貘の耳たぶ

著者 :
  • 幻冬舎
3.53
  • (8)
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  • (4)
  • (1)
本棚登録 : 297
レビュー : 59
  • Amazon.co.jp ・本 (360ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784344030992

作品紹介・あらすじ

自ら産んだ子を自らの手で「取り替え」た、繭子。常に発覚に怯え、うまくいかない育児に悩みながらも、息子・航太への愛情が深まる。一方、郁絵は「取り違えられた」子と知らず、保育士として働きながら、息子・璃空を愛情深く育ててきた。それぞれの子が4歳を過ぎたころ、「取り違え」が発覚。元に戻すことを拒む郁絵、沈黙を続ける繭子、そして一心に「母」を慕う幼子たちの行方は…。切なすぎる「事件」の慟哭の結末。渾身の書き下ろし!

感想・レビュー・書評

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  • ★3.5

    あの子は、私の子だ。
    知の繋がりなんて、
    なんだというのだろう。

    新生児を取り替えたのは、
    出産直後の実の母親だった…。

    帝王切開で出産した繭子は、異様な衝動に突き動かされ、新生児室の我が子を
    同じ日に生まれた母親学級で一緒だった郁絵が産んだ子供と取り替えてしまう。
    とんでもないことをしてしまった、正直に告白しなければ、いや、すぐに発覚するに違いない…。
    逡巡するが、発覚することなく退院の日を迎える。
    そして、その子は「航太」と名付けられ、繭子の子として育っていく。
    一方、郁絵は「璃空」と名付けた子を自分の子と疑わず、保育士の仕事を続けながらも、
    愛情深く育てて来た。しかし、突然、璃空は産院で取り違えられた子で、
    その相手は繭子の子だと知らされる。
    璃空と過ごした愛しい四年を思うと、血の繋がりがなんだというのだと思うのだが、
    周囲はだんだん元に戻す方へ話進める…。

    読んでいて、終始とにかく息苦しかった。
    第一章は、繭子の視点で語られていますが、何故実の子を取り替えてしまったのか、
    という事に全く納得が出来ず、理解も出来なかった。
    そして「今、言わなくては」という焦りや葛藤、逡巡に全く共感できず、
    モヤモヤとした暗い気持ちに覆われてしまった。
    しかし、中盤に子供の取り違えが発覚してからは、どうなっていくのか
    と引き込まれました。
    取り違えられた子と知らずに育てた、郁絵夫婦の視点で語られとっても切なかった。
    ラスト、何故ここで…。
    それも唐突過ぎて…う~ん。
    とっても深いテーマでしたが、実の母親が犯人だと共感出来なかった。
    何よりも一番の被害者は子供達です。
    こんな事は、絶対に起こってはいけないですね。
    血の繋がりについて深く考えさせられました。
    タイトルの意味が解った時、とっても切なかったです。

  • 産院で起こった新生児の取り換え事件。
    それぞれの母の目線で語られる4年間の話。

    前半の章の繭子の行動が理解できないままでした。
    初めての出産で、こんな小さな子をちゃんと育てることが出来るのかという不安を感じることは、自分にも思い当たる節がありましたが、そこからのあの行動はやはり理解出来ませんでした。
    後半の郁絵の章、実の子と信じて育てた子を手放さないとならくなった母親の気持ちが辛かった。
    そして、親から離されることになってしまった子供を思うと、ただただ不憫で仕方がなかったです。
    何が正解かはわからないと思える物語。
    フィクションで良かったと思わずにはいられません。

  • 自然分娩ではなく帝王切開、完全母乳でないことを責める、専業主婦。子どもとの時間をおろそかにし、食事に手間をかけられないことを責める、ワーキングママ。
    現代の女性にぶつけられる、さまざまな呪いがつまっていて、読んでいて胸が痛む。
    育ての子が、血のつながった我が子でなかったと知ったら? 難しくて、自分には決断できない。
    いろいろ考えさせられる作品。
    そもそもの取り替えの動機は弱く、そこだけが共感しづらかったです。

  • この本を読む前に表紙を眺めていた時、「痛そうだな~」と思った。
    グレーの針のような線に、獏や耳という字のとがった、針のようなはね。
    そんな印象をもって読み始めた本。

    内容は自分の子供と他人の子供を取り替えた女性と取り替えられた女性、2人の目線それぞれから描かれた話となっている。
    取り替えた女性は繭子。
    取り替えられた女性は郁絵。
    二人は同じ医院で同じ日に出産。
    繭子は郁絵の子供と自分の子供のネームタグを入れ替え、周囲にそれは気づかれないまま4年という月日が流れた。
    そのまま、誰も真実を知らないまま過ぎていくかと思いきや、郁絵の夫が妻の不貞を疑いDNA鑑定をした事から取替えの事実が判明する。

    まず、普通に考えて自分の子供を他人の子供と取り替えるという行為が理解できない。
    自分と関係ない他人同士の子供を交換するならまだしも・・・。
    また、ストーリーを追ってもはっきりとした理由はない。
    「何故?」と、主人公の一人である郁絵も思っている。
    ただ、理解はできないけど、想像はできる。

    繭子という女性は実の母親との確執があった。
    母親は後半の行動からしてかなり変わった女性。
    繭子は母親が豹変したのは自転車の事件があったからだ、としているけど、表面上はそうでも十分変な人だったんだろうと思う。

    後半、結局取り違えた二人の子供を元の両親に返すという事で、両家が揃う場面がある。
    その場面である登場人物が思った事を読んで、「ああ、本当にそうだな・・・」と思った。
    両親と子供、そして、それぞれの両親の両親。
    つまり、4組の孫、子供、親が一堂に会した場所で、「この中で祖父母、親の両方の血を受け継いでいるのは孫だ」というような言葉。
    改めて考えると、当たり前すぎてそんな風に思った事がなかった。
    だけど、その言葉こそが取り違えの動機になっているように思う。

    実の母親に苦しめられてきた繭子は自分の母親の血を継いでいる我が子が恐かったのではないか。
    あの変わった母親の血を継いで、顔も性格も似ているかもしれない我が子。
    そんな時、ふと目についた保育士をしているという郁絵。
    彼女なら自分の子供をちゃんと育ててくれるのでは・・・と無意識に考えたのではないかと思う。
    もちろん、理由はその一つだけではないだろうけど・・・。

    そういう心の流れを想像しても、彼女のした事は罪深い。
    子供も双方の親も苦しんで、しかもその苦しみは一過性のものでなく、ずっと続いていく・・・。

    最後に繭子の心情をもう一度読みたかったけど、それを書かなかったのは作者が意図したものかもしれない。
    読者に「何故?」の部分を投げかけているように思う。
    読み終わって、表紙を見た印象のように痛い本だと思った。

  • 一番の被害者は子供達だと思うと泣けてきた。

  • 新聞の書評より。

    意図的ではなかったとはいえ、産後の身体の痛みと不安でボロボロになっていたとはいえ、やってしまったことはかなり重罪。
    関わる人達全員をじわじわと、そして今後一生苦しめることになるのだから。
    何度も言わなくては言わなくては、と思いながら、その都度黙り込んでしまうシーンにイライラしてしまった。
    スマホの画像を削除してしまったりして、もうどうしようもない。

    「交換」はしないで秘密は墓場まで、という選択肢もありかもしれないと思ったが、知ってしまったらそういうわけにもいかないだろうなと思った。

    血の繋がりについて深く考えさせられた。
    血が繋がっていないことを知りながら育てること(繭子)と、知らずに育てること(郁絵)とは全然違うだろう。
    郁絵が手放せないのは当然かと。

    でも、郁絵夫婦が2人を育てる、という選択肢は意外だった。
    たとえ保育園の送り迎えが出来ない仕事とはいえ、だからといって育てられないと決めつけるのもどうかと思う。
    父親とまで引き離すのはかわいそうだと思ってしまった。
    ただただ航太君がかわいそうだった。

    全員がハッピーになる着地点なんてあるんだろうか?
    という気持ちで読み始めたが、この時点で、あるわけはなかった。

    でも、この子達の将来の話も読みたくなった。
    せめて幸せだったと思える人生を2人が歩んでくれたら、と思う。

  • 自分が産んだ子どもを取り換えてしまった女の物語、と、自分の子どもを取り換えられてしまった女性の物語。
    2人の母親の嗚咽が、2人の子どもたちの泣き叫ぶ声がはっきりと聞こえる。
    いや、聞こえるんじゃない、私はこの涙を知っている。このどうしようもない衝動を知っているんだ。
    前半と後半で2人のイメージが大きく変わる。変わるけれどその深いところにあるのは同じ、全く同じ。ただ、ただ、ひたすらに子を思う母親の思い。子を愛する思い、ただそれだけ。
    どこにも完璧な母親なんていない。誰もが悩み迷い傷付き落ち込み途方に暮れる。もうだめだと日に何度も思い、周りの母親と自分を比べて自信を無くす。先の見えない真っ暗なトンネルの中で泣きわめく子を抱いてこの地獄から逃れる術を探す。けれど、そこにある子どもの笑顔と、そして周りの誰かから掛けられる優しい言葉に救われて、またトンネルへと戻っていく。
    子どもを産む前の10か月と、自らの身体から新しい生命を産みだすときの壮絶な痛み、そしてそのあと待っている不眠と疲労と混乱の月日。その不安から逃れようとした一人の女の行いが4年後どれほどの大きさでたくさんの人を傷つけたか。もっとほかに方法はなかったのか。あるだろう、いや、もちろんあったはずだ。繭子のしたことは決して許されることではないし、許そうとも思わない。けれど、けれど4年間育てられた子どもにとっては唯一の母親であり、ただ一人側にいて欲しい人のはず。「ぼく、だいじょうぶじゃないよ」という航太の叫び声が私の身体の、かつて子どもをこの身のうちで育てたこの身体の、深いところへ突き刺さった。
    だれもが「だいじょうぶ」と言って欲しくて。「大丈夫よ」と言って抱きしめて欲しくて。ただそれだけなのに。
    いったいこの子たちはどうなるのだろう。この先、自分たちの人生を受け入られるのだろうか。この方法がいちばん良い選択だったのだろうか。わからない。
    ただただ、2人の子どもたちと2人の家族たちの幸せを祈るしかない。

  • どかどか容赦なく気持ちをかき回される。育ててきた我が子が実子ではないと知った郁絵のショック、苦悩、特に子どもたちの言動には胸が締め付けられっぱなし。交換するのかしないのか…彼女の思いや周囲の意見と共にこちらの感情も揺れに揺れる。
    第二章で繭子の胸の内に全く触れられていないのがもどかしくもあり、続きにあれこれ思いを馳せてしまう。航太と璃空がどんな成長を遂げるのか知りたいところ。
    子どもにとっての最善をこんなに深く考えさせられたことはない。読後全く感想がまとまらないほどの衝撃作だった。

    自分の実子はいい母親になりそうと思い込んだ郁絵に託し、彼女の実子は育てきれるかと不安定になっている自分の状況に置くって、どんなに育児不安を述べられても我が子第一の強烈な母親のエゴがうっすら透けて見える。為す術のない産後のホルモンバランスの急激な変化や繭子の育ってきた家庭環境を加味しても、そのエゴに強い嫌悪感が拭えなかった。それでもその嫌悪感だけで切り捨てることができないから複雑。こんなバカなことをしでかしてもおかしくないくらい、産後の母親の不安定さは計り知れないものがあるから。出産に立ち会うことも大事かもしれないが、夫が家族が母親となった人に一番寄り添うべきは産後だと思う。

  • とにかくモヤモヤ

  • タイトルの意味と、航太のラストのセリフは切なすぎた。
    罪深いことをしてしまったものだ。

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著者プロフィール

1984年生まれ。千葉大学文学部卒業。出版社勤務を経て、2012年『罪の余白』で第3回野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。著作に『今だけのあの子』『悪いものが来ませんように』『いつかの人質』『雨利終活写真館』『獏の耳たぶ』、最新作に『バック・ステージ』がある。

「2018年 『いつかの人質』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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