子どもをのばすアドラーの言葉 子育ての勇気

著者 :
  • 幻冬舎
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本棚登録 : 257
レビュー : 23
  • Amazon.co.jp ・本 (180ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344030138

感想・レビュー・書評

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  • なんだろう、育児系の書籍は結構読んでいたので、どちらかというとアドラー心理学の観点ではどのような思考のプロセスを辿るのかという点に着眼点を置いていたためか、大分あてが外れてしまった。

    言い切り口調で主張を別の言葉で言い換える面が散見され、かつその主張がアドラー心理学のどのような理論から切り出されるのかが示されていないので、著者の感覚で話しているのではないか?と勘ぐってしまう。

    内容としては、他の経験豊かな教育人の書籍と大差ない気がした。いずれ独り立ちする彼らを親に依存させてはならない。自分でモノを考えさせるよう仕向ける。「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」のファンだった身としては残念。

  • なんか表面的な感じがした…著者の体験をもっと具体的に入れて欲しい。

    でも、
    子どもを対等に、丁寧に話しているか?
    子どもと勉強の話しかしていなくないか?
    の問いにははっとさせられた。

    「もう少し頑張ればいた成績とれるのに」と親が子どもを見るとき、親は理想を見てるのであり、現実の子どもを見ていない。
    「生きているだけでありがとう」と伝えることが大事。

  • まさに今、どうしてうちの娘は勉強しないのだろう…と悩んでいて、手に取った一冊です。
    私にとってはとても耳の痛くなる内容ばかり。

    部活も学校生活も本当に一生懸命取り組んでいると先生から太鼓判の娘が、どうしてか勉強だけ全然取り組みません。成績も中途半端。いつも口うるさく、このままじゃ大変なことになるよ、などと叱ったり、塾に入れたり、親の私がバタバタもがいていました。しかし、この本を読んで、娘が勉強しない原因は私にあったのかな、と反省しています。

    娘が勉強を自分の課題としてとらえられるように、私は勉強の口出しをやめます。そして、自分の価値観を押しつけて褒めたり叱ったりせず、取り組んでいる過程に目を向け、娘に頼られたときには助ける…くらいのどっしり構えた親になりたいと思いました。


    今まで色々言い過ぎてしまってごめんよ!

  • オーディブルにて。
    「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」を読んで理解していれば、基本的に読む必要はないかなと感じた。 子育てにフォーカスしてはいるものの、そこまで特化した内容ではない。
    とはいえ、対話形式で進んだ勇気二部作とは異なり、丁寧な言葉で簡潔にまとめられていて、各章でまとめがあるからサクッとアドラーの要点を掴むにはよいと感じた。
    実戦はやはり難しいよね。

  • オーディブル。
    子どもをリスペクトするって難しいんだけど、頑張りますわ。子どものために。

  •  こどもを叱ってはいけないはよく聞くが、誉めてもよくない。あくまで別の人生を歩む別の人格であり、親ができることは多くない。 それでもこどもの未熟さゆえに口を出したくなることは多々ある。自分も忘れぬよう手元においておきたい本。

  • 私の娘はまだ小さく、きちんと話は出来ないけれど、ぐずっているときに「言葉で言ってくれれば分かるから、言葉で教えてもらえたら嬉しい」というと、泣くのをやめて、片言の言葉で教えてくれることがありました。(いつもではないですが。)彼女とは年齢は違いますし親子という関係ですが、そういった枠を取っ払って、対等に付き合い、お互いの人生を豊かにしていけたら素敵だなと思いました。
    一方で、親がどんなに褒めても褒めなくても、叱っても叱らなくても、その一つ一つの言葉をどのように受け取ってどのような人間になっていくかは、極論、子どもの課題なのではないかと思いました。だから親は、子育ての技術についてたくさん学び、親自身が自分らしい生き方や自分らしい子育てを模索し、そこから子どもを援助しようとすることしかできないのだろうと思いました。そこには傾向はあっても、正論はないのかもしれません。

  • この本にある通りに子どもに対する視線を持ち続けていたいと思う。
    おそらく(個人的な偏見かもしれないが)世の母親たちには耳が痛い本だと思う。子育てに一生懸命な父親なら、きっと同じように耳が痛いと思う。

  • 叱らない、ほめない、という子育てが、子どもが自立するための三条件のひとつ「自分の価値を自分で決められる」ことにつながるという考えが目から鱗だった。

    大人になって、周囲の評価を過度に気にしながら生きることほどつらく苦しいことはない。自分を他者と過度に比較したり、周囲にどのように見られているかを気にしすぎると自分らしく生きていけない。常に緊張して生きることになる。一番弱いのは出世をしたいという欲に縛られ、上司や周囲の評価を過度に気にする人間であり、一番強いのは出世を気にせず、言いたいことを言い、やりたいことをやり、自分のポリシーを貫く我が道を行く人である。例えば、上司のちょっとした発言に見下されたと感じ、反発する人がいる。上司に軽視されているから仕事のやる気がわかない、と言う人がいる。その上司はもちろん問題だが、だからといって態度を変えたり、上司の言動に左右される当人も自立していないと言える。それは自分に自信がないからだよ、と言ってしまえばそれまでだけれど、その根っこには幼少期に叱られ褒められて育った背景があるのかもしれない。会社で一定レベルまで登っている人ほど、あるいはエリート意識の高い人ほど、周囲の自分への評価を気にしているように感じる。なんと生きづらいことか。それで幸せなのだろうか、と思う。親は一生懸命しっかりと育てたつもりかもしれないし、表面的には、あるいは社会的には立派に生きている、でも内心は全く幸せではなく生きづらい。我が子をそんな風には育てたくない。

    自分はどうか?勉強しなさい、と言われた記憶はあまりないけれど、自らすすんで勉強していた。それは自分なりの目標があったから。親から押し付けられたものでもなく、親と自分の目標は何となく一致していたし、あるいは親が敷いたレールに自分はただ反発もなく異論反論もあまり感じず同意の上、レールに乗っただけなのかもしれないが。学校の成績のことで叱られたり、過度にほめられたりした記憶はないので、私の親の教育はもしかすると叱らない褒めない子育てだったのかもしれない。でもだからといって自立するための3要件が20歳の時点で獲得できていたとはとても思えない。②自分の価値を決められる➂自己中心性からの脱却、は30歳~35歳頃に少しづつ獲得していったように思う。
    自分は確実に出世コースから外れたな、と思ったとき、周囲の評価を気にしても仕方がない、と思えたし、28歳~33歳ころまで日記をつけ続けて、それを何度も読み返し内省する中で自己中心性から脱却できていない自分に気づいていったように思う。
    自分が35歳を過ぎたころに何となく精神的に自立できたと思えることを、子育てを工夫することで、我が子が20歳のときまでに獲得させることはできるのだろうか?親の育児だけでそこまで持っていけるのだろうか?結局、本人の経験がものをいうのではないだろうか、という疑念はまだ残っている。

  • 「嫌われる勇気」からアドラー心理学に興味を持ったので、いろいろと学んだが、この本も基本的に同じ内容。子供との関係性について、野田先生が広められた「課題の分離」はあめりにも有名になってしまった。この本もアドラー心理学の基本的な考え方は書かれているが、実践するとなると、本を読むだけでは難しいです。だから、いろんな団体がセミナーをやってるんですね。

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著者プロフィール

1956年、京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。専門はギリシア哲学、アドラー心理学。著書に『アドラーを読む』『アドラーに学ぶ』(ともにアルテ)、訳書にアルフレッド・アドラーの『人生の意味の心理学』『個人心理学講義』『生きる意味を求めて』『子どもの教育』(以上アルテ)などがある。

「2021年 『人間知の心理学〈新装版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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