベル大賞最終候補作となった「六番目の小夜子」でデビュー。2004年刊行『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞及び第2回本屋大賞、2007年『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞をそれぞれ受賞。2017年『蜜蜂と遠雷』で第156回直木三十五賞、第14回本屋大賞、第5回ブクログ大賞などを受賞した。同作品による直木賞・本屋大賞のW受賞、そして同作家2度目の本屋大賞受賞は史上初。大変大きな話題となり、代表作の一つに挙げられるようになった。同作は2019年4月に文庫化され、同年秋に石川慶監督、松岡茉優・松坂桃李らのキャストで映画化される。

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